胸にモヤモヤを抱えたまま、雪は授業を受けに教室へと向かった。
席に就き鞄から教科書を出していると、柳が雪に声を掛けて来た。
「赤山ちゃ~ん!ハ~イ?」
その柳の軽い挨拶に対して、雪は真面目に「こんにちは」と返した。
シラフの雪は、ノリの良かった昨日の彼女とはやはりどこか違う様だ。
柳は「つまんねー」と言ってブーたれる。
柳は一つ息を吐くと、雪に向かって早速話を切り出した。
「金曜日に学祭の準備があるっしょ?赤山ちゃんも参加だよな?」
「あ、はい」
いいねいいね~と言いながら、柳は頬杖を突いて改めて雪の方を眺める。
「赤山ちゃんもどうやらイエスガールなのかな?」と小さく笑いながら。
しかし当然雪には何のことやら‥である。頭に疑問符を浮かべる雪を、柳はからかうようにニヤッとしながら眺めていた。
そして柳はあることを思い出し、続けた。
「あっそーだ、赤山ちゃん知ってる?結局うちの科、
赤山ちゃんの意見採用することにしたんだよ。学祭で居酒屋借りるってやつ!」
「え?でもそれってー‥」
雪はそう言いながら、窓際の席へと視線を移した。
そこには、一人で携帯を眺める青田淳の姿がある。
雪が誰を見ているか知った柳は、後方からコソコソと雪に耳打ちをして来た。
「マジモードで否定しちまった手前、淳の奴ちょっと決まり悪ぃみたいよ?ちょっとあま~く見つめてからかってみ!」
雪の頭の中に、以前衆人環視の中で淳から自分の意見を否定された時のことが思い浮かんだ。
学祭‥
あの時の彼は、雪の意見など歯牙にも掛けなかった。雪は淳の横顔を眺めながら、心の中でこう思う。
なによ‥あの人今になって‥
あのプライドの高い男が、自分の案を取り入れることに妥協したと言うのだろうか‥。雪は不思議な気持ちだった。
すると、不意に淳が雪の視線に気づいた。彼と目が合った雪は、ビクリと身を強張らせる。
すると後方の柳が耳打ちして来たので、その指示通り雪は淳に手を振った。
その意図を察し、嫌な表情を浮かべる淳‥。
そして淳はプイッと向こうを向いてしまった。振った手のやり場に困る雪を置いて、柳は笑いながら去って行く。
私は何をやっているんだろうと、自問しながら固まる雪‥。
雪は一つ息を吐くと、上げていた手でそのまま頬杖を突いた。
彼は窓の外を向いたまま、雪の方には視線を寄越さない。
うんざりする程見たあの後ろ姿。積もり積もった悪感情は簡単には消えない。けれど‥。
それでも昨日は‥私を助けてくれようとした‥んだよね‥
酔って記憶は曖昧だが、場面場面はちゃんと覚えていた。
馴れ馴れしく自分に密着して来た三田の姿も、そこから手を引いて助けてくれた淳の姿も‥。
雪は複雑な思いを抱きながら、淳の後ろ姿をじっと見つめていた。
やがて聡美が来て隣に座るまで、彼に対してこれからどうすべきかを思案していたのだった‥。
授業が終わり、学生達は続々と建物から外に出て来た。
一足早く外に出ていた雪は、そこから彼が出てくるのを待っている。
あ、と声を発したのは、彼の姿を見つけたからだった。
青田淳は一人で、コートのポケットに手を入れたまま雪の居る方向へと歩いて来る。
雪はへりくだるような笑顔を浮かべながら、恐る恐る淳に向かって話し掛けた。
「あっ‥あの先輩‥昨日は‥」
しかしそれ以上雪は言葉を続けられなかった。
淳は雪の話に応えないどころか、雪の方を一瞥たりともしないのだ。
そして彼はまっすぐ前を向いたまま、雪を無視して歩いて行った。
あの疎ましい後ろ姿が、目を剥いた雪の視線の先にある。
雪はワナワナと震えながら、怒りが炎のように燃え上がるのを感じていた。
あ‥あのムカつく後頭部‥
自分の間違いを認めるのがヤダから、一度助けたくらいでオアイコってか?
そんな奴に礼儀正しくするとか‥アホらしいわ!!
雪が淳の無礼に憤っていると、不意に胃のあたりがキリキリと痛み出した。
あ‥胃が痛い‥。お酒飲んだからってなんで胃が‥
内蔵に響くようなその痛みに耐えつつ、雪は恨めしげな視線で淳の背中を睨んでいた。
雪のことはまるで無視したくせに、今彼は仲間と楽しげに笑い合っている‥。
少しでも彼に対して感謝を感じた自分を、今までの非礼に目を瞑ってお礼を言おうとした自分を、バカだったと雪は後悔した。
やはり彼は自尊心が強く、傲慢で堅苦しい。
そしてきっとそれは、この先ずっと変わらない‥。
そして金輪際彼のことは無視しようと、雪は秋の空に誓ったのだった。
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<雪と淳>妥協 でした。
3部にて追加された雪2年時のエピソードでした。そしてきっとまだもう少し続きますが、
とりあえず次回からまた現在に戻ります。
<彼を待つ>です。
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