建物の外に出ると、もう空はとっぷりと暮れていた。
雪は先輩の車の助手席に乗っている。
赤信号で止まった車中では、エンジンの音だけが響いている。
彼女は少し疲れていた。
眠気でボンヤリしながら、隣の彼を窺い見る。
彼もまた、雪と同様に疲れて見えた。
先ほどのカフェで掛かって来た電話を切った後から、先輩の口数は少なくなった‥。
信号は青に変わり、車は動き出す。
雪は流れ行く景色を見ながら、”青田淳の友達”だと言った男のことを考えていた。
先輩は「友達じゃない」と言っただけで、詳しい間柄については話してはくれなかった。
何か言い難い事情でもあるのだろう。
雪は地下鉄で不躾に話しかけてきたあの男が、先輩の友達でないことにも、
関わってはいけない部類の人だというのも納得していた。
しかし何の知り合いなんだろう?あのヤンキーみたいな粗野な男‥。
つながりが全く読めない。
雪は先輩をチラリと横目で見た。
気になること、聞きたいことは沢山あったが、その横顔は無言の拒絶を示している。
雪は見慣れた景色を窓の外に認めると、ここでいいですと言って車を停めてもらった。
下車した雪に、先輩は「疲れただろうからゆっくり休むといいよ」と気遣いの言葉を掛けた。
「晩御飯、一緒出来たら良かったんだけど、胃の調子が悪くてさ‥残念」
雪はお構いなく、と答えた後、彼に労いの言葉を掛けた。
「先輩こそ疲れてるんじゃないですか?運転気をつけて下さいね」
先輩はその言葉に、
ありがとうと言いながら力なく微笑んだ。
雪は先輩の車が見えなくなるまで見送ると、ゆっくりと帰路を歩き始めた。
映画も奢り、カフェも奢り、その他諸々‥これじゃあんまりだ‥
お茶代くらいは返さないと、と雪は考えながら歩いた。
灯り始めたネオンが、その道筋を照らしていた。
その頃、河村静香は一通のメールを打っていた。
久々なんだし顔出さない?あそぼ~^0^/
打ち終わると、後ろのソファに座る弟にお茶も出さず、己の肌の手入れを始める。
亮はメールを打っていた静香に対して、携帯使えてるじゃねーかと文句を言った。
というのも、亮は何回も静香の携帯に掛けていたのに無視されたのだ。
知らない番号は取らない主義だという静香は、悪びれる様子も無く肌の手入れを続けた。
「お互い生きてることが分かればいいじゃん。それで十分でしょ?」
その後、静香はもしかして亮がここに転がり込むつもりで訪れたのかと訝しがったが、
亮は生存確認に来ただけだ、とがなった。
それから亮は、このゴミ溜め散らかった部屋を見回して小言を言い始める。
お菓子とティッシュが同じ箱に入っていることへの疑問とか、
ここは女の住む部屋じゃなくまるでゴミ屋敷だとか、買い物袋が多すぎで無駄遣いしすぎだとか‥。
果ては仕事は見つかったのかと問い詰め、静香が「今就活中」と答えると、
「そんなこったろーと思ったぜ」と不敵な笑みを湛えた。
「お前自分の状況ちゃんと分かってんのか?もっと真剣に考えるべきだろ。
買い物ばっかしてる場合じゃねーだろうが!」
矢継ぎ早に繰り出される亮の小言の数々に、
静香はテーブルの上に置かれた亮の最新ケータイを指さすと、ここぞとばかりに指摘した。
「あんたこそ、その新しいケータイどうしたのよ?一体誰から金を巻き上げて買ったのかなぁ?」
いつも弟の金を巻き上げていた静香に言われたくないと握りこぶしを作る亮に、
あんたなんか公衆電話で十分だと言い捨てる静香。
久しぶりの姉弟喧嘩は、一瞬で時を超えて激しく火花を散らす。
しかし亮が「男ってもんはケータイと車はいいモノを持つべきだろ。無理してでもな!」と誇らしげに言うと、
静香は「女を物語るのは良い靴なのよ、だからお金を費やすの。借金してでもね!」と達観したように言った。
似たもの同士の二人は、近づくと弾けるように反発する。
まるで磁石の同じ極が、近づくと一定の距離を取るように。
ふいに静香の携帯が鳴った。先ほど青田淳に送ったメールの返事が届いたのだ。
なんで俺が行かなきゃいけない。二人で遊んで。俺は疲れた。 淳
ちぇ、と静香が舌打ちする。
亮は静香が淳に連絡を取ったことに対して怒りを露わにした。
久しぶりに三人で会おうと思ったのに、と言った静香に亮は呆れて口を開く。
「お前はバカか?あいつはお前なんかになんの関心もないっつーの!」
その言葉に、静香は逆上した。
「うっさいわねぇ!分かってるわよ!もう女子高生じゃないっつーの!
金持ちだしアピールすれば得することあるからしてるだけよ!好きでやってると思ってんの?!」
高校時代が頭を掠める。
淡い恋心。一生懸命描いた彼の絵。まだ幼い自分。
女として見られなくても、彼の一番近くに居た。
それでいいと思っていた‥。
静香は苛立ちを亮にぶつけた。
私に説教する立場じゃないだろと凄みながら。
「あんたはお金も無ければ能力も無い。あたしに靴どころか食事代一回出す甲斐性もないんじゃない?」
続けて静香は、淳が弟だったらどんなにいいかと言った。
その言葉に亮は腹が立ち、静香を指差しながら言う。
「たとえお前が大金持ちの親の元に生まれたとしても、淳と結婚なんて出来るわけねぇ!
お前は人間が腐ってっからな!」
その言葉に、静香は堪忍袋の緒が切れた。
大きく息を吸うと、あらん限りの声を出す。
「出てけぇ!!」
その大声にマンションが揺れ、亮は静香に蹴り出された。
二度と顔見せんなと言われ、荷物もろとも外に放り出される。
しばし呆気に取られた亮だったが、落ち着くと怒りが沸々と沸いて来た。
「あの性悪女ぁぁ!」
と彼のその声もまた、マンション中に響いたのだった‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<それぞれの帰宅>でした。
激しい姉弟喧嘩ですね‥。互いの傷をえぐるような罵り合い。
二人の過去を知ってからここを読むと少し辛い‥。
次回は<噂>です。
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雪は先輩の車の助手席に乗っている。
赤信号で止まった車中では、エンジンの音だけが響いている。
彼女は少し疲れていた。
眠気でボンヤリしながら、隣の彼を窺い見る。
彼もまた、雪と同様に疲れて見えた。
先ほどのカフェで掛かって来た電話を切った後から、先輩の口数は少なくなった‥。
信号は青に変わり、車は動き出す。
雪は流れ行く景色を見ながら、”青田淳の友達”だと言った男のことを考えていた。
先輩は「友達じゃない」と言っただけで、詳しい間柄については話してはくれなかった。
何か言い難い事情でもあるのだろう。
雪は地下鉄で不躾に話しかけてきたあの男が、先輩の友達でないことにも、
関わってはいけない部類の人だというのも納得していた。
しかし何の知り合いなんだろう?あのヤンキーみたいな粗野な男‥。
つながりが全く読めない。
雪は先輩をチラリと横目で見た。
気になること、聞きたいことは沢山あったが、その横顔は無言の拒絶を示している。
雪は見慣れた景色を窓の外に認めると、ここでいいですと言って車を停めてもらった。
下車した雪に、先輩は「疲れただろうからゆっくり休むといいよ」と気遣いの言葉を掛けた。
「晩御飯、一緒出来たら良かったんだけど、胃の調子が悪くてさ‥残念」
雪はお構いなく、と答えた後、彼に労いの言葉を掛けた。
「先輩こそ疲れてるんじゃないですか?運転気をつけて下さいね」
先輩はその言葉に、
ありがとうと言いながら力なく微笑んだ。
雪は先輩の車が見えなくなるまで見送ると、ゆっくりと帰路を歩き始めた。
映画も奢り、カフェも奢り、その他諸々‥これじゃあんまりだ‥
お茶代くらいは返さないと、と雪は考えながら歩いた。
灯り始めたネオンが、その道筋を照らしていた。
その頃、河村静香は一通のメールを打っていた。
久々なんだし顔出さない?あそぼ~^0^/
打ち終わると、後ろのソファに座る弟にお茶も出さず、己の肌の手入れを始める。
亮はメールを打っていた静香に対して、携帯使えてるじゃねーかと文句を言った。
というのも、亮は何回も静香の携帯に掛けていたのに無視されたのだ。
知らない番号は取らない主義だという静香は、悪びれる様子も無く肌の手入れを続けた。
「お互い生きてることが分かればいいじゃん。それで十分でしょ?」
その後、静香はもしかして亮がここに転がり込むつもりで訪れたのかと訝しがったが、
亮は生存確認に来ただけだ、とがなった。
それから亮は、この
お菓子とティッシュが同じ箱に入っていることへの疑問とか、
ここは女の住む部屋じゃなくまるでゴミ屋敷だとか、買い物袋が多すぎで無駄遣いしすぎだとか‥。
果ては仕事は見つかったのかと問い詰め、静香が「今就活中」と答えると、
「そんなこったろーと思ったぜ」と不敵な笑みを湛えた。
「お前自分の状況ちゃんと分かってんのか?もっと真剣に考えるべきだろ。
買い物ばっかしてる場合じゃねーだろうが!」
矢継ぎ早に繰り出される亮の小言の数々に、
静香はテーブルの上に置かれた亮の最新ケータイを指さすと、ここぞとばかりに指摘した。
「あんたこそ、その新しいケータイどうしたのよ?一体誰から金を巻き上げて買ったのかなぁ?」
いつも弟の金を巻き上げていた静香に言われたくないと握りこぶしを作る亮に、
あんたなんか公衆電話で十分だと言い捨てる静香。
久しぶりの姉弟喧嘩は、一瞬で時を超えて激しく火花を散らす。
しかし亮が「男ってもんはケータイと車はいいモノを持つべきだろ。無理してでもな!」と誇らしげに言うと、
静香は「女を物語るのは良い靴なのよ、だからお金を費やすの。借金してでもね!」と達観したように言った。
似たもの同士の二人は、近づくと弾けるように反発する。
まるで磁石の同じ極が、近づくと一定の距離を取るように。
ふいに静香の携帯が鳴った。先ほど青田淳に送ったメールの返事が届いたのだ。
なんで俺が行かなきゃいけない。二人で遊んで。俺は疲れた。 淳
ちぇ、と静香が舌打ちする。
亮は静香が淳に連絡を取ったことに対して怒りを露わにした。
久しぶりに三人で会おうと思ったのに、と言った静香に亮は呆れて口を開く。
「お前はバカか?あいつはお前なんかになんの関心もないっつーの!」
その言葉に、静香は逆上した。
「うっさいわねぇ!分かってるわよ!もう女子高生じゃないっつーの!
金持ちだしアピールすれば得することあるからしてるだけよ!好きでやってると思ってんの?!」
高校時代が頭を掠める。
淡い恋心。一生懸命描いた彼の絵。まだ幼い自分。
女として見られなくても、彼の一番近くに居た。
それでいいと思っていた‥。
静香は苛立ちを亮にぶつけた。
私に説教する立場じゃないだろと凄みながら。
「あんたはお金も無ければ能力も無い。あたしに靴どころか食事代一回出す甲斐性もないんじゃない?」
続けて静香は、淳が弟だったらどんなにいいかと言った。
その言葉に亮は腹が立ち、静香を指差しながら言う。
「たとえお前が大金持ちの親の元に生まれたとしても、淳と結婚なんて出来るわけねぇ!
お前は人間が腐ってっからな!」
その言葉に、静香は堪忍袋の緒が切れた。
大きく息を吸うと、あらん限りの声を出す。
「出てけぇ!!」
その大声にマンションが揺れ、亮は静香に蹴り出された。
二度と顔見せんなと言われ、荷物もろとも外に放り出される。
しばし呆気に取られた亮だったが、落ち着くと怒りが沸々と沸いて来た。
「あの性悪女ぁぁ!」
と彼のその声もまた、マンション中に響いたのだった‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<それぞれの帰宅>でした。
激しい姉弟喧嘩ですね‥。互いの傷をえぐるような罵り合い。
二人の過去を知ってからここを読むと少し辛い‥。
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