
陽が傾いて暫く経った頃、再び河村静香は佐藤広隆の前に現れた。
その足取りはふらふらとおぼつかない。

「あっ」

堪らず佐藤は静香の元に駆け寄った。
「どこか悪いのか?今日おかしいぞ?」「ほっといてよ‥」
ほっといて欲しいならどうしてちょくちょく現れるんだよ!

その手にはチケットが二枚握られている。

それは、先程小西恵から貰ったものだ。
「これどうぞ」

「前に静香さんにあげたんですけど、行かなかったみたいなので。展示会の招待券です
新しいの差し上げますから、デートがてら沢山お話でもしてきて下さい。それじゃあたしは彼と会うので〜」
「デ‥デートって‥」

佐藤は「デート」という言葉に動揺しながら、そのチケットを手にどう彼女を誘おうかと考えあぐねていた。
チラと静香の方を窺ってみる。

そこにはぼんやりと空を見つめる静香が一人佇んでいた。
佐藤の胸中が複雑に揺れる。
いや‥あんな様子なのにそんなこと言えないだろ‥。
どうすれば元気にしてあげられる‥

彼女のその寂しそうな横顔を見ていると、胸がざわめいた。
それはデートだなんて甘い響きよりももっと、佐藤の心を如実に揺らすー‥。


不意に静香は佐藤に背を向け、ふらつく足取りでそのまま歩いて行った。
思わず呼び止める佐藤。
「えっ?」「行くわ」
「どこへ行くんだ?!おい!静香さん!」

「静香!!」

”静香”

どこかから声が聴こえる。
「静香」

それはかつて、心の糧としていた者達の声。
「風邪引くなよ」

「すまん」

「こっちにおいで。今日学校では何事も無かったか?」

見る間に遠くなって行く。
残るのは暗く苦しい現実だけ。
「亮を探してるのかい?あの子ならいないよ!」

最後には、自分の声だけが暗闇に響いた。
もう一度、もう一度探さなきゃ‥あたしの人生‥終わっちゃう


自身を追い詰める焦燥感。
気がつけば家の前の道に辿り着いていた。目の前には、見覚えのある靴がある。

顔を上げると弟の姿があった。
目深に被ったキャップのせいで、その表情はよく分からない。

静香は呂律の回らない口調で、揶揄するように話し始めた。
「アンタあたしのことからかってんでしょ?マジで出てくつもり?」

「だったらどうして戻って来たのよ。また逃げるつもりなの?
あたしを置いて自分は好き勝手生きてくの?ねぇ」

「結局淳に弄ばれたまま逃げるんだ?
アンタ、さも自分から許したみたいにかっこつけてるけど、嵌められてんだよ!このクソが!」

静香はニヤリと口元に微笑を称えると、遂に秘めて来たその切り札を切る。
「ねぇ、面白い話をしてあげるわ」

それはあの暴行事件があった数日後のことー‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<糧>でした。
亮さん‥どうしたのこのどすこい感‥。

だるまみたいです‥。
次回は<亮と静香>高校時代(32)ー後日録ー です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
人気ブログランキングに参加しました


