雪はプリプリと怒りながら、大股で構内を歩いていた。
ったくもう‥!

思い出すのは、自販機の前で河村静香と皮肉を言い合った先程の場面だ。
何を考えているのか分からない静香に、雪のイライラは募る。

それでも雪の心にあるのは、苛立ちだけでは無かった。
今までには無かった感情が、心の片隅に芽生えている。
でも喧嘩じゃ敵わないかもだけど、
口喧嘩なら負けないかも‥!

いつもペースを崩されっぱなしの雪も、さっきは少し対抗出来ていたような気がするのだった。
いつの日か自分がペースを握り、彼女を言い負かすことが出来るかもしれない‥。
そんな思いを胸に歩いていると、ふと見覚えのある姿が視界に入った。
「ん?」


カーキ色のジャンパーのポケットに手を突っ込んで、一人歩く彼。
グレーのキャップを目深に被っているので、その表情まではよく分からない。

雪はその場に立ち止まり、彼を凝視した。
河村氏?

音大の方行くのかな‥?

亮の纏う神妙な雰囲気に、なんとなく声を掛けられなかった。
小さくなる彼の背中を、雪はその場に立ち止まったまま見送る。
コンクールの準備頑張ってるんだな‥真剣な顔して‥
良かった‥


見上げた先には、音大の校舎があった。
あの中にあるピアノ室で、今から彼は練習するんだろうか‥。

暫し鍵盤を弾く亮に思いを馳せる雪。
しかし以前彼から言われた言葉を思い出し、ハッと我に返る。
いけないいけない。関係ないって言われたじゃん!
私は勉強に集中集中!

そうよ!ガリ勉まっしぐらー!

力強く拳を天に掲げ、雪は授業へと向かった。
しかしその先は‥。
<教養の授業中>

教養課程のこの授業では、再びグループワークをさせられる。
しかし同じグループのメンバーはというと‥。
メンバー1:欠席

メンバー2:寝てばっかり

メンバー3:始めはやる気だったけど、
段々テンション落ちて行ったっぽい

チーン‥。

しかしそれは、最初から分かっていたことだった。
頑張ろっと

”なまじ他人に期待してヤキモキするより、一人でやってしまった方が気楽”。
それは一年前も今も、変わっていない‥。

ここはA大学音楽学部。
ピアノの練習室が並んでいる廊下。

河村亮はその一室で、コンクールの為の準備をしているところだった。
長い指が、白と黒の鍵盤をはじく。


神妙な顔をしてピアノを弾く亮。彼には独特の雰囲気があった。
練習室から漏れる音につられ、女子学生達が窓から中を窺っている。

彼女達が目にしたのは、旋律に合わせて微かに身体を揺らす、亮の背中だった。
彼の弾く音が、狭い練習室に響き渡っている。


曲はもう終盤だ。
アンダンテからのリタルダンド。もうじき曲が終わる。


最後の音を奏で終わった亮は、静かに鍵盤の上に手の平を置いた。
手に伝わる音の余韻。
その僅かな振動が止まると、練習室はしんと静まり返った。

どこかにぽっかりと穴が開いているかのようだ。
音も気持ちも何もかもが、そこへ吸い込まれて行ってしまった。

亮は視線を動かし、部屋の隅に置いてある自分のボストンバッグの方を見た。
ファスナーが少し開いている。

その中にあるのは、一冊のテキストだった。
<高校卒業認定試験>


頭の中に、あの日々のことが蘇る。
笑いながら、しかし時に真剣に勉強を教えてくれた、彼女の横顔もー‥。


ファスナーの隙間から見えるテキストは、あの時感じた気持ちを想起させる。
だから彼は、固く心の扉を閉める。
自らに誓った、その決意がぐらついてしまわない様に‥。


亮はテキストから目を逸し、ぼんやりと前を向いた。
自分が進むべき、行くべき場所を、ただひたすらに見つめながらー‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<分かっていたこと>でした。
亮さんの感情を抑えている表情が、切ない‥。

この日の朝、店で雪と会った時もこういう顔してました。

そしてコンクールは何を弾くんでしょうね。
その時亮は何を思うのか‥先の展開が気になります。
次回は<男のプライド>です。
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ったくもう‥!

思い出すのは、自販機の前で河村静香と皮肉を言い合った先程の場面だ。
何を考えているのか分からない静香に、雪のイライラは募る。

それでも雪の心にあるのは、苛立ちだけでは無かった。
今までには無かった感情が、心の片隅に芽生えている。
でも喧嘩じゃ敵わないかもだけど、
口喧嘩なら負けないかも‥!

いつもペースを崩されっぱなしの雪も、さっきは少し対抗出来ていたような気がするのだった。
いつの日か自分がペースを握り、彼女を言い負かすことが出来るかもしれない‥。
そんな思いを胸に歩いていると、ふと見覚えのある姿が視界に入った。
「ん?」


カーキ色のジャンパーのポケットに手を突っ込んで、一人歩く彼。
グレーのキャップを目深に被っているので、その表情まではよく分からない。

雪はその場に立ち止まり、彼を凝視した。
河村氏?

音大の方行くのかな‥?

亮の纏う神妙な雰囲気に、なんとなく声を掛けられなかった。
小さくなる彼の背中を、雪はその場に立ち止まったまま見送る。
コンクールの準備頑張ってるんだな‥真剣な顔して‥
良かった‥


見上げた先には、音大の校舎があった。
あの中にあるピアノ室で、今から彼は練習するんだろうか‥。

暫し鍵盤を弾く亮に思いを馳せる雪。
しかし以前彼から言われた言葉を思い出し、ハッと我に返る。
いけないいけない。関係ないって言われたじゃん!
私は勉強に集中集中!

そうよ!ガリ勉まっしぐらー!

力強く拳を天に掲げ、雪は授業へと向かった。
しかしその先は‥。
<教養の授業中>

教養課程のこの授業では、再びグループワークをさせられる。
しかし同じグループのメンバーはというと‥。
メンバー1:欠席

メンバー2:寝てばっかり

メンバー3:始めはやる気だったけど、
段々テンション落ちて行ったっぽい

チーン‥。

しかしそれは、最初から分かっていたことだった。
頑張ろっと

”なまじ他人に期待してヤキモキするより、一人でやってしまった方が気楽”。
それは一年前も今も、変わっていない‥。

ここはA大学音楽学部。
ピアノの練習室が並んでいる廊下。

河村亮はその一室で、コンクールの為の準備をしているところだった。
長い指が、白と黒の鍵盤をはじく。


神妙な顔をしてピアノを弾く亮。彼には独特の雰囲気があった。
練習室から漏れる音につられ、女子学生達が窓から中を窺っている。


彼女達が目にしたのは、旋律に合わせて微かに身体を揺らす、亮の背中だった。
彼の弾く音が、狭い練習室に響き渡っている。


曲はもう終盤だ。
アンダンテからのリタルダンド。もうじき曲が終わる。


最後の音を奏で終わった亮は、静かに鍵盤の上に手の平を置いた。
手に伝わる音の余韻。
その僅かな振動が止まると、練習室はしんと静まり返った。

どこかにぽっかりと穴が開いているかのようだ。
音も気持ちも何もかもが、そこへ吸い込まれて行ってしまった。

亮は視線を動かし、部屋の隅に置いてある自分のボストンバッグの方を見た。
ファスナーが少し開いている。

その中にあるのは、一冊のテキストだった。
<高校卒業認定試験>


頭の中に、あの日々のことが蘇る。
笑いながら、しかし時に真剣に勉強を教えてくれた、彼女の横顔もー‥。


ファスナーの隙間から見えるテキストは、あの時感じた気持ちを想起させる。
だから彼は、固く心の扉を閉める。
自らに誓った、その決意がぐらついてしまわない様に‥。


亮はテキストから目を逸し、ぼんやりと前を向いた。
自分が進むべき、行くべき場所を、ただひたすらに見つめながらー‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<分かっていたこと>でした。
亮さんの感情を抑えている表情が、切ない‥。

この日の朝、店で雪と会った時もこういう顔してました。

そしてコンクールは何を弾くんでしょうね。
その時亮は何を思うのか‥先の展開が気になります。
次回は<男のプライド>です。
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