これは雪が二年生の時の話だ。
秋のメインイベント、A大学祭を控えたそんなある日のこと。

雪は聡美と通話しながら、構内の廊下を歩いていた。
「あ、聡美?うん、学祭の準備。
テスト期間に被っちゃってんの。アンタも早く来なよ?」

経営学科の学生は皆、学祭準備の話し合いのため空き教室に招集を掛けられた。
雪は気が進まないながらも、その教室へと向かっている。

なぜ気が進まないかというと、以前皆の面前で意見を叩き潰されたからだ。
あのいけ好かない男、青田淳に。

あの時雪は、「もう自分とは関係ない」と割り切って、諦めて、それに背を向けた。
頼まれてないのに意見を出して潰された、”お人好しバカ”の自分に嫌気がさして。

けれど最近になって、青田淳は結局雪の意見を採用したという。
そして彼に関しては、先日三田スグルから助けてもらったという事実もある‥。


分かるようで分からない。
けれど極力、関わりたくはない。
今の雪が青田淳に対して思うところは、そんなところだ。

通話を終えた雪は、指定された教室のドアを開けた。
すると目に飛び込んで来たのだ。ウンザリする程目にした、あの疎ましい後ろ姿が。


ドアの開く音を聞き、青田淳は読んでいた本から顔を上げ、振り返った。
そこには、キョトンとした表情の赤山雪が居る。

ほんの刹那のことだが、互いのことを凝視する二人。
そして暫しの時間の後、二人は対照的な反応を示す。
彼女を見ても表情の変わらない淳と、みるみるうちに目を丸くしていく雪と。

そして数秒後、淳はまるで何も目にしなかったかのように、
雪からフイと視線を外した。

また元通り、本に目を落とす淳。
雪がこの部屋に入って来た時から、まるで何も変わっていないかのように。

この疎ましい後頭部‥。雪はジロッとした視線でそれを睨む。
今からでも出て行こうかしらん‥

二人きりなんて真っ平御免。
けれどここで出て行ったら負けな気がした。
雪は出来るだけ彼から遠回りして、随分な距離を開けて席に就いたのだった。

チク、タク、チク、タク。
普段は聞こえない秒針の音が、やけに大きく聞こえる。

生唾を飲み込む音さえ、聞こえてしまいそうな静寂。
耳を澄まさなくとも、彼がめくる紙の音さえ聞こえてくる。

チラ、と雪は彼の方に視線を走らせる。
そこには、雪のことなど微塵も気に留めていないような横顔がある。

雪は若干青い顔をしながら、その静寂にひたすら耐えていた。
気まずく重苦しい空気を、少しずつ吸い込み少しずつ吐き出す。

一定の間隔で聞こえる、ページを捲る音。

相変わらず教室に響く、秒針の音。

チク、タク、チク、タク。
五分が経過した。五分とはこんなにも長かっただろうか。

彼女の方をまるで見ない彼と、見ようとしない彼女と。
二人は互いの存在を無視するかのように、視線を交わさない。

彼と彼女を挟む、椅子六つ分の距離。
それは彼らが抱く相手への認識を象徴するかのような、随分と長い距離だった。

雪は白目になりながら、苦行にも似たその静けさに耐えている。
何コレ‥?私、早く来すぎた?!
いや、時間より十分かそこら早く来ただけだ‥。なんなのこれは‥うう‥

雪はポケットから携帯を取り出すと、祈るような気持ちでメールを打った。
聡美早く‥!早く来て早く‥!

しかしハタ、と思いつく。
こんなに焦る必要なんて全くないはずだと。
おっつ‥。
私ってばどうしてこんな黒淳素人みたいな反応‥

幾度と無く、こんな青田淳の姿を自分は目にして来たはずだ。
現にこの間、三田スグルの件で礼を言おうとした時も、綺麗さっぱり無視されたではないか。
私もコイツのこと、完全無視するって決めたじゃん?

挨拶しようとしても、幾度と無く無視された過去が脳裏を掠める。
目には目を、歯には歯を、とハンムラビ法典にも書いてあるのだ。
だからさっき私も挨拶しなかったんだから!
私だってアンタを空気みたいに扱えるんだっつーの!

だから出来るだけ遠い席に就いて、沈黙を貫いているのだ。
なぜだか疲労感は、半端ないけれど‥。


雪が心の中で大騒ぎしているのとは対照的に、やはり彼は静かだった。
雪のことなど何も気にせず、ただ本に目を落としている。
私もなんかやろっかな‥

何もしていないから、考えが暴走するのかもしれない。
雪は鞄からプレイヤーを取り出すと、イヤホンを耳に装着する。
音楽でも聴くか‥

好きな音楽に身を任せれば、この変な気分もマシになるかもしれない。
雪は再生ボタンを押し、お気に入りの曲を聴くことに決めた。

しかし。
「!」

ズキッ、と電流のように痛みが走った。
突然のその痛みに、雪は目を見開いて息を飲む‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<<雪と淳>開いた距離>でした。
さて、過去回想の話ですね。本家の時系列のちょうど一年前くらいでしょうか。
部屋を掃除している最中に見つけた思い出の品から飛ぶ、去年の学祭の話です。
少しこのあたりにあった出来事を振り返っての記事にしてみました。
皆様思い出されましたでしょうか‥?
さて気まずい空間で腹痛を覚える雪ちゃん。
次回は<<雪と淳>転倒>です。
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秋のメインイベント、A大学祭を控えたそんなある日のこと。

雪は聡美と通話しながら、構内の廊下を歩いていた。
「あ、聡美?うん、学祭の準備。
テスト期間に被っちゃってんの。アンタも早く来なよ?」

経営学科の学生は皆、学祭準備の話し合いのため空き教室に招集を掛けられた。
雪は気が進まないながらも、その教室へと向かっている。

なぜ気が進まないかというと、以前皆の面前で意見を叩き潰されたからだ。
あのいけ好かない男、青田淳に。

あの時雪は、「もう自分とは関係ない」と割り切って、諦めて、それに背を向けた。
頼まれてないのに意見を出して潰された、”お人好しバカ”の自分に嫌気がさして。

けれど最近になって、青田淳は結局雪の意見を採用したという。
そして彼に関しては、先日三田スグルから助けてもらったという事実もある‥。


分かるようで分からない。
けれど極力、関わりたくはない。
今の雪が青田淳に対して思うところは、そんなところだ。

通話を終えた雪は、指定された教室のドアを開けた。
すると目に飛び込んで来たのだ。ウンザリする程目にした、あの疎ましい後ろ姿が。


ドアの開く音を聞き、青田淳は読んでいた本から顔を上げ、振り返った。
そこには、キョトンとした表情の赤山雪が居る。

ほんの刹那のことだが、互いのことを凝視する二人。
そして暫しの時間の後、二人は対照的な反応を示す。
彼女を見ても表情の変わらない淳と、みるみるうちに目を丸くしていく雪と。

そして数秒後、淳はまるで何も目にしなかったかのように、
雪からフイと視線を外した。

また元通り、本に目を落とす淳。
雪がこの部屋に入って来た時から、まるで何も変わっていないかのように。

この疎ましい後頭部‥。雪はジロッとした視線でそれを睨む。
今からでも出て行こうかしらん‥

二人きりなんて真っ平御免。
けれどここで出て行ったら負けな気がした。
雪は出来るだけ彼から遠回りして、随分な距離を開けて席に就いたのだった。

チク、タク、チク、タク。
普段は聞こえない秒針の音が、やけに大きく聞こえる。

生唾を飲み込む音さえ、聞こえてしまいそうな静寂。
耳を澄まさなくとも、彼がめくる紙の音さえ聞こえてくる。

チラ、と雪は彼の方に視線を走らせる。
そこには、雪のことなど微塵も気に留めていないような横顔がある。

雪は若干青い顔をしながら、その静寂にひたすら耐えていた。
気まずく重苦しい空気を、少しずつ吸い込み少しずつ吐き出す。

一定の間隔で聞こえる、ページを捲る音。

相変わらず教室に響く、秒針の音。

チク、タク、チク、タク。
五分が経過した。五分とはこんなにも長かっただろうか。

彼女の方をまるで見ない彼と、見ようとしない彼女と。
二人は互いの存在を無視するかのように、視線を交わさない。

彼と彼女を挟む、椅子六つ分の距離。
それは彼らが抱く相手への認識を象徴するかのような、随分と長い距離だった。

雪は白目になりながら、苦行にも似たその静けさに耐えている。
何コレ‥?私、早く来すぎた?!
いや、時間より十分かそこら早く来ただけだ‥。なんなのこれは‥うう‥

雪はポケットから携帯を取り出すと、祈るような気持ちでメールを打った。
聡美早く‥!早く来て早く‥!

しかしハタ、と思いつく。
こんなに焦る必要なんて全くないはずだと。
おっつ‥。
私ってばどうしてこんな黒淳素人みたいな反応‥

幾度と無く、こんな青田淳の姿を自分は目にして来たはずだ。
現にこの間、三田スグルの件で礼を言おうとした時も、綺麗さっぱり無視されたではないか。
私もコイツのこと、完全無視するって決めたじゃん?

挨拶しようとしても、幾度と無く無視された過去が脳裏を掠める。
目には目を、歯には歯を、とハンムラビ法典にも書いてあるのだ。
だからさっき私も挨拶しなかったんだから!
私だってアンタを空気みたいに扱えるんだっつーの!

だから出来るだけ遠い席に就いて、沈黙を貫いているのだ。
なぜだか疲労感は、半端ないけれど‥。


雪が心の中で大騒ぎしているのとは対照的に、やはり彼は静かだった。
雪のことなど何も気にせず、ただ本に目を落としている。
私もなんかやろっかな‥

何もしていないから、考えが暴走するのかもしれない。
雪は鞄からプレイヤーを取り出すと、イヤホンを耳に装着する。
音楽でも聴くか‥

好きな音楽に身を任せれば、この変な気分もマシになるかもしれない。
雪は再生ボタンを押し、お気に入りの曲を聴くことに決めた。

しかし。
「!」

ズキッ、と電流のように痛みが走った。
突然のその痛みに、雪は目を見開いて息を飲む‥。

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<<雪と淳>開いた距離>でした。
さて、過去回想の話ですね。本家の時系列のちょうど一年前くらいでしょうか。
部屋を掃除している最中に見つけた思い出の品から飛ぶ、去年の学祭の話です。
少しこのあたりにあった出来事を振り返っての記事にしてみました。
皆様思い出されましたでしょうか‥?
さて気まずい空間で腹痛を覚える雪ちゃん。
次回は<<雪と淳>転倒>です。
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