ううっ‥

講堂での授業中、雪は腹部に痛みを感じて表情を曇らせた。
聡美はそんな雪を見て「顔色悪いね」と心配そうに声を掛ける。
咳はなんとか治まったっぽいけど‥風邪の終わりかけなのかな、
今度は胃が痛い‥。病院行くべき?

なかなか治りきらない身体。しかし雪はグッと痛みに耐え、気を引き締めた。
いや、このくらいなら我慢出来るな。お金も無いし‥

そう決めた雪は、結局授業が終わるまでその場に座り続けた。
そして終了のチャイムが鳴ると、大講堂から学生達が一斉に流れ出る。

ざわざわと動く人の波。
その中で青田淳は、一人目を閉じてその狭間に沈んでいた。
「はい注目ー」

「三、四年は自主参加だから授業ある人は行って。
一、二年は出来るだけバー行って手伝ってくれ。あ、ちなみに一年は強制参加な」

淳はぼんやりと目を開けた。
顔の無い人々が、彼の目の前を無数に動いて行く。
「特に準備に参加しなかった奴には積極的に来いって言っといてな」
「はーい」「バーってどこにあるんだっけ?」

淳は目の前に広がる光景を、ただその場で俯瞰していた。
全てが心の表面を滑って行く。人も、言葉も。
まだ体調が完全には回復していないのかもしれない。
まるで水の中に居るみたいに、全ての声が薄い膜の向こう側で響いている。

「インフル流行ってるって‥」「準備した人達、皆ざっくりとしかやんなかったらしいよ」
「てかメニューって何があるの?」「うーん金が‥」
「料理得意な子居る?」

そんな喧騒の中で、少し聞き覚えのある声がした。その中に出てくる名前が、真っ直ぐに耳に届く。
「うちら二人は準備参加出来なかったからバー行くつもりだよ。
雪、アンタ昨日雨に降られてからずっと調子悪そうじゃん」
「俺、後で話しときますからこっそり抜けたらどうデスか」
「ちょっと変な目で見られるかもだけど‥OK?」

淳はその会話を聞きながら、指先をトン、トン、と一定のリズムで動かしていた。
彼女がどんな返事をするのか、無意識に待っている自分が居る。
「‥‥‥‥」

「うん‥ありがと」

まるで突然自身を覆っていた水の膜が弾けたかのように、その声はハッキリと淳の耳に届いた。
淳は目を丸くしながら、その声の主の方を向く。

案の定そこに彼女は居た。
顔のない人々の間で、彼女だけには表情がある。


しかしすぐに、彼女は雑踏の中に紛れ込み見えなくなった。
ざわざわと響く喧騒の狭間。いつの間にか彼女を探している。


淳は彼女から目を逸らした。
彼女を気にする自身からも、目を逸らすような心持ちで。
そんな中、彼女の声が再びハッキリと耳に届く。
「あ、これ?私のじゃないの。青田先輩の‥」


彼女の口から自分の名前が出たことに、淳は訳もなく衝撃を覚えた。
頭は未だにその変化について行けないまま、ただ耳だけが彼女らの会話を追っている。
「なんで返さないで持ってんの?」「それは‥どうしてなんだろうね」

続けて彼女が言ったその言葉は、淳の心を突き動かした。
「本当に変人でしょ」

「マジで超おかしいんだよ私‥」「それは今に始まったことじゃないですヨ」
「今世界で一番変なのって私だと思う」「アンタ今熱でちょっとおかしくなってんのよきっと」

「早く返しちゃって、家帰って寝な。分かった?」


淳は彼女の方を向いた。
人ごみの間に、微かに見えるオレンジ色の頭。

その手に握られている、自分の傘‥。


淳は雑踏の狭間で見え隠れする彼女から、目が離せなかった。
遂に雪が自分の方へ、彼女の方からやって来る‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>喧騒の狭間 でした。
淳は疲労のピークや体調が悪い時、こんな風に人々の間に沈み込みますね。
そしてやはりそんな時は、雪に意識を持って行かれてしまう、と。
今回は雪と淳以外の人の顔がほとんど描かれていないのが印象的です。
次回は<雪と淳>無意識の許容 です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
極力使われないようお願いします!
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!

講堂での授業中、雪は腹部に痛みを感じて表情を曇らせた。
聡美はそんな雪を見て「顔色悪いね」と心配そうに声を掛ける。
咳はなんとか治まったっぽいけど‥風邪の終わりかけなのかな、
今度は胃が痛い‥。病院行くべき?

なかなか治りきらない身体。しかし雪はグッと痛みに耐え、気を引き締めた。
いや、このくらいなら我慢出来るな。お金も無いし‥


そう決めた雪は、結局授業が終わるまでその場に座り続けた。
そして終了のチャイムが鳴ると、大講堂から学生達が一斉に流れ出る。

ざわざわと動く人の波。
その中で青田淳は、一人目を閉じてその狭間に沈んでいた。
「はい注目ー」

「三、四年は自主参加だから授業ある人は行って。
一、二年は出来るだけバー行って手伝ってくれ。あ、ちなみに一年は強制参加な」

淳はぼんやりと目を開けた。
顔の無い人々が、彼の目の前を無数に動いて行く。
「特に準備に参加しなかった奴には積極的に来いって言っといてな」
「はーい」「バーってどこにあるんだっけ?」

淳は目の前に広がる光景を、ただその場で俯瞰していた。
全てが心の表面を滑って行く。人も、言葉も。
まだ体調が完全には回復していないのかもしれない。
まるで水の中に居るみたいに、全ての声が薄い膜の向こう側で響いている。

「インフル流行ってるって‥」「準備した人達、皆ざっくりとしかやんなかったらしいよ」
「てかメニューって何があるの?」「うーん金が‥」
「料理得意な子居る?」

そんな喧騒の中で、少し聞き覚えのある声がした。その中に出てくる名前が、真っ直ぐに耳に届く。
「うちら二人は準備参加出来なかったからバー行くつもりだよ。
雪、アンタ昨日雨に降られてからずっと調子悪そうじゃん」
「俺、後で話しときますからこっそり抜けたらどうデスか」
「ちょっと変な目で見られるかもだけど‥OK?」

淳はその会話を聞きながら、指先をトン、トン、と一定のリズムで動かしていた。
彼女がどんな返事をするのか、無意識に待っている自分が居る。
「‥‥‥‥」

「うん‥ありがと」

まるで突然自身を覆っていた水の膜が弾けたかのように、その声はハッキリと淳の耳に届いた。
淳は目を丸くしながら、その声の主の方を向く。

案の定そこに彼女は居た。
顔のない人々の間で、彼女だけには表情がある。


しかしすぐに、彼女は雑踏の中に紛れ込み見えなくなった。
ざわざわと響く喧騒の狭間。いつの間にか彼女を探している。


淳は彼女から目を逸らした。
彼女を気にする自身からも、目を逸らすような心持ちで。
そんな中、彼女の声が再びハッキリと耳に届く。
「あ、これ?私のじゃないの。青田先輩の‥」


彼女の口から自分の名前が出たことに、淳は訳もなく衝撃を覚えた。
頭は未だにその変化について行けないまま、ただ耳だけが彼女らの会話を追っている。
「なんで返さないで持ってんの?」「それは‥どうしてなんだろうね」


続けて彼女が言ったその言葉は、淳の心を突き動かした。
「本当に変人でしょ」

「マジで超おかしいんだよ私‥」「それは今に始まったことじゃないですヨ」
「今世界で一番変なのって私だと思う」「アンタ今熱でちょっとおかしくなってんのよきっと」

「早く返しちゃって、家帰って寝な。分かった?」


淳は彼女の方を向いた。
人ごみの間に、微かに見えるオレンジ色の頭。

その手に握られている、自分の傘‥。


淳は雑踏の狭間で見え隠れする彼女から、目が離せなかった。
遂に雪が自分の方へ、彼女の方からやって来る‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>喧騒の狭間 でした。
淳は疲労のピークや体調が悪い時、こんな風に人々の間に沈み込みますね。
そしてやはりそんな時は、雪に意識を持って行かれてしまう、と。
今回は雪と淳以外の人の顔がほとんど描かれていないのが印象的です。
次回は<雪と淳>無意識の許容 です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
極力使われないようお願いします!
人気ブログランキングに参加しました


