男はゴミにまみれた身体を震わせ、地面にうつ伏していた。
はぁはぁと荒い息遣いに合わせて、ポタポタと血液が地面に垂れる。
男はその場に立っている淳の足元に這いつくばるような格好で、切れ切れに息を吐きながら口を開いた。
「な‥なぁ‥もう止めてくれよ‥。全身が痛くて堪んないよ‥」
俺が悪かった、と言いながら男は媚びへつらうような笑みを淳に向けた。
「一度だけ見逃してくれよ‥」
そうして俯いた男の口元はニヤリと歪んでいた。気づかれないように、爪で地面をえぐり砂を掴む。
しかし淳は、男の憐憫の情を誘うような言葉を耳にしても眉一つ動かさなかった。男に視線すら落とさない。
真面目に生きるから‥と男が言葉を続けながら、砂を掴んだ手を動かした。
そのまま淳の瞳を目掛けて砂をかけようとした矢先、淳の右足が男の左手を思い切り踏みつけた。
「うわぁぁああ!!」
男の悲痛な叫びが辺りにこだましても、淳は足をどけない。
むしろ右足に体重をかけ続けた。男が右手で淳の足を叩きながら叫び声を上げる。
「うわぁぁあ!やめろぉぉやめてくれ!どけてくれぇ!!」
そんな男を見下ろしながら、淳は冷静に口を開いた。さも当然の報いであると言うように。
「なぜ止める必要がある?どうせ下着を盗むような穢れた手だろう?」
何の感情も読み取れない表情で男を見下ろしながら、淳は無慈悲に言い捨てた。
「折っちまうか‥」
そう言って、淳は自身の右足により一層力を込めた。
ギシギシと男の骨が軋む。
「やめてくれ!!頼む!やめてくれぇぇ!」
涙も汗も唾液も、全てを垂れ流しながら男は惨めにも絶叫しながら慈悲を乞うた。
そして男の手の骨が折れる前に、ようやく淳は男の左手から足を外した。
しかしそれは、淳が男を許したから足をどけたのではなかった。彼の心に憐憫の情が湧いたわけでもない。
地面に落ちていた白い封筒に目を留めたからだった。舌打ちをしながら身をかがめてそれに手を伸ばす。
淳は汚れてよれた封筒を見て溜息を吐いた。
台無しだよ、と言って神経質そうに眉を寄せる。
男は感覚の無くなった手を庇いながら、息も絶え絶えに淳に向かって口を開いた。
「あんた‥正当防衛も行き過ぎると‥罪になるってこと知らねーのか‥?
自分がやってることがどういうことか‥知っててやってんのかよ‥?」
「あんたも俺と一緒に‥臭い飯を食うことになるんだ‥」
痛みに身体を震わせる男の言葉に、淳は冷静に返した。恐ろしいほどの無表情で。
「言ったよな。無駄な足掻きはよせって」
淳は地面にうつ伏せた男にゆっくりと近づいた。声のトーンを落とし、その耳に届くように言葉を紡ぐ。
「お前が心配すべきことはそこじゃない。心配すべきことは、
ただではお前を警察に引き渡しはしないということと、」
低く響く、警告のトーン。
淳の無慈悲な通告が、冷たく男に下された。
「出所しても平和になんか生きられないということだ」
そこまで言ったところでふとした気配を感じて、淳は顔を上げた。
細い路地の中から、通りの方向を臨む。
そこには誰も居なかった。
‥いや、いないふりをしていた。
淳の無慈悲で残忍なその姿を前に、雪は必死で息を殺すしかなかったのだ。
信じられないものを前にして、心臓が早鐘を打ち息遣いは荒くなる。
暫し両手で口元を塞いでいた雪だが、やがてゆっくりと事態の把握と状況の整理が出来てくると、その手を下ろした。
血だらけの男、ゴミが散乱した細い路地、無慈悲な彼の姿‥。
"これ、淳のせいなんだ"
雪は突如、以前亮が口にした言葉を思い出した。
あれはまだ亮と出会って間もない頃、二人でお昼を食べた時のことだ。
あの時彼は言った。
元は左利きだったが故障してしまったんだと。そしてそれは‥
これ、淳のせいなんだ
雪の脳裏に、先ほど覗いた時目にした場面がフラッシュバックする。
何を言っているのか聞き取れなかったが、男に近づいて言葉を掛ける彼、「折っちまうか」という呟き、
悲痛な叫びを上げる男にも構わず、踏みつけ続けた右足‥。
「先‥」
雪は彼に声を掛けようと、もう一度路地の方へ顔を出した。
しかし雪の目に入ってきたのは、地面に落ちた血痕、手を押さえてうつ伏せる変態男の姿‥。
雪は咄嗟に身を翻した。
あまりの恐ろしさに、心臓が口から飛び出そうだった。
震える両手で口を塞ぐ。
満月にかかっていた薄雲が、風で流れて月は煌々と辺りを照らした。
その明かりを頼りに、雪は後ろ手に壁に手をつきながら必死で立ち上がる。
彼に声を掛けることは出来なかった。すぐにここを立ち去ろうと足を踏み出そうとした瞬間、
不意に声を掛けられた。
「ダメージヘアー!何やってんだ?!」
通りの向こうからそう言って掛けて来たのは亮だった。雪に近付き、その腕を取る。
「お前のダチがお前のことスゲェ探してるぞ!ここで何してんだよ?!」
雪は亮の顔を見て、ホッとしたように息を吐いた。ここで何してるんだという亮の問いに、
私も聡美を探しに行ったんだけど道に迷った、と嘘を吐いた。
「ここに何かあんのか?」
背中で庇うようにして路地を塞いでいた仕草と、言葉を濁した雪に疑問を持って亮がその中を覗き込む。
咄嗟に雪は止めようとするが、間に合わなかった。
通りを覗き込んだ亮が目にしたのは、予想外のものだった。
慈悲のある男と無慈悲な男。対照的な二人の男が、視線を合わせる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<無慈悲>でした。
「出所しても平和になんか生きられないということだ」って‥。
社会的地位の高い先輩が言うから尚の事怖いですね‥^^;執拗に男の情報を追って社会的に抹殺しそうです。。ひー
次回は<解けない不信>です。
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はぁはぁと荒い息遣いに合わせて、ポタポタと血液が地面に垂れる。
男はその場に立っている淳の足元に這いつくばるような格好で、切れ切れに息を吐きながら口を開いた。
「な‥なぁ‥もう止めてくれよ‥。全身が痛くて堪んないよ‥」
俺が悪かった、と言いながら男は媚びへつらうような笑みを淳に向けた。
「一度だけ見逃してくれよ‥」
そうして俯いた男の口元はニヤリと歪んでいた。気づかれないように、爪で地面をえぐり砂を掴む。
しかし淳は、男の憐憫の情を誘うような言葉を耳にしても眉一つ動かさなかった。男に視線すら落とさない。
真面目に生きるから‥と男が言葉を続けながら、砂を掴んだ手を動かした。
そのまま淳の瞳を目掛けて砂をかけようとした矢先、淳の右足が男の左手を思い切り踏みつけた。
「うわぁぁああ!!」
男の悲痛な叫びが辺りにこだましても、淳は足をどけない。
むしろ右足に体重をかけ続けた。男が右手で淳の足を叩きながら叫び声を上げる。
「うわぁぁあ!やめろぉぉやめてくれ!どけてくれぇ!!」
そんな男を見下ろしながら、淳は冷静に口を開いた。さも当然の報いであると言うように。
「なぜ止める必要がある?どうせ下着を盗むような穢れた手だろう?」
何の感情も読み取れない表情で男を見下ろしながら、淳は無慈悲に言い捨てた。
「折っちまうか‥」
そう言って、淳は自身の右足により一層力を込めた。
ギシギシと男の骨が軋む。
「やめてくれ!!頼む!やめてくれぇぇ!」
涙も汗も唾液も、全てを垂れ流しながら男は惨めにも絶叫しながら慈悲を乞うた。
そして男の手の骨が折れる前に、ようやく淳は男の左手から足を外した。
しかしそれは、淳が男を許したから足をどけたのではなかった。彼の心に憐憫の情が湧いたわけでもない。
地面に落ちていた白い封筒に目を留めたからだった。舌打ちをしながら身をかがめてそれに手を伸ばす。
淳は汚れてよれた封筒を見て溜息を吐いた。
台無しだよ、と言って神経質そうに眉を寄せる。
男は感覚の無くなった手を庇いながら、息も絶え絶えに淳に向かって口を開いた。
「あんた‥正当防衛も行き過ぎると‥罪になるってこと知らねーのか‥?
自分がやってることがどういうことか‥知っててやってんのかよ‥?」
「あんたも俺と一緒に‥臭い飯を食うことになるんだ‥」
痛みに身体を震わせる男の言葉に、淳は冷静に返した。恐ろしいほどの無表情で。
「言ったよな。無駄な足掻きはよせって」
淳は地面にうつ伏せた男にゆっくりと近づいた。声のトーンを落とし、その耳に届くように言葉を紡ぐ。
「お前が心配すべきことはそこじゃない。心配すべきことは、
ただではお前を警察に引き渡しはしないということと、」
低く響く、警告のトーン。
淳の無慈悲な通告が、冷たく男に下された。
「出所しても平和になんか生きられないということだ」
そこまで言ったところでふとした気配を感じて、淳は顔を上げた。
細い路地の中から、通りの方向を臨む。
そこには誰も居なかった。
‥いや、いないふりをしていた。
淳の無慈悲で残忍なその姿を前に、雪は必死で息を殺すしかなかったのだ。
信じられないものを前にして、心臓が早鐘を打ち息遣いは荒くなる。
暫し両手で口元を塞いでいた雪だが、やがてゆっくりと事態の把握と状況の整理が出来てくると、その手を下ろした。
血だらけの男、ゴミが散乱した細い路地、無慈悲な彼の姿‥。
"これ、淳のせいなんだ"
雪は突如、以前亮が口にした言葉を思い出した。
あれはまだ亮と出会って間もない頃、二人でお昼を食べた時のことだ。
あの時彼は言った。
元は左利きだったが故障してしまったんだと。そしてそれは‥
これ、淳のせいなんだ
雪の脳裏に、先ほど覗いた時目にした場面がフラッシュバックする。
何を言っているのか聞き取れなかったが、男に近づいて言葉を掛ける彼、「折っちまうか」という呟き、
悲痛な叫びを上げる男にも構わず、踏みつけ続けた右足‥。
「先‥」
雪は彼に声を掛けようと、もう一度路地の方へ顔を出した。
しかし雪の目に入ってきたのは、地面に落ちた血痕、手を押さえてうつ伏せる変態男の姿‥。
雪は咄嗟に身を翻した。
あまりの恐ろしさに、心臓が口から飛び出そうだった。
震える両手で口を塞ぐ。
満月にかかっていた薄雲が、風で流れて月は煌々と辺りを照らした。
その明かりを頼りに、雪は後ろ手に壁に手をつきながら必死で立ち上がる。
彼に声を掛けることは出来なかった。すぐにここを立ち去ろうと足を踏み出そうとした瞬間、
不意に声を掛けられた。
「ダメージヘアー!何やってんだ?!」
通りの向こうからそう言って掛けて来たのは亮だった。雪に近付き、その腕を取る。
「お前のダチがお前のことスゲェ探してるぞ!ここで何してんだよ?!」
雪は亮の顔を見て、ホッとしたように息を吐いた。ここで何してるんだという亮の問いに、
私も聡美を探しに行ったんだけど道に迷った、と嘘を吐いた。
「ここに何かあんのか?」
背中で庇うようにして路地を塞いでいた仕草と、言葉を濁した雪に疑問を持って亮がその中を覗き込む。
咄嗟に雪は止めようとするが、間に合わなかった。
通りを覗き込んだ亮が目にしたのは、予想外のものだった。
慈悲のある男と無慈悲な男。対照的な二人の男が、視線を合わせる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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