
眉目秀麗、高身長、実家は資産家。A市トップクラスのA大学経営学科の全体首席。
誰もが羨む、A大のアイドル的存在である。
しかしそれ故の、彼の抱える闇がある。
彼の根っこの部分を形作った、重要なエピソードがある。
まだ彼が小学生の時。
親戚の誕生日パーティーへ、青田家がお呼ばれした時のことである。
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ここはとある高級ホテル。
シャンデリアのあるゲストルームに、沢山の人が集っていた。
各々が頭を下げたり談笑したりする中、青田家の来訪に気がつくとすかさず皆挨拶に訪れた。
母親の影に隠れていた淳は、自分に向けられた挨拶にも知らんふりをして黙り込んだ。

次々と人々は寄ってくる。
淳は家から持ってきたラジコンカーを持って、誰も居ないところを探して走り出した。

あまり遠くに行くなという母親の声が遠ざかるまで。

途中すれ違った同じ年くらいの女の子が、淳の顔を見て頬を染めた。

パーティーは滞り無く続いていた。

どこからともなく、その耳障りな泣き声が響き渡るまでは。

先ほどの女の子は、両親がいくら宥めても泣き続けていた。
淳はそのノイズを聞いていた。

いくらリモコンを動かしても、もう動かないラジコンカーを前にしながら。

誰も居ない廊下に一人、座っていた。

そこに鼻歌を歌いながら、親戚の兄貴分、秀紀がやって来た。

彼は淳に気がつくと、こんな所で何やってんだとその隣に座った。
その時、一際大きな泣き声が聞こえた。

何事かと、秀紀も動きを止めてその声に聞き入る。
秀紀は、淳に向かって言った。
さてはお前があの子を泣かせたんだろうと。

何も言わない淳を見て、男のくせに女の子を殴っちゃ卑怯だぞと言うと、淳は大声で否定した。
「違う!あいつが先にこれを壊したんだ!俺は何もしてないのに、急に‥!」

淳は殴ったのではなく、彼女が謝りもしないししつこくつきまとうから、少し押しのけただけだと訴えた。
すると母親に抱えられた女の子がやって来て、淳の姿を見ると再び激しく泣いた。

淳は怒っていた。
わざと大げさに泣いているだけだ、自分がどれだけ怒られたと思っているんだと憤慨していた。

泣き声は広い家に反響するようだった。
淳は両手で耳を塞いだ。

もううんざりだった。頭が痛い、早く家に帰りたい‥。

秀紀はそんな淳を見て、なんだそんなことかと事も無げに言った。
「あの子はお前にかまって欲しいんだよ!一緒に遊びたかったのに、
お前が一人で遊んでいるからムキになったんだろう」

秀紀は女心を理解出来なかったお前が悪い、と言った。そんなこと言わずにかまってやれよ、と。
しかし淳は、興味ない、と吐き捨てるように言った。

「俺だってやるだけやったんだ。挨拶だってしてやったし、話し相手にだって、
親切にもなってやったんだ。それなのにアイツはこれを壊しやがったんだ」
怒って当然だろうと言う淳に、秀紀も共感出来る部分もあり、言葉を濁した。
「なんで俺だけ怒られなきゃいけないんだ‥」

淳は続けて言った。それは呟くような、心の声が漏れ出たような言葉だった。
「俺のトラックを壊されたんだ。
俺もあの子の人形の首根っこでもへし折ってやらなきゃ気が済まない。」

秀紀は驚いた。
そして次の瞬間、淳の頭をげんこつで殴っていた。
「こらぁ!このクソガキ!
ガキのくせにそんな惨たらしいこと口にすんじゃねーー!!」

淳は衝撃の走った頭を押さえながら、目を丸くしていた。
殴られたことが信じられなかったらしい。

秀紀は淳に、文字通り説教をした。甘やかされて育ってきた彼の、その態度についての苦言だった。
「これから先、お前の顔や家柄のせいで寄ってくる人間は嫌ってほど現れる」

これよりも酷いことも、耳を塞ぎたくなるようなことも、沢山起こる。
けれどお前は、その度に腹を立てるつもりなのか。
人間たちはお前の気持ちなんてお構いなしにたかってくるんだ。
今日のパーティーが良い例だ。主人公そっちのけで、皆権力のある青田家に擦り寄って来ていただろう。
お前にとっては煩わしいことかもしれない。けれど、あからさまに態度に出していては、
損をするのはお前だけだ。

秀紀は続けた。
最近中学に上がった彼は、小学校とは全く別物の、魑魅魍魎がウヨウヨいる世界に足を踏み入れたと嘯いた。

淳は黙って聞いていた。
お前みたいな露骨な態度ですぐに腹を立てるようなヤツは、いくら金持ちでも嫌われ続けるというその言葉を。
そして秀紀は一つ、淳に重要な忠告をした。良いことを教えてやる、と前置きをして。
「笑顔でいることだ!」

人前では何が何でも笑うこと。
それが、一番の武器になると。

手のひらを広げて笑ってみせる秀紀の笑顔は、淳の印象に強く残った。
ただ笑っていれば、煩わしいことは全て解決できる‥‥。

秀紀はオレ良い事言った!とコップの中身を飲み干して、ハイテンションになった。
ジュースのコップに入れ替えた酒を飲んでいることをこっそり教えてくれた。

そしてまた、あの泣き声が聞こえてきた。
あの煩わしい泣き声、そのノイズが。
「聞きたくないだろうけど、あの子はお前にかまって欲しいから、ああして泣いてるんだ。
しっかり笑顔で仲直りしろよな」

秀紀はそう言って、その場を去った。
一人残された淳は、何かを考えていた。その視線の先に壊れたラジコンカーを置きながら。

ゆっくりと歩いて行った。
そのノイズが発している場所まで。

彼女は驚きのあまり、泣き止んだ。

「もう泣かないで。俺が悪かったよ」

「押しのけたりしてごめん。な?」

これが、淳が初めて笑顔の仮面を被った瞬間だった。
煮え滾るような気持ちを隠す為の、この世を上手く渡っていく為の、処世術を学んだ瞬間だった。
その淳の笑顔を見て、女の子は頬を染めた。
あたしと遊んでくれたら許してあげても良いといい、淳と二人で歩いて行く。


そんな二人を、老人が一人見ていた。
彼は河村教授。
青田淳の父親が、若い頃からお世話になっている人物である。
彼は見抜いていた。
淳の、その闇を。

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<淳>その生い立ち(2)へ続きます。
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