夏の日の朝に、雪の着メロが大音量で鳴り響いた。
着信画面には”聡美”と出ている。
今日の夕方に会う約束じゃ‥と雪は寝ぼけ眼のまま電話に出た。
しかし聡美の慌てふためく口調に、雪は目を丸くする。
「えっ?!」
聡美の身に何かあったようだ。
雪は急いで出かける準備を始めた。
雪が聡美の家へと駆けつけると、彼女は玄関先で腕組みをして苦い表情を浮かべていた。
雪の顔を見た途端彼女は雪に泣きついて、思わず大きい声を出す。
「もうマジ最悪なの!あたしの下着がぁ‥!」
しかしドアの前で作業しているおじさんに気を留めると、聡美はすぐに口を噤んだ。
やがて作業は終わり、おじさんが去って行くのを見届けると二人は顔を見合わせる。
正気に戻ると、やはりぎこちなさが漂っているのだ。
聡美はとりあえず中に入るよう雪に促し、雪はそれに従った。
聡美がコーヒーとクッキーを持って来てくれて、二人はお茶をした。
一息ついた後聡美は、雪の住まいは正門の方だったよねと確認した。
「そうだけど」と言う雪。聡美は大声で説明を始める。
「今、裏門側にあるアパート全体がパニック状態なの!変態が出没するわ下着泥棒が出るわ!」
聡美の話によると、最近近所で変態の目撃情報や盗難など、物騒な事件が度々起きているということだった。
お隣さんはお金に宝石まで盗まれ、かく言う聡美も下着を盗まれた。警察にも届け出をしたらしい。
それで早速ドアロックの入れ替えをしてもらい、今に至るというわけだ。
「あんたも気をつけなよね。ここら一帯が全滅ってことは、
かなり悪どいヤツに違いないわ。今後何されるか知れたもんじゃない!」
雪は初めて耳にするその物騒な話に、戸惑いながら頷いた。
そして何はともあれ聡美が無事だったことに安心しつつ、太一には連絡したのかと聞いてみた。
すると聡美は凄い形相で雪にこう質問する。
「最近あいつと連絡取れた?!」
確かに雪も、太一にメールした際やけに返事が無いなと思っていた。
聡美は最近太一は音信不通なのだと言う。
携帯の電源も切っており、実家に掛けてもつながらない、何を考えているのか全く分からないと。
「まったく‥何があったんだか‥」
そう言って俯く聡美は、怒りの中にも心配そうな気持ちが見え隠れする。
雪は頭を掻きながら、曖昧な言葉を選んだ。
「ほんと‥どうしちゃったんだろうね?呼べばいつでもすっ飛んでくる子なのに‥」
「何かあったのかな」と言う雪に、
聡美はスネたように「さーね」と言った。
それ以来二人の会話は途切れて、気まずい沈黙が漂う。
二人は同時にコーヒーカップに手を伸ばすと、同じタイミングでそれを一口飲んだ。
カップ越しに、気まずい視線が交差する。
それに耐え切れず、ガチャンという音を立てて聡美がカップを置いた。
息苦しくてやってらんないと、聡美はプリプリと怒りながら喚いた。
こんなのうちらじゃないよと。
ハハハ、と雪は笑って見せた。
聡美らしいその態度は、どこか憎めず愛らしい。
雪は一度俯いてから、聡美の名前を呼んで顔を上げた。
その真っ直ぐな瞳には、決意が滲んでいた。
自分が無意識に引いていた線を、飛び越えようという強い決意が。
雪はかしこまって、話したいことがあると聡美に切り出した。
聡美も「実はあたしも‥」と口を開きかけたのだが、雪の衝撃的な一言の前に彼女の言葉は尻切れになった。
「お父さんの会社が倒産したの」
思いがけないその言葉に、聡美は思わず飛びついた。
「マジで?!あんた大丈夫なの?!それじゃあ今後どうなっちゃうの?!」
雪は予想外に動揺した聡美に驚いて、精一杯安心させようと彼女を宥める。
「家が潰れたわけじゃないからさ」と。
いきなり結論から言い出して聡美を動揺させてしまったことに、雪は少し後悔していた。
そのため雪は、倒産に至った経緯とこれからの展望を、詳細に聡美に説明し始める。
父親の事業は元々不安定気味だったところに不景気がたたって、結局店を畳んだということ。
そして近々母親が宴麺屋を開店させ、借金もそんなに無いことも考えると心配要らないということ。
雪の丁寧な説明に聡美は幾らか胸を撫で下ろし、大変だったでしょと雪に抱きついた。
雪はそんな流れでアルバイトも始めたし、一人暮らしの部屋もいずれ引き払うという事も伝えた。
そして多少言いづらそうに、雪は旅行のことを口に出す。
「旅行のことだけど‥今の状況だと無理に近いけど、行けるように努力するよ‥」
雪は無理矢理そう言っているんじゃなく、二人と旅行がしたい気持ちは本物だと言った。
行き先がどこであれ、三人一緒ならそれでいいと思っていたから。それが本心だったから。
聡美は真っ直ぐ雪を見ている。
そんな彼女の視線を受けて、雪は少しぎこちなさを感じている。
「実はこんなこと言葉にするの、まだ恥ずかしいんだ‥」
雪は心の内を話すことに慣れていなくて、どこかこそばゆい気持ちでいっぱいだった。
けれど雪は言葉を続けた。ずっと聡美に対して思っていたことを。
「今まで聡美とお父さんとの仲が羨ましくて、言い出せなかったの。
私、父とはあまり仲良くないから‥」
「それで尚更話せなかったみたい。子供みたいだね」
雪は環境の変化と、そういう精神的な理由で、今まで聡美を気遣うまでの余裕が無かったんだと思うと言った。
「ごめんね」
そう静かに言う雪は、優しい顔をしていた。
聡美は俯いたまま、何かをこらえるような表情をしていた。
雪は聡美に手を差し伸べながら、心からの言葉を紡ぐ。
「決して二人を疎ましく思ったこともないし、ずっと友達でいられたらなぁと思う。
素直に言い表わせなかったんだ。もうこれ以上些細なことで意地張ったりして、二人と気まずい関係になりたくない。
これからは色々と努力するから。何かあったらちゃんと話すし‥」
そう言った雪に、聡美は大きな声で「ちがう!!」と叫んだ。
「あんたのこと何もかも全部話せって言ってるわけじゃない!」
勿論それはそれで嬉しいけれど、聡美が言いたかったのはそういうことではないのだ。
聡美は頭を抱え、弱々しく言葉を続けた。
「あんたの事情も知らずにバカみたいに振る舞ってた自分が情けなくて‥」
この間雪にぶつけた自分の暴言が蘇った。
なんであたしばっかり悪者にするの?!
自分の感情ばかりを優先して嫌な態度を取ってしまい、それが腹立たしくて逆ギレのようなことを口にしてしまったと、
聡美は自身の行動を後悔していた。
しかしそう言う自分自身がどこか決まり悪くて、聡美は雪に向かって身を乗り出す。
「だってうちらは親友だって思ってたのにそうでもないみたいだし、
横山の一件だって太一だけ知っててあたしは何も知らされて無かったし‥!なんか寂しかったんだもん!」
そして聡美は、去年雪がストレスが原因で倒れた事件を口にした。
あの時の雪は奨学金問題の他に色々と重荷を抱えていたように見えたのに、何も助けることが出来なかったと。
それは雪が聡美を頼ろうとしないので、深く踏み入ることが出来なかったことに要因があったのかもしれない。
そこまで言ったところで聡美は頭を抱えた。
色んな感情がごっちゃになって、何を言うべきなのか分からなくなる。
雪はそんな聡美を見て「ごめん」と謝ったが、
聡美は自分の方こそ興奮し過ぎたと、自分中心に考え過ぎていたと謝った。
そして聡美も、自分の心の中にわだかまっていたものを口に出した。
「‥あたしもあんたが羨ましかった」
聡美は自分には無いものを沢山持っている雪が羨ましかったと言った。
例えば自分と違ってバカな真似はしないところや、要領の良い所、
そして母親と仲が良さそうなところ‥。
雪は最後の母親のことへの言及に、疑問符を浮かべた。
なぜそんなことを口にするのだろう‥?
すると聡美は若干言いづらそうに、そして哀しげに口を開いた。
「あたし、母親いないんだよね」
雪は初めて聞くその話に、身を乗り出した。
聡美は俯きながら、両親は聡美が小さい頃に離婚したこと、母親はその時家を出て行ったことを説明した。
母親はすでに再婚しており、今は当然何の連絡も取り合ってないと言う。
昔一緒に住んでいた時も、可愛がってもらった記憶も特に無いんだと聡美は寂しそうに言った。
姉も現在外国に住んでおり、傍に居る身内は父親だけなんだと。そのせいで、あんなに仲が良いんだと。
聡美はポツリと呟いた。
「二人っきりだからさ」
そして雪が度々母親と電話してる姿‥心配してもらったり仲良さそうに話している姿を見ては、
羨ましく思っていたんだと、聡美は自分の本心を打ち明けた。
雪は聡美の話を聞いて、ぼんやりと彼女と過ごした日々を思い返してみた。
そう言われてみれば、お母さんの話って一度も聞いたことないかも‥。
薄々感じてはいたけどまさか本当に居なかっただなんて‥
人と人との間においては「話すべき話」というものがあって、
聡美と雪は互いにコンプレックスもあって「親の話」をしてこなかった。
だからこんなに昔の話を今知ることになり、二人はそのぎこちなさを今必死に埋めている。
脳裏に太一の姿が思い浮かんだ。
太一は知ってるのかな‥?知らないはずないか‥。
雪はそのことに寂しさを覚えた。
そして知らなかったとはいえ、今まで聡美の前で散々母親の話をしていたことも思い出して、
いたたまれなくなった。
ああ‥聡美もこんな気持ちだったのかなぁ‥
知らない、ということは罪ではない。
しかし時にそれは、とても残酷に相手を傷つけてしまうことがある。
雪は先ほど頭を抱えていた聡美の気持ちが、心から分かるような気がした。
聡美がそんな雪を見て、ぎゅっと手を握って来た。
「雪、本当にごめんね。これからは駄々こねたり我儘言ったりしないから!
あんたとずっと友達でいたいよ‥」
「あたし達、もうこれ以上ケンカはやめよ。これからはお互い素直に生きようよ」
二人は高校三年生の時、受験単科ゼミのある塾で初めて出会った。
違う学校同士なのにすぐに打ち解けた二人はそれから五年間、ずっと楽しくやってきた。
これからもずっと友達でいたい。
もう二度とこんなぎこちない関係は嫌だ。
二人はそう言って手を握り合った。
雪が涙を流す聡美を見て、力強く言った。
「私、努力するからね」
線を越えるために、そして二人がいつまでも、友達でいるために。
微笑んだ雪に、聡美が彼女の名を呼んで抱きついた。
号泣する聡美につられて、雪の目にも涙が滲んでいた。
その後二人はスッキリした心持ちで、お菓子を食べたり話をしたりした。
先日雑貨店で買ったピアスをプレゼントすると、聡美はぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでくれた。
二人の間に流れる空気は弾んだ。
彼女の耳についたピアスが、七色の光を反射してキラキラと煌めく。
そして雪は、一人考える。
友達とはなにかということを。
結局、長い間積もっていた話を通して、聡美と仲直りすることが出来た。
仲直りって、ごく当たり前のことかもしれないけれど、
結局互いの穴を埋められるのは、時間と努力なんだと思う。
仲直りは出来て良かったものの、未だに誰かにこういう話を無闇にしていいものなのか、
煮え切らない思いは消えないままだ。
何が正解なのかは分からない。
全てを打ち明けるということは、かえって互いの距離を尚感じさせられるだけなのかもしれない。
けれど、と雪は考える。
友達とは何かということを。
けれど、こうして考えさせてくれる友達が傍にいるということは、すごくありがたいことだ
友達とはきっと、傍にいるだけで、それだけでいいものなんだろう。
違う環境で育ってきた別々の人間である私達が、数々の偶然を経て今ここにいる。
奇跡なんて言葉でまとめたらそれで終わりだけれど、ここまでくるのにも様々な努力があり、時には衝突し合うこともある。
友達とはきっとそれらを全部ひっくるめて、それでも互いを認め合い相手を尊重出来る、かけがえのないものだ。
それだけで良いんだと、彼は言っていた。
そうきっと、友達とは傍にいるだけで、それだけで良いんだ。
線を飛び越えた先で見えてきたものを、雪は大事に心にしまった。
楽しそうに笑いかけてくる聡美の笑顔が、何よりも嬉しかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<友達とは>でした。
前回が短かった分、今回は長文記事になってしまいました。お付き合いいただきありがとうございました☆
聡美と雪の仲直り、互いに腹を割って話した良い話でしたね。
ちなみに‥。
雑貨店で先輩が聡美に選んだボンボン付きのゴム。
雪は「聡美の好みじゃない」と言ってましたが、今回の聡美‥。
ボンボン付きのゴムしてるやん!
‥とちょっとツッコんでしまいました。(笑)
次回は<仲良きこと>です。ちょっと短い記事になりますです~
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着信画面には”聡美”と出ている。
今日の夕方に会う約束じゃ‥と雪は寝ぼけ眼のまま電話に出た。
しかし聡美の慌てふためく口調に、雪は目を丸くする。
「えっ?!」
聡美の身に何かあったようだ。
雪は急いで出かける準備を始めた。
雪が聡美の家へと駆けつけると、彼女は玄関先で腕組みをして苦い表情を浮かべていた。
雪の顔を見た途端彼女は雪に泣きついて、思わず大きい声を出す。
「もうマジ最悪なの!あたしの下着がぁ‥!」
しかしドアの前で作業しているおじさんに気を留めると、聡美はすぐに口を噤んだ。
やがて作業は終わり、おじさんが去って行くのを見届けると二人は顔を見合わせる。
正気に戻ると、やはりぎこちなさが漂っているのだ。
聡美はとりあえず中に入るよう雪に促し、雪はそれに従った。
聡美がコーヒーとクッキーを持って来てくれて、二人はお茶をした。
一息ついた後聡美は、雪の住まいは正門の方だったよねと確認した。
「そうだけど」と言う雪。聡美は大声で説明を始める。
「今、裏門側にあるアパート全体がパニック状態なの!変態が出没するわ下着泥棒が出るわ!」
聡美の話によると、最近近所で変態の目撃情報や盗難など、物騒な事件が度々起きているということだった。
お隣さんはお金に宝石まで盗まれ、かく言う聡美も下着を盗まれた。警察にも届け出をしたらしい。
それで早速ドアロックの入れ替えをしてもらい、今に至るというわけだ。
「あんたも気をつけなよね。ここら一帯が全滅ってことは、
かなり悪どいヤツに違いないわ。今後何されるか知れたもんじゃない!」
雪は初めて耳にするその物騒な話に、戸惑いながら頷いた。
そして何はともあれ聡美が無事だったことに安心しつつ、太一には連絡したのかと聞いてみた。
すると聡美は凄い形相で雪にこう質問する。
「最近あいつと連絡取れた?!」
確かに雪も、太一にメールした際やけに返事が無いなと思っていた。
聡美は最近太一は音信不通なのだと言う。
携帯の電源も切っており、実家に掛けてもつながらない、何を考えているのか全く分からないと。
「まったく‥何があったんだか‥」
そう言って俯く聡美は、怒りの中にも心配そうな気持ちが見え隠れする。
雪は頭を掻きながら、曖昧な言葉を選んだ。
「ほんと‥どうしちゃったんだろうね?呼べばいつでもすっ飛んでくる子なのに‥」
「何かあったのかな」と言う雪に、
聡美はスネたように「さーね」と言った。
それ以来二人の会話は途切れて、気まずい沈黙が漂う。
二人は同時にコーヒーカップに手を伸ばすと、同じタイミングでそれを一口飲んだ。
カップ越しに、気まずい視線が交差する。
それに耐え切れず、ガチャンという音を立てて聡美がカップを置いた。
息苦しくてやってらんないと、聡美はプリプリと怒りながら喚いた。
こんなのうちらじゃないよと。
ハハハ、と雪は笑って見せた。
聡美らしいその態度は、どこか憎めず愛らしい。
雪は一度俯いてから、聡美の名前を呼んで顔を上げた。
その真っ直ぐな瞳には、決意が滲んでいた。
自分が無意識に引いていた線を、飛び越えようという強い決意が。
雪はかしこまって、話したいことがあると聡美に切り出した。
聡美も「実はあたしも‥」と口を開きかけたのだが、雪の衝撃的な一言の前に彼女の言葉は尻切れになった。
「お父さんの会社が倒産したの」
思いがけないその言葉に、聡美は思わず飛びついた。
「マジで?!あんた大丈夫なの?!それじゃあ今後どうなっちゃうの?!」
雪は予想外に動揺した聡美に驚いて、精一杯安心させようと彼女を宥める。
「家が潰れたわけじゃないからさ」と。
いきなり結論から言い出して聡美を動揺させてしまったことに、雪は少し後悔していた。
そのため雪は、倒産に至った経緯とこれからの展望を、詳細に聡美に説明し始める。
父親の事業は元々不安定気味だったところに不景気がたたって、結局店を畳んだということ。
そして近々母親が宴麺屋を開店させ、借金もそんなに無いことも考えると心配要らないということ。
雪の丁寧な説明に聡美は幾らか胸を撫で下ろし、大変だったでしょと雪に抱きついた。
雪はそんな流れでアルバイトも始めたし、一人暮らしの部屋もいずれ引き払うという事も伝えた。
そして多少言いづらそうに、雪は旅行のことを口に出す。
「旅行のことだけど‥今の状況だと無理に近いけど、行けるように努力するよ‥」
雪は無理矢理そう言っているんじゃなく、二人と旅行がしたい気持ちは本物だと言った。
行き先がどこであれ、三人一緒ならそれでいいと思っていたから。それが本心だったから。
聡美は真っ直ぐ雪を見ている。
そんな彼女の視線を受けて、雪は少しぎこちなさを感じている。
「実はこんなこと言葉にするの、まだ恥ずかしいんだ‥」
雪は心の内を話すことに慣れていなくて、どこかこそばゆい気持ちでいっぱいだった。
けれど雪は言葉を続けた。ずっと聡美に対して思っていたことを。
「今まで聡美とお父さんとの仲が羨ましくて、言い出せなかったの。
私、父とはあまり仲良くないから‥」
「それで尚更話せなかったみたい。子供みたいだね」
雪は環境の変化と、そういう精神的な理由で、今まで聡美を気遣うまでの余裕が無かったんだと思うと言った。
「ごめんね」
そう静かに言う雪は、優しい顔をしていた。
聡美は俯いたまま、何かをこらえるような表情をしていた。
雪は聡美に手を差し伸べながら、心からの言葉を紡ぐ。
「決して二人を疎ましく思ったこともないし、ずっと友達でいられたらなぁと思う。
素直に言い表わせなかったんだ。もうこれ以上些細なことで意地張ったりして、二人と気まずい関係になりたくない。
これからは色々と努力するから。何かあったらちゃんと話すし‥」
そう言った雪に、聡美は大きな声で「ちがう!!」と叫んだ。
「あんたのこと何もかも全部話せって言ってるわけじゃない!」
勿論それはそれで嬉しいけれど、聡美が言いたかったのはそういうことではないのだ。
聡美は頭を抱え、弱々しく言葉を続けた。
「あんたの事情も知らずにバカみたいに振る舞ってた自分が情けなくて‥」
この間雪にぶつけた自分の暴言が蘇った。
なんであたしばっかり悪者にするの?!
自分の感情ばかりを優先して嫌な態度を取ってしまい、それが腹立たしくて逆ギレのようなことを口にしてしまったと、
聡美は自身の行動を後悔していた。
しかしそう言う自分自身がどこか決まり悪くて、聡美は雪に向かって身を乗り出す。
「だってうちらは親友だって思ってたのにそうでもないみたいだし、
横山の一件だって太一だけ知っててあたしは何も知らされて無かったし‥!なんか寂しかったんだもん!」
そして聡美は、去年雪がストレスが原因で倒れた事件を口にした。
あの時の雪は奨学金問題の他に色々と重荷を抱えていたように見えたのに、何も助けることが出来なかったと。
それは雪が聡美を頼ろうとしないので、深く踏み入ることが出来なかったことに要因があったのかもしれない。
そこまで言ったところで聡美は頭を抱えた。
色んな感情がごっちゃになって、何を言うべきなのか分からなくなる。
雪はそんな聡美を見て「ごめん」と謝ったが、
聡美は自分の方こそ興奮し過ぎたと、自分中心に考え過ぎていたと謝った。
そして聡美も、自分の心の中にわだかまっていたものを口に出した。
「‥あたしもあんたが羨ましかった」
聡美は自分には無いものを沢山持っている雪が羨ましかったと言った。
例えば自分と違ってバカな真似はしないところや、要領の良い所、
そして母親と仲が良さそうなところ‥。
雪は最後の母親のことへの言及に、疑問符を浮かべた。
なぜそんなことを口にするのだろう‥?
すると聡美は若干言いづらそうに、そして哀しげに口を開いた。
「あたし、母親いないんだよね」
雪は初めて聞くその話に、身を乗り出した。
聡美は俯きながら、両親は聡美が小さい頃に離婚したこと、母親はその時家を出て行ったことを説明した。
母親はすでに再婚しており、今は当然何の連絡も取り合ってないと言う。
昔一緒に住んでいた時も、可愛がってもらった記憶も特に無いんだと聡美は寂しそうに言った。
姉も現在外国に住んでおり、傍に居る身内は父親だけなんだと。そのせいで、あんなに仲が良いんだと。
聡美はポツリと呟いた。
「二人っきりだからさ」
そして雪が度々母親と電話してる姿‥心配してもらったり仲良さそうに話している姿を見ては、
羨ましく思っていたんだと、聡美は自分の本心を打ち明けた。
雪は聡美の話を聞いて、ぼんやりと彼女と過ごした日々を思い返してみた。
そう言われてみれば、お母さんの話って一度も聞いたことないかも‥。
薄々感じてはいたけどまさか本当に居なかっただなんて‥
人と人との間においては「話すべき話」というものがあって、
聡美と雪は互いにコンプレックスもあって「親の話」をしてこなかった。
だからこんなに昔の話を今知ることになり、二人はそのぎこちなさを今必死に埋めている。
脳裏に太一の姿が思い浮かんだ。
太一は知ってるのかな‥?知らないはずないか‥。
雪はそのことに寂しさを覚えた。
そして知らなかったとはいえ、今まで聡美の前で散々母親の話をしていたことも思い出して、
いたたまれなくなった。
ああ‥聡美もこんな気持ちだったのかなぁ‥
知らない、ということは罪ではない。
しかし時にそれは、とても残酷に相手を傷つけてしまうことがある。
雪は先ほど頭を抱えていた聡美の気持ちが、心から分かるような気がした。
聡美がそんな雪を見て、ぎゅっと手を握って来た。
「雪、本当にごめんね。これからは駄々こねたり我儘言ったりしないから!
あんたとずっと友達でいたいよ‥」
「あたし達、もうこれ以上ケンカはやめよ。これからはお互い素直に生きようよ」
二人は高校三年生の時、受験単科ゼミのある塾で初めて出会った。
違う学校同士なのにすぐに打ち解けた二人はそれから五年間、ずっと楽しくやってきた。
これからもずっと友達でいたい。
もう二度とこんなぎこちない関係は嫌だ。
二人はそう言って手を握り合った。
雪が涙を流す聡美を見て、力強く言った。
「私、努力するからね」
線を越えるために、そして二人がいつまでも、友達でいるために。
微笑んだ雪に、聡美が彼女の名を呼んで抱きついた。
号泣する聡美につられて、雪の目にも涙が滲んでいた。
その後二人はスッキリした心持ちで、お菓子を食べたり話をしたりした。
先日雑貨店で買ったピアスをプレゼントすると、聡美はぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでくれた。
二人の間に流れる空気は弾んだ。
彼女の耳についたピアスが、七色の光を反射してキラキラと煌めく。
そして雪は、一人考える。
友達とはなにかということを。
結局、長い間積もっていた話を通して、聡美と仲直りすることが出来た。
仲直りって、ごく当たり前のことかもしれないけれど、
結局互いの穴を埋められるのは、時間と努力なんだと思う。
仲直りは出来て良かったものの、未だに誰かにこういう話を無闇にしていいものなのか、
煮え切らない思いは消えないままだ。
何が正解なのかは分からない。
全てを打ち明けるということは、かえって互いの距離を尚感じさせられるだけなのかもしれない。
けれど、と雪は考える。
友達とは何かということを。
けれど、こうして考えさせてくれる友達が傍にいるということは、すごくありがたいことだ
友達とはきっと、傍にいるだけで、それだけでいいものなんだろう。
違う環境で育ってきた別々の人間である私達が、数々の偶然を経て今ここにいる。
奇跡なんて言葉でまとめたらそれで終わりだけれど、ここまでくるのにも様々な努力があり、時には衝突し合うこともある。
友達とはきっとそれらを全部ひっくるめて、それでも互いを認め合い相手を尊重出来る、かけがえのないものだ。
それだけで良いんだと、彼は言っていた。
そうきっと、友達とは傍にいるだけで、それだけで良いんだ。
線を飛び越えた先で見えてきたものを、雪は大事に心にしまった。
楽しそうに笑いかけてくる聡美の笑顔が、何よりも嬉しかった。
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<友達とは>でした。
前回が短かった分、今回は長文記事になってしまいました。お付き合いいただきありがとうございました☆
聡美と雪の仲直り、互いに腹を割って話した良い話でしたね。
ちなみに‥。
雑貨店で先輩が聡美に選んだボンボン付きのゴム。
雪は「聡美の好みじゃない」と言ってましたが、今回の聡美‥。
ボンボン付きのゴムしてるやん!
‥とちょっとツッコんでしまいました。(笑)
次回は<仲良きこと>です。ちょっと短い記事になりますです~
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