
空は青く澄み渡っていた。
雪は早朝のキャンパス内を一人で歩く。

今日は特別講義が学館で催されていた。
建物の前に置いてあるパネルには、「CEO サクセスストーリー特別講義」と銘打ってある。


壇上に立ったとある企業のCEOは、時間通りに講演を始めた。
「かくして皆さんは長い教育課程を経て、大学へとコマを進めたわけです」

雪は欠伸を噛み殺している聡美と共に、この講義を聴いている。

「今現在自分を不学の者だと思っている人はいないでしょう。
むしろ成熟した人間になったと自負されているかもしれません」

「自分は成長したなぁと感じている人、挙手してみて下さい」

臆面も無く手を上げる健太を見て、後ろの方に座った後輩達が失笑した。
CEOは講演を続ける。
「大学生活とは、自由に様々な選択が出来るのと同時に、
最も注意深くあるべきであり、努力が必要である時期だとも言えます。
やらなくてはいけないことが実に沢山あるでしょう?」

「ところでたまに見掛けるのが、大学四年間を無駄に過ごして
元々持っていた知識やモラルさえ無くしてしまうケースです。
誤った知識で完全に偏見に囚われてしまった末、社会性すら欠如してしまうケース。
これは大学の時に起こりえるリスクの一つなのです」

淡々と続く講演に、聡美の眠気は限界らしい。
「出席取ったし、こっそり出て行けないかなぁ?」
「寝てなよ」

「私も眠いや」

雪も小さく欠伸をしながら、頬杖をついて講演を聴いた。
「私が大学を卒業してからかなりの年数が経ちましたが、その後感じたことは‥」
入学したんなら、ちゃんと卒業すべきだよね

ぼんやりとそんなことを思いながら、雪は数ヶ月前のことを少し振り返る。
<そうして無我夢中に学生生活を送っていたら、数ヶ月が過ぎ>

CEOは学生達に向けて問う。
「それではもう一度皆さんにお尋ねします」

「どんな学生生活を送って来ましたか?」と。

<また幾月かが過ぎて行った>


あれは幾月か前、まだ桜が咲いていた春の始まり。
「卒業おめでとうございます!」

四年生達が卒業して行った。
雪は聡美と共に卒業式を見に行って、式服に身を包んだ柳先輩と佐藤先輩と共に写真を撮ったのだった。

囁かれる噂話に少し耳を傾けながら、雪は卒業生達の合間に立つ。
「淳は忙しくて卒業式来れないって」「健太先輩は?」
「あの人卒業出来んかったらしい」

「え?ずっと静香さんと連絡取り合ってるんですか?」
「うん、とりあえず‥いや俺今日卒業式なんだって‥」

静香から呼び出しでもあったのだろうか?
そうこぼす佐藤を見ながら、聡美はニヤニヤした表情を浮かべ、こう聞いた。
「あららーん?お二人、どういったご関係ですかぁ?」

「俺にもよく分かんない‥」「俺はケーコと別れたのにぃぃぃ!」

不安定ながらも続いて行く関係と、安定していたのに終わる関係もある。
移ろいゆく季節と共に皆、それぞれの道を進んでいた。
「皆さんもそうだったでしょう。
中高生の時は朝起きて登校して授業を聞いて、という型に嵌った日常だったでしょうが、
大学生になると、授業の時間割から自由時間まで全てを自分で決められる、謂わば大人です。
お酒も存分に飲めるし恋愛だって楽しめると、最初は舞い上がってしまったことでしょう」

蓮は散々泣きながらも、アメリカへと旅立って行った。恵もついててくれるらしい。
そうして共に頑張る二人も居れば、離れていても想い合う二人も居る。
「太一ぃぃぃ!会いたいぃぃぃ!」

「元気にしてる?怪我してない?チキン買って行くからね!」
「ピザもお願いしまス」「アンタが好きなのはピザ?それともあたし?」

どうなることかと思われた二人の遠恋も、なんとか乗り越えて行けそうだ。
そうして雪達は学年が上がり、大学生活最後の春を迎えていた。
「四年の授業ってゆるいよね。勉強会いくつ取る?」

「四年生首席!」

様々なことが夢中で生活を送って行く中で起こり、解決され、また続いて行く。
そしていつしか春は過ぎ去り、若葉の茂る初夏になった。

CEOの講演は続く。
「ところがこのような”選択の自由”が、次第に苦しくなって来たはずです。
むしろ大人達の決めた枠組みにはまり、その先導に従っていた方が、楽だったんじゃないですか?」


若葉は青々とした青葉へと変わり、暑い夏へと季節は移ろう。
四年生になっても尚、雪は目まぐるしく回る毎日を送っていた。
「アルバイト、資格試験の準備、成績、ボランティア活動等々‥
少しでも他人より遅れていると感じたら、ひどい劣等感に襲われてしまったりしたのでは?」

「当然ですよね。中高生の時とは違って、全て自分で選んで行動して来たことなんですから。
だからこそ慎重に、自己実現に向けて努力する必要があるのです」

四年生がキャンパスに集められ、卒業写真を撮る日があった。
少し大人びた表情の雪に、シャッターが切られる‥。


そんなある日のことだった。
買い物袋を手に、雪が麺屋赤山まで帰って来た時のこと。



小柄で猫背の、見慣れない男性が店の前に立っていた。
雪に気が付くと、じっとこちらを凝視して来る。


男は雪へと近付くと、小さな声で話し始めた。
「あの‥僕‥」「あ‥実はもう辞めてしまって‥」

「あ‥」

「ありがとうございました‥」

男は河村亮を訪ねて来たらしいが、
いないと分かるとトボトボと帰って行った。

雪は複雑な気持ちになりながら、その小さな背中を一人見送る‥。

その後店に入り、休憩中の父に買い物袋に入っていたそれをプレゼントした。
「これ、お前から父さんに?」「うん、マッサージ器なんだ」

「お母さんと一緒に使ってよ」
「ありがたいけど、どこにそんな金があったんだ。
もう就活にだけ集中して頑張るんだぞ」

「はい」

雪は笑顔で頷くと、心の中が温かい感情でいっぱいになるのを感じていた。
ちょうど一年前父から貰ったお小遣いが、遂にその意義を果たしたのだ。

あの時持て余していた意義や意味その全てを受け入れて、その気持ちを実現させて、
雪は未来へと進んで行く。
「しかしここで言う自己実現とは、立派な職業に就いて成功を収めるという意味ではありません。
課題をしていて、チームメンバーと揉めたとしたら?
メンバーと話し合って意見をまとめて、良い結果にしようと尽力しますよね」

「そういったこともやはり、自己実現の為の努力と言えるのです」

「私はなりたい自分像を作り上げました。衝突を減らして課題を成功させる人間像を」

課題や試験をこなしながら、合間に入ってくる面接の予定。
雪の学生生活も、もう佳境に入ろうとしていた。
「皆さんが大学で実現すべきことは、まさにこのようなことなんです。
大きなことを成し得るべきだと言っているわけじゃありません」

「これから皆さんが社会人になった時、
直面するであろう様々な危機的状況を事前にここで少しずつ習得して、経験してみて欲しいんです」

「そしてその全てを皆さんが自分で選択し、理想の自分像を作って行って欲しい」

数十枚のエントリーシート、第一面接、第二面接‥。
様々な難関を乗り越えて、雪は今日最終面接に臨んだ。

「そういったことと共に人は成熟して行くのです」

自分で選択した、未来への道筋。
その結果を全て引き受ける覚悟を決めて、皆それぞれ戦って行くのだ。

「知識も人間関係も、全ての側面からぶつかってみて、新しい何かに気づき、
身に付けて行けば良いんです。今すぐ完璧な人間になる必要はありません」

メールフォルダを開くと、一通のメールが届いていた。
最終面接の結果だ。

雪は一呼吸置いてから、ゆっくりとマウスをクリックする。


雪は椅子から立ち上がると、
大きく息を吐きながらベッドに倒れ込んだ。

張っていた気が、ゆるりと解れて行く‥。

「したらばおのずと、新たなステージへと進めることでしょう」

講演者の言葉が、雪の未来を暗示する‥。

ありがとうございました、とCEOが頭を下げ、講演は終わった。
時間は流れ続けている。
<そうして夢中に過ごしていたら、また季節が変わっていた>

いつしか秋も過ぎ、また冬が訪れようとしていた。
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<最終章(2)ー向夏・行く秋ー>でした。
今回はCEOの講演がまるで語り部のように挟まれながら進む回だったので、
途中で切ることも出来ずめちゃ長い回になってしまいました


しかし‥いつの間にか雪が四年生になっちゃってましたね

私どこかで「チートラは淳と雪が学生時代の話」と読んだ気がしていたので、
淳が卒業して終わりなのかなと思ってたんですが‥。
雪が卒業するまでなんですね。雪が主役なんだからそりゃそうかぁ。
そしてショパン君が出て来ましたね〜。高校時代と全然変わってない幸薄い感じ‥。
どうやって亮の居場所突き止めたんでしょうね。時遅しだったけど‥

次回はようやく淳が出てきます。少し短い記事です。
<最終章(3)ー越冬ー>です。
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