
雪が起こした行動の波紋が、疎ましい人達を遠ざけて行く。
無意識と意識の狭間で嘲笑う彼女に、音も無く手が伸びた。

「どうして笑ってるの?」

雪の顔を自分の方に向けながら、眠っていたはずの淳が彼女に問うた。
雪は目を丸くしながら、不思議そうに聞き返す。
「え?」


淳は雪の顔を凝視した。けれど彼女の瞳の中に翳りはない。
雪は目をこすりながら、特に何も気に留めない素振りでこう返した。
「あ‥ウトウトしちゃった‥夢見てたみたい」
「集中出来ないんなら、もうこっち来て寝なよ」

淳からそう言われた途端、雪は一層眠気が襲って来た気がした。
ふわぁ、と大あくびをする。
「ほら、やっぱり」

淳は雪をベッドに上げ、甲斐甲斐しく彼女を寝かしつける。
「よく寝れば試験も上手く行くよ」「はい‥」
「ほらもっと内側入って。電気消すよ。布団も掛けてな」


雪は柔らかな枕に顔を埋めながら、うつ伏せの体勢で横になった。
隣には淳が居る。

暗くなった室内。
まだ闇に目が慣れていないせいか、彼の笑った口元がぼんやりと見えるだけだ。


淳は雪に布団を掛け、彼女の頭を優しく撫でた。
雪はその心地良さに瞼を閉じながら、小さな声でこんなことを話し始める。
「実は‥私最近らしくないことしてるんです‥」

「らしくないこと?」
「だって‥このままじゃ直美さんに申し訳ないし‥健太先輩は許せないし‥」
「何の話?」

眠りの淵に居るせいだろうか、彼女の話は唐突すぎて淳にはすぐには分かりかねた。
けれどそんな状態だからこそ、雪は普段語らないような本音を口に出している。
「やられてばかりなのがすごく嫌だったから、
過去問泥棒を探すために皆を巻き込んで、結局直美さんを責め立てる形になっちゃったんです‥」

「それで直美さんは夜間授業の方へ移ってしまって‥」
「‥何だって?」

それは淳が初めて耳にする情報だった。彼女は話を続ける。
「だから直美さんに話したんです。
健太先輩が犯人に違いないけど、証拠が無いんだって」「糸井に話したの?!」

「はい‥」

「‥‥‥‥」

雪の話は、少なからず淳を驚かせた。
あれほど揉め事やゴタゴタを嫌っていた彼女が、まるでそれを誘導するかのような行動を取ったからだ。
糸井直美に健太が犯人に違いないと言ったらどうなるか、今雪から簡単に話を聞いた程度でもその先は予測出来る。
「‥糸井、怒ってたろ?」「はい、すごく‥」

「そしたら健太先輩が、
直美さんから卒業試験の過去問についての情報を貰ったって言い出したんです」

「試験をダメにしようとしたんだと思います。
直美さんが黙ってるわけないと思ってましたけど、本当にそこまでするなんて‥」

雪はそこまで喋った後、一つ大きなあくびをした。
だんだんと眠りの帳が降りて行く。淳は雪を見下ろしながら、静かに彼女の話を聞き続けた。
「偶然かもしれませんけど‥」

「健太先輩も直美さんも私の望み通りになって、少し怖い気もするんですけど‥
正直、嬉しいんです」

「やられっぱなしはもう嫌だから‥」

雪は微かに目を開けながら、最後にこう言った。
瞳は既に暗闇に慣れ、深い闇を宿している。
「今は前よりもっと、先輩のことが理解出来る気がします」


光を宿さない彼女の瞳が、ゆっくりと瞼の帳を下ろして行く。
淳は彼女の傍らに座ったまま、その瞳が閉じるのをただ呆然と見つめていた。


やがて雪は眠り、静かな部屋に彼女の寝息だけが響く。

淳は彼女の肩まで布団を掛けた後、仰向けにゴロリと横になった。
そのまま、ぼんやりと白む天井を見つめる。


彼女に出会って、赤山雪という同類を見つけて、少しずつ自分は変わって来たと思った。
けれどそれは、自分だけじゃなかったのだ。

”私達は変わった”と、いつか雪が言った。
彼女に影響を受けた自分と同じ様に、彼女もまた、淳の影響を受けて変わって来ているー‥。

彼らは互いを映す鏡だった。
二人は互いに影響を及ぼし合い、その影響はさざ波のように互いに打ち寄せる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<鏡(2)>でした。
最後の雪の黒淳化!!そしてそれを見た淳の衝撃!
なんというか、私もこの流れを知った時は衝撃でした。
自分に似てくる雪を通して、淳が己の過ちや欠けた所に向き合うことになるとは。
雪が完全ダークサイドに落ちるまでに、なんとか引き戻してもらいたいですね。頑張れ白淳!!
次回は<微かな違和感>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
人気ブログランキングに参加しました


