
翌日、雪の携帯にメールが届く。
(聡美)味趣連、集合しようよ〜 (蓮)姉ちゃん、キンカンと一緒に‥
(萌菜)一度店に遊びに来てよ (カテキョ先の子)先生、私です〜。今日の勉強の時間‥

自分を取り巻く彼女達のメールを見て、雪は穏やかに微笑んだ。
擦り減った神経が少しだけ回復するような、優しい気持ちになる。

そんな中、財務学会からも一通メールが届いていた。
ゼミの時間が変更になりました

「もぉー何よいきなり〜」

ゼミは直前にキャンセルになったようだ。
雪は「チェッ」と口にして歩き出す。


冬休み中の大学。知っている人は誰も居ない。
雪は一人その中を歩いて行く。


どこを目指すわけでもなく、ただぼんやりと歩いていた。
すると。


先輩そっくりの後ろ姿に目が止まった。
勿論それは、人違いだったけれど。

「‥‥‥」

胸の中がさわさわと騒いだ。
その場に立ち止まった雪に、後ろから声が掛かる。
「ダメージ!」

聞き覚えのあるその声、そしてその呼び名。
振り返ったその先に、彼の姿があった。

「よぉ」

河村亮は被っていたキャップのつばを上に上げると、ニッと笑った。
雪は突然現れた彼に驚き、思わず目を丸くする。
「河村氏」「おいおい」

「冬休みなのにご登校ってか。大学生ってのはそんなもんなんか?」

亮はそう言いながら雪の方へ近付いた。
雪は何を言うべきか分からずに、ただそんな亮を見つめている。

亮は黙り込んだ雪を見て、ニヤリと笑った。
そして顔を上げながら、こんなお願い事を口にしたのだった。
「なぁダメージ、ちょっと学校案内してくれよ」


二人が並んでキャンパス内を歩き出した時、頭を掻きながら亮が言った。
「さっき教授に挨拶して来たんだ」

最近手の調子が鈍ることが多くて、結局コンクールにも出れずじまいでな

志村教授に向って亮は、何度も頭を下げた。ごめんなさいと謝りながら。
けれど今まであれほど亮の頭を叩き怒鳴っていた教授も、今回は何も言わなかった。
ただ淋しげに眉を下げ、そっと亮に自分の名刺を渡しただけだ。いつでも連絡して来てくれと言い残しながら。

そのことに亮は言及しないまま、雪には前向きな言葉を伝える。
まぁ、大したことじゃねぇよ

コンクールは沢山あるしな

亮が音大を出て行くまで、志村教授はずっと亮を見送ってその場に立っていた。
けれど亮は振り返らずに、ただ前を向いて進んで行く。
そんでふと周りの建物見回してみて、思ったんだ

あぁ、ダメージの大学ってこんなにでかかったっけって

これが大学なんだなって


亮が紡ぐその言葉を、雪は彼の隣でただ黙って聞いている。
考えてみたら、音大と図書館以外行ったことねぇなと思って



まともに見てみたくなったんだよ


大学ってやつを



一度、大学生のフリして遊んでみたかったんだ。

亮は刹那の大学生として、雪と共に構内を歩いた。
学歴も過去も今までのわだかまりも全てを忘れて、ただ二人で笑い合いながらー‥。


空に夕焼けが広がる頃、二人は大学内のホールに居た。
ステージに置かれたグランドピアノの前で、亮は立ち止まる。

「‥‥‥」

その鍵盤に指を伸ばすのを、雪は黙って遠くから見つめていた。


亮は伸ばしたその手を、
鍵盤ではなく被っていたキャップのつばに伸ばし、上を向く。

そのステージの上から見る景色を、亮は暫く眺めていた。
胸の中に懐かしさが染み入ると、肌に照明の熱さが蘇り、鼓膜の奥で豪雨のような拍手が残響する‥。


聴こえていたはずの拍手は、やがて消えた。
魔法はいつしか解けて、再び現実が目の前に広がっている。
そのまま亮は雪と共に、大学を去った。
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<刹那の大学生>でした。
亮さん、髪切りましたね!初期のM字を思い出させる髪型に‥。
ていうかコンクール出ないというのがすごくショックでした。。亮さんにステージに立ってほしかったよ‥

次回は<音に乗せて>です。
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