Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

風のように駆けつけて

2013-11-09 01:00:00 | 雪3年2部(三者対面後~聡美父病院)
伊吹聡美は、深い深い闇の中に居た。

心細さと迫り来る不安を抱えながら、先の見えない真っ暗なトンネルの中にいるみたいだった。



俯いて膝を抱えた彼女は、とても小さかった。

その小さな彼女が、しゃくり上げながら手術室の前の椅子に座っている。



彼女はたった一人だ。

隣で肩を抱いてくれる母親も居なければ、大丈夫だよと励ましてくれるはずの姉も傍には居なかった。

たった一人で、肩を震わせてこの叫び出しそうな恐怖と戦っているのだ。

「どうして誰も来ないの‥」



彼女に駆け寄る人間はいない。携帯電話も鳴らなかった。

ただ壁にかかった時計の秒針だけが、カチカチと一定の音を発しているだけの空間。




聡美は孤独に押しつぶされそうだった。


「お姉ちゃん、早く来て。ママ、怖いよ‥」



「パパ、どうなっちゃうの‥?あたし怖くて死にそうだよ‥。怖くて死にそうだよぉ‥!!」


口に出す言葉が、しんとした空間に響いて、消えた。

誰か助けてと、心の中から必死に手を伸ばす。

誰か、誰でもいい。今この空間に風のように駆けつけて、抱きしめてくれたなら。







ダダダダダ、とその大きな足は全速力で走っていた。サンダルは片方履きのまま、足の裏は薄汚れている。

彼は勢い良くドアを開け、病院内を風のように走った。看護師から注意されても、耳に入らなかった。



バタバタと、凄いスピードで風を切る。

もう少し、もう少しだ。



そして彼は、手術室の前で膝を抱える彼女の前まで行くと、息を切らしながらその名前を呼んだ。

「聡美さん!!」



聡美がバッと顔をあげる。

目は泣きはらして腫れ、マスカラが滲んで顔は汚れている。でもそんなことは気にならなかった。



だが目の前に居る彼だって、見た目はヒドイものだった。

ボサボサの髪に無精髭、適当なジャージを着ていてサンダルは片方脱げていた。



ハァハァと息せき切りながら、福井太一はもう一度彼女の名を呼んだ。

「聡美さん!!」



そして彼は聡美に駆け寄る。

大丈夫ですかと手を差し伸べながら。



太一の登場によって、この空間の空気が動き、風が起こった。

暗いトンネルに光が差し込む。聡美の目から大粒の涙が溢れ出した。



膝を抱えて溜め込んでいた震えるほどの不安と、壊れるほどの恐怖が外に出る。

聡美は思わず太一に向かって叫んだ。

「なんでこんなに遅かったのよぉ!バカヤロー!!」



そう言って聡美は、太一のことをボカボカと殴った。

加減をしない上に、太一も避けずに聡美をなだめていたので、されるがままだ。

「聡美さん!ごめん‥オレが悪かっ‥ぐえっ」



聡美は太一を叩いたり掴んだりしながら、湧いてくる不安を彼にぶつけた。

後から後から涙が溢れてくる。

「パパどうなっちゃうの?!あたし‥怖いよぉぉ!!」



太一は感情のままに泣き叫ぶ彼女を前に、その中に居る少女の姿を透かして見た気がした。

小さな小さな彼女の姿を。



あの時も、あの時も、太一はそんな彼女の姿を見た。

子供のような彼女の姿を。

  


太一は泣きじゃくる聡美を抱き締めて、小さな子をなだめるように背中をさすった。

「聡美さん、オレが悪かったから‥ね? 泣かないで。大丈夫だから‥」




太一は時に母のように聡美を慰め、


「どうしよう。パパに何かあったらあたしどうすればいいの‥?」




「そんなこと言うもんじゃない!」




そして時に父のように彼女を叱った。


あたしにはパパしかいない、パパがいないと生きていけないと泣きつく聡美に、

太一はその大きな愛で包み込んだ。


「絶対大丈夫です」




聡美の目から、涙が零れた。

しっかりと掴まれた肩が、温かだった。











エレベーターの扉が開いて、また新たな風が吹き込む。

雪と淳は聡美に気がつくと、バタバタと駆け寄った。

「聡美!」



聡美は雪の姿を見ると再び涙が溢れ出し、

泣きながら彼女に抱きついた。



背中に回される彼女の腕の強い力と、悲痛なまでのその泣き声。

雪は彼女の苦しみを目の当たりにして、心が締め付けられるようだった。



聡美の背中越しに、未だ”手術中”のランプが点灯しているのを見て、

雪は心がざわめいた。

大変なことになった‥。聡美にはお父さんしかいないのに‥。もしものことがあったら‥。



雪は悪い方へ向かう自分の考えを改め、

「大丈夫だよ」と聡美に向かって力強く言った。それは自らに言い聞かせる言葉でもあった。




しばらく雪にもたれかかりながら泣いていた聡美だが、

不意に雪の腕の中でぐったりと力が抜けた。



何が起こったのか分からず、必死に聡美の名前を呼びかける雪と太一の横で、淳が振り返って看護師を探す。

そして手短に要点を伝え始めた。

「すみません、友人が泣きすぎて脱水症状になってしまったようなんですが、

どこか空き部屋は無いでしょうか?」




看護師はそれを受けて、「すぐにこちらへ」と案内を始めた。

太一が聡美をおんぶし、雪が自分のカーディガンを聡美に着せかけてやる。

「ここは俺らに任せてまずは横にならせてやった方がいい。結果が出たら伝えに行くから」



淳の言葉に太一は頷き、

看護師の指示にしたがって病院の廊下を歩いて行った。






雪と淳はしばらくその場に佇んでいたが、やがて手術室前の椅子に並んで腰掛けた。

時刻は夜六時十分過ぎ。




長い夜の、始まりだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<風のように駆けつけて>でした。

太一~~~!!(感涙)という感じの回です。

太一は本当に心根が温かな人ですね。愛されて育ってきた人間という感じです。


そして前々回、今回と出て来たあのカーディガンは‥

 

聡美の毛布になりました~



細かい倶楽部です(笑)


次回は<ズレたピント>です。

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混乱の中で

2013-11-08 01:00:00 | 雪3年2部(三者対面後~聡美父病院)
淳の車から出て、雪は大きな歩幅でツカツカと歩いた。

心の中では、未だ大きなわだかまりと怒りの尻尾が後を引いていた。

先ほどぶちまけた不満の他に、まだまだ雪の心の底には彼への不信が溜まっている。

それだけじゃない。

挨拶は返さないわ無視するわ書類を足蹴にするわ、恥ばかりかかせて‥




そして最近雪の心を悩ませている、最も大きな不信が胸を過った。

      

助けてもくれなくて‥!



雪の心の中に、嵐が吹き荒れる。

彼への不信が怒りの暴風となり、ついその不満の数々が勢いで溢れ出てしまった‥。






幾らか落ち着いてくると、雪は天を仰ぎながら先ほどの自分の言動を反芻した。

じわじわと、後悔の念が押し寄せてくる。



雪は一人頭を抱えながら、自分で自分を罵倒した。

道行く人もその姿に二度見して行くくらい、雪は動揺のあまりオーバーアクションだ。

私って奴は‥!恋愛もまともに出来ないくせに、なんでOKしちゃったんだろう!

てかヒドイこと言い過ぎた?キレても良い立場じゃなかったのに‥




雪は一人右往左往しながら、自らの言動の数々を後悔していた。

でもどこか納得している自分もいて、それがまた雪の頭を悩ませた。

でもあまりにもムカついたから!どうしてこんなに感情に歯止めが利かないんだろ?

私こんなんじゃ無かったよね??




理性と感情、思考と言動が、あまりにもちぐはぐでそれが雪を困惑させている。

目を閉じて冷静になろうとするも、頭も心もグチャグチャだ。



そんな折、携帯電話が鳴った。着信画面を見ると聡美からであった。

なんというタイミング‥。雪は沈んだ気持ちのまま、その電話を取った。

「もしもし‥聡美?私もうダメ‥」



そう俯いて話しかけた雪だったが、電話の向こうから聡美の取り乱した声が聞こえてきた。

どうしようどうしようと、大きな声でひたすら繰り返している。泣いてもいるようだ。

「ど、どうしたの?なんで泣いてんの?!」そう聞いた雪に、聡美は切れ切れに言葉を発する。

「ゆ、床に倒れててうぅっ‥呼んでも返事が無くてうわぁぁん!

119番したけど‥あたし‥あたし‥ふぇええん!!」




雪は「どういうこと?誰が倒れたって?」と冷静に聞き返した。

追いかけてきた先輩が、雪の名前を呼ぶのにも気が付かない。



聡美はしゃくりあげながら、必死に言葉を続けた。

「パパが‥パパが‥!!」



そう言ったきり、電話の中の聡美は大声で泣き叫んだ。

後ろから先輩が雪の腕を掴む。



うわぁぁぁん、ふぇぇぇん、と聡美の泣き声が絶え間なく続くその空間で、二人は顔を見合わせた。








雪の手が、ぎゅっと携帯電話を握っている。

ここは先輩の車の中。二人は緊迫した空気の中、病院へと向かっていた。



ソワソワと落ち着かない雪に、先輩が冷静に声を掛ける。

「結構深刻なの?どんな状態だって?」



雪はあの後聡美から何とか聞き出した、彼女の父親の容態を伝えた。

突然降って湧いた災難に、未だ頭はついていけないままだ。

「‥聡美が家に帰った時には、お父さんはすでに倒れていたみたいです。嘔吐症状もあったみたいで‥。

初めは食中毒みたいなものじゃないかって思ってたらしく、それですぐ救急車を呼んだみたいなんですけど、」




「運ばれている間、症状を確認された後の周りの表情が一変して‥脳出血だって‥」

電話の向こうで、急な手術に動揺している聡美の声が聞こえていた。



きっと身体を震わせて、今頃俯いて泣いている‥。

「聡美は一人なのに‥」



母親は居らず、姉も海外在住だったはずだ。

聡美はこの恐怖と不安と、たった一人で戦っている‥。



先輩がアクセルを踏み込み、車はスピードを上げた。

二人はその後口も聞かず、ただ流れ行く景色の中を、その混乱の中を、ただひたすらに駆け抜けて行った。




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<混乱の中で>でした。

少し短めの回になりました。

しかし雪ちゃんの着ているカーディガン、昨日と一緒に見える‥。

 


次回は、<風のように駆けつけて>です。

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吐露

2013-11-07 01:00:00 | 雪3年2部(三者対面後~聡美父病院)
雪の脳裏に、去年の忌むべき記憶が次々とフラッシュバックした。

思わず膝の上に置いた拳に、力がこもる。

私だって今まで耐えてきた分、言いたいことなら沢山ある‥




始まりは、去年の復学明けの飲み会だった。

見た目の行動と言動が、あまりにも乖離した彼を知った。

聞き間違えかと思った彼の言葉が、わだかまりとなって心に残った。

  

学期が始まってから、何度も挨拶を無視された。

彼は誤魔化していたつもりだろうが、無視された側は鋭敏にその意図を感じるものだ。

もう二度と挨拶なんかするもんかと、その態度を受けて雪もまた彼に背を向けた。

   


そして自主ゼミの時、初めてされた”警告”。

肩に置かれた手が鉛のように重たく感じた。ゾワゾワと、鳥肌が身体中を這うようだった。

  


後ろ姿を見る度、疎ましさを感じていた。

自身を無視する原因がよく分からない分、尚の事彼のことが胡散臭かった。





そして今も心に大きなわだかまりを残す、二度目の警告。

高級そうなその靴先で、散らばった書類を蹴っ飛ばされた。




傷口はまだ癒えていない。いや、むしろ時間が経てば経つほど膿んでいく。


しかし告白の時彼は言った。

彼女の方を振り向きもせずに。

既に過ぎ去った過去にすぎない





傷を治療しないまま、問題を解決しないまま、隠して、秘めて、埋めて、誤魔化す。



その彼の核(コア)に、もう無条件には降伏できなかった。

雪の瞳が、反撃の意を決した。





「どうしてですか?」



その一言に、車に乗ってから初めて淳が雪の方を向いた。

それは淳にとって、まるで予想だにしなかった言葉だったのだ。



「どうして私が、河村さんと関わってはいけないんですか?」



淳は運転していることを一瞬忘れ、雪の方へ顔を向けた。

雪の口からは、次々と淳への不満が漏れ出した。今まで抑えていたものが溢れるように。

「なぜ私が理由も聞かされず先輩に従わなければならないんですか?!

理由くらい話してくれてもいいじゃないですか!

関わるなと言われたって、じゃあいつも逃げ隠れしてればいいって言うんですか?!」




淳の手がハンドルに掛かり、急な動作で車を路肩に止める。

キキッと、ブレーキの音が大きく響いた。



淳は雪に向き直ると、幾分声を荒げた。

「なぜそう思う?そんなつもりで言ったんじゃない」



しかし雪の主張は曲がらない。

ただ彼の言いなりになって、ホイホイ言うことを聞くだけの人形じゃない。

雪は自分にも納得する権利があると言って譲らなかった。



しかし淳にはそれが理解不能だった。

彼女に向かって思わず詰め寄り、二人の間に火花が飛び散る。

「何を納得するっていうんだ?友達じゃないって言ったじゃないか!

ただ話さなければいいだけのことだろう!?」


「私こそそんな意味で言ってるんじゃありません!」



雪は真っ直ぐ淳の瞳に向って言った。

「なぜ私が河村さんの話をしなかったのかって?それじゃあ先輩はどうなんですか?!」









あなたこそ、なぜ河村氏の話をしなかったのかと雪は聞いた。

”友達じゃない”とピッと拒絶の線を引いて、質問すらさせてくれなかった。



雪が河村氏の話をしなかったのは、彼が気にすると思って、

互いに嫌悪しあっているから嫌だろうと思ってのことだった。

それでは彼が河村氏の話をしなかったのは、一体どんな理由があったというのだろう?





停車した車の中で、二人は暫し何も言わぬまま睨み合っていた。

ピリピリとした空気が、二人の間を漂う。



その空気を揺らすように、淳が大きく息を吐いた。

そして正面に向き直り、淡々とした口調で言葉を続けた。

「やめよう、雪ちゃんとは争いたくない。

アイツのことで、俺らがこじれる必要はないだろ」




行こう、と言って彼はギアを入れた。

雪の顔が、みるみる怒りに歪んで行く。



そのまま約束の店へ車を走らせようとする彼に、

雪はキッパリと「いいえ、行きません」と言った。



再び淳が雪の方を見た。

それは二度目の、予想だにしない彼女の言動だった。



雪はこんな雰囲気のまま、食事になんて行けるわけがないと言った。強い口調で。

そして心に溢れてくる、彼への不満を再びぶちまけた。

「説明しても質問しても謝っても、先輩は聞く耳一つ持とうともしない!」



彼女の言葉を聞いた淳は、その意外な行動に圧倒されていた。

先ほどのように言い返すことも忘れ、暫し彼女を見つめる。



雪は滾々と湧き出る自分の気持ちに歯止めが効かず、続けて河村亮とのことを説明し始めた。

家に送ってもらう云々のことだ。

「私、昨日の事件があるまで何度も家まで送ってくれようとするあの人を、ずっと断ってきました。

昨日送ってもらったのは本当に近所に空き巣が入ったからで!」




雪は、加えて河村亮の姉と一悶着あったことを伝えた。

河村氏はそのお詫びのつもりで、彼なりに気を遣って家まで送り届けてくれたんだということも。

淳は静香の存在が言及されたことに反応したが、雪はそれには気が付かず言葉を続ける。

「黙ってた理由が何であれ、私に非があるのは分かってます。先輩が怒るのも当然です。

でも今のこの状況は‥到底納得出来ません。

昨日のことは、先輩からこれほど無視されて、そんな目で見られるようなことなんですか?」




雪ちゃん、と呼びかけられても、雪の口は止まらなかった。

次から次へと、溜りに溜まったものが溢れ出してくる。

「先輩はいい人だから、私のこと心配してくれてるのはよく分かります。でも!

誰々と親しくするな報告しろ関わるな家に入れって命令ばっかり!急に人が変わったみたいになって!」




雪が彼の方を見ると、先輩はキョトンとした顔で雪の方を見ていた。



雪は居心地悪そうに口を噤み、そして再び俯いた。

怒りの炎で焦げた心の表面が、ボロボロとこぼれ落ちていく。

「先輩にとって‥私は‥」



雪の表情が、憂いを含んだものに変わった。

そのまま言葉を続けようとした雪に、淳が身を乗り出して接近する。

「泣いてるの?」



その顔の近さに、思わず雪は動揺した。もう言葉を続けられない。

泣いてません、と言うと雪は車から下りた。先輩が彼女の名前を、去って行く後ろ姿に呼びかける。

「すいません、私帰ります」



しかし雪はそう言い残して、ツカツカと歩いて行った。

後に残された淳は彼女の背中を見ながら、様々な思いが胸の中を交錯するのをほのかに感じていた。



それは、予想だにしない感情だった。



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<吐露>でした。

二人の初喧嘩ですねー!なかなか激しかったですね。

二人の論点が微妙にズレているのも見ものです。このピントのズレはこの後の話でより一層顕著になりますね‥。



そして淳の最後の表情、口元がかなり曖昧‥。(^^;)


次回は<混乱の中で>です。


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無条件に

2013-11-06 01:00:00 | 雪3年2部(三者対面後~聡美父病院)
昨夜は眠れなかった。

夜通し先輩に電話したのに出てもらえず、一人悶々としながら色々なことを考えていた。

やっと来た先輩からのメールは、”今日大学で会おう”というそっけない一通だけ。

雪は暗鬱たる気分で、待ち合わせ場所に向かった。

そして今そのことを、電話で聡美に相談しているところだった。



一部始終を打ち明け終わると、まず聡美は驚きの声を上げた。

青田先輩の態度についての驚きだった。

「信じらんない!あの青田先輩が~?!想像つかないよ。超~~頭に来たんじゃない?!」



聡美の驚き様に、雪はやはりとんでもないことをしてしまったのだと思い知らされ、もう一度落ち込んだ。

聡美が言葉を続ける。

「にしても、それはあたしでもムカつくわ!あんたが悪い、あんたが!

いくら同じ塾だからって、そんなことになったら二股だと思われてもしょうがないって!」




雪は俯いて手で顔を覆った。やはり客観的に見てもそうなのか‥。

しかし腑に落ちない点も幾つかあって、雪はそれも聡美に打ち明けた。

「そうだよね、私が間違ってた。でもだからって事情も聞かずに行っちゃうだなんて‥。

メールでも何回も謝ったのに‥」




それに対して、聡美はとにかく謝れと無条件の謝罪を勧めてきた。

あのいつも穏やかに見える青田先輩がそこまで怒っているなんて非常事態で、

とにかく自分が間違ってましたの一点張りで行けと、彼女のアドバイスは締めくくられた。


雪はその言葉の後で、明日の塾の同窓会には先輩は連れて行けない旨を伝え、聡美に謝った。

聡美は気にしないでと言って励ましてくれる。

ちゃんと仲直りするんだよ、と続けて言ってくれたが、雪の心は重たいままだ。



経過報告よろしく、と行って聡美は電話を切った。家へ向かうバスが来たから、と言って。


電話を切ってから、雪は重い心を抱えて俯いた。

昨日の先輩の姿が浮かんでくる。

本当に怖いくらい怒ってたな‥



自分を責める心と、弁解しようとしたのに聞いてくれない彼を責めたい気持ちで、頭の中はグチャグチャだ。

そしてそれ以上に、自分だけが空回りしているような状況に心が沈む。



雪が俯いていると、いきなり声を掛けられた。

「雪ちゃん」



いつの間にこんなに近くにいたのかと、雪は驚きながら立ち上がった。

髪を直して、スカートの裾を正して、先輩の方へ向き直る。

「こんにちは、私も今来たところです。今日はいい天気ですね?」



雪は今日、この間聡美と選んだワンピースを着てきた。

いつものファッションからしたら、スカート自体慣れないし裾も短い。

雪にとっては冒険だった。



変かな‥と思いながら雪は微かな微笑みを浮かべた。一応彼女なりに精一杯着飾ってきたつもりだった。

しかし先輩は素っ気ない。「行こう」と一言行ったきり、さっさと車に乗り込んでしまう。



雪は気まずい空気に当惑しながら、彼に従って車に乗り込んだ。







車がエンジンの音を上げて走り出しても、車内の空気は冷え切っていた。

先輩は前を向いて運転したまま、一度も雪の方を見ようともしない。

「あの‥先輩‥」



雪が若干身を乗り出して話しかけても、先輩は短い返事だけで彼女の方を見なかった。

雪はそんな彼の態度を受けて、再び当惑し俯いた。

すごい怒ってる‥。とにかく謝らなくちゃ。まずは無条件に謝罪だ‥



雪は聡美に言われた通り、まずは平謝りすることにした。他にこの状況の打開策も思い浮かばない。

一つ大きく息を吐くと、雪は真剣な口調で切り出した。

「先輩、すみませんでした。私が間違ってました」



雪は真っ直ぐに彼の方を見て謝った。

しかし彼はまだ、雪の方を見ようとしない。その横顔は、凍て付いた面のまま動かなかった。



これ以上、どうすればいいのだろう。

雪が再び俯き、途方に暮れようとした時だった。

先輩がようやく口を開き、短い質問をする。依然として前を向いたまま。

「亮とは、どうして?」



どうやって知り合ったのか、どうして一緒に居たのか、

その質問はいくつかの答えが当てはまったが、雪はまず弁解をする。

「意図的に会ってたんじゃないんです。ただ偶然‥塾が同じで知るようになって‥」



彼は雪の弁解を途中で遮るように、口を開いた。取り付く島もない口調で。

「アイツに関わるなって、そう言ったはずだけど」



彼の横顔は冷淡なそれで、口調はこの上なく冷たい。

雪はその静かなる怒りに身をすくめ、もう一度謝った。両の拳を膝の上でぎゅっと握りしめて。





昨夜、亮に送られて帰って来た時遭遇した彼の、驚いた表情が思い浮かぶ。

家の前まで彼氏以外の男を連れて来た‥



この事実一つだけでも、私が間違っていたことは明白だ。

雪は俯き続けながら、自分にある非を噛み締めていた。

正直戸惑いはあるし、何より申し訳なくて‥どうしていいか分からない



そんな雪に、先輩は静かに言葉を続ける。

「それにアイツに会ったなら、すぐに俺に話すべきだっただろ」



確かに何度か、先輩から”変わったこと”はないかと聞かれていた。

しかし雪は亮のことを言わなかった。けれどそれは、意識的に言わなかったのだ。

雪の心が彼の言葉に反感を覚える。



勿論何も言わなかったのは私が間違ってた‥。

でもそれも、先輩が気にするかと思ってのことだったのに‥



ここから、無条件に謝罪するという方法を、雪は少し変える。


沈黙を破ったのは、彼に向かって投げた質問だ。

「あの‥河村さん‥とは‥あの人とは一体どういう‥」



しかし雪の質問は、またしても彼に遮られた。


いや、正確には否定された。


「今それ重要?」



彼は言葉を続けた。

彼女の気持ちや隠された気遣いなど問答無用な、その冷徹な命令を。

「俺の言う通り、もうアイツには関わるな」



彼の中に、我を張る子供と高圧的な父親の両面が共存する。

しかしそんな彼の外面からは、その二面的な内面は窺うことが出来ない。


雪はその言葉の前に、思わず固まった。



聡美が言っていた”無条件に謝罪する”という言葉が浮かぶ。





しかし、逆に今雪が彼から向けられたのは、”無条件に我に従え”という命令だった。



「はい‥すいませ‥」



謝罪の言葉尻が窄む。冷たい汗が、頬を伝う。

声や語り口が、この上なく冷たい


心の中に、白い靄が立ち込めていく。

雪は視線を流し、彼の横顔をそっと窺い見た。

でも‥




どこか見慣れた姿



すでに知っている姿


その冷淡に見える横顔には、見覚えがある。

その冷たい口調も、底冷えするような威圧感も。


でも、と雪は思う。

膝の上に置かれた拳に、力が入っていく。





‥でも私だって、言いたいことが沢山ある。



雪の脳裏に、去年の忌むべき記憶が次々と思い浮かんだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<無条件に>でした。

ちょっと中途半端なところですが、次回に続きます~。

雪のワンピ姿は貴重!合コン以来のスカートではないでしょうか。

さて今回の先輩のセリフ。

雪の「河村さん‥とは一体どういう」の後の「今それが重要?」。本家版に忠実に訳すとこう。

日本語版は、「そんなことはどうだっていい」←コレにしびれました。うまいな~~!


次回は<吐露>です。

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