雪と亮は随分と歩いたのち、街灯の下で立ち止まった。
雪は強く掴まれた手首が痛くて、もう一方の手でずっとさすっていた。
亮は雪に背を向けたまま、黙りこくっている。
雪はさっきの男は一体何なんだと、当惑した様子で亮に質問した。
同級生だよと苦しげに答える亮に、雪は真っ向意見した。
「同級生なのにどうしてあんなこと言うんですか?!おかしいですよ!」
「あれは訴えることも出来るレベルの暴言です!どうして何も言い返さなかったんですか?!」
そう言った雪に、亮は嘲りを浮かべた。
「は? お前に言われたかねーよ。さっさとお家に帰るんだな」
雪は図星を突かれて、顔を赤くした。
確かにいつも何も言えないのは自分の方だ。
けれど‥。
雪は亮に向かって自分の思うところを述べた。
「あなたが私のことをもどかしく思っているのはわかります。
でも私なら、あんなこと言われて黙ってるだけじゃなかったと思います。あまりにも酷すぎますよ!」
言葉を続けようとする雪に、亮は声を荒らげて反論した。
「オレだって分かってらぁ!!でも何て言い返しゃいいんだよ?!」
「オレの手がイカレてるのは事実だってのに!!」
言い返す言葉がないじゃないかと、亮の叫びは路地裏にこだました。
雪は脳裏に、言われなければ気づかないほど普通に手を使い生活していた亮の姿が思い浮かんだ。
雪は「詳しい事情はよく分かりませんけど‥」と前置きをしてから、オズオズと自分の意見を述べた。
「この前なんか子どもたちと両手で楽しそうに遊んでたじゃないですか。
テストの採点もそうだし、掃除だって、接客業だって‥」
「それで?」
亮は静かに口を開いた。
その瞳の中には、手負いの獣のような烈しい炎と哀しみが燃えていた。
「ピアノが弾けないのに、それに何の意味がある?」
雪はその言葉と表情を見て、ハッと気がついた。
‥今私は一番言ってはいけないことを口にした、と。
亮は左手を広げ、雪に詰め寄った。
「教えてやろうか?どう頑張ったって突然力が入らなくなるんだ。
リズムもクソもねぇ、どう足掻こうが弾けやしねぇ」
口にすればするほど、残酷な現実が亮を苦しめる。
心の中に、叫び続ける自分が居る。
「お前にこのクソみてぇな気分が分かるか?」
”ピアノが弾けない” この事実は輝かしい未来への扉をいとも簡単に閉ざした。
叫んでも叫んでも消えない悔恨。
指が動かなくなったあの日から、亮の目の前は真っ暗になった。
それは今も同じだ。
「教えてくれよ、」と亮は雪を見下ろしながら言った。
いたたまれない表情をしながら俯いた彼女を、とことん傷つけてやりたい気分だった。
「この手で何が出来るのか、教えてくれよ。採点?掃除?」
「もっといいもんねーのかよ、なぁ」
雪は己のした発言を恥じていた。
彼の抱える闇を理解もせずに、軽はずみなことを言ってしまったと。
「‥出しゃばりすぎたみたいです。すみません‥」
そう言い終わらない内に、亮はまたしつこく聞いていた。
いいから教えてくれよと、もっといいものないのかよ、と。
しかし雪の心にも、燻るものがあった。
「いい加減にして下さい!」と、雪は大きな声で反論した。
ネチネチと八つ当たりしてくる亮に、いい加減腹が立っていた。
「他人に言いたいことも言えずにやられてばかりの私と、
自分のこと諦めて何も出来ないって言う河村氏と!」
「どちらの方がもどかしいのか、私には判断出来ません」
憐憫を誘うような亮の態度に、雪はつい腹が立った。
それは幼い頃から甘えることが許されなかった彼女にとって、気に障る言動だった。
誰しもが悩みを抱え、それを表に出さず歯を食いしばって暮らしているのだ。
雪は八つ当たりされた悔しさも相まって、そのまま亮に背を向けた。
亮は足早に去って行く雪の後ろ姿をしばらく呆然と追っていたが、
やがて頭を抱えて俯いた。
畜生、と亮の声が辺りに響く。
空は暗く、月の光も見えなかった。
同じ頃、ここは都内のとあるバー。
男性二人が歓談している。会話内容は、同級生の西条和夫のTwitterについてだった。
二人は携帯電話の画面を覗き込み、西条のつぶやきを読んでいた。
SKKの近くで河村亮発見なうwwwww
話しかけようとしたらそのまま逃げられたヨ?隣のは彼女か?wwwwww
男性二人は添付された画像を見て、久々に目にした河村亮らしき人物の姿に湧いた。
すると後ろから一人の男が近づいて来て、「俺にも見せてくれよ」と言ったので携帯を渡した。
男は画面をじっと見ていた。
そこには河村亮が女性の手を引っ張って、どこかへ歩いて行くところを撮ったらしい画像が表示されていた。
歓談している男性二人は、これが本当に河村亮かどうかは定かではないという話をしていた。
そこら辺にいたそれっぽいヤツを適当に写しただけじゃないか、と。
結局西条の情報は信じるに信じれない、という結論に達して彼らは笑った。
携帯電話を手にしている男は、そこに写っている女性の髪を凝視していた。
見覚えのある、あの髪飾り。
脳裏にそれをつけた彼女の姿が思い浮かんだ。
青田淳はその画像を凝視しながら、それが彼らであることを確信した。
そして亮が今どこで働いているかを、知る必要があると思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<えぐられた傷(2)>でした。
最後に出て来たバー、セレブが集う感じですね~。
B高の同窓会かなんかでしょうか、ただ単に高校時代の仲間が集ったのかな?
さすが良家子女の集まるB高‥。
先輩、雪もこういうとこ連れてってあげて~
次回は<エクセル対決>です。
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雪は強く掴まれた手首が痛くて、もう一方の手でずっとさすっていた。
亮は雪に背を向けたまま、黙りこくっている。
雪はさっきの男は一体何なんだと、当惑した様子で亮に質問した。
同級生だよと苦しげに答える亮に、雪は真っ向意見した。
「同級生なのにどうしてあんなこと言うんですか?!おかしいですよ!」
「あれは訴えることも出来るレベルの暴言です!どうして何も言い返さなかったんですか?!」
そう言った雪に、亮は嘲りを浮かべた。
「は? お前に言われたかねーよ。さっさとお家に帰るんだな」
雪は図星を突かれて、顔を赤くした。
確かにいつも何も言えないのは自分の方だ。
けれど‥。
雪は亮に向かって自分の思うところを述べた。
「あなたが私のことをもどかしく思っているのはわかります。
でも私なら、あんなこと言われて黙ってるだけじゃなかったと思います。あまりにも酷すぎますよ!」
言葉を続けようとする雪に、亮は声を荒らげて反論した。
「オレだって分かってらぁ!!でも何て言い返しゃいいんだよ?!」
「オレの手がイカレてるのは事実だってのに!!」
言い返す言葉がないじゃないかと、亮の叫びは路地裏にこだました。
雪は脳裏に、言われなければ気づかないほど普通に手を使い生活していた亮の姿が思い浮かんだ。
雪は「詳しい事情はよく分かりませんけど‥」と前置きをしてから、オズオズと自分の意見を述べた。
「この前なんか子どもたちと両手で楽しそうに遊んでたじゃないですか。
テストの採点もそうだし、掃除だって、接客業だって‥」
「それで?」
亮は静かに口を開いた。
その瞳の中には、手負いの獣のような烈しい炎と哀しみが燃えていた。
「ピアノが弾けないのに、それに何の意味がある?」
雪はその言葉と表情を見て、ハッと気がついた。
‥今私は一番言ってはいけないことを口にした、と。
亮は左手を広げ、雪に詰め寄った。
「教えてやろうか?どう頑張ったって突然力が入らなくなるんだ。
リズムもクソもねぇ、どう足掻こうが弾けやしねぇ」
口にすればするほど、残酷な現実が亮を苦しめる。
心の中に、叫び続ける自分が居る。
「お前にこのクソみてぇな気分が分かるか?」
”ピアノが弾けない” この事実は輝かしい未来への扉をいとも簡単に閉ざした。
叫んでも叫んでも消えない悔恨。
指が動かなくなったあの日から、亮の目の前は真っ暗になった。
それは今も同じだ。
「教えてくれよ、」と亮は雪を見下ろしながら言った。
いたたまれない表情をしながら俯いた彼女を、とことん傷つけてやりたい気分だった。
「この手で何が出来るのか、教えてくれよ。採点?掃除?」
「もっといいもんねーのかよ、なぁ」
雪は己のした発言を恥じていた。
彼の抱える闇を理解もせずに、軽はずみなことを言ってしまったと。
「‥出しゃばりすぎたみたいです。すみません‥」
そう言い終わらない内に、亮はまたしつこく聞いていた。
いいから教えてくれよと、もっといいものないのかよ、と。
しかし雪の心にも、燻るものがあった。
「いい加減にして下さい!」と、雪は大きな声で反論した。
ネチネチと八つ当たりしてくる亮に、いい加減腹が立っていた。
「他人に言いたいことも言えずにやられてばかりの私と、
自分のこと諦めて何も出来ないって言う河村氏と!」
「どちらの方がもどかしいのか、私には判断出来ません」
憐憫を誘うような亮の態度に、雪はつい腹が立った。
それは幼い頃から甘えることが許されなかった彼女にとって、気に障る言動だった。
誰しもが悩みを抱え、それを表に出さず歯を食いしばって暮らしているのだ。
雪は八つ当たりされた悔しさも相まって、そのまま亮に背を向けた。
亮は足早に去って行く雪の後ろ姿をしばらく呆然と追っていたが、
やがて頭を抱えて俯いた。
畜生、と亮の声が辺りに響く。
空は暗く、月の光も見えなかった。
同じ頃、ここは都内のとあるバー。
男性二人が歓談している。会話内容は、同級生の西条和夫のTwitterについてだった。
二人は携帯電話の画面を覗き込み、西条のつぶやきを読んでいた。
SKKの近くで河村亮発見なうwwwww
話しかけようとしたらそのまま逃げられたヨ?隣のは彼女か?wwwwww
男性二人は添付された画像を見て、久々に目にした河村亮らしき人物の姿に湧いた。
すると後ろから一人の男が近づいて来て、「俺にも見せてくれよ」と言ったので携帯を渡した。
男は画面をじっと見ていた。
そこには河村亮が女性の手を引っ張って、どこかへ歩いて行くところを撮ったらしい画像が表示されていた。
歓談している男性二人は、これが本当に河村亮かどうかは定かではないという話をしていた。
そこら辺にいたそれっぽいヤツを適当に写しただけじゃないか、と。
結局西条の情報は信じるに信じれない、という結論に達して彼らは笑った。
携帯電話を手にしている男は、そこに写っている女性の髪を凝視していた。
見覚えのある、あの髪飾り。
脳裏にそれをつけた彼女の姿が思い浮かんだ。
青田淳はその画像を凝視しながら、それが彼らであることを確信した。
そして亮が今どこで働いているかを、知る必要があると思った。
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<えぐられた傷(2)>でした。
最後に出て来たバー、セレブが集う感じですね~。
B高の同窓会かなんかでしょうか、ただ単に高校時代の仲間が集ったのかな?
さすが良家子女の集まるB高‥。
先輩、雪もこういうとこ連れてってあげて~
次回は<エクセル対決>です。
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