Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

別れの時

2013-12-18 01:00:00 | 雪3年2部(雪淳喧嘩~亮の涙)


雪が朝の買い物から帰ってくると、ちょうど秀紀と玄関の外で出くわした。

二人は顔を見合わせると、互いに言葉を交わす。

「あんた随分早起きね?」 「はい‥大掃除ですか?」



秀紀が段ボールを抱えていたので、雪はそう声を掛けた。

それに対して、秀紀は眉を下げながら「引っ越すのよ」と真実を告げた。



思わず雪は声を上げた。まさに寝耳に水だ。

秀紀は幾つも段ボールを廊下に積みながら、とりあえず荷物を運び出しているのだと言った。

大家のお婆ちゃんにまだ正式に退去を知らせたわけではないけど、と続ける。

「ここに居るのも迷惑かなって‥」



近所で変な噂も立っていることだし、早めの旅立ちの方がいいと秀紀は言う。

彼の言葉を聞いて、雪は一つ思い至ったことがあった。先日奇しくも知ることになった、青田先輩とのこと‥。



雪がそのことを口にすると、秀紀は必死に否定した。

この引越しはあんたには関係のないことで、全部あたしの問題だからと。

  

二人は顔を見合わせた。気ぃ遣いの人種の彼らは、言葉にしないところで互いを慮る。

秀紀は幾分打ち解けた口調で、雪に向かって言葉を掛けた。あの時のことだ。

「あんたあの時よっぽどムカついたのね?急に走って行っちゃってさ」



冗談っぽくそう口にする秀紀に、雪はもしかしたらと思って聞いてみた。

「あの‥ひょっとしてそのことで、先輩から何か言われましたか?」



彼女の真っ直ぐな眼差しを受けて、秀紀は微かに微笑んで見せた。

不器用な彼女にいらぬ心配を掛けないようにと、彼は大人らしく配慮する。

「あんた彼女のくせに淳のこと信じられないワケ?別に何も無いわよ。そういうのじゃないの~」



ウリウリと指をさしながら戯ける秀紀を前にして、雪は愚直な態度で応じる。

「あ、ハイ‥。もしかしたらと思って‥」



秀紀は更にフォローを続けた。

経過はどうであれ、新たなる旅立ちを迎えることに寄与した幼馴染への、はなむけのフォローだった。

「それよりさぁ、あんたってすんごく要領悪いわ!奨学金のことだけどさ、

あたしだったらタダでラッキー!ってスクランブル交差点の真ん中でセクシーダンス踊っちゃうわよ!

そんなにムカついてるなら、結婚して責任取ってもらうことね!」




キャッキャッと明るい笑い声を立てる秀紀だったが、雪は少し引き気味‥。

どうやらやりすぎてしまったようだ‥。




秀紀は一つ二つ咳払いをすると、「お願いがあるんだけど」と言った後、遠藤の名を口に出した。



みなまで言わずとも、雪は彼が言わんとしていることを察して約束を交わした。

遠藤と秀紀の関係に関して、誰にも口外しないという約束を。



秀紀は雪の顔を見ながら、感慨深い気分になった。

段ボールを再び抱えると、雪に向かって口を開く。

「‥あたしは今日の夜出ちゃうから、これで最後かな。元気でね」



夜道は気をつけなさい、と言って秀紀は階段を降りて行った。

コツコツと、その靴音が寂しく響く。



その後ろ姿に、雪は思わず声を掛けた。

「あのっ‥今までありがとうございました!」



秀紀は雪の方を顔だけ振り返り、後ろ手に手を振った。

去って行く彼の背中を、雪は複雑な思いで見つめていた。



突然訪れた別れ。

決して関係は円満というわけでは無かったけれど、それでも親しみを感じていた隣人だった。



雪は心に寂しさの風が吹き込むのを感じた。

大きな運命の手に委ねられた、人と人の関係。一期一会のその刹那を、私達はみんな生かされている‥。










秀紀はアパートの前を歩きながら、心に引っかかっていた記憶に思いを馳せていた。

あの時‥遠藤が青田淳からカードを盗んだ時のことだった。

盗んだ事実を打ち明けた時、遠藤は言った。

俺はお前のために‥



あの時、秀紀は怒らなくてはいけなかった。

しかし”自分のため”という言葉に揺らいだ。自分への好意に気を取られ、事の善悪を見失ったのだ。



そんな二人の心の中に顔を出したのは、惨めな暮らしの中でひたむきに生きようとする自分達への、憐憫の情だった。

哀れな状況に酔って、自分達への言い訳に甘えて‥。



今なら分かるのに。

互いに目を向けてばかりでは、どこにも行けないということを。

あの時彼は前を向かなければならなかった。

彼を叱り、真実に目を向けて、正しい道に導いてやる強さが必要だった。



声無き後悔の吐露が、その場にぽっかりと浮かぶ。

「いくら考えたって、もう遅いわね‥」



彼はそうポツリと呟いた。

確かに過ぎたことを今更後悔したって遅いけれど、それに意味が無いなんてことはない。

過去から目を背ける子供のままでは、きっとどこにも旅立てない。

彼は大人らしく、その後悔も悔やんだ過去も全てを受け止めたから、旅立てるのだ。


かくして秀紀は歩き出した。

一人で歩む険しく辛い道のりを。その先にある、二人の未来を目指して‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<別れの時>でした。

最後まで大人だった秀紀さん。

淳のことは何だかんだ言って、かわいい弟分なのかなと思いました。

雪に本当のことを言わなかったのも、淳を信じなさいと言ったことも、彼なりの優しさですね。うう‥秀紀兄‥(T T)

ここで秀紀兄さんとはしばしさようならです。また3部で彼に会えることを祈りつつ。

秀紀兄、幸せになるんだよーーー!今までありがとうーー!


次回は<内観>です。

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旅立ち

2013-12-17 01:00:00 | 雪3年2部(雪淳喧嘩~亮の涙)


ここは秀紀が住んでいるアパートだ。

実家から飛び出して来た彼が、初めての一人暮らしを始めた安アパート。

ここに住む前に、色々なことがあった。


両親から遠藤と付き合うことを反対され、家を飛び出し途方に暮れた。



今までは、資産家である実家の後ろ盾があることが当たり前の人生だった。

秀紀は子供の頃からそれを知りつつ、それを踏まえて生き方を学び、実践してきた。

幼い淳に教えたように、彼なりの処世術でその環境を生き抜いてきたのだ。



愛の為に‥と言ったら大げさかもしれない。

けれど彼は、今まで得てきたものを全て捨ててでも、遠藤と居ることを選択した。

この世界に自分をこんなに愛してくれる人も、愛している人も他にいないと、熱く強い思いを抱えて。




しかし現実は甘くなかった。

今までと180度違う生活、狭い部屋で抱える孤独、いつも苛ついている恋人‥。

  

そしてマイノリティな自分に対する、世間の目の冷たさを知った。

    


好奇な視線から逃れ部屋で膝を抱える度味わう、言い知れぬ孤独。砂を噛むような思い‥。





しかしそんな生活の中で、時に楽しいこともあった。

少し失礼な、しかし思いやりのある隣人との出会い、その友達とわいわい騒いで囲んだ食卓、不意に訪れた幼馴染との邂逅‥。

    


砂の中に紛れた宝石のように、数々の記憶が胸の中で光る。

そして、様々な思い出が染み付いたこの部屋を、秀紀は明日去ることにしていた。

色々なことに対する別れが、刻々と近づいて来ていた。







荷物を段ボールにまとめながら、秀紀と遠藤はポツリポツリと会話をした。

「お医者さんは何て‥?」  「ただ‥毎日消毒してガーゼ取り替えて‥それだけしておけばいいって」



良かったね、と秀紀が優しく声を掛ける。

遠藤は何も言わず、二人は黙々と手を動かし続けた。

  

これから自分たちがどうなっていくかの核心に触れる話題を避けて、二人は自然と無口になった。

それでも秀紀は遠藤を思って、彼に気遣いの言葉を掛ける。

「‥あたしがいなくても、自分でちゃんと健康管理も傷の手当もするんだよ」



”あたしがいなくても”

その言葉は遠藤の心に悲しく響き、思わず彼は秀紀の方を振り向いた。

今ここにいる恋人は、明日にはいなくなってしまうのだ。

「なぁ‥マジで別れるつもりか?!」



遠藤は彼に詰め寄った。

「ただ家に帰ればいいんじゃねーのかよ?青田なんかのせいでお前‥」



声を荒げる遠藤を制して、秀紀はゆっくりと口を開く。

何かを吹っ切ったかのような、しっかりとした口調で。

「修ちゃん、淳のせいじゃない。あたしたちのためなの



秀紀は彼に問いかけた。

自分が実家に帰ってからも、関係を続けられると思う?と。

遠藤は冷静な彼の言葉を、焦燥を抑えつつ受け止める。



秀紀はさらけ出した。その正直な胸の内を。

今までずっと胸につかえてきた、苛立ちと哀しさを。

「世間はあたし達のことを理解しようともせずに、後ろ指さすから‥。

いつも言い訳して、人のせいにしてきた」




「あたしは勉強も就職もしんどいよって泣き言ばっか言って、

あなたはあたし達の関係の肩身が狭くって苛立ってばっかで‥。二人共いつもピリピリしてたよね」






ただ二人で笑っていたいと、一緒にいたいと、願いはいつもシンプルだった。

けれど顔を合わせる度に喧嘩して、一人になると苛立って、何もかもが上手くいかなかった。

秀紀はその原因を一つ一つ、丁寧に解きほぐして消化していた。彼の話は続く。



「自分達はこんなにも辛いんだから、もっと良い暮らししている奴らに迷惑かけて何が悪いって、

心のどこかでそう思ってたんだと思う」




「あたしも堕ちるとこまで堕ちて、修ちゃん追い詰めて、ようやく気が付いたの」

「‥‥‥‥」



遠藤は、じっと秀紀の話を聞いていた。

こんな風に彼とちゃんと向き合って話を聞いたことなんて、実は一度も無かった気がした。

別れに抗いたい気持ちの傍らで、彼の話に納得している自分がいる。秀紀は淀みない口調で尚も続けた。

「このままじゃ駄目。あたしも今おかしな疑いかけられたまま、どうしていいか分からないし、

修ちゃんも本当に大変なことになるとこだった」




「ご両親は今の状況、ご存じないんでしょう‥?」

図星だった。

自分の近況も、怪我をした現状も、両親に話せないままでいる。遠藤は返す言葉も無く、ただ俯いた。

「‥‥‥‥」



秀紀がそんな彼を見て、幾分明るい口調で言葉を掛ける。

「あたしはまた実家でお世話になって、ちゃんと勉強して就職しなくちゃ」と。

「淳に言われたからじゃない。あたし、地に足つけたいの」



俯いた遠藤に、秀紀は前向きな言葉を掛けた。

あなたもしっかり就職の準備を頑張って、二人で淳にカードのお金も返そうね、と。

「それでさ‥お互い辛いことちゃんと乗り越えたら、その時‥

その時、また会えるよ




その時秀紀は、涙を堪えて笑った。

別れを言わずに、再開の約束をした。

どんな時でも遠藤を思って振る舞う彼は、優しくて何より、強かった。



俯いた先に広がる古い床が、ぼやけて滲む。

込み上げてくる嗚咽を必死で堪えながら、遠藤は小さく頷いた。

「‥分かった」



零れた涙が染みを作る。後から後から、彼への思いが溢れてくる。

けれど遠藤は秀紀の気持ちを真っ直ぐに受け止めた。

これは別れではないと、二人の新たな旅立ちだと、分かっていたから。



さよなら、とどちらかが口にした。

心は哀しみに暮れ、涙は溢れ続けていたけれど、二人は孤独では無かった。

何よりも大切な存在を、心の中に抱きしめていたから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<旅立ち>でした。

これにて二部での、遠藤さんと秀紀さんの話は終わりです。

前半はダイジェスト風記事にしてみました。

二人の関係は一旦終わりを迎えますが、きっと将来一回り大きくなった二人で再会出来るのではないでしょうか。

チートラ内で唯一ちゃんと向き合ったカップル、といった感じです。

秀紀さんのような大人に、最終的に先輩もなれるのかどうか‥気になるところですね。

次回は<別れの時>です。

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河村家の問題

2013-12-16 01:00:00 | 雪3年2部(雪淳喧嘩~亮の涙)
「てめぇふざけんなよ!携帯二台だぁ?!」



吠えた亮を前に、姉の静香は両耳に指を突っ込んだ。

予想していた弟からの罵詈雑言。静香は言われるだろうと思っていたのだ。



事の発端は、静香が携帯電話を二台持ち始めたことだった。

青田家からの援助も途切れた今、経済状況は火の車のはずなのに静香にはまるでその自覚がない。



静香は弟の名義で携帯電話を契約し、その請求書は当然亮のところに来ることになる。

総額二十万円。亮は激怒した。

「オレの名義勝手に使いやがって!お前人の話聞いてたか?!マジで死にてーのかよ?!」



激昂する亮に、静香はうんざりした表情で言い捨てた。

「もォ何なのォ‥あんた何様?



静香は悪びれず、むしろ亮が散々保護者面してきたことについて不平を鳴らし始めた。

携帯の契約くらいでああだこうだ言うと、半ば呆れ顔で亮を貶す。

「だったら最初から逆らってくんじゃねーよ」



携帯料金も払えないくせに、自分を養うことも出来ないくせに、

保護者面して偉そうに説教するなと静香は言い捨てた。



それを聞いた亮の中で、何かがプチンと切れた。

衝動にまかせて静香の胸ぐらを掴み、大声で彼女に迫る。

「てめぇいい加減にしろよな!!」




ハッ、と気がついた時にはもう遅かった。



掴んだ胸ぐらの先で、静香が二の句を継げずにいる。

彼女は怯え竦み、その表情は恐怖に歪んでいた。



握った拳は震え、汗が噴き出し、先ほどまでの威勢は見る影もない。

亮はしまった、と心の中で思いながら、その手を離した。



暫し呆然としていた静香だが、やがてゆっくりと口を開いた。

「何?殴るの?‥殴りなよ」



静香の瞳は狂気を帯びていた。蘇ったトラウマが、彼女に現実と幻想のはざまを見せる。

「今まで我慢してきたんだもんね?でもね、あんたもどうせあの人と同じなんだよ



知ってるんだから、と静香は言った。

二人の脳裏に沈めてあった、遠い記憶が水面を揺らす。



亮は拳を握りしめながら、怒りと屈辱に震えながらそれに耐えていた。

殴りなよと尚も挑発してくる静香を前にして、亮はぎゅっと目を瞑った。



亮はそのまま吠えながら、静香の家を後にした。

走っても走っても追いかけてくる忌まわしい記憶が、植え付けられたトラウマが、二人の脳裏にゆらゆら揺れた。







昼間起こったそんな出来事を、亮は雪の前で一人回想していた。

静香の名前を呟いて以降黙り込んだ亮を前に、雪は不思議そうな顔をしている。

亮は事情を詳しくは話さなかった。「家でちょっと問題がな」とだけ言って、雪もそれ以上は聞き出さなかった。



暫し憂いを含んだ表情で俯いていた亮だったが、やがて息を吐きながらゆっくりと空を仰いだ。

「はぁ‥夜風当たったらちょっとスッキリした」



行こうぜ、と言って亮はもうこの問題を終わらせた。

雪はそんな亮と並んで歩きながら、彼の気持ちを慮って言葉を掛けた。

「‥今日は河村氏にとって、なんだか大変な日だったんですね」



互いに言い知れぬ感情で繋がっていることが、雪の心に共感を生んだ。

だから自然に雪も、自分の気持ちを口に出すことが出来た。

「あと私‥さっきすっごく怖くて‥。こんな風に来てくれてありがとう」



「本当に」



いつもと違う素直な彼女を前にして、亮は幾分戸惑って言葉に詰まった。

しかし亮は息を吐くと、すぐに普段の憎まれ口を叩き始める。

「はぁ~オレほどの良い奴が一体どこにいるってのかね~。

お前の大学の人もオレが助けて、オレはお前の恩人‥」




亮は恩人の自分にその恩を返すべきだと、雪に向かって力説する。

メシでも酒でもいつでもウエルカムだと言う亮に、雪は素直に頷いた。



いつになく素直な雪に、亮は若干拍子抜けする。何度も「マジかよ」と確認し、

雪は「本当ですよ」と肯定する。



「あ、でも今日はお金ないから、とりあえずこれを‥」



雪はそう言いながら、鞄の中を探って瓶を取り出した。

夏だけれど少し肌寒くなる時間帯に、ピッタリのドリンクだった。

「どうぞ」



それは普段どこでも目にすることが出来る、高価な品でもない凡庸なドリンクだった。

けれどそれは、今彼女が出来る精一杯のお礼だった。



差し出された彼女の誠実さに、亮は沈黙した。

昼間彼女と真反対な自堕落な姉と、接してきたせいかもしれなかった。



そんな亮の目の前で、雪はドリンクがぬるくなってしまったと言ってワタワタしていた。

「で、でも買ったばっかだから‥」



そう不器用に弁解する彼女を見て、亮は思わず笑みが漏れた。

彼女の掌に握られた、その真心に手を伸ばす。

「どうした?顔に向かって投げねーのか?」 



亮の飛ばす冗談に、雪が困って頭を掻く。

「もうそのことは忘れて下さいよ~!」 

「お前あのなぁ、あれは忘れられない人生で最大級にショックな出来事であって‥」

「そんなぁ!」



二人は普段通り冗談を言い合いながら、並んで歩いた。

先ほどまで暗く怖かった帰り道が、驚くほど和やかなものに変わっていた。




亮は雪が家に入るまで見届けて、手を振った。



その素振りや憎まれ口を叩いた後の空気が、やはりいつもと違うと雪は察知する。

本当何があったんだろ‥



しかし二人はそれについて言葉を交わすことは無かった。

雪は去って行く亮の足が見えなくなってから階段を上がり、部屋へと入って行った。









一方河村静香は、ソファに横たわりながら幼いころの記憶を思い出していた。

「情けない子‥」



そう言って脳裏に浮かぶのは、小さい頃叔母の元に預けられていた頃の記憶だった。

年月が経っても、身体は大きくなっても、亮はあの時のままだ。

殴られる姉を見捨てて走り去った時から、何も変わっていない。



皮肉に歪んだ心が、意地の悪い嗤いを誘う。

「未だに罪悪感に囚われて、だからダメなんだよ亮は‥。プフフフフ‥」




亮と静香、二人の心に巣食った暗い記憶は、未だに互いを縛ったままでいる。

忘れられない過去を持つ、たった二人の家族。



亮は雪の家の明かりが灯るのを見て、”家”についてぼんやりと思いを巡らせていた。

先ほどの自分の言葉が、皮肉に聞こえてくる。

「”家でちょっと問題がな~”ってか?」



ハッ、と息を吐き捨てる。

”家”だなんて‥。

この忌々しい記憶で繋がれている家族が、”家”だなんて言えるのか。

「”家”とか笑わせんな」



亮の後ろに続くのは、やはり孤独な影だった。

その暗い闇に、否応なく姉と繋がる血が騒ぐ。

一人であって一人ではない、そんな問題が亮の頭を、悩まし続けていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<河村家の問題>でした。

暗く伸びる影。前回は雪の後ろに、今回は亮の後ろに。

孤独の象徴ですね。そんな孤独を背負った雪と亮が、言葉にはしないけれどその苦しみを共有し合う、

そんな意味のある回でした。

さて雪が亮に渡したのは、以前姉様のブログにて、さかなさんが解明して下さいました!(^0^)



ゆずの飲み物ですかね?

日本だとこんな感じ?^^



皆さんのご意見でどんどんシックリクル~!いつもありがとうございます(^^)♪

次回は<旅立ち>です。

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孤独の影

2013-12-15 01:00:00 | 雪3年2部(雪淳喧嘩~亮の涙)


静かだった。

暗くなった夏の夜道を、雪はヒタヒタと一人で歩いている。

こっ‥怖い‥



付近で変態事件や暴行事件が起こってからというもの、周辺は輪をかけて静まっている。

夏だというのに窓を開けている家も無く、明かりさえあまり目につかない。



雪はふと、靴紐が解けているのに気がついた。

まだ家まで遠いのに‥と一人思いながら、しゃがみ込んで紐を結ぶ。



すると雪の足元に、硬貨がコロコロと転がってきた。

雪がその動線を目で追っていると、何の気配もなく目の前に人が現れた。

「ああ、こんにちは。うちのアパートの入居者さんですよね?」



男は転がった小銭を拾いながら、大家の孫ですと雪に言った。軽い調子で世間話をする。

「この辺真っ暗ですよねぇ。ハハ」



雪は心臓が止まるかと思った。あまりにも突然現れたこの男に、言い知れぬ不気味さを感じる。

身を凍らせたまま立ち上がった雪に、大家の孫は「窓の具合はどうです?」と声を掛ける。



「お陰様で」「それはよかった」と紋切り型の返答が続き、

また何かあったら言って下さい、という男の言葉に雪は頭を下げ、その場を後にしようとした。

しかし男はその後姿に声を掛ける。

「送りましょうか?最近物騒ですし」



男の提案に、雪は大丈夫ですと笑顔を浮かべて答え、男はそうですかと返答した。

別れの挨拶を交わした後、二人は背を向け合って別々の方向を歩き出した。

雪の心臓は早鐘のように鳴っている。

あービックリした‥超ビビった‥。早く帰りたい‥この街危なすぎる



すると後方から、男が何か歌っているのが耳に入ってきた。

「♪トゥトゥルトゥトゥトゥトゥトゥ、ラビンユベイベ~♪」



雪の背筋が、ヒヤリと凍った。

その歌はいつか雪が、一人この道を歩いていた時に歌っていたものだ。

この夜道の恐怖を紛らわすために‥。



身体中から冷や汗が噴き出すようだった。

雪はギクシャクと手足を動かしながら、必死に前へ前へと歩を進める。

い、いや有名な歌だし!過剰反応過剰反応‥



そんな雪の後ろで、男は笑っていた。

肩を揺らし、嬉しそうに‥。




雪は歩いても歩いても、何かがついてくる気がして怖かった。

それは暗い自分の影、いや誰もいない空間に伸びる、孤独の影‥。



暗く狭い道、明かりは無い、誰もいない。

自分の吐く息の音しか聞こえない。



急いで帰路に着く雪の姿を、一人の男が目にして声を掛けた。

「おい!」



身を縮こまらせながら、つと立ち止まる。

コツコツと近づいてくる足音に、恐怖心のメーターが振り切れた。

「きゃぁあああ!」 「ダメージヘアー!」



叫び走り出す雪の背中に、聞き慣れた声がした。

「お前何してんの?」



振り返って目に入ったのは、不思議そうな顔をした河村亮だった。

亮は呆れたような口調で、渋り渋り雪に近付く。

「何叫んでんだっつの。またオレが変な誤解を受けたらどーしてくれんだよ」



先日刑事からあらぬ疑いを掛けられたことを根に持っていた亮は、

そのことを苦い顔をして雪の前で愚痴った。

しかし雪はそんな彼の言葉は耳に入らない。縮こまっていた心が、徐々に解き解れていく。



雪は無意識の内に、彼に向かって手を伸ばしていた。

その服の端を、思わず掴んでいた。

「か‥河村氏‥」



亮は目を見開いた。

気がつけば彼女のほっとしたような笑顔が、目の前にあった。



二人は暫し互いに顔を見合わせて佇んでいたが、その雰囲気を壊したのは亮だった。

「お前変なもん拾い食いでもしたか?!何しやがんでぇ!」



亮は彼女の手をバシンと払うと、雪も一瞬にして正気に戻った。

ホッとしてつい‥とアワアワしながら亮に謝り、弁解した。

「さっきあっちで男の人が‥」 「何?!何かされたのか?!」



雪の話に亮は身を乗り出したが、続けられた説明はどうにも納得出来ないものだった‥。

「いえ、ただ挨拶されただけで‥。その人が歌ってて、前に私が歌っていたやつをここで‥。

♪トゥトゥルトゥトゥトゥトゥトゥ、キッシンユベイベ~♪‥」


  

説明すればするほど、亮の顔色は曇っていく‥。

雪はただ一人で歌っていた変な女だと思われ、その話は終わった。


「そ、それでここで何してたんですか?」



雪の質問に、亮は「ああ、まぁ何かあったらいけねぇと思ってな」とここに居る理由を話し始めた。

事件が起きたというのに犯人も捕まっていないし、自分もこの近所に住んでいるから落ち着かないのだと。

そして「道端で歌ってる変な奴とかいないか見に来たんだ」と冗談を言って、雪を慌てさせた。



そんな雪に、亮は少し皮肉を含んでもいる疑問をぶつけた。

「てかお前何で一人なわけ?彼氏だか何だかは送ってもくれねー‥」



亮がそこまで口にした時、雪は視線を泳がせて俯いた。

何かを抱えた彼女が、言い出せずに口を噤む。



亮はそんな彼女を見て、言葉にならない空気を察してそれ以上は言及しなかった。

雪の顔を指さして、話題を変える。

「何だよその怪我は?」



雪は「不注意で‥」と答えた後、「何で?」と亮に突っ込まれ、

「ボランティアで‥」と詳細を答えた。

「え?そんなんもやってんのか?すげーじゃん!」



亮の素直な反応に雪は少し照れたが、その後すぐ「オレにも奉仕しろ」と言う亮に、

「何でですかと雪は呆れた‥。








彼女の前で静かに笑う亮は、どこかいつもと違うように雪には思えた。

「河村氏も浮かない顔してますけど‥」と声を掛けてみる。



亮は青筋を浮かべながら、このイケメンのどこを見てやがると反発する。

しかしやはりどこかいつもと違う。

「具合でも悪いんですか?」 「いや?オレは生まれついての超健康体だから」



雪の質問が核心に触れる。

「じゃあ何で今日塾に来なかったんですか?」



塾に来なかった理由‥。

「‥‥‥‥」



今亮の心を悩ましているその理由が、再び彼の感情を揺さぶった。

畜生、と言いながら頭をグシャグシャ掻く亮に、雪は少し身を固くした。



そして亮は口に出した。

その災いの元凶を、たった一人の肉親の名を。

「静香‥。あのバカ女がお前の半分の半分でもまともだったら‥」



結ばれた口元に、口惜しさが滲む。

歯噛みした唇に、悔しさがつのる‥。



亮の脳裏に、河村静香と口論になった昼間の記憶が蘇った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<孤独の影>でした。

雪ちゃん大胆~^^!



しかしこのあと普通のラブコメならハグに繋がるはずが‥コレ‥。



本当掴めない漫画ですね‥。

しかし上の亮の台詞、直訳すると「月夜に薬を大いに食ったか!」になるのですが、

これは韓国の慣用句か何かなのでしょうか?

どなたか~!ヘルプです~!



次回は<河村家の問題>です。

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怒りと後悔

2013-12-14 01:00:00 | 雪3年2部(雪淳喧嘩~亮の涙)
「やだっ!!」



倉野愛の手が、雪の頬を掠めた。

「!!」



思わず雪は顔を背けたが、愛の爪が当たったのか、雪の頬には赤い引っ掻き傷がついた。

尚も「嫌だ」と言う愛を前にして、呆然とした雪は頬を押さえて絶句した。



しかしボランティアに来ているからには、投げ出すわけにはいかない。

雪は笑顔を浮かべ直すと、愛と目線を合わせながら彼女に話しかけた。

「愛ちゃん怒っちゃった?今日は数字のお勉強つまんないかな?じゃあ違うことする?」



雪は絵本を持ってきて愛に提案してみるが、今日の愛は機嫌が悪いらしく、

絵本は放り投げられ、机の上の教科書やノートは下に落とされた。

「おねえちゃんきらいー」



雪は呆然としながらも、ワタワタとノートや本を拾い愛に話しかける。

「あ‥私が数字のお勉強ばっかりさせちゃったから嫌になっちゃったかな?ごめんね愛ちゃん」



出来るだけ優しい口調で、

「でもね、先生とお母さんが愛ちゃんに数字をちゃんと覚えて欲しいって思ってるから」と説明してみるが、

愛は「おねえちゃんきらい」の一点張りだ。



その後も雪は謝ったりこっそりおやつ食べに行こうと誘ったりと、愛のご機嫌を取ることに一生懸命だったが、

彼女の気分が良くなることはなかった。



何度も何度も「おねえちゃんきらい」が教室内に響く。

雪は身体的にも精神的にも疲れ果て、建物の裏にて休憩を取った。


何度やっても慣れない‥。難しい‥



太陽が真上から照りつける時刻、雪は一人で座っていた。

先輩来てないな‥



いつも”やるべきこと”は着実に取り組む先輩が来ていないのは、珍しいことだった。

まさか自分と揉めたから来てないのではと、雪はぼんやり考える。

先輩が来ず自分が来ているこの状況‥。

そういえばここも、先輩の紹介だったっけ‥



ハハ、と乾いた笑いが漏れる。

今や雪の生活は、先輩からの恩恵で構成された部分がかなりの割合を占めている。

気づかぬ内に、好意を受け取り続けた果てに‥。



そんな折、携帯電話が震えた。着信画面を見てみると、母親からの電話だった。

もしもし、と電話を取ると、母親は「今何してるの?」と聞いてきた。

雪がボランティアに来ていることを口にすると、母親は相槌を打つ。

「お母さん、私今日さ‥」



雪が話し始めようとした矢先、母親はまるで堰き止めたダムを決壊させたように喋り出した。

「終わったらすぐお店に来てちょうだい!最近何で来ないわけ?

お店がもの凄く忙しいの分かんないの?アルバイト雇えないうちはすすんで手伝ってちょうだいよ!」




雪の開きかけた心の扉が、そのままに放置される。

そして続けられた母親の言葉で、その扉からは思いもよらないものが顔を出すことになる。

「あんたの高い授業料だって、勝手に湧いて出てくるわけじゃないんだから」



カチン、とその扉に何かが当たった。

その衝撃で扉は開き、秘めていた感情が溢れ出す。気づけば声を荒らげていた。

「話それだけ?」



雪は扉から洪水のように溢れてくるものを止められなかった。

少し戸惑っている母親に向かって、感情の赴くままに話続ける。

「お母さん電話掛けてくるたびに奨学金の話かお店の話か、

お父さんに怒られた話しかしないじゃん!私に話すことってそれ以外にはないわけ? 

そのせいで私の頭の中そればっかだよ!」




「出来る時だけ手伝えばいいんじゃなかったっけ?

一体何にどんだけ神経使えって言うの。ただでさえここでもいっぱいいっぱいなのに‥」




雪は頭を抱えた。

それはストレスを抱えた時の彼女の癖だった。のし掛かる重圧に、押し潰されそうな時の。

  

流れ出る怒りが底をついて、雪の心の扉からはまた違うものが顔を出した。

それは不安そうな顔をした、幼く未熟な子供のような彼女だった。

「一生懸命勉強しなさい、仕事は大変じゃないか、外でも頑張りなさいって‥

そういう言葉は、かけてくれないわけ‥?」




彼女の背中は小さかった。

様々な問題に傷つき、色々な出来事に心を痛めて、雪はもうクタクタだった。

そんな娘の心の内を聞いて、母親は彼女の気持ちに寄り添ってくれた。

ごめんね、と。

自分の余裕の無さがあなたを気遣うまでの気を回せなかった、と。


”雪は一人で出来る子と思って、少し軽く考えていたみたい”

と母は言った。私といえば、怒らなきゃモヤモヤして、怒ったら後悔して‥。



どっちつかずの自分が揺れる。

前は、この後悔してる気分が嫌いだった。

でも最近はなんだか、怒っても怒らなくても後悔して‥バカみたいだ




頬の傷が痛む。ズキズキと、脈動に合わせて、その心の疼きに合わせて。

先輩に対して、怒り切れない自分に腹が立った。

でもこうして、母親に対して怒り切った自分にも腹が立つ。



雪は自分の行動を省みる度、常に合っているのかそうでないのか不安を感じていた。

いつまでも出ない答えが、どこまでも雪の頭を悩ませるのだ。

トボトボと暗い夜道を一人で歩く。怒りの尻尾に引っ付いてきた後悔を、引き摺りながら‥。


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<怒りと後悔>でした。

先輩に引き続き、雪も本音を吐露した回でしたね。

いつもなら母親から小言を言われてもぐっと我慢してしまう雪も、あまりに色々なことがありすぎて、

感情が溢れてしまったようです。

でも本音を吐き出した後も、すぐに雪は後悔したり反省したりと、己を省みますね。

それと真反対な彼も数話先に出てくるのですが‥。

とりあえず次回は、<孤独の影>です。

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