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雪が朝の買い物から帰ってくると、ちょうど秀紀と玄関の外で出くわした。
二人は顔を見合わせると、互いに言葉を交わす。
「あんた随分早起きね?」 「はい‥大掃除ですか?」
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秀紀が段ボールを抱えていたので、雪はそう声を掛けた。
それに対して、秀紀は眉を下げながら「引っ越すのよ」と真実を告げた。
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思わず雪は声を上げた。まさに寝耳に水だ。
秀紀は幾つも段ボールを廊下に積みながら、とりあえず荷物を運び出しているのだと言った。
大家のお婆ちゃんにまだ正式に退去を知らせたわけではないけど、と続ける。
「ここに居るのも迷惑かなって‥」
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近所で変な噂も立っていることだし、早めの旅立ちの方がいいと秀紀は言う。
彼の言葉を聞いて、雪は一つ思い至ったことがあった。先日奇しくも知ることになった、青田先輩とのこと‥。
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雪がそのことを口にすると、秀紀は必死に否定した。
この引越しはあんたには関係のないことで、全部あたしの問題だからと。
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二人は顔を見合わせた。気ぃ遣いの人種の彼らは、言葉にしないところで互いを慮る。
秀紀は幾分打ち解けた口調で、雪に向かって言葉を掛けた。あの時のことだ。
「あんたあの時よっぽどムカついたのね?急に走って行っちゃってさ」
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冗談っぽくそう口にする秀紀に、雪はもしかしたらと思って聞いてみた。
「あの‥ひょっとしてそのことで、先輩から何か言われましたか?」
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彼女の真っ直ぐな眼差しを受けて、秀紀は微かに微笑んで見せた。
不器用な彼女にいらぬ心配を掛けないようにと、彼は大人らしく配慮する。
「あんた彼女のくせに淳のこと信じられないワケ?別に何も無いわよ。そういうのじゃないの~」
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ウリウリと指をさしながら戯ける秀紀を前にして、雪は愚直な態度で応じる。
「あ、ハイ‥。もしかしたらと思って‥」
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秀紀は更にフォローを続けた。
経過はどうであれ、新たなる旅立ちを迎えることに寄与した幼馴染への、はなむけのフォローだった。
「それよりさぁ、あんたってすんごく要領悪いわ!奨学金のことだけどさ、
あたしだったらタダでラッキー!ってスクランブル交差点の真ん中でセクシーダンス踊っちゃうわよ!
そんなにムカついてるなら、結婚して責任取ってもらうことね!」
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キャッキャッと明るい笑い声を立てる秀紀だったが、雪は少し引き気味‥。
どうやらやりすぎてしまったようだ‥。
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秀紀は一つ二つ咳払いをすると、「お願いがあるんだけど」と言った後、遠藤の名を口に出した。
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みなまで言わずとも、雪は彼が言わんとしていることを察して約束を交わした。
遠藤と秀紀の関係に関して、誰にも口外しないという約束を。
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秀紀は雪の顔を見ながら、感慨深い気分になった。
段ボールを再び抱えると、雪に向かって口を開く。
「‥あたしは今日の夜出ちゃうから、これで最後かな。元気でね」
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夜道は気をつけなさい、と言って秀紀は階段を降りて行った。
コツコツと、その靴音が寂しく響く。
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その後ろ姿に、雪は思わず声を掛けた。
「あのっ‥今までありがとうございました!」
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秀紀は雪の方を顔だけ振り返り、後ろ手に手を振った。
去って行く彼の背中を、雪は複雑な思いで見つめていた。
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突然訪れた別れ。
決して関係は円満というわけでは無かったけれど、それでも親しみを感じていた隣人だった。
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雪は心に寂しさの風が吹き込むのを感じた。
大きな運命の手に委ねられた、人と人の関係。一期一会のその刹那を、私達はみんな生かされている‥。
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秀紀はアパートの前を歩きながら、心に引っかかっていた記憶に思いを馳せていた。
あの時‥遠藤が青田淳からカードを盗んだ時のことだった。
盗んだ事実を打ち明けた時、遠藤は言った。
俺はお前のために‥
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あの時、秀紀は怒らなくてはいけなかった。
しかし”自分のため”という言葉に揺らいだ。自分への好意に気を取られ、事の善悪を見失ったのだ。
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そんな二人の心の中に顔を出したのは、惨めな暮らしの中でひたむきに生きようとする自分達への、憐憫の情だった。
哀れな状況に酔って、自分達への言い訳に甘えて‥。
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今なら分かるのに。
互いに目を向けてばかりでは、どこにも行けないということを。
あの時彼は前を向かなければならなかった。
彼を叱り、真実に目を向けて、正しい道に導いてやる強さが必要だった。
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声無き後悔の吐露が、その場にぽっかりと浮かぶ。
「いくら考えたって、もう遅いわね‥」
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彼はそうポツリと呟いた。
確かに過ぎたことを今更後悔したって遅いけれど、それに意味が無いなんてことはない。
過去から目を背ける子供のままでは、きっとどこにも旅立てない。
彼は大人らしく、その後悔も悔やんだ過去も全てを受け止めたから、旅立てるのだ。
かくして秀紀は歩き出した。
一人で歩む険しく辛い道のりを。その先にある、二人の未来を目指して‥。
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<別れの時>でした。
最後まで大人だった秀紀さん。
淳のことは何だかんだ言って、かわいい弟分なのかなと思いました。
雪に本当のことを言わなかったのも、淳を信じなさいと言ったことも、彼なりの優しさですね。うう‥秀紀兄‥(T T)
ここで秀紀兄さんとはしばしさようならです。また3部で彼に会えることを祈りつつ。
秀紀兄、幸せになるんだよーーー!今までありがとうーー!
次回は<内観>です。
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