全ての人は、自分だけの理想郷を持っている。
時にはそこから追い出されたり、時にはそこから抜け出さないようにもがいたり。
そして時に、今一度そこに向かって足を踏み出したりもする。

それならば、今は?

時にはそこから追い出されたり、時にはそこから抜け出さないようにもがいたり。
そして時に、今一度そこに向かって足を踏み出したりもする。




それならば、今は?

河村静香は、通話先の赤山雪に向かって言った。
「あたしは、淳の彼女だけど?」

楽譜が燃える。
弟が追いかける理想の未来への切符が、燃える。

フッ、と静香は燃える楽譜に息を吹きかけた。
御大層な上質の紙は黒く縮れた灰になって、あっけなくその風に散って行った。
今は?


河村亮は自分の家を外から眺めながら、嫌な予感を全身で感じていた。
助けてくれる人が沢山居て良いわねと、楽譜を持って口にした姉‥。

思い描く理想の未来へと、一歩踏み出した自分。
けれど嫌な予感が胸の中を煙らせ、どんどん先が見えなくなって行く。

亮はキャップを目深に被り直すと、そのまま全速力で走り出した。
前の見えない霞んだ進路へ、がむしゃらに駆けて行く。

煙を出す火の元から、薄く笑った姉から背を向けて、亮は逃げて行く。
ようやく見つけた一筋の光を信じて、必死で足を前に進めて行く‥。

青田淳は携帯電話をポケットから取り出し、もう一度雪に電話を掛けているところだった。
しかし電話は繋がらず、淳は再び携帯をポケットに仕舞う。

先ほど父から受けた訓戒が、脳裏に蘇る。
もう受け入れなければいけない。大人なのだから。
世の中全てが、お前の意のままになる訳ではないということを

彼は、彼女の声が聞きたかった。
自分と同じ所に居る唯一無二の存在の、彼の理解者の。

いつだって煙は他所から漂ってくる。
自分はただ静かにそこに座っているだけなのに。自分は何も間違ったことはしていないのに。

プツッ、とそれきり電話は切れた。
通話先の女が口にした、「あたしは淳の彼女だけど」という言葉を最後に。

雪はその場に立ち尽くした。
凄い勢いで火が回り、舞台は炎上する。
雪は顔を青くしながら、太一と横山の方に向き直って口を開いた。
「な、な、な‥何なの‥?!今、この人が‥!」

もう、一寸先も見えなかった。
全てのものが捻れゆくのか?


炎から出る煙のせいで、それぞれの理想郷はどこにあるのか分からなくなった。
絡まり合う動線が、物事の進む方向を迷わせ、彼等は捻れていく。
火を点けたのは一体誰?
そこに導火線を置いたのは誰?
悪者は一体誰?
真実は全て、煙の中だ。
彼等は前の見えない今この時を、前に進もうと必死に藻掻いている。
動けば動くほど、絡まり合うというのに。
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<煙>でした。
3部34話の途中から出てきたこのモノローグが、35話の最後を締めるという構成になっています。
本家はこの回を最後に2ヶ月の休載に入りましたよね。
記事も今回はそのまとめというかんじのものにしてみました。短くてスイマセン^^;
皆絡まり合う根源を放って前に進もうともがくから、こんな風にいつかは進めなくなるんですよね。
不穏な展開ですが、きっとここが3部の中間辺りなのでしょう。
次回は本家版と題名を合わせてます。<爆発>です。
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