Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

2014-06-02 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
全ての人は、自分だけの理想郷を持っている。

時にはそこから追い出されたり、時にはそこから抜け出さないようにもがいたり。

そして時に、今一度そこに向かって足を踏み出したりもする。

 

  


それならば、今は?






河村静香は、通話先の赤山雪に向かって言った。

「あたしは、淳の彼女だけど?」



楽譜が燃える。

弟が追いかける理想の未来への切符が、燃える。



フッ、と静香は燃える楽譜に息を吹きかけた。

御大層な上質の紙は黒く縮れた灰になって、あっけなくその風に散って行った。





今は?








河村亮は自分の家を外から眺めながら、嫌な予感を全身で感じていた。

助けてくれる人が沢山居て良いわねと、楽譜を持って口にした姉‥。



思い描く理想の未来へと、一歩踏み出した自分。

けれど嫌な予感が胸の中を煙らせ、どんどん先が見えなくなって行く。



亮はキャップを目深に被り直すと、そのまま全速力で走り出した。

前の見えない霞んだ進路へ、がむしゃらに駆けて行く。



煙を出す火の元から、薄く笑った姉から背を向けて、亮は逃げて行く。

ようやく見つけた一筋の光を信じて、必死で足を前に進めて行く‥。







青田淳は携帯電話をポケットから取り出し、もう一度雪に電話を掛けているところだった。

しかし電話は繋がらず、淳は再び携帯をポケットに仕舞う。



先ほど父から受けた訓戒が、脳裏に蘇る。

もう受け入れなければいけない。大人なのだから。

世の中全てが、お前の意のままになる訳ではないということを




彼は、彼女の声が聞きたかった。

自分と同じ所に居る唯一無二の存在の、彼の理解者の。



いつだって煙は他所から漂ってくる。

自分はただ静かにそこに座っているだけなのに。自分は何も間違ったことはしていないのに。







プツッ、とそれきり電話は切れた。

通話先の女が口にした、「あたしは淳の彼女だけど」という言葉を最後に。



雪はその場に立ち尽くした。

凄い勢いで火が回り、舞台は炎上する。

雪は顔を青くしながら、太一と横山の方に向き直って口を開いた。

「な、な、な‥何なの‥?!今、この人が‥!」



もう、一寸先も見えなかった。



全てのものが捻れゆくのか?







炎から出る煙のせいで、それぞれの理想郷はどこにあるのか分からなくなった。

絡まり合う動線が、物事の進む方向を迷わせ、彼等は捻れていく。


火を点けたのは一体誰?

そこに導火線を置いたのは誰?

悪者は一体誰?


真実は全て、煙の中だ。

彼等は前の見えない今この時を、前に進もうと必死に藻掻いている。


動けば動くほど、絡まり合うというのに。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<煙>でした。

3部34話の途中から出てきたこのモノローグが、35話の最後を締めるという構成になっています。

本家はこの回を最後に2ヶ月の休載に入りましたよね。

記事も今回はそのまとめというかんじのものにしてみました。短くてスイマセン^^;


皆絡まり合う根源を放って前に進もうともがくから、こんな風にいつかは進めなくなるんですよね。

不穏な展開ですが、きっとここが3部の中間辺りなのでしょう。


次回は本家版と題名を合わせてます。<爆発>です。


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炎上

2014-06-01 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)


サッ、と雪は無意識の内に顔を上げた。青白く血の気の引いた顔をしながら。

それを見た横山は、ニヤニヤとした笑いを堪え切れないようだった。

「ようやく夢から覚めたか?」



クククク、と笑いながら横山は、呆然としている雪に顔を寄せて口を開いた。

「しっかりしろよ。いい年した小娘が、白馬の王子様の夢なんか見ちゃってさぁ!」



お前マジでもう終わり‥と横山は続けようとしたが、

次の瞬間雪が携帯に手を伸ばした。



パッ!と横山の携帯を奪った雪は、それを抱え込むようにして彼に背を向けた。

「なっ何だぁ?!勝手に人の携帯‥!」



今度は横山が雪に向かって手を伸ばす。しかし雪にはやらなければならないことがあった。

脳裏には、先ほど目にしたあのメールが蘇る。

”そう?雪ちゃんは翔のこと好きみたいだけど”



頭の中で警鐘が鳴る。心の中で、炎が燃える。

雪は早鐘を打つ鼓動を感じながら、必死で考えていた。

あんな言葉、誰にだって簡単に言える‥。でも確認しなきゃ‥



携帯電話を見て、確認しなければならない。けれど携帯を見つめながら、雪の手が止まる。

何を? 何を確認するの?



真実を隠した扉へと、導火線の炎が近づいていく。心の中には灰色の煙が、もうもうと立ち上っていく。

それは私にも分からないけど‥



煙った空間。一寸先も見えない。

雪は携帯を抱え込んだまま、そのまま動けなくなった。

「出しやがれ!」



固まった雪に、横山が声を荒げて手を伸ばす。

しかし次の瞬間、横山と雪の間に、ある人物が割り込んで来た。

「横山先輩、スンマセン!」



現れたのは、福井太一だった。

目を丸くする雪に、太一は意味ありげに目配せをする。

 

太一は横山の方へ向き直り、突然この間の謝罪をし始めた。

「横山先輩!どう考えても俺が間違っていたようなので、謝ろうと思ってこのように飛んできまシタ!」



横山は突然現れた太一に動揺し、太一は強引に謝罪を続けた。

彼は雪を手助けする為に、こうやって横山を引き留めているのだ。

「何なんだよいきなり!んな必要ねーだろ!」

「いえいえいえいえ、皆謝れって言ってますヨ。それが正論なのデス」



横山が足止めを食らっている間に、雪は早速携帯をチェックし始めた。

メールの送信者である、”青田先輩”と登録してある番号を表示する。

先輩の番号と末尾が違うみたいだけど‥?



雪は疑問符を浮かべながらも、とりあえず通話開始ボタンを押した。

携帯を渡したがらなかったことからしても、何か隠しているに違いない。

雪の後ろでは、太一と横山が取っ組み合いのような格好になっている。

「後輩の俺が先輩に暴力を振るうなんて、本当に間違っていましタ!和解の意味で、一緒にプロレスやりましょう!」

「このヤロ‥何でプロレスなんだよ!やめ‥ぐわあああああ!」




プルルル、と何度かコール音を聞いた後、電話は繋がった。

「ったく誰よ‥。度々電話してくんじゃねーよ‥ムカつく‥」



その声を聞いて、雪は目を丸くした。

お‥女??



電話に出たのは、女だったのだ。「アンタ何なの?」と女は続けて聞いてくる。

雪は、とりあえず言葉を続けた。

「も‥もしもし?あの‥あ、青田淳先輩の携帯じゃないんですか?」

「え?何? 青田淳??」



通話先には女が出るわ、その女は”青田淳”にピンと来てないわで、雪は息を吐いた。

横山の奴、やっぱりデタラメ言いやがった‥。



雪は顔を上げると、通話先の女に「すみません間違えました」と言おうとした。

このまま電話を切って、そして横山を追及しようと。



すると通話先の女が口を開いた。予想外の事実を口に出す。


「あぁこれ、青田淳の携帯だけど」




「はい?」



雪は聞き間違えたかと思い、携帯に耳を強く当て直した。

後ろではプロレス技を掛けられた横山の呻きがとどろき、とてもうるさいのだ。女は続けて聞いてくる。

「アンタは誰で、何で淳のこと探してんの?」

「え、え?そちらはどなたなんですか‥?」



雪の問いに、通話先の女は答えることなく話を続ける。

「あたしのが先に聞いたんじゃんか~アンタ誰なのって。

誰なのか教えてくれたら、あたしも話してあげるけど?」




何なのこの人、と雪は思った。始めて会話するというのに、あまりにも無礼な態度だ‥。

しかしこの人がどういう人で、何でこの携帯を持っているのかを知らなければならない。

雪は覚悟を決めると、自分の名を名乗った。

「‥私は、赤山雪という者ですが」



弟と同居している家のキッチンでその電話を受けていた河村静香は、その耳を疑った。

赤貝だか赤川だか、今までその名を曖昧にしか覚えていない静香だったが、今本人がその名を口にしたのだ。

「これ先輩の電話番号ですよね?どうして末尾が‥」



そう続ける彼女の言葉など、静香の耳には入らなかった。

「赤山雪? アンタが赤山雪なの?」



そう口に出すと、笑いが込み上げて来た。

そして静香は甲高い声で狂ったように笑った。その声は通話口から溢れ出る程大きく、雪は携帯から耳を外す。



暫し続いていた笑い声が途切れると、ようやく雪はそろりと携帯を再び耳に当てた。

女の低い声が、携帯から聞こえて来る。

「マジどうかしてる!執念深い女だね~?この番号はどうやって知ったのぉ?」



訳が分からなかった。この女が誰で、どうして自分を知っているのか。

そう問いかけてみても、通話先の女は曖昧な返事で煙に巻くだけだ。

クックックッ‥



依然として女は甲高い声で笑い続けている。雪はもう一度問いかけた。

あなたが誰で、どうして私と先輩のことを知っているのかと。

「あたしが誰かって?てか会ったじゃない、この前。

記憶力が金魚くらいしか無いとか‥wどうやって大学まで行けたの?」




静香はこの間大学にて痛い目を合わせたのが、今通話している赤山雪だと思っていた。(実際は清水香織だったのだが)

あの冴えない淳の彼女‥。



静香の心の導火線に、熱く激しい炎が灯る。

「この前はこの話しなかったっけ?」と口に出しながら静香は、手に持ったそれに火をつけた。



メラメラと、それは端から徐々に燃えて行った。

もう一度未来へ一歩踏み出した、弟の楽譜。それは黒い灰となりながら、ハラハラと崩れ落ちて行く。

「あたしは、淳の彼女だけど?」



静香はそう口にした。

炎上する弟の未来を目にしながら、何もかも燃え尽くされてしまえばいいのに、と。


導火線を伝っていた火が、周りに燃え広がり空間が燃えていく。

雪は今にも爆発しそうな爆弾の前で、携帯を握り締めたまま立ち尽くしていた‥。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<炎上>でした。

太一、ファインプレー!



もう本当どこまでいい奴‥。怪力ですし(笑)

さて‥もう修羅場まっただ中ですね。


次回は<煙>です。

モノローグ込みの少し短めの記事となります。

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導火線

2014-05-31 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
河村亮は玄関に座りながら、上機嫌で靴を履いていた。

小さな声で鼻歌まで歌いながら。



するとそんな弟の姿を見た静香が、後ろから不意に声を掛ける。

「バイトじゃない時間にも、毎日ウキウキ出てくのね」



その声を聞いた亮は、ビクッと身を震わせた。こんな早い時間に、静香が家に居るとは思っていなかったのだ。

夜中に酒でもかっくらって、てっきり午後にでも忍んで帰ってくると思ったと。

「アンタ、最近ピアノ弾いてんの?」



静香は亮の言葉には特に反応せず、そう質問した。

その突然の静香からの問いに、亮はギクッと身を強張らせる。

「は‥はぁ?」



すると静香は後ろ手に隠し持っていた物を取り出し、翳して見せた。

「これを見よ、これを~」



それは”Maybe”の楽譜だった。

亮が言葉を紡げずにいると、静香は楽譜をマジマジと見ながら口を開く。

「マジで弾いてんだ~。どうせ口だけだと思ってたのに」



結局このために上京して来たのかよ、と静香はポツリとこぼす。



亮は彼女から目を逸らし、言葉を濁した。

「あ‥いやただ‥前から知り合いの教授がいて‥偶然‥」



静香も亮の方を見ない。代わりに楽譜を眺めながらこう言った。

「ふ~ん‥。誰かさんは助けてくれる人も沢山いるのね~」



いいわねぇ、と静香は続けて言った。

その口調と表情を目にした亮は、嫌な予感を全身で感じる。



大きな爆弾に続く導火線が、チリチリと点火しようとしている。

自分の理想郷へと向かう進路が、炎から出る煙で煙って行く‥。





「ぐっ‥ぐぐぐぐ‥」



その頃雪は、横山が翳し持つ携帯を奪い取ろうと必死だった。

横山はあくまでも携帯を”見せる”だけで、雪に手渡す気は毛頭ないようだった。



暫し力を均衡させていた二人だが、やがて雪が携帯から手を離すと、

横山は雪に見えるように画面を表示した。

「このメールから見ろよ」



そう言って翳された画面に、雪は胡散臭そうに目を落とす。



そこにはこう書かれていた。

”正直に告白するのが、やっぱり一番良いんじゃないかな”



チリッ、と身体のどこかで小さな火が燃えた。

しかしまだそれに雪自身は気づいていない。



雪は横山の持つ携帯画面をスクロールし始めた。

ようやく食いついて来た雪を見て、横山がニヤリと口角を上げる。



そのフォルダには、幾つものメールが保存されていた。

”告白が難しいなら、ぬいぐるみやアクセサリーを送ってみたら?”

”そうか、夏休みだと会うこと自体大変だろうね。

同じ塾に通って、一緒に勉強してみたら良いんじゃない”




”心から想ってくれてる人を、嫌がる人間なんて居ないだろう”

”プレゼントを贈ったのに怒ったの?もしかして変な物を選んじゃったんじゃない?”




チリ、チリ、チリ。

燃え始めた小さな炎が、導火線の下で徐々に勢いを増して行く。



雪の鋭敏な部分はそれに気が付き始めていたが、いつもの彼女がそこから目を逸らした。

「‥で、これが何なの?」



その雪の反応を見て、横山は激昂した。これを見てもまだ分からないのかと。

「おい!このメールの数々が目に入んねぇのかよ?!見ろよ、一通じゃ二通じゃねぇんだぞ?!

先輩の仕業なんだって!先輩が俺にお前を追いかけさせたんだって!」




しかし雪は冷静に返した。

「当たり障りないアドバイスじゃん。

てかこういうメールを真に受けてあんな行動したアンタが‥」




訝しげな視線を送る雪に、慌てて横山はもう一通表示し、翳して見せた。


”そう?雪ちゃんは翔の事好きみたいだけど”




ボッ、と導火線に火が点いた。


見開いた目の奥深いところに、炎が燃える。





浮かんで来たのは、去年横山が口にしていた言葉だった。

”淳先輩が言ったんだ、お前が俺を好きなんだってー‥”



夏休み明け、先輩の所へ談判しに行った時の記憶も蘇った。隣に居た健太先輩が笑ってこう言った。

”落ち着けって!どうせ横山のことだから、

せいぜい電話で言い寄るくらいしか出来なかったんじゃないのか?”




それを受けて先輩は、確かこう言ったはずだ。

もしもっと酷いことされたなら言ってな。出来る限り償いは‥




あの言葉を聞いた時に、まず始めに感じた印象を思い出した。


何も知らなかった出来事なのに、あんなにすんなりと認めた上で償うの何だのっておかしくないか?

「俺はよく分からないけど俺のせいってことにしといてやるよ」って適当にあしらわれたようなもんじゃん





鍵の掛かった扉の向こうに、押し込めてある彼への不信。

導火線に続く爆弾は、その扉の前に置かれている。


”そう?雪ちゃんは翔の事好きみたいだけど”




先ほど目にしたそのメールが、火が走る時間を格段に早めていく。

爆発してしまったなら、扉は壊れてしまう。

押し込めてあった彼への不信が、知らないフリをして来た真実が、露わになって突きつけられてしまう‥。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<導火線>でした。

ヒリヒリするような展開ですね。

徐々に核心に迫って行く展開は火が走る導火線のような感じを受けて、そう記事を名づけました。

これから一週間、題名を連鎖させますのでお楽しみに~^^


次回は<炎上>です。


物々しい雰囲気になってまいりましたね‥。



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父の訓戒

2014-05-30 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)


青田淳は実家にて、ソファに腰を落ち着けていた。

といってもゆっくりしているわけではない。すぐに出勤せねばならないのだ。



先ほど雪に電話を掛けてみたが、繋がらなかった。伝えたいことがあったのだ。

淳はメールフォルダを開き、新規メッセージを作成し始める。

雪ちゃん、ごめん



まずそう打ったが、何か違う気がした。

淳は自分の気持ちと沿う言葉を探して、暫し考えあぐねる。



雪ちゃん、どうしても明日は‥

雪ちゃん、本当に悪いけど‥




打っては消し、考えあぐねてまた打って‥。

「‥‥‥‥」



淳は何度も文章を修正しながら、最終的に文面を完成させた。

雪ちゃん 本当に申し訳無いんだけど、次の約束会えないみたいだ。

急なミーティングが入って‥ごめん‥




送信ボタンを押してから、予定表を確認する。

10:00 雪 10:00 知人集まり



同じ時刻に、雪との約束と仕事がかち合っていた。

不本意ながら彼に選択権は無く、仕事を優先せざるを得ない。



淳は携帯を机の上に置くと、深く息を吐いてソファに凭れ掛かった。

出勤前だというのに、既に疲れを感じている。



雪との約束が反故になったことは、自分の都合とはいえ彼にとっても残念なことだった。

今や雪との時間は自分にとって大切な癒しの時であり、彼自身も楽しみにしていたのだ‥。



そのまま深くソファの背に凭れ、目を瞑って休んでいた淳の耳に、コンコン、とノックの音が聞こえる。

「淳、まだ行かないのか?遅刻するなよ」



部屋に入って来たのは父だった。

淳はソファから身を起こし、「行きます」と言って立ち上がる。



父も家を出るところだったので、親子は共に出勤することにした。淳は暫し外出の為の支度をする。

スーツに身を包んだ息子を見る父は、満足そうに微笑んでいた。もうすっかり一人前だ。



しかし携帯電話に目を落とす淳を見た父は、ふと息子の横顔に影が落ちたのを感じた。

父はそれを見て、何か哀しいものを感じ取る。

 

ふと、父は息子に声を掛けた。

「‥疲れただろう」



淳は父の言葉に、暫しそのままの表情で向かい合っていた。



そして頭の後ろに手をやりながら、正直な気持ちを口にする。

「はい‥まぁ‥そうですね」



素直な息子を前にして、父は大きな口を開けて笑った。

会社は大変です、と言って淳も微笑んだ。首になりたいくらい、と冗談も口にしながら。



そのまま暫し親子は会話を続けた。

「実際経験してみると、社会に出るというのは大変だろう?

学生の時より、関わらなければならない人間も遥かに多い」
 

「はい、若干」



そして淳は、スーツの身なりを直しながら淡々と言葉を続けた。

「どうしても、慣れるまでは時間が必要ですから」



まるで悟ったような、諦めたような、そんな息子の言葉を聞いた父は、暫し沈黙して彼を眺めた。

社会人として新たな一歩を踏み出した彼に、話しておきたい話があった。



父はゆっくりとした口調で、淳に向かって口を開いた。

「‥私が仕事を始めてから何が一番大変だったかを、話したことがあったかな?」



淳が聞き返すと、父は目を伏せ、語り始めた。

「私が社会生活を送る上で最も大変だったことは‥、

自分自身が”世界の中心ではない”ということを悟る過程だったよ」




淳は微笑みながら、父のその言葉を聞いた。

父は淳と向かい合いながら、思い出すように遠い目をして過去を振り返る。

「当然自分は他の人々より優秀だと思っていたのに、実際社会に出てみると私より優秀で恐ろしい人間がわんさといたよ。

上に上がるほどそのような人間だけが残るのだから、更に事態は深刻だ」




若き日の、青田青年の挫折。

高層階にて無数のビルの明かりを眺めながら、自分はその中の明かりの一つでしかないということを悟った時、愕然とした。

今までは、それら全てを手にしていると思っていたのに‥。



父は淳を真っ直ぐ見つめながら、語りかけるように言葉を紡ぐ。

「全てのものが私の意のままに、自分の考え通り物事が進むという信念は完全に崩れた。

これは自信を持って物事に臨むということとは、全く別の問題だ。

お前もこの頃、それを顕著に感じているんじゃないか?」




それを受けての、先ほどの沈んだ横顔があったのだと父は思っていた。

積み上げた砂の城が崩落する前の、昔の感覚を父は思い出している。



淳は暫し薄く微笑んだまま父を見つめていたが、やがて困ったような笑顔を浮かべてこう言った。

「さぁ‥どうでしょうか」



その返事を聞いて、父は幾分哀しそうな表情で微笑んだ。

おそらく息子は、まだ社会人として何も知らない子供なのだ‥。



そして父は強い眼差しで息子を見つめ、一つ訓戒を垂れた。

父親として、そして社会に出て数々の経験を積んだ、一先輩として。

「もう受け入れなければいけない。大人なのだから」



「世の中全てが、お前の意のままになる訳ではないということを」



そして父と息子は向かい合った。

特殊な環境で育って来た彼等は、同じものを抱えて向き合っている。



父は、戒めとしての言葉を息子に伝えた。

やがて淳が味わうであろう挫折の局面で、自分が昔悟ったその言葉を。



二人は暫し向かい合ったまま、互いに笑顔を湛えた。

そしてやがて父は目を伏せると、乗り越えてきた歴史を思い、ふっと息を吐く。



父は腕時計に目を落とすと、部屋の出入口へと向かった。

「さあ、早く行こう。本当に遅れてしまう」



淳は去って行く父の背中が部屋の外に消えるまで、微笑みを湛えた表情で立ち止まっていた。

たった今聞いた父の言葉が、鼓膜の奥で反響する。





”もう受け入れなければいけない”






そこに居るのは、一人の少年だった。

満たされないまま大人になることを強要され続けた、とても哀れな。






淳は暫しその場で立ち尽くしていた。

父からの訓戒には同意しかねていたが、会社に行けば疲れるのは分かっていたが、

出勤時間はもうそこまで迫っている。


時間は彼の気持ちとはお構いなしに、無常にも流れ続けている。

淳は時計に目を落とすと、駆け足で部屋の外へと出て行った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<父の訓戒>でした。

今回は何度もメールを打ち直す先輩が良いですね!

今までのそっけないメールの数々にも、結構手間がかかってたんでしょうか。


そして淳の父、眼鏡はどうしたんでしょうね。眼鏡あるなしで結構印象変わりますねぇ。

↓眼鏡バージョン



はい、あまり皆さん興味ないこと分かりましたので終了します(笑)



次回は<導火線>です。


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翳した切り札

2014-05-29 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
いよいよ月曜から中間考査。

雪は、キャンパス内を歩く時ですらプリントと睨めっこだ。



ブツブツとその内容を口に出しながら暗記していると、不意に携帯が鳴った。

画面に表示された着信主を見て、雪は疑問符を浮かべる。

ん?別に仲良くもない子だけど‥



なぜこの子が電話を掛けて来るのかは分からなかったが、とりあえず出てみる。

「もしも‥」

「おい赤山!着拒すんなよ!とりあえずちょっと話を聞け!な?!」



ブチッ‥。雪はその声を聞くなり電話を切った。

横山翔である。彼は、自分の番号は着信拒否されているので、別の子の電話を借りて掛けてきたのだ。

「あーもう横山!ムカつくんじゃコイツ!



雪はプルプルと怒りに震えながら、携帯の電池を取って空に叫んだ。

横山の執念深さに苛立ちが募る。



明日から中間考査なのに、横山に神経を使わされるのが堪らなく嫌だった。

雪は怒りにまかせてドスドスとキャンパス内を歩き、自販機で一本缶ジュースを買った。



やけ酒ならぬやけジュース。

雪はグビグビとそれを一気に飲み干し、そこでようやく一息吐いた。



横山になんて神経を使っていられない、とにかく重要なことだけに集中しようと雪は自らを律する。

試験が終わったらレポートの準備をすぐに始めて‥。そういえば暫く店の手伝いが出来な‥



そこまで考えた時だった。

突然、雪の横から癖のある声が響く。

「何で無視すんだー‥」 ギャアアア!!



雪は、いきなり現れた横山に心の底から驚いた。

全身が総毛立ち、思わずよろめいて尻餅をつく。



雪は地面に座ったままで、横山に向かって声を荒げた。

「な‥何なのよ?!どういうつもり?!頭おかしいんじゃないの?!」



動揺する雪に対して横山は落ち着いていた。過剰反応なお前の方がおかしいんじゃねぇの、と冷静に反論する。

そして横山はゆっくりとこちらに近寄ると、物々しい雰囲気で雪を俯瞰した。

「何度も連絡したんだけど?話があるって言ったじゃねーか」



今にも何かしでかしそうな横山を見上げて、雪は顔面蒼白だった。

すると横山は自身のポケットから携帯電話を取り出し、雪に向かって堂々と翳した。



切り札だった。

青田淳の裏の顔を暴くことの出来る、最後の切り札。

横山は携帯電話を翳しながら、無言のままその場に佇んだ。



雪は、なぜ横山がそうしているのかが分からなかった。地面に尻餅をついた姿勢のまま、疑問符を浮かべる。

「‥何なの?」 「これを見ろよ、これを」



それは何なの、と雪は続けて聞いてみたが、

横山は「これを見なければ絶対後悔する」とだけ言って、その場から動こうとしない。



胸ぐらを掴まれるでも、すごまれるでも無い‥。雪は少し拍子抜けしながら、ゆっくりとその場から立ち上がった。

こんなことの為に前々から話し掛けていたのか、と思いながら。

「知りたくもないわ。てかアンタの話なんて信じないし」



立ち上がった雪は、そっぽを向きながら冷たくそう言い放った。横山の顔色が変わる。

「おい!マジでお前の為を思ってのことなんだって!

わっかんねーかなぁ?!まだお前に情があるから、こうして助けてやろうとしてんじゃねーか!」




横山は必死になって雪の周りをウロチョロした。雪は白目になりながら、何を言っているのかと呆れ顔だ。

「青田先輩に関することなんだって!」



何度も聞いたその言葉‥。

メールでもそんな内容のことが書かれていたと思い出し、雪は眉を寄せて横山を睨んだ。



こう何度も付きまとわれると、いい加減イライラする。雪は横山に向かって再び声を荒げた。

「もう!本当に止めてよね!先輩のことはアンタより私の方が遥かに分かってますから!

変なデタラメで人を引っ掻き回さないでよ!そうじゃなくても中間考査で、

あんたに構ってる暇なんて無いのよ!」




そのまま背を向けようとする雪に、横山も慌てて声を上げる。横山は雪に向かってズイッと携帯を翳した。

「俺のことが信じられないってか?一度見たら分かるさ、俺の話が正しいかそうじゃないかってことがな!」



横山は雪の目の前に携帯を翳し、「これ以上は追及しないから一度だけ見てみろ」と尚も言った。

本当にしつこい‥。雪はもうげんなりだ。



そのしつこさに呆れてしまい、雪は怒りのボルテージが少し下がる。

「‥それなら最初からキャプチャーして送ってくればいいじゃない!こんな風に直接見せなきゃいけないことなの?!」

「いや~キャプチャーは情が無いじゃんか~」 「何なの?バカバカしい‥」



そうしてブツクサと会話した後、横山はニヤニヤと笑みを湛えた。

「そんなにビビんなって。俺はここでじ~っとしといてやるし」



そう言って横山は、再び携帯を持ったまま雪の方に差し出した。

「いや、むしろ離れてやんよ。こっち来て見てみろって」



横山の言葉と仕草に、思わず雪は身を強張らせた。

こっちにおいでと手をこまねく横山が、ニヤニヤと笑ってこちらを見ている。



気に食わなかった。

何度もしつこいのも、度々神経を削られるのも。



雪は横山に訝しげな視線を送った。

そして最大限に警戒しながら、彼の方に歩みを進める‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<翳した切り札>でした。

横山、ついにお化け淳の特性もコピーしましたかね?^^;

そして最初していた雪のストール、どこへ行った‥

そしてビックリした拍子に飛んでいったジュース、どこへ行った‥(おまけに途中で色が変わる)

細かいクラブでした。


次回は<父の訓戒>です。


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