前々回は、胃がんの死亡者数減少について、衛生状態の改善によってヘリコバクター・ピロリ菌の感染率が低下した結果ではないかとお伝えしましたが、その証拠となる資料があったのでご紹介しましょう。
『胃がんでいのちを落とさないために 改訂版』(浅香正博:著、中央公論新社:2019年刊)という本によると、1992年の日本のピロリ菌感染率は、40歳以上は約80%だったのに対して、30代では約40%、それ以下の世代ではさらに低くなっていたそうです。
なお、著者の浅香正博氏は、日本ヘリコバクター学会理事長を務めたこともあるピロリ菌の専門家で、感染率を調査した当事者でもあります。
浅香氏によると、当時の40代は団塊の世代で、終戦直後の衛生状態の悪い時期に生まれており、その後、上下水道の整備が進んだことから、30代以降はピロリ菌の感染率が急速に低下していったと考えられるそうです。
また、2030年には、日本のピロリ菌感染率は欧米並みに低下すると予想されるそうですから、胃がんが珍しい病気になる日は意外と近いのかもしれません。
なお、日本では、2013年2月に世界で初めて胃炎におけるピロリ菌の除菌が保険適用となり、2018年までに約800万人が除菌されたと推定されるそうです。
そのため、浅香氏は、ピロリ菌除菌の保険適用の結果、胃がん死亡者数の減少が始まったと述べていますが、除菌によって死亡者数が短期間に変動する根拠は示していません。
通常、がんの原因が除去されてから死亡者数が減少するまでには相当な時間を要すると考えられ、例えば前回ご紹介した肝臓がんでは、1988年に注射器の連続使用が禁止されてから死亡者数が減少するまでに20年近くかかっていますから、ピロリ菌の除菌を開始した途端に胃がん死亡者数が減少し始めたという説は受け入れられないでしょう。
さらに、浅香氏自身が、胃がんの年齢調整死亡率と罹患率の関係を示して、年齢調整死亡率の低下は年齢調整罹患率の低下により生じた自然現象であると述べています。
したがって、ピロリ菌感染率減少の大きな波が胃がん罹患率の減少をもたらし、その結果、死亡者数も自然に減少したと考えるべきでしょうから、やはり衛生状態の改善が胃がんの死亡者数減少の主たる要因だと思われるのです。
ところで、この本には、国が推進してきた「早期発見、早期治療」がいかに無意味だったかということを示す次のようなグラフも載っていました。
これは、日本とアメリカ合衆国のがん死亡率を比較したもので、アメリカでは2000年以降、死亡率が減少に転じているのに対して、日本では死亡率が増え続けています。
浅香氏は、アメリカの死亡率減少は禁煙を中心としたがん予防対策によるものであるとし、がん検診に偏った国の政策を、「なぜわが国のがん対策は科学性を欠いて遅れを取るのでしょうか?」と痛烈に批判しています。
こういった日本のがん対策の問題点にご興味のある人や、家系的に胃がんの心配がある人は、『胃がんでいのちを落とさないために 改訂版』を読んでみてはいかがでしょうか?
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