毎日新聞より転載
介護家族
殺人事件の「告白」/2 「生き残ってごめん」 拘置所で妻への思い
毎日新聞2015年12月8日 大阪朝刊
2012年8月に妻(当時71歳)を殺した兵庫県姫路市の男性(78)は、事件の1年ほど前から妻の症状が悪化したと記憶していた。
11年4月に妻はバイクで転んで左腕を骨折した。通院のために家を出た時、下着しか身につけていなかった。
同年9月に病院に駆け込むと、アルツハイマー型認知症と診断された。生活の一部で介護が必要な「要介護1」と認定された。
「守るのは、わししかおらん」。新聞配達のアルバイトをやめて介護に専念した。
認知症と診断されて半年後、妻はすぐ怒るようになった。入浴や着替えも一人でできなくなった。ほとんどの面で介護が必要な「要介護4」とされた。
妻は男性のことを「お前は誰や」「お前は帰れ」とののしった。
「お母ちゃんから『お前』と言われる。こんなつらいことはない」。男性は当時を思い出すと泣き崩れた。
◇ ◇
初夏、妻は夜に眠らなくなった。大声で男性をなじった。「夜中の声がうるさい」と近所から苦情が来た。
ある日、車に乗せると落ち着いた。毎晩のように深夜のドライブに出かけた。睡眠薬を処方してもらって妻に飲ませたが、次第に効かなくなった。
男性のやつれた表情を見たケアマネジャーが施設に入れるよう勧めた。市内の4施設に申し込んだ。しかし、空きはなく、ある施設からは「100人が待機中」と言われた。
別の施設にショートステイ(短期入所)を頼んだが、妻の症状を知ると拒まれた。
妻がいないのは週3〜5回、デイサービスに通って朝から夕方まで施設にいた時だけだ。妻がいない間に男性は洗濯や妻の夕食の準備をし、2〜3時間だけ眠った。男性はヘトヘトになっていた。
◇ ◇
「なぜ殺してしもたのか後悔しています」
「自分だけ生き残ってごめん」
男性は逮捕後、拘置所で後悔の言葉をノートにつづった。
「家を守り、子供をよく育ててくれてありがとう」。妻への感謝の思いも書き留めた。
なぜ大切な妻に手をかけたのか。
「誰かに助けを求めることができたと言われるかもしれない。でも、あの頃はとにかく介護に必死で、そんな余裕がなかった」
時々、夜中にふと目が覚める。ドライブしたり、背中をさすって寝かしつけたり。真夜中に妻を介護した情景がよみがえる。
「『あんたは前を向いて生きるんやで』って、お母ちゃんが声をかけに来てる」
男性はそう信じ、妻の分まで精いっぱい生きようと誓っている。=つづく
症状重いほど介護長時間
重い症状の人を自宅で介護している人ほど、長時間の介護生活を余儀なくされている。厚生労働省の13年の調査では、最も重い「要介護5」と「要介護4」の家族を自宅で介護している人の半数以上は「ほとんど終日、介護に時間を費やしている」と答えた。
介護サービスを受けるために必要な市町村の要介護認定には「要支援1〜2」「要介護1〜5」の7段階ある。それぞれ、利用できるサービスや費用負担の上限額が異なる。
ご意見や体験を
ご意見や体験をお寄せください。郵便は〒530-8251(住所不要)毎日新聞社会部「介護家族」取材班▽メール(o.shakaibu@mainichi.co.jp)▽ファクス(06・6346・8185)
介護家族
殺人事件の「告白」/2 「生き残ってごめん」 拘置所で妻への思い
毎日新聞2015年12月8日 大阪朝刊
2012年8月に妻(当時71歳)を殺した兵庫県姫路市の男性(78)は、事件の1年ほど前から妻の症状が悪化したと記憶していた。
11年4月に妻はバイクで転んで左腕を骨折した。通院のために家を出た時、下着しか身につけていなかった。
同年9月に病院に駆け込むと、アルツハイマー型認知症と診断された。生活の一部で介護が必要な「要介護1」と認定された。
「守るのは、わししかおらん」。新聞配達のアルバイトをやめて介護に専念した。
認知症と診断されて半年後、妻はすぐ怒るようになった。入浴や着替えも一人でできなくなった。ほとんどの面で介護が必要な「要介護4」とされた。
妻は男性のことを「お前は誰や」「お前は帰れ」とののしった。
「お母ちゃんから『お前』と言われる。こんなつらいことはない」。男性は当時を思い出すと泣き崩れた。
◇ ◇
初夏、妻は夜に眠らなくなった。大声で男性をなじった。「夜中の声がうるさい」と近所から苦情が来た。
ある日、車に乗せると落ち着いた。毎晩のように深夜のドライブに出かけた。睡眠薬を処方してもらって妻に飲ませたが、次第に効かなくなった。
男性のやつれた表情を見たケアマネジャーが施設に入れるよう勧めた。市内の4施設に申し込んだ。しかし、空きはなく、ある施設からは「100人が待機中」と言われた。
別の施設にショートステイ(短期入所)を頼んだが、妻の症状を知ると拒まれた。
妻がいないのは週3〜5回、デイサービスに通って朝から夕方まで施設にいた時だけだ。妻がいない間に男性は洗濯や妻の夕食の準備をし、2〜3時間だけ眠った。男性はヘトヘトになっていた。
◇ ◇
「なぜ殺してしもたのか後悔しています」
「自分だけ生き残ってごめん」
男性は逮捕後、拘置所で後悔の言葉をノートにつづった。
「家を守り、子供をよく育ててくれてありがとう」。妻への感謝の思いも書き留めた。
なぜ大切な妻に手をかけたのか。
「誰かに助けを求めることができたと言われるかもしれない。でも、あの頃はとにかく介護に必死で、そんな余裕がなかった」
時々、夜中にふと目が覚める。ドライブしたり、背中をさすって寝かしつけたり。真夜中に妻を介護した情景がよみがえる。
「『あんたは前を向いて生きるんやで』って、お母ちゃんが声をかけに来てる」
男性はそう信じ、妻の分まで精いっぱい生きようと誓っている。=つづく
症状重いほど介護長時間
重い症状の人を自宅で介護している人ほど、長時間の介護生活を余儀なくされている。厚生労働省の13年の調査では、最も重い「要介護5」と「要介護4」の家族を自宅で介護している人の半数以上は「ほとんど終日、介護に時間を費やしている」と答えた。
介護サービスを受けるために必要な市町村の要介護認定には「要支援1〜2」「要介護1〜5」の7段階ある。それぞれ、利用できるサービスや費用負担の上限額が異なる。
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