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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第26回 取消訴訟以外の抗告訴訟

2017年11月01日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.無効等確認訴訟

 無効等確認訴訟は、行政事件訴訟法第3条第4項において「処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟」と定義されるものであり、「処分」の無効確認訴訟が中心となる。さらに、「処分」の不存在確認訴訟、有効確認訴訟、「処分」の存在確認訴訟、「処分」の失効確認訴訟などがある。

 無効等確認訴訟は、取消訴訟と異なり、出訴期間や不服申立前置の制約から外れるので、出訴期間を徒過してから提起されることが少なくない。そのため、塩野宏教授は「行政行為の無効を前提とする訴訟はいわば時機に後れた取消訴訟であ」ると指摘する※。その意味において、無効等確認訴訟、とりわけ「処分」の無効確認訴訟は実質的に取消訴訟の補完的な制度になっている。

 ※塩野・前掲書214頁。

 〔1〕原告適格および訴えの利益

 そもそも、無効等確認訴訟は、行政事件訴訟法において補充的制度と位置づけられている。そのため、原告適格が制限されているのであるが、行政事件訴訟法第36条の規定は非常に難解なものであり、広義の訴えの利益について次の二説に分かれている。

 立法者は二元説をとっていた。この説によると、原告適格は「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」または「その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」に認められることとなる。結局、「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」であれば、予防訴訟(差止訴訟)としての無効確認訴訟が認められることになるが、文理的に難しい解釈である。

 二元説が文理的に難しいとするならば、文理解釈に忠実なものとして一元説が浮かび上がる。この説によると、原告適格は「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」であり、かつ「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」に認められることになる。ただ、この説によると、原告適格はほとんど認められなくなり、争点訴訟(民事訴訟)で行くしかなくなる。

 〔2〕「処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」の意味

 これについても見解が分かれる。

 形式的解釈説は、申請却下処分や営業許可の取消処分の無効のように、「現在の法律関係に関する訴え」を提起できない場合にのみ、無効確認訴訟の提起が許される、とする説である。所有権確認訴訟や身分確認訴訟というような「現在の法律関係に関する訴え」が可能であれば、無効確認訴訟の提起は許されないこととなる。

 これに対し、実質的解釈説は、「現在の法律関係に関する訴え」を、実質的意味における当事者訴訟(後述)または民事訴訟と解する。この説によると、土地収用法に基づく収用裁決の無効については所有権確認訴訟のみが許されるが、公務員の免職処分については身分確認訴訟と無効確認訴訟の両方が許されることになる。これも難解な説ではある。

 判例は、二元説か一元説かに立ち入っていない。無効確認訴訟が、現実的には出訴期間に遅れて提起された取消訴訟として提起されることが多いこともあって、次のような場合に原告適格を認めている。

 ●最三小判昭和51年4月27日民集30巻3号384頁

 課税処分を受けてまだ租税を納付していない者は、滞納処分を受けるおそれがあるため、無効確認訴訟の原告適格を有すると判断された。

 ●最三小判昭和60年12月17日判時1179号56頁

 土地区画整理組合の設立認可処分の無効確認を求める原告について、土地区画整理事業施行区域内の宅地の所有権者や借地権者が法律上当然に組合員としての地位を取得させられるということから、原告適格を認めている。

 ●最二小判昭和62年4月17日民集41巻3号286頁(Ⅱ―186)

 事案:Xは土地改良区Yから、土地改良法に基づいて換地処分を受けたが、それによって農道に接する部分が極端に狭くなり、農作業の遂行が困難になったとして、本件換地処分が「照応の原則」に違反するとしてその無効確認を求める訴訟と訴外Aに対する関連換地処分の無効確認を求める訴えを提起した。一審判決(千葉地判昭和53年6月16日行集33巻3号558頁)はXの請求を棄却し、控訴審判決(東京高判昭和57年3月24日行集33巻3号548頁)は一審判決を破棄してXの請求を却下したが、最高裁判所第二小法廷は控訴審判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:土地所有者など多くの権利者に対する換地処分は「通常相互に連鎖し関連し合っているとみられるのであるから、このような換地処分の効力をめぐる紛争を私人間の法律関係に関する個別の訴えによって解決しなければならないとするのは」換地処分の性質に照らして適当と言い難い。また、本件の場合は「換地処分がされる前の従前の土地に関する所有権等の権利の保全確保を目的とするものではな」く、「当該換地処分の無効を前提とする従前の土地の所有権確認訴訟等の現在の法律関係に関する訴え」が本件のような紛争を「解決するための争訟形態として適切なものとはいえ」ない。

 ●最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁・1090頁(「もんじゅ」訴訟。Ⅱ―171)

 事案:第24回において取り上げた判決である。なお、本件については、旧動燃を被告として「もんじゅ」の建設および運転の差止めを求める民事訴訟も併合提起されている。

 判旨:第24回において紹介した部分に加えて、前掲最二小判昭和62年4月17日が引用されており、行政事件訴訟法第36条にいう「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」は、「当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えのほうがより直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味する」と述べられている。

 〔3〕取消訴訟の規定の準用の有無

 同第38条第1項ないし第3項は、取消訴訟に関する規定を無効等確認訴訟に準用する場合などを規定する。

 ①同第38条第1項により準用されるもの

 被告適格等(同第11条)、管轄(同第12条)、関連請求(同第13条)、請求の客観的併合(同第16条)、共同訴訟(同第17条)、第三者による請求の追加的併合(同第18条)、原告による請求の追加的併合(同第19条)、国または公共団体に対する請求への訴えの変更(同第21条)、第三者の訴訟参加(同第22条)、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の拘束力(同第33条)、訴訟費用の裁判の効力(同第35条)。

 ②同第38条第2項により準用されるもの

 取消しの理由の制限のうち、裁決の取消しの訴えに関するもの(同第10条第2項)、原告による請求の追加的併合のうち、処分の取消しの訴えを裁決の取消しの訴えに併合して提起する場合(同第20条)。

 ③同第38条第3項により準用されるもの

 釈明処分の特則(同第23条の2)、執行停止(同第25条)、事情変更による執行停止の取消し(同第26条)、内閣総理大臣の異議(同第27条)、執行停止等の管轄裁判所(同第28条)、執行停止に関する規定の準用(同第29条)、執行停止の決定等への第32条第1項の準用(同第32条第2項)。

 ④準用されないもの(主なもののみ)

 出訴期間(同第14条)、事情判決(同第31条)、取消判決の第三者効(同第32条第1項)

〔4〕主張および立証責任

 「処分」の無効(裁量権の逸脱濫用→処分の違法性が重大かつ明白であること)についての主張および立証責任は、原告が負う〔最二小判昭和42年4月7日民集21巻3号572頁(Ⅱ―203)〕。

 

 2.不作為の違法確認訴訟

 〔1〕不作為の違法確認判決の意味

 不作為の違法確認訴訟は中途半端な訴訟形態であるが、処分または裁決についての申請がなされたにもかかわらず、相当の期間を過ぎても行政庁が不作為を続けている場合に、その不作為の違法性を確認することによって、申請権者の救済を図るというものである。行政事件訴訟法第38条第1項によって同第33条が不作為の違法確認訴訟に準用されるため、勝訴判決には拘束力が認められる。すなわち、不作為の違法を確認する判決は、原告に対する何らかの応答義務を行政庁に課することになる。

 〔2〕不作為の違法確認訴訟の原告適格

 原告適格は、同第37条により、処分または裁決についての申請をした者に限定される。この申請が適法であるか不適法であるかは問題にならない。仮に申請が不適法であれば却下すればよいだけの話であり、その点においても行政庁は応答義務を負うこととなるためである。

 同第3条第5項にいう「法令に基づく申請」の意味については、法令に明文の規定がある場合は勿論、明文に規定が存在しなくとも、解釈によって原告の申請権が認められればよいとするのが通説および判例である。また、「法令」の意味について、内規や要綱などを含める考え方もある。

 また、同項にいう「相当の期間」の意味も問われることとなるが、標準処理期間(行政手続法第6条)が参考となるであろう。但し、標準処理期間を経過したから直ちに不作為が違法性を帯びるという訳ではない。

 〔3〕取消訴訟の規定の準用の有無

 同第38条第1項および第4項は、取消訴訟に関する規定を無効等確認訴訟に準用する場合などを規定する。

 (1)第38条第1項により準用されるもの

 被告適格等(同第11条)、管轄(同第12条)、関連請求(同第13条)、請求の客観的併合(同第16条)、共同訴訟(同第17条)、第三者による請求の追加的併合(同第18条)、原告による請求の追加的併合(同第19条)、国または公共団体に対する請求への訴えの変更(同第21条)、第三者の訴訟参加(同第22条)、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の拘束力(同第33条)、訴訟費用の裁判の効力(同第35条)。

 (2)同第38条第4項により準用されるもの

 処分の取消しの訴えと審査請求との関係(同第8条)、取消しの理由の制限のうち裁決の取消しの訴えに関するもの(同第10条第2項)

 なお、注意すべき点が2つある。

 第一に、不作為の違法確認訴訟には同第9条が準用されないものの、「法律上の利益」は必要と解される。従って、不作為違法確認訴訟の提起後、行政庁が処分または裁決をした場合には、不作為状態が解消されるため、「法律上の利益」は失われ、訴訟は却下される。

 第二に、不作為の違法確認訴訟の性質上、同第14条は準用されない。従って、不作為の状態が継続している限り、不作為違法確認訴訟を提起できる。

 

 3.義務付け訴訟

 〔1〕義務付け訴訟の意味

 義務付け訴訟とは、行政庁に対して公権力の行使を求める訴訟である。行政事件訴訟法第3条第6号は、「行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)」(同第1号)、または「行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき」(同第2号)に「行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう」と定義する。

 〔2〕義務付け訴訟の種類

 先に引用した行政事件訴訟法第3条第6項の規定から明らかであるように、義務付け訴訟には二つの類型がある。同第1号に定められる義務付け訴訟を非申請型義務付け訴訟といい、同第2号に定められる義務付け訴訟を申請型義務付け訴訟という。二種類に分けられる理由は、訴訟要件および本案勝訴要件の違いにある。

 〔3〕処分の特定性

 非申請型義務付け訴訟、申請型義務付け訴訟のいずれについても、「一定の処分」を求める点において共通する。そのため、「処分」については裁判所における判断が可能である程度にまで特定される必要性がある。

 〔4〕非申請型義務づけ訴訟

 法令に基づく申請を前提としない義務付け訴訟であり、直接型義務づけ訴訟ともいう。申請権を有しない原告が、行政庁に一定の処分をなすことを請求し、裁判所が判決でその処分をなすことを義務付ける、というものである。

 (1)訴訟要件

 行政事件訴訟法第37条の2は、非申請型義務付け訴訟の訴訟要件を定める。

 同第1項は、まず「一定の処分がなされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあ」ることをあげるが、「おそれがあ」るだけでは足りず、「その損害を避けるため他に適当な方法がない」こと、すなわち補充性の要件も必要であることを定める。抽象的な規定であるが、補充性については、義務付け訴訟に代わりうる救済手続がとくに法律で定められている場合(例、国税通則法第23条に定められる更正の請求)を指すものと解される※。また、「例えば、法令において、一定の処分を求めるための申請権が与えられている場合には、その申請をしないでその処分を求める義務付けの訴えを提起することは、他に適当な方法がない場合であるとはいえないであろう」と述べる見解がある※※。

 ※塩野・前掲書240頁、櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第5版〕(2016年、弘文堂)333頁。

 ※※小林久起『司法制度改革概説3 行政事件訴訟法』(2004年、商事法務)74頁。

 同第2項は、同第1項にいう「重大な損害」に関する解釈の指針であり、裁判所には執行停止と同様の態度が求められることとなる(同第25条第2項を参照すること)。

 非申請型義務付け訴訟の原告適格は、「行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者」に認められる(同第37条の2第3項)。取消訴訟の原告適格と同様に「法律上の利益」を有することが要件とされる訳であるが、その有無の判断についても、取消訴訟と同様に行われなければならない(同第37条の2第4項により、同第9条第2項が準用される。

 (2)本案勝訴要件

 勝訴判決により、行政庁は処分(または裁決)をすることを義務付けられることになる。そのためには、同第37条の2第5項により、「行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること、または、「行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと、これらのうちのいずれかが必要となる。

 (3)仮の義務付け

 取消訴訟について執行停止が定められるのと同様に、非申請型義務付け訴訟については仮の義務付けが定められている。行政事件訴訟法第37条の5第1項は、仮の義務付けを、原告の申立てによって裁判所が「仮に行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずること」と位置づける。

 仮の義務付けが行われるための要件は、第一に「その義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある」ことであり、第二に「本案について理由があるとみえる」こと、第三に「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが」ないことである(同第3項)。第一の要件は執行停止よりも厳格であるが、「償うことのできない損害」は、金銭賠償が不可能な損害はもとより、社会通念上、金銭賠償のみで救済することが不相当と認められる場合も含まれる※。また、第二の要件は、本案について原告が勝訴する見込みを意味する。

 ※櫻井・橋本・前掲書346頁。

 仮の義務付けについては、執行停止に関する規定である同第25条第5項ないし第8項が準用される他、同第33条第1項が準用される(同第37条の5第4項)。なお、仮の義務付けに基づいて行われる処分の性質については、仮の処分説と本来の処分説との争いがある。

 〔5〕申請型義務付け訴訟

 法令に基づく申請を前提とする義務付け訴訟であり、申請満足型義務付け訴訟ともいう。申請権を有する原告が、行政庁に対し、申請を満足させる応答をなすことを求め、裁判所が判決でその応答をなすことを義務付ける、というものである。

 (1)訴訟要件

 行政事件訴訟法第37条の3は、申請型義務付け訴訟の訴訟要件を定める。

 同第1項は、申請型義務付け訴訟の対象を、「当該法令に基づく申請又は審査請求に対し相当の期間内に何らの処分又は裁決がされないこと」(すなわち不作為。同第1号)、「当該法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合において、当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在であること」(すなわち申請拒否処分または審査請求却下もしくは棄却裁決。同第2号)と定める。また、同項に定められる義務付け訴訟のうち、「行政庁が一定の裁決をすべき旨を命ずることを求めるものは、処分についての審査請求がされた場合において、当該処分に係る処分の取消しの訴え又は無効等確認の訴えを提起することができないときに限り、提起することができる」(同第7項)。これは、「当該処分に係る処分の取消しの訴え又は無効等確認の訴えを提起することができ」るときには処分について取消訴訟などを提起すべきであるということを意味する。※

 ※小林・前掲書81頁は、次のように説明する。

 「不利益処分を受けた者が、その処分の取消しを求めて審査請求をした場合でも、原処分について取消訴訟又は無効等確認の訴えを提起することができるときは、審査請求に対する裁決をすべき旨を命ずる義務付けの訴えを提起する必要性がない」。「許認可等の処分を求める申請を拒否する処分を受けた者が、拒否処分の取消しを求めて審査請求をした場合も、拒否処分について取消訴訟又は無効等確認の訴えを提起することができるときは、これに併合して申請で求める許認可等の処分をすべき旨を命ずることを求める義務付けの訴えを提起することができる」。

 同第2項は、同第1項各号に定められる当該法令に基づく申請又は審査請求をした者」に原告適格が認められる旨を定める。

 (2)申請型義務付け訴訟と他の抗告訴訟との併合提起

 行政事件訴訟法第37条の3第3項は、申請型義務付け訴訟を単独で提起することはできず、必ず、他の抗告訴訟と併合して提起しなければならない旨を定める。すなわち、行政庁の不作為に対する申請型義務付け訴訟については不作為の違法確認訴訟と併合提起しなければならず(同第1号)、申請拒否処分または審査請求却下もしくは棄却裁決に対する申請型義務付け訴訟については取消訴訟または無効等確認訴訟と併合提起しなければならない(同第2号)。従って、申請型義務付け訴訟を提起するには、不作為違法確認訴訟、取消訴訟、無効等確認訴訟のいずれかを適法に提起できる必要がある(同第4項および同第6号も参照)。これは、他の抗告訴訟との役割・機能の分担の観点に立つものである。

 (3)本案勝訴要件

 非申請型義務付け訴訟と同様に、申請型義務付け訴訟についても、勝訴判決により、行政庁の処分(または裁決)をすることを義務付けられることになる。そのためには、同第37条の3第5項により、次のいずれかが認められる場合が、原告が本案で勝訴するために必要な要件となる。

 第一に、「各号に定める訴えに係る請求に理由があると認められ、かつ、その義務付けの訴えに係る処分又は裁決につき、行政庁がその処分若しくは裁決をすべきであることがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ることである。

 第二に、「各号に定める訴えに係る請求に理由があると認められ」、かつ「行政庁がその処分若しくは裁決をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」ことである。

 (4)仮の義務付け

 申請型義務付け訴訟についても仮の義務付けが認められる。非申請型義務付け訴訟についてと同じく、行政事件訴訟法第37条の5の定めるところによるので、前述のところを参照されたい。

 

 4.差止訴訟

 不作為的義務付け訴訟ともいい、かつては予防訴訟、予防的差止訴訟などと言われた。行政庁が何らかの処分(または裁決)をすべきでないにもかかわらず、これがなされようとしている場合に、行政庁にその処分(または裁決)をしてはならない旨を命ずることを裁判所に求める訴訟である(行政事件訴訟法第3条第7項)。

 〔1〕処分の特定性

 義務付け訴訟と同様に、差止訴訟についても、一定の処分または裁決について裁判所における判断が可能である程度にまで特定される必要性がある。

 〔2〕訴訟要件

 差止訴訟の訴訟要件は、義務付け訴訟と異なり、行政事件訴訟法第3条第7項および同第37条の4に定められている。

 まず、第一の要件として、「行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている」こと(同第3条第7項)、すなわち、処分または裁決がなされる蓋然性が求められる。これは、要件というより前提と捉えるほうが正しいかもしれない。差止訴訟の定義に含まれているためである。

 その上で、第37条の4の各項に定められる要件を充足する必要がある。

 同第1項本文は、「一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある」ことをあげる。この「重大な損害」は、取消訴訟、またはその取消訴訟提起後の執行停止では救済が困難なほどの障害と解される。また、同項ただし書きは「その損害を避けるため他に適当な方法が」ないことをあげており、これは、原則として、差止訴訟よりも処分が行われた後の取消訴訟が優先するという趣旨も含まれることを意味する。なお、同第2項は「重大な損害」の解釈指針を、同第37条の2第2項および同第25条第2項と同じ文言により定めていることに注意を要する※。

 ※小林・前掲書83頁によると、「例えば、差止めを求める処分の前提となる処分があって、その前提となる処分の取消訴訟を提起して執行停止を得れば、後続する差止めを求める処分をすることが当然にできないことが法令上定められているような場合」には、差止訴訟を起こすことができない。

 同第37条第3項は、差止訴訟の原告適格が「行政庁が一定の処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り」認められる旨を定める。「法律上の利益」の解釈については、同第4項により、第9条第2項が準用される(義務付け訴訟と同様である)。

 ●最一小判平成24年2月9日民集66巻2号183頁(Ⅱ−214)

 事案:東京都教育委員の教育長は、平成15年10月23日付で、都立学校の各校長宛に「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」を発し、各校長に対し、(1)学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること、(2)入学式、卒業式等の実施に当たっては、式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し、教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し、その斉唱はピアノ伴奏等により行うなど、所定の実施指針のとおり行うものとすること、(3)教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われることを教職員に周知すること、などを求めた。これに対し、東京都立の高等学校や特別支援学校に教職員として勤務するXら(原告、被控訴人、上告人)が、東京都(行政事件訴訟法改正前は東京都教育委員会)に対し、①「各所属校の卒業式や入学式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱する義務のないこと及びピアノ伴奏をする義務のないことの確認」、および②「上記国歌斉唱の際に国旗に向かって起立しないこと若しくは斉唱しないこと又はピアノ伴奏をしないことを理由とする懲戒処分の差止め」を求め、さらに国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償請求を行った。東京地判平成18年9月21日判時1952号44頁はXらの請求を認容したが、東京高判平成23年1月28日判時2113号30頁①は東京地方裁判所判決を取り消したため、Xらが上告した。最高裁判所第一小法廷はXらの上告を棄却した。

 判旨:差止訴訟についての部分のみを示す。

 ・「法定抗告訴訟たる差止めの訴えの訴訟要件については、まず、一定の処分がされようとしていること(行訴法3条7項)、すなわち、行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることが、救済の必要性を基礎付ける前提として必要となる」。

 ・「免職処分以外の懲戒処分(停職、減給又は戒告の各処分)の」差止訴訟の要件については「当該処分がされることにより『重大な損害を生ずるおそれ』があることが必要であり(行訴法37条の4第1項)、その有無の判断に当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされて」おり(同条第2項)、「行政庁が処分をする前に裁判所が事前にその適法性を判断して差止めを命ずるのは、国民の権利利益の実効的な救済及び司法と行政の権能の適切な均衡の双方の観点から、そのような判断と措置を事前に行わなければならないだけの救済の必要性がある場合であることを要するものと解される」から「差止めの訴えの訴訟要件としての上記『重大な損害を生ずるおそれ』があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当であ」り、(中略)「本件通達を踏まえた本件職務命令の違反を理由として一連の累次の懲戒処分がされることにより生ずる損害は、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものであるとはいえず、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであるということができ、その回復の困難の程度等に鑑み、本件差止めの訴えについては上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる」。

 ・「差止めの訴えの訴訟要件については、『その損害を避けるため他に適当な方法があるとき』ではないこと、すなわち補充性の要件を満たすことが必要であるとされている(行訴法37条の4第1項ただし書)。(中略)本件通達及び本件職務命令は(中略)行政処分に当たらないから、取消訴訟等及び執行停止の対象とはならないものであり、また、(中略)本件では懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではないと解される。以上のほか、懲戒処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として他に適当な方法があるとは解されないから、本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは、補充性の要件を満たすものということができる」。

 ・差止訴訟の本案について「行政庁がその処分をすべきでないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項)」、当該差止請求においては、本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の可否の前提として、本件職務命令に基づく公的義務の存否が問題となる。この点に関しては、(中略)本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから、当該差止請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない」。また、「差止めの訴えの本案要件について、裁量処分に関しては、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項)、これは、個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で、当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることをいうものと解される。」

 〔3〕本案勝訴要件

 義務付け訴訟と同様に、差止訴訟についても本案勝訴要件が定められている。行政事件訴訟法第37条の4第5項によれば、「行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること、「行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと、のいずれかが必要となる。

 〔4〕仮の差止め(第37条の5第2項)

 仮の差止めとは、原告の申立てにより裁判所が「仮に行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずること」である(同第37条の5第2項)。義務付け訴訟における仮の義務付けを不作為命令に変更しただけであり、要件も仮の義務付けとほぼ同じである。

 

 5.法定外抗告訴訟

 無名抗告訴訟ともいう。行政事件訴訟法に規定されていない類型の抗告訴訟のこと。かつては義務付け訴訟および差止訴訟もこれに含まれていたが、平成16年改正法によって法定抗告訴訟となったため、他にいかなる法定外抗告訴訟が残されているかについて、議論がある。

 

 6.公法上の当事者訴訟

 (1)形式的当事者訴訟

 当事者間の法律関係を確認し、または形成する処分または裁決に関する訴訟のうち、法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とする訴訟である(行政事件訴訟法第4条前段)。

 例として、土地収用法の損失補償を請求する訴訟(同第133条第2項)があげられる。本来は収用委員会の裁決に関する訴えであるが、形式的に「起業者」と「土地所有者又は関係人」と間の訴えとする(同第3項)。収用委員会の裁決のうち、土地の収用に関しては収用委員会の裁決について国土交通大臣に対する審査請求を行うことができる(土地収用法第129条)。しかし、損失補償に関する事項については審査請求を行うことができない(同第132条第2項)。この他、著作権法第72条、農地法第85条の3、自衛隊法第105条第9項・第10項などがある。

 取消訴訟の規定の準用:行政事件訴訟法第41条第1項により、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の効力(同第33条第1項)、第35条(訴訟費用の裁判の効力)、釈明処分の特則(同第23条の2)が準用される(他のものについては同第41条第2項を参照)。

 (2)実質的当事者訴訟

 公法上の法律関係に関する確認の訴えなど、公法上の法律関係に関する訴訟のことである(行政事件訴訟法第4条後段)。公法上の当事者訴訟ともいう。なお、公法上の法律関係に関する確認の訴えは、平成16年改正法によって明示されるに至った※。

 ※以前は存在しなかったという訳ではなく、存在することが確認されたという意味である。

 この訴訟が置かれている意味であるが、公法と私法との区別が絶対的なものでなく、民事訴訟との区別が付きにくい(実際に、裁判実務では民事訴訟として扱っている)ことから、疑問視されている。

 取消訴訟の規定の準用:形式的当事者訴訟と同様であるが、実務上の意味は乏しいといわれている。とくに、第33条第1項の準用については、その具体的な意味について議論がある。

 実質的当事者訴訟によるとされる例としては、国家公務員法に基づく免職処分が無効であることを前提とする公務員の身分確認訴訟、国立学校における学生退学処分の無効を前提とする在学関係確認訴訟がある。

 (3)参考:争点訴訟

 行政行為の有効・無効が先決問題となっている事件で、私法上の法律関係に関する訴訟を、争点訴訟という。行政事件訴訟ではなく、民事訴訟であるが、行政事件訴訟法第45条に特別の規定がある。

 争点訴訟の例として、農地買収処分の無効について旧地主と新地主との間で争われる訴訟、土地収用裁決が無効であるとして地権者と起業者との間で土地所有権をめぐって争われる訴訟がある。 

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第25回 取消訴訟の本案審理、判決

2017年10月31日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 以下について、当初は「第25回 行政事件訴訟法における、その他の問題点」とする予定でしたが、内容が多くなるため、分割して「第25回 取消訴訟の本案審理、判決」と「第26回 取消訴訟以外の抗告訴訟」といたします。また、既に「行政法講義ノート」〔第6版〕に掲載している第26回〜第31回については、題目を変更せず、第27回〜第32回といたします(11月1日更新予定です)。

 

 

 1.取消訴訟の本案審理

 基本的には民事訴訟と同じように進められる。行政事件訴訟法には、本案審理に関する規定が多くないためである。第7条も参照のこと。

 (1)処分権主義と弁論主義

 処分権主義とは、民事訴訟において、訴訟の開始、審理の対象、および訴訟の終了について、当事者に自由な処分権限を認める原則のことである。基本的には取消訴訟についても妥当するが、訴訟の終了に関しては(和解や請求の認諾について)議論がある。

 また、弁論主義とは、訴訟資料に対する当事者の処分権限に関するものであって、事件の事実と証拠の収集を当事者の権限とすることである。裁判所には次の3点が求められることとなる。

 ①当事者が主張していない事実を判決の資料として採用してはならない。

 ②当事者間に争いのない事実をそのまま判決の資料として採用しなければならない。

 ③当事者間に争いのある事実を証拠により認定する際には、必ず当事者の申し出た証拠によらなければならない(自らが証拠を収集することもできない)。但し、取消訴訟についてどこまで妥当するかは問題である。

 弁論主義に対するものとして、職権探知主義がある。これは、事件の事実と証拠の収集を当事者の権限とせず、裁判所の権限とすることであり、特徴は次の3点にまとめられる。

 ①当事者が主張していない事実でも判決の資料として採用できる。

 ②当事者に争いのない事実でも判決の資料として採用しないことができる。

 ③当事者間に争いのある事実を証拠により認定する際には、当事者の申し出た証拠以外に、職権で他の証拠を取り調べることができる。

 (2)職権証拠調べ(行政事件訴訟法第24条)

 職権探知主義の③に該当するもので、当事者が適切な立証活動をしない場合に裁判所の職権による証拠調べが可能である。規定にあるように、裁判所の権限であり、義務ではない。行政事件訴訟特例法時代の判決である最一小判昭和28年12月24日民集7巻13号1604頁(Ⅱ―201)は、裁判所が当事者の提出した証拠によって十分な心証を得られるのであれば、職権による証拠調べは必要ない、という趣旨を述べている。

 他方、裁判所が必要と認めたとき、職権で証拠調をすることができるが、その結果について当事者の意見を聴くことを要する。当事者の提出した証拠だけで心証を得られない場合に証拠調べをすることが認められるのであるが、実務では、当事者に対して、証拠の提出を促す訴訟指揮権ないし釈明権を行使する程度で終わるのがほとんどである。

 なお、職権探知主義の①については、明文の法律の根拠が必要であるというのが通説である。

 (3)職権進行主義(民事訴訟法第93条・第98条など)

 日本の民事訴訟法は、訴訟の手続面について当事者主義ではなく、職権進行主義を採る。取消訴訟についても妥当する。このことは、訴訟の内容について当事者主義(弁論主義)を採るのと対照的である。

 (4)訴えの併合や変更―関連請求など  行政事件訴訟法第13条は、関連請求について訴えの併合を認める。また、同第18条は「第三者による請求の追加的併合」に関する規定であり、同第19条は「原告による請求の追加的併合」に関する規定である(同第20条も参照)。

 また、同第21条は、取消訴訟の目的となっている請求を、当該処分に係る事務の帰属する国または公共団体に対する損害賠償などの請求に変更すること (訴えの変更)を認める。認められるための要件は、次の通りである。

 ①請求の基礎に変更のないこと。

 ②口頭弁論の終結に至るまで、原告が申し立てること。

 ③裁判所は、訴えの変更を許す決定を下す前に、当事者および損害賠償その他の請求に係る訴訟の被告の意見を聴かなければならないことがある。

 (5)訴訟参加

 これには、第三者の訴訟参加(同第22条)と行政庁の訴訟参加(同第23条)とがある。

 第三者の訴訟参加は、訴訟の結果によっては権利を害されうる第三者が、その申立てまたは裁判所の職権で訴訟に参加しうるというものである。予め当事者および第三者の意見を聴いた上で、そして当事者もしくは第三者の申し立て、または職権によって、裁判所は第三者の訴訟参加を決定できる。この場合の第三者について民事訴訟法第68条が準用される(行政事件訴訟法第22条第5項)。

 これに対し、行政庁の訴訟参加は、「処分又は裁決をした行政庁以外の行政庁」(監督権を有する上級行政庁など)の参加のことであり、裁判所が他の行政庁の参加を必要としていることもありうるので認められている。基本的には第三者の訴訟参加と同様であるが、民事訴訟法第69条が準用される(行政事件訴訟法第23条第5項)。

 また、裁判所は、行政事件訴訟法第23条の2に規定される場合に、釈明処分などをなすことができる(釈明処分の特則)。

 (6)審理の方法

 基本的には民事訴訟と同様であるが、行政庁の裁量行為に対する審査については特殊な問題がある他、行政事件訴訟法に特有の問題がある。

 職権証拠調べ(行政事件訴訟法第24条)については、既に述べた。

 立証責任については、法律要件分類説、事実考慮説、基本権分類説の対立がある。

 法律要件分類説は、民事訴訟の通説に従う考え方である。法律要件を、権利発生事実と権利障害・消滅事実とに分けた上で、行政庁の権限行使の根拠を権利発生事実とみて行政庁に立証責任を負わせるとする。

 事実考慮説は、正義公平・事案の性質・立証の難易などによる分配を説く。  基本権分類説は、自由権的基本権の制限を旨とする処分については行政庁が立証責任を負うとする。

 行政事件訴訟は、通常の民事訴訟と異なる性質を有すること、行政庁の処分はその性質が必ずしも一義的であるとは限らないこと(二重効果処分など)、行政処分は公益上の処分であることから、行政救済法においては、行政処分が、それに不服を有する者との関係に照らし、法律上・事実上の不利益を及ぼす性質であるか否かを検討することが必要である。そして、不利益処分については、その権限行使の根拠事実の立証責任を行政庁に負わせるのが適当であると考えられる。実際の取消訴訟では、大部分、被告である行政庁が立証責任を負っている。

 (7)文書提出義務()

 民事訴訟法第220条に規定される。

 (8)行政事件訴訟法第10条第1項

 これは、原告が自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として「処分」の取消しを請求できないという趣旨の規定である(原告適格に関する規定ではない)。

 (9)理由の差し替え

 第12回において扱った違法行為の転換と関係するが、ここで扱う。

 被告(行政庁)は、訴訟において当初の「処分」理由を別の理由に差し替え、または別の理由によって追完することが可能か?

 一般論としては、理由の差し替えまたは追完が全面的に禁止されていない。しかし、当初の「処分」理由の付記について、理由の差し替えを認めるか否かについて議論がある。また、「処分」理由が争点を決める場合については、当初の「処分」理由と同一性を有する範囲において、追完を認める。例えば、或る公務員について、争議行為に参加したという理由で懲戒処分を行ったが、実はこの公務員が別の政治集会に参加していたという場合である。。さらに、「処分」理由が個別行為ではなく全体的な事情の評価による場合には、被告行政庁は、「処分」を維持するためにあらゆる理由を主張しうるとする判決が存在する(例、租税の更正処分など)。

 ●最三小判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(Ⅱ―196)

 事案:X社は、青色申告の際に本件物件の譲渡価額を7000万円、取得価額を7600万9600円、譲渡損を600万円弱とした。これに対し、Y(所轄税務署長)は、取得価額を6000万円であるとして1000万円の譲渡益を認定する旨の増額更正処分を行った。X社は異議申立ておよび審査請求を経て出訴したが、一審の段階でYは、仮に本件物件の取得価額がX社の主張通りに7600万9600円であるとしても、譲渡価額は9450万円であり、X社の申告遺脱分である2450万円は所得に計上されるべきであり、結果として増額更正処分には何らの違法も存在しないと主張した。京都地判昭和49年3月15日行集25巻3号142頁はX社の請求を一部認容したが、大阪高判昭和52年1月27日行集28巻1・2号22頁はYの控訴を認容してX社の請求を全て棄却した。最高裁判所第三小法廷は、次のように述べてX社の上告を棄却した。

 判旨:本件において「Yに本件追加主張の提出を許しても、右更正処分を争うにつき被処分者たるXに格別の不利益を与えるものではないから、一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく、Yが本件追加主張を提出することは妨げないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる」。

 ●最二小判平成11年11月19日民集53巻8号1852頁(Ⅱ−197)

 事案:逗子市民のXは、Y(同市監査委員)に対し、同市情報公開条例に基づいて住民監査請求に係る文書の公開を請求した。Yは公開拒否処分を行ったが、その理由は、本件文書が「市又は国の機関が行う争訟に関する情報であり、公開することにより、当該事務事業及び将来の同種の事務事業の目的を喪失し、また円滑な執行を著しく妨げるもの」であり、同条例第5条(2)ウの定められる非公開事由があるというものであった。Xは公開拒否処分の取消を求めて出訴した。Yは、一審の段階で請求の対象となった文書が同条例第5条(2)アの非公開事由に該当するという主張を追加した。横浜地判平成6年8月8日判例地方自治138号23頁はXの請求を認容した。Yは控訴したが、東京高判平成8年7月17日民集53巻8号1894頁は控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、Yの上告を認容し、原判決を破棄して事件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「本件条例九条四項前段が、前記のように非公開決定の通知に併せてその理由を通知すべきものとしているのは、本件条例二条が、逗子市の保有する情報は公開することを原則とし、非公開とすることができる情報は必要最小限にとどめられること、市民にとって分かりやすく利用しやすい情報公開制度となるよう努めること、情報の公開が拒否されたときは公正かつ迅速な救済が保障されることなどを解釈、運用の基本原則とする旨規定していること等にかんがみ、非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。そして、そのような目的は非公開の理由を具体的に記載して通知させること(実際には、非公開決定の通知書にその理由を付記する形で行われる。)自体をもってひとまず実現されるところ、本件条例の規定をみても、右の理由通知の定めが、右の趣旨を超えて、一たび通知書に理由を付記した以上、実施機関が当該理由以外の理由を非公開決定処分の取消訴訟において主張することを許さないものとする趣旨をも含むと解すべき根拠はないとみるのが相当である。したがって、Yが本件処分の通知書に付記しなかった非公開事由を本件訴訟において主張することは許されず、本件各文書が本件条例五条(2)アに該当するとのYの主張はそれ自体失当であるとした原審の判断は、本件条例の解釈適用を誤るものであるといわざるを得ない」。

 

 2.執行停止制度

 (1)行政事件訴訟制度における仮の権利救済制度としての執行停止制度

 行政事件訴訟法第44条は、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為に仮処分の制度が適用されないことを定める。また、同第25条第1項は、原告が取消訴訟を提起しても、行政行為(など)の効果が停止されない旨を定める。これが執行不停止の原則である。

 しかし、これでは行政行為の公定力との関係で、現状が固定化され、原告の側に不利な状況が進み、結局、原告の救済の機会は失われてしまう。執行不停止の原則があるために、狭義の訴えの利益が問題とされやすいのである。

 もう少し丁寧に記すならば、原告が取消訴訟を提起したからといって、問題とされる処分の効力は停止しないため、期間が経過するうちに原状回復が困難になる。そうなると、判決の時点より前に、処分の効力が消滅したり、処分の効力を争う意味が消滅することもありうる。

 そこで、原告側からの申立てが一定の要件を充足する場合には、裁判所が処分の効果を一時的に停止させる、すなわち、処分の執行を停止させる決定を出せるようにした。これが執行停止である。行政事件訴訟法第25条第2項によって、処分、処分の執行・手続の続行による回復困難な損害を避けるために、緊急を要し、かつ、「本案」について理由があり、しかも「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」(同第3項)がないときに限り、裁判所は執行停止ができるのである。

 (2)執行停止の要件

 行政事件訴訟法第25条第2項・第3項・第4項は、次に示す要件が充足される場合に限り、裁判所が執行停止を行いうる旨を定める。

 ①本案訴訟が適法に係属していること。

 ②「処分、処分の執行又は手続の執行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある」こと(同第2項)

 原状回復が困難である場合、金銭賠償が不可能な場合は勿論、これらが可能であってもそれらだけでは損害の填補がなされないと認められるような場合も含む(東京高決昭和41年5月6日行裁例集17巻5号463頁を参照)。裁判所が「重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする」(同第3項)。実際に認められたものとして、集団示威行進申請拒否処分がある。これに対し、可否の評価が分かれたものとして、出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制令書による強制送還がある。

 ③「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが」ないこと(第4項)

 この要件に該当するものとして、集団示威行進や集会、土地収用関係の事案がある。

 ④「本案について理由がないとみえ」ないこと(第4項)

 上記②の要件に関連する判例として、次のものがある。

 ●最三小決昭和53年3月10日判時853号53頁

 事案:外国籍のXが訴訟の遂行を目的として日本への上陸許可を得た。Xは3回の在留期間更新許可を得たが、4回目の許可は受けられず、神戸入国管理事務所から退去強制令書を発付された。Xはこの令書発布の取消しを求めて神戸地方裁判所に訴えを提起し、執行停止の申立ても行った。神戸地方裁判所は送還部分のみ本案判決言渡時まで停止するという決定をなし、大阪高等裁判所もこの決定を相当と判断した。Xは、送還部分のみの停止では、X敗訴という本案判決が出された場合に直ちに令書が執行されることになるとして、最高裁判所に特別抗告を申し立てた。

 決定要旨:たしかに、Xが本国に強制送還されれば、Xが自ら訴訟を追行することは困難になるが、訴訟代理人による訴訟の追行は可能であり、Xが法廷に直接出頭しなければならない場合に、改めて日本に上陸することが認められないという訳ではない。従って、令書が執行されてXが強制送還されたとしても、Xの「裁判を受ける権利が否定されることにはならない」。

 (3)執行停止の内容

 「処分」自体の効力の停止、執行の停止、および手続の続行の停止がある。

 (4)執行停止の効果

 執行停止の効果としては、次のものがあげられる。

 ①明文の規定はないが、効果は将来に向かってのみ発生する〔農地買収計画について、最三小判昭和29年6月22日民集8巻6号1162頁(Ⅱ―207)〕。

 ②執行停止には第三者効がある。これは、行政事件訴訟法第33条第4項により、同第1項を準用するためである。

 ③執行停止には拘束力もある。これは、同第33条第4項により、同第1項を準用するためである。

 (5)執行停止制度の限界

 そもそも執行不停止の原則を維持すべきかという問題があるが、これについては検討を控えることとする。また、執行停止に遡及効を認める必要はないのか、という問題があることも指摘しておこう。

 執行停止の効果をみれば明らかであるように、裁判所による執行停止の決定は原状回復の機能を有するが、回復すべき原状がない場合に執行停止の利益は存在しない。同第33条第4項の規定に注意していただきたい。例えば、免許取消処分の場合には、執行停止決定により、免許が取り消されない状態が(一時的であるとしても)回復することになるから執行停止決定の利益がある。これに対し、免許申請拒否処分の場合、仮に執行停止決定をしても、行政庁には申請に関する審査義務が発生する訳ではないので、執行停止決定の利益はないものとされる。

 (6)執行停止の決定に対する即時抗告

 同第25条第7項により認められる。但し、即時抗告は、執行停止の決定の執行を停止する効力をもたない(同第8項)。

 (7)内閣総理大臣の異議

 行政事件訴訟法第27条により、内閣総理大臣は、執行停止の申立てがあった場合、または執行停止の決定がなされた場合に、異議を申し立てることができる(異議には理由を付さなければならない)。この異議がなされたときには、裁判所は、執行停止をすることができない。また、執行停止の決定がなされたときには、裁判所はこの決定を取り消さなければならない。

 内閣総理大臣の異議は、行政事件訴訟特例法制定の過程において平野事件(第22回を参照)が生じたことにより、同法に置かれた制度である。行政事件訴訟法においても存続するが、現在に至るまで合憲説と違憲説とに分かれている。

 合憲説によると、裁判所の執行停止権限は、本来の司法権の作用ではない。行政権の作用であるはずのものが、国民の権利保護の見地により、司法権の作用とされるにすぎない。同第25条第4項の公共性の判断も、本来は行政権のものであるところを裁判官に委ねているにすぎない。

 他方、違憲説によると、執行停止制度は原告(停止の申立人)の権利利益を保護するためのものであり、裁判所にとり不可欠な制度である。そのため、執行停止権限は本来的に司法権の作用であって、内閣総理大臣の異議は、訴訟制度の基本構造に矛盾し、裁判官の職権行使の独立性を侵害し、司法権に対する侵犯である。また、執行停止制度には即時抗告制度が用意されているのであって、それで十分である。

 

 3.取消訴訟の判決

 (1)訴訟の終了方法

 民事訴訟と同様に、行政事件訴訟の終了方法は判決に限定されない。但し、方法によっては否定的に考えられている。

 まず、訴えの取り下げは、取消訴訟についても認められる。

 次に、和解については、肯定説も存在するが、通説(?)は否定説を採る。訴訟上の和解は確定判決と同じ効力を有するために、行政庁に「実体法上の処分権」がない以上は和解が許されないとするのである。ややわかりにくい説明であるが、「処分」は行政庁が法律に従って一方的に行うものであって、当事者間の話し合いで解決しうるようなものではない、ということである※。

 ※この問題については、さしあたり、交告尚史「行政訴訟における和解」髙木光・宇賀克也編『行政法の争点(ジュリスト増刊新法律学の争点シリーズ8)』(2014年、有斐閣)132頁を参照。

 請求の認諾については、和解についてと同様の理由により、これについても否定説が存在する。

 そして、(終局)判決である。取消訴訟の判決も、原則的には「民事訴訟の例による」(行政事件訴訟法第7条)のであるが、特例がある。

 (2)判決の種類

 取消訴訟の判決の種類も、基本的には民事訴訟と同様である。しかし、民事訴訟にはない種類もある。

 却下判決は、訴訟要件が揃っていない場合の判決である。民事訴訟にいう訴訟判決と同じと考えてよい。俗に門前払い判決とも言われる。訴訟要件が揃っていないため、請求の中身の審査に入らない、という訳である。

 棄却判決は、訴訟要件が揃った上で、原告の請求に従って「処分」を取り消すだけの違法事由がない場合の判決である。こちらは民事訴訟にいう本案判決の一種であると考えてよい。

 認容判決は、原告の請求に従って「処分」を取り消すだけの違法事由がある、すなわち、取り消すべき瑕疵があると認める判決のことであり、やはり民事訴訟にいう本案判決の一種である。認容判決により、裁判所は処分を取り消すことになる。なお、行政庁の裁量処分が取消訴訟の対象となっている場合、裁量権の範囲を逸脱したり裁量権の濫用があった場合にのみ、その処分を取り消す判決を下しうる(同第30条)。

 以上は民事訴訟と同様であるが、民事訴訟では存在せず、行政事件訴訟法第31条により認められる判決として、事情判決がある。本来であれば原告の請求に従って「処分」を取り消すべきであるが、原告の請求を棄却しつつ、「処分」の違法を宣言する判決をいう。これは、行政行為(など)を基礎として現状が変更された上で新たな秩序が形成されて既成事実化した場合、その既成事実を消滅させることが公共の福祉に反するような事態が生じうるために、認められている。

 事情判決の適用例としては、次のようなものがある。

 土地区画整理法や土地改良法による換地処分に関する判決:行政事件訴訟特例法第11条によったものであるが、最二小判昭和33年7月25日民集12巻12号1847頁は、土地改良区(土地改良法)の設立認可処分に対する無効確認請求がなされた事案について、事情判決を行っている。しかし、例は多くない※。

 ※塩野宏『行政法Ⅱ』〔第五版補訂版〕(2013年、有斐閣)198頁は、本来であれば事情判決が利用されるべき事案について却下判決がなされた例などをあげている。

 議員定数配分不均衡に関する判決:最大判昭和51年4月14日民集30巻3号223頁などが事情判決を用いるが、多くの批判がなされている。本文に示した判決は、事情判決を一般的な法の基本原則として扱っているようであるが、公職選挙法第219条第1項は、行政事件訴訟法第31条の準用を明文で排除しているからである。

 なお、第31条第2項により、中間違法宣言判決も認められる。これは、終局判決の前に、判決として「処分」の違法を宣言するものである。

 (3)認容判決=取消判決の効力

 民事訴訟の判決の効力として、執行力、形成力および既判力があげられるが、取消訴訟の判決では、執行力が問題とならない。以下、認容判決の効力を概観する。

 ①形成力

取消訴訟について形成訴訟説(通説)を採る場合、取消判決により、「処分」の効力は、それがなされた時点に遡って消滅する。すなわち、取消判決によってこの「処分」が最初から存在しなかったのと同じことになる。このような取消判決の力を形成力と表現する。形成力は、取消訴訟の原状回復機能を担うこととなる。

 これに対し、確認訴訟説によれば、行政庁に「処分」権限がないことが確認されるということを意味する。

 ②第三者効

 行政事件訴訟法第32条は、取消判決の効力がが第三者に及ぶ旨を規定する。これが取消判決の第三者効である。しかし、同条にはこの第三者の範囲が規定されておらず、問題となる。

 まず、原告と対立関係にある第三者については、第三者効が問題なく及ぶ。例として、土地の収用裁決を取り消す判決の場合には起業者に、農地買収処分を取り消す判決の場合には農地売渡処分の相手方に、建築確認処分を取り消す判決の場合には建築主に、判決の効力が及ぶ。

 これに対し、原告と利益を共通にするが訴訟には参加していない第三者については、議論がある。

 相対的効力説は、このような第三者には判決の効力が及ばないとする。その理由として、次の二点があげられる。第一に、仮にこのような第三者に判決の効力が及ぶとすれば、権利保護などについて何らかの手当をする必要があるが、法はそうした手当や手続を整備していない。第二に、取消訴訟の目的は何よりもまず原告の個人的な権利利益の保護の回復にある。

 絶対的効力説は、このような第三者にも判決の効力が及ぶとする。その理由として、次の二点があげられる。第一に、取消訴訟によって法律関係は画一的に処理されるべきである。第二に、一般処分の取消訴訟は必然的に代表訴訟的な性格を有する。

 ③既判力

 終局判決が確定すると、当該事案について、再び裁判所で判断しないことになる。こうして、判決が裁判所を拘束することになる。これを判決の既判力という。行政事件訴訟法には規定が存在せず、民事訴訟法第114条に規定されている。

 主観的な範囲は、訴訟当事者(およびその承継人)である。また、客観的な範囲は、訴訟物である。こうして、取消判決によって「処分」の違法性が確定する※。

 ※取消訴訟の訴訟物については議論があり、通説は「処分」の違法性一般であると解する。

 ④拘束力

 原則として、行政事件訴訟法第33条第1項により、「処分」を取り消す判決が出されるならば、行政庁は、判決の趣旨に従って行動するという実体法上の義務を負うことになる。すなわち、拘束力は、行政庁に対する効力であり、また、その他の関係行政庁に対する効力でもある。

 同第2項は、具体的な適用場面を規定する。これは実体上の問題に関する規定となっているが、手続上の問題についても同様に妥当する。そして、同第3項は、申請に基づいてした処分、または審査請求を認容した裁決が、手続の違法により取り消された場合について規定する(同第2項の準用)。

 ▲違法性の承継が認められるような場合には、先行「処分」Aが違法の故に取り消されると、行政庁には、Aの有効性を要件とする後行「処分」Bを取り消す義務が生ずる、と説明されることがある。但し、先行「処分」Aが取り消されるのであれば、後行「処分」Bの要件が欠けることになるからBは無効となり、あえて拘束力を持ち出す必要がないとする説もある※。

 ※塩野・前掲書188頁など。

 なお、最小三判昭和50年11月28日民集29巻10号1797頁(Ⅱ―192)は「農地買収計画についての訴願を棄却した裁決が行政事件訴訟特例法に基づく裁決取消の訴訟において買収計画の違法を理由として取り消されたときは、右買収計画は効力を失うと解すべきである」とし、その理由として「原処分の違法を理由とする裁決処分の訴は実質的には原処分の違法を確定してその効力の排除を求める申立にほかならないのであり、右訴を認容する判決も裁決取消の形によって原処分の違法であることを確定して原処分を取り消し原処分による違法状態を排除し、右処分により権利を侵害されている者を救済することをその趣旨としていると解することができる」とする。

 ⑤反復禁止効

 取消判決が出されると、行政庁は、同一事情の下において、同一理由による同一処分をなすことできない、ということである。

 (4)棄却判決の効力

 棄却判決の場合は、既判力のみが問題となる。判決が確定すれば、当該「処分」について原告が取消しを求める訴訟を再度提起することはできない。

 (5)違法判断の基準時

 取消訴訟の訴訟物たる「処分」の違法性をどの時点で判断すべきなのか、という問題がある。このような問題が生ずるのは、処分時と判決時との間に事実関係の変更や法律の改正・廃止がありうるからである。

 通説および判例〔最二小判昭和27年1月25日民集6巻1号22頁(Ⅱ―204)〕は処分時説をとるが、判決時説も有力である。なお、いずれの説に立つとしても例外を認めざるをえないことには注意が必要である。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第30回 行政組織法その2 国家行政組織法および地方自治法の基礎

2017年10月28日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.改めて、国家行政組織法

 国の行政組織は、中央省庁等改革基本法に基づき、2001年1月6日に改編されたが、今も複雑多岐にわたる。このため、行政組織図などを参照されたい。また、第31回の「行政組織法の一般理論」の項目も参照されたい※。

 ※なお、比較的簡明な組織図を掲載しているものとして、大橋洋一『行政法 現代行政過程論』〔第2版〕(2004年、有斐閣)209頁がある。

 (1)憲法による行政機関の構成

 憲法第65条に示されているように、原則として、国の行政権は内閣に属する。そして、内閣府設置法、国家行政組織法、各省設置法に基づいて組織が設けられ、権限などの配分が行われる。但し、人事院は内閣の所轄の下にあり、国家公務員法を法的根拠とする。

 憲法上、内閣から完全に独立した行政機関の存在は許容されていない。但し、それに対する唯一の完全な例外がある。憲法第90条に基づき、憲法上の機関と位置づけられる会計検査院は、内閣から完全に独立している。

 なお、国の行政事務と考えられるもののうち、独立行政法人や特殊法人などによって担われるものがある(独立行政法人の動きなどに注意すること!)。

 (2)内閣

 内閣は、内閣総理大臣および国務大臣(原則14人以内、最大でも17人以内)によって構成される合議体である。職務は、憲法第73条を初めとする規定に掲げられるものの他、内閣法、各個別法による。

 内閣の意思決定は、内閣総理大臣が主宰する閣議による。この閣議に基づいて、内閣総理大臣が職権を行使し、行政各部を指揮監督する(内閣法の諸規定を参照)。なお、閣議における意思決定は全会一致によるとするのが慣行である(通説も支持する)。

 (3)内閣総理大臣

 内閣総理大臣は、次の三つの地位を占める(憲法第66条第1項・第68条第1項・同第2項、内閣法第4条ないし第8条、内閣府設置法第6条、国家行政組織法第5条第2項)。

 第一に、内閣の首長としての地位である。閣議の主宰、重要政策に関する基本方針などの案件の発議権、国務大臣の任免権、国会への議案提出権、一般国務・外交関係の国会への報告権、行政各部の指揮監督権、権限疑義の裁定権、中止権を有する。

 第二に、内閣府の長(内閣府設置法第6条)としての地位である。内閣府に係る事項については主任の大臣である。従って、国務大臣と同じ権限を有する。

 第三に、内閣に直属する部局(内閣官房、内閣法制局、安全保障会議)の行政事務についての主任の大臣としての地位である。

 なお、内閣総理大臣が各省の大臣を兼任することも可能である。

 第一次吉田内閣、第二次吉田内閣および第三次吉田内閣において、吉田茂内閣総理大臣が外務大臣を兼任していたことは有名である。また、第一次吉田内閣において吉田は短期間ながら農林大臣なども兼任していた。その後、石橋内閣(石橋湛山内閣総理大臣が郵政大臣を兼任)、第一次岸内閣(岸信介内閣総理大臣が外務大臣を兼任。但し、内閣改造後は藤山愛一郎が外務大臣を務めた)、竹下内閣(竹下登内閣総理大臣が大蔵大臣を兼任。但し、昭和63年12月9日から24日までのみ)、第二次海部改造内閣(海部俊樹内閣総理大臣が大蔵大臣を兼任。但し、平成3年10月14日以降)、第二次橋本改造内閣(橋本龍太郎内閣総理大臣が大蔵大臣を兼任。但し、平成10年1月28日から30日までのみ)、第一次小泉内閣(小泉純一郎内閣総理大臣が外務大臣を兼任。但し、平成14年1月30日から2月1日までのみ)という例がある。

 (4)内閣府

 内閣の機能強化のための一環として新設されたもので、内閣に置かれ、内閣官房を支援する組織であり、内閣の事務を助ける組織。内閣補助部局としての性質をも有する。以前の総理府と異なり、内閣府は他の省より上位の組織であり、国家行政組織法の適用を受けない。

 内閣府の長は内閣総理大臣であり、内閣官房長官も統括の役割を果たす。また、特命大臣が置かれることがある。

 (5)省・委員会・庁

 いずれもいわゆる3条機関であり、国家行政組織法第3条第2項、そして同法別表第一に掲げられている機関である。

 ①省

 省は内局として位置づけられている。行政事務を担当する機関であり、長は各省大臣である。

 ②委員会

 各省または内閣府におかれる外局の一つである。各省または内閣府の一部ではあるが、一定の独立性を有する。合議制の機関であり、委員会自体が行政庁となる。また、委員の任免方法、任期、資格要件が一般公務員と異なる。

 ③庁

 やはり、各省または内閣府に置かれる外局の一つである。各省または内閣府の一部ではあるが、一定の独立性を有する。包括的な行政機関である点で委員会と異なる。

 なお、委員長(委員会の長)と長官(庁の長)には国務大臣が充てられるものもある。

 (6)内部部局

 国家行政組織法によると、府または省の機関単位は、局・官房、部、課、室、職となる(大→小)。

 (7)附属機関

 3条機関に附属する附属機関であり、審議会等(国家行政組織法の条文から8条機関ともいう)、施設等機関(第8条の2)、特別の機関(第8条の3)がある。

 

 2.地方自治法

 〔1〕地方自治の基本的な意義

 a.地方自治の要素

 従来から、地方自治の要素として団体自治と住民自治の二つがあげられてきた。このこと自体についても議論があるが、ここでは通説に従うこととする。

 団体自治とは、国から独立した地域団体が設けられ、この団体が自らの事務を自らの機関により、自らの責任において行うことを指す。国家から独立した意思の形成に注目する。

 住民自治とは、地域の住民が、地域的な行政需要を、自らの意思に基づいて自らの責任において行うことを指す。住民が地域における意思の形成に政治的に参加する点に注目する。

 団体自治という側面から、地方公共団体の存立や権限行使に着目し、地方自治をいかに保障するものかという点に関して、地方公共団体が前憲法的な基本権を有することを前提として、自然権的・固有権的な基本権を保障するものであるとする固有権説と、地方公共団体は前憲法的な基本権を有せず、存立や権限行使などは国家によって決定されるものであるとする伝来説とが対立してきた。固有権説のほうが地方自治の保障に厚いとも言いうるが、歴史的にみても妥当とは言い難く、伝来説のほうが妥当性が高い。しかし、伝来説では、結局のところ、地方自治の制度自体が国家によって左右されてしまうため、憲法によって保障する意味が乏しくなる。そこで登場するのが、制度的保障説である。

 制度的保障説は、ドイツの公法学者カール・シュミット(Carl Schmitt. 1888-1985)が『憲法論』(Verfassungslehre)において提唱したものである。シュミットによると、憲法の規定には、基本的人権自体ではなく、特定の制度の存在を保障する場合がある。日本の公法学においても多くの学説や判例によって支持されている制度的保障論は、意味や範囲が論者によって異なるが、シュミット自身が最初にあげる例は地方公共団体の基本権である。彼はフランクフルト憲法やヴァイマール憲法の規定を引き合いに出して説明を行っているが、基本的な趣旨は、日本国憲法の解釈にも妥当するであろう。但し、何が制度の中心部分であるかという点が問題となる。

 なお、有力な説として、北野弘久博士による新固有権説がある。これは、制度的保障説を援用しつつも、国民主権原理と基本的人権の尊重から地方自治の固有権的な理解を導く。元々は地方税・地方財政に関する議論に由来するものである。

 b.日本国憲法における地方自治

 日本国憲法の第92条ないし第95条は、地方自治に関する規定である。このうち、第92条は「地方自治の本旨」を定めており、第93条は組織原理に関する規定である(但し、第92条と矛盾する関係にあるとも考えられる)。そして、第94条は、地方公共団体に、広範な権限を付与することを定めている。

 c.地方自治法の法源(成文法のみをあげておく)

 法源として最も基本的かつ最高の地位にあるのが憲法である。これを受けて地方自治法が存在する。そして、地方税法、地方財政法、地方交付税法、地方公務員法、地方公営企業法は、地方自治法の規定を受けて、それぞれの分野について規律をなす、という体系になっている。その他、個別法として警察法などがある。

 国の法令より下位に位置づけられるのが、地方公共団体による立法である。条例は地方公共団体の議会が制定する法であり、規則は地方公共団体の長が制定する法である。

 〔2〕地方公共団体とは?

 一般的に、国家の三要素になぞらえる形で、地方公共団体の三要素が主張される。住民、区域、法人格(地方自治法第2条第1項)の三つである。

 既に第29回において述べたように、地方公共団体は、普通地方公共団体と特別地方公共団体とに区別される。普通地方公共団体とは、都道府県および市町村のことであり(同第1条の3)、特別地方公共団体とは、特別区、地方公共団体の組合および財産区のことである。

 a.普通地方公共団体は、憲法上の自治権を保障される公法人である。

 ①市町村

 地方自治法第2条第4項により、市町村は基礎的な地方公共団体として位置づけられる。同第8条第1項は、市となるための要件を定めており、原則として、人口が5万人以上であること(同第1号)、当該普通地方公共団体の中心となる市街地を形成する区域内の戸数が全戸数の6割以上を占めていること(同第2号)、「商工業その他の都市的業態に従事する者及びその者と同一世帯に属する者の数が、全人口の六割以上であること」(同第3号)および「前各号に定めるものの外、当該都道府県の条例で定める都市的施設その他の都市としての要件を具えていること」(同第4号)とされているが、市町村の合併の特例に関する法律第7条に特例が定められている。また、地方自治法第8条第2項は、町となるための要件の定めを都道府県条例に委任する。。

 市と町村とでは、組織、事務配分などで取り扱いが異なる。例えば、議会に代わる町村総会の設置(同第94条)、事務局を置かない議会の職員の配置(第同138条第4項)、出納員(同第171条第1項)、監査委員の定数(同第195条第2項)をあげることができる。

 また、地方自治法は、市を3種類に分けている。

 まず、指定都市(同第252条の19以下。一般的には「政令指定都市」といわれる)は、人口50万人以上の都市であって政令で指定されたもの(実際には70万人以上あるいは80万人以上か)を指す。2017(平成29)年1月1日現在で「地方自治法第252条の19第1項の指定都市の指定に関する政令」(昭和31年政令第254号)によって指定都市とされるのは、大阪市、名古屋市、京都市、横浜市、神戸市、北九州市、札幌市、川崎市、福岡市、広島市、仙台市、千葉市、さいたま市、静岡市、堺市、新潟市、浜松市、岡山市、相模原市および熊本市である。

次に、中核市(同第252条の22以下)は、人口20万人以上の都市で政令であって指定されたものである。同日現在で「地方自治法第252条の22第1項の中核市の指定に関する政令」(平成7年政令第408号)によって中核市とされるのは、宇都宮市、金沢市、岐阜市、姫路市、鹿児島市、秋田市、郡山市、和歌山市、長崎市、大分市、豊田市、福山市、高知市、宮崎市、いわき市、長野市、豊橋市、高松市、旭川市、松山市、横須賀市、奈良市、倉敷市、川越市、船橋市、岡崎市、高槻市、東大阪市、富山市、函館市、下関市、青森市、盛岡市、柏市、西宮市、久留米市、前橋市、大津市、尼崎市、高崎市、豊中市、那覇市、枚方市、八王子市、越谷市、呉市、佐世保市および八戸市の48市である。

 1995(平成7)年に中核市となる要件として面積および昼夜間人口比率も定められていたが、数度の改正の度に要件の緩和または廃止が行われ、2006(平成18)年には人口30万人以上の要件のみとなった。2014(平成26)年改正によって特例市制度を中核市制度に統合することとなり〔施行は2015(平成27)年4月1日〕、併せて人口要件も30万以上から20万以上に引き下げられた。「中核市要件の変遷」(http://www.soumu.go.jp/main_content/000356216.pdf)を参照されたい。

 指定都市、中核市のいずれも、程度の差こそあれ、都道府県から権限を移譲するために設けられた制度であるため、本来は都道府県の担当すべき事務を担当することになる。この点については、同第252条の19および同第252条の22を参照していただきたい。

 指定都市、中核市のいずれにも該当しないのが一般の市である。

 なお、地方自治法第252条の26の3により、特例市の制度が設けられていた。これは、中核市と同様、2000(平成12)年度に施行されたものであり、人口20万人以上の都市であって政令で指定されたものであった。前述のように、中核市制度に統合される形で廃止された。但し、特例市から中核市へ自動的に移行する訳ではなく、2017年1月1日現在で、小田原市、大和市、福井市、甲府市、松本市、沼津市、四日市市、山形市、水戸市、川口市、平塚市、富士市、春日井市、吹田市、茨木市、八尾市、寝屋川市、所沢市、厚木市、一宮市、岸和田市、明石市、加古川市、茅ヶ崎市、宝塚市、草加市、鳥取市、つくば市、伊勢崎市、太田市、長岡市、上越市、春日部市、熊谷市、松江市および佐賀市の36市が施行時特例市となっている。

 ②都道府県

 市町村を包括する広域の地方公共団体であり(同第2条第5項)、広域にわたる事務、市町村の連絡調整に関する事務、市町村が処理することが適当でないと認められる程度の規模の事務を処理するものとされている。

 なお、本来的には、都道府県と市町村との間に上下関係はない。

 b.特別地方公共団体

 地方自治法によって創設された地方公共団体であり、憲法上の自治権を保障されない。但し、特別区については以前から議論があり、かつては憲法上の自治権を保障されないとする理解が優勢であったが、現在は保障されるとする理解のほうが多数を占めるものと思われる。

 ①特別区

 都※の区である(同第281条)。現在は基礎的地方公共団体として位置づけられており、基本的に市の規定が適用される(同第283条)。

 ※現在、都は東京都のみであるが、同第281条第1項は「都の区は、これを特別区という」と定めるに留まるから、別に東京都の23区に限定されるという意味ではない。例えば、大阪府と大阪市が合併して大阪都になった場合、現在の大阪市にある各区(行政区)は特別区に変更されるであろう。但し、特別区の設置については「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(平成24年法律第80号)の定めるところによる。

 なお、政令指定都市(横浜市、川崎市など)の区は行政区(地方自治法第250条の20)であり、法人格をもたない。

 ②地方公共団体の組合

 一部事務組合、広域連合(介護保険などで多用された)など、複数の地方公共団体が事務を共同で処理するための、独立の法人格を有する組合組織のことである。

 ③財産区

 市町村や特別区の一部分でありながら、財産や公の施設の管理や処分を行う法人のことである。

 (3)地方公共団体の事務(同第2条第2項など)

 ①地方自治法における事務の分類

 地方分権一括法による地方自治法の改正前には、団体事務(固有事務)、団体委任事務および機関委任事務に分類されていた。このうち、団体事務(固有事務)は地方公共団体の事務であった。団体委任事務は、地方公共団体そのものに委任された事務という意味であるが、やはり地方公共団体の事務であった。

 問題は機関委任事務で、これは地方公共団体の長に委任された事務である(地方公共団体そのものに委任されるのではない)。国の事務としての性格を有し、地方公共団体の長は国の機関と位置づけられていた。数が多かっただけでなく、委任が法律によって行われるものと限らなかった。

 地方分権一括法による改正後、現在の自治事務と法定受託事務とに分類されるようになった。このうち、自治事務は、地方自治法第2条第8項により、地方公共団体の事務のうち、法定受託事務でないもの、という定義しかなされていない。そこで、同第9項に定められる法定受託事務の定義をみておく。

 法定受託事務は、第1号法定受託事務と第2号法定受託事務とに分けられる。このうち、第1号法定受託事務は、法律またはこれに基づく政令によって地方公共団体が処理すべきものとされているが、本来は国が果たすべき役割に係るものであって、国においてその適正な処理をとくに確保する必要があるものとして、とくに法律またはこれに基づく政令に定められるものである。これに対し、第2号法定受託事務は、法律またはこれに基づく政令によって市町村または特別区が処理すべきものとされているが、本来は都道府県が果たすべき役割に係るものであって、都道府県においてその適正な処理をとくに確保する必要があるものとして、とくに法律またはこれに基づく政令に定められるものである。

 両者の区別は、国による関与の方法などによる。とくに、都道府県の法定受託事務について、同第245条の9第1項により、各大臣は「当該法定受託事務を処理するに当たりよるべき基準を定めることができる」。また、市町村の法定受託事務について、同第2項により、都道府県の執行機関は「当該法定受託事務を処理するに当たりよるべき基準を定めることができる」(同第3項にも注意すること)。自治事務については、以上のような処理基準を定めることはできない。

 (4)地方公共団体の権能

 地方公共団体は、自治組織権、自治行政権、自治財政権および自治立法権を有する。

 (5)地方公共団体の機関

 普通地方公共団体は、長と議会の二元主義をとる。これは、大統領制的な要素を基本とするが、議院内閣制的な要素をも含んでいる。

 ①首長主義

 地方自治法は、長(知事、市町村長)以下を執行機関※とする(同第138条の2 )。執行機関については多元主義がとられている(同第138条の4・第180条の5)。

 ※行政官庁理論の執行機関と意味が異なるので注意を要する。

 長は、自治立法権限(同第15条)、条例案の提出権(同第149条第1号)を有する。他方、議会は、長に対する議会の不信任決議をなすことができるが、これに対して、長は議会を解散する権限を行使しうる(同第178条)。

 また、普通地方公共団体の議会が成立しないとき、長が議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであるとき、議会が議決すべき事件を議決しないときなど、一定の要件が充足されるならば、長は議会が議決すべき事件を自ら処分することができる(同第179条第1項。同第2項も参照)。これを専決処分といい、長は次の会議において議会に報告し、承認を求めなければならない(同第3項。同第4項も参照)。また、専決処分は、議会の議決により指定された事項についても行うことが認められている(同第180条第1項。同第2項も参照すること)。

 ②議会

 議会の最も重要な権限は議決権である(条例制定権も議決権の一種である)。議決事項は、地方自治法第96条に規定されるものである。なお、自治事務のみならず、法定受託事務についても条例制定権が認められる。また、同第100条により調査権が認められており、この他、地方自治法の第6条ないし第9条の5など、重要な事項について議決事案とされている。

 また、同第109条以下に、委員会に関する規定が存在する。

 議会議員の選挙については、長と同様に公選制がとられている。同第11条においては日本国民たる住民のみに選挙権が認められているが、この点については最三小判平成7年2月28日民集49巻2号639頁を参照。

 ③住民

 地方公共団体において、住民は必要不可欠の存在であり、「地方自治の本旨」を充足するためには十分な権利・権限が与えられていなければならない。地方自治法においては、住民に次のような権利・権限が認められる。

 まず、直接請求である。一応のイニシアティブとしての条例制定改廃請求権、事務監査請求権、リコールとしての議会解散請求権、長など特定職員についての解職請求権(同第12条・第13条。なお、市町村合併特例法を参照) が認められている。

 次に、住民監査請求および住民訴訟(地方自治法第242条・第242条の2)である。基本的には、地方公共団体の職員が行った不当または違法な財務会計上の行為を正すことを目的とする制度であり、差止請求(1号請求)、違法な処分の取消または無効確認の請求(2号請求)、違法に怠る事実の違法確認請求(3号請求)、損害賠償または不当利得返還の請求を求める請求(4号請求)が規定されている。なお、住民監査請求では不当または違法な財務会計上の行為を対象としうるが、住民訴訟では違法な財務会計上の行為のみを対象としうる※。

 ※住民監査の一つの問題点として、次のようなものがある。住民が適法な住民監査請求を行った。しかし、監査委員は誤って違法と判断して却下した。この場合、その住民は同一の行為または怠る事実について再び住民監査請求を行うことができるか(平成13年度国家Ⅱ種で出題された)。

 住民には、公の施設の利用権も認められる(同第10条・第244条)。ここでいう公の施設は、道路、公園、文化会館、学校、病院などであり、営造物、公共用物に対応するものが多いと言われている。設置については条例主義が採られる(同第244条の2第1項)。また、救済については同第244条の4が規定する。

 他方、住民には一定の義務も課される。同第10条が公課(地方税の他、分担金、加入金、使用料、手数料、受益者負担金などを指す)についていわゆる負担分任の義務を定める。この他、個別法に定められることがある。

 (6)国と地方公共団体との関係

 これは、日本国憲法施行当初から続いてきた問題であり、地方分権改革もこの問題に対する一定の解決を目指すものであるが、現実には課題が山積している。

 憲法第92条を受けて地方自治法第1条の2が地方公共団体の役割と国の役割などについての大原則を示し、さらに同第2条第11項および第12項において国と地方公共団体の役割分担が規定される。

 ①国の立法権と地方公共団体の立法権

 国の立法権は、地方公共団体の立法権に優先する。すなわち、条例は法令の範囲内で制定可能である。

 これは憲法および地方自治法に示される原則であり、法律先占論もここから導かれる。しかし、「地方自治の本旨」は、国の立法権に対する枠をかぶせるものである。とくに問題となるのが、条例における上乗せ規制や横出し規制であり、法律の定める規制の基準がミニマムを定めていることが明文で示されている場合、あるいは解釈から導き出される場合には認められる、という解釈が多数説になっているものと思われる。

 ②国の行政権と地方公共団体との関係 国と地方公共団体は、常に互いに無関係あるいは独立に行政活動を展開しているのではない。国が地方公共団体に関与し、都道府県が市町村に関与することは、憲法も当然に想定していることである。 地方公共団体が私人と同様の立場で活動する場合には、とくに議論をする必要はない。これに対し、地方公共団体が私人と異なる立場で活動する場合には、国の関与が問題となる。 関与の仕方は、地方自治法第245条に定められている(必ず参照のこと!)。そして、関与の法的根拠は法律または政令でなければならない(同第245条の2・第245条の4)。

 さらに、関与の基本原則は、同第245条の3に規定されている。 もっとも、関与の法的性質については問題が存在する。以下、関与の種類などを概観する。

 助言、勧告、資料の提出の要求は、事実上の行為であり、自治事務、法定受託事務のいずれに対しても行いうる。

 是正の要求は、都道府県の自治事務に対するものである。この場合には、地方公共団体に措置をとるべき義務が課される。

 是正の指示は、都道府県の法定受託事務に対するものである。要件は是正の要件と同じであり、やはり地方公共団体に義務が課される。

 同意、許可、認可、承認は、行政行為に準ずるものと考えられる。すなわち、これらがなされない限り、地方公共団体の行為は効力を生じない。但し、同意については議論があるが、協議のうち、同意を要する場合には、上記の同意などと同じ効力があると解される※。

 ※ 詳細は、森稔樹「地方税立法権」日本財政法学会編『財政法講座3 地方財政の変貌と法』(2005年、勁草書房)49頁を参照。

 代執行は、都道府県の法定受託事務に対するものである(同第245条の8を参照)。

 処理基準の設定は、同第245条の9に規定される。

 関与の手続は、同第247条以下に規定される。行政手続法に準じたものが多い。

 関与をめぐって、国と地方公共団体との間で紛争が生じることがありうる。その処理を行うのが、国地方係争処理委員会(総務省に置かれる、いわゆる8条機関。地方自治法第250条の7)である。対象となるのは公権力の行使にあたるもので、是正の要求や指示、許可の拒否などである(同第250条の13)。手続については、同第250条の14を参照。

 同様に、都道府県と市町村との間で紛争が生じることがありうる。その処理を行うのが、自治紛争処理委員である(同第251条の3。第251条も参照)。

 また、同第251条の3・第252条は、裁判による紛争処理手続を規定する。

 ③地方公共団体相互の関係 委員会等の共同設置(同第252条の7)

 事務の委託(同第252条の14) 職員の派遣(同第252条の17) この他、同第252条17の2、第252条の17の3、第252条の17の4を参照。 また、紛争処理として、自治紛争処理委員による調停制度(第251条)、境界紛争(第8条)などがある。

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行政法講義ノート〔第6版〕の更新(続)

2017年10月27日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 25日に続き、26日にも更新作業を行い、行政法講義ノート〔第6版〕に第26回第27回を掲載しました。

 第25回、第29回、第30回および第31回が残っていますが、今後も作業を続け、今年中に全てを掲載できれば、と思っています。

 また、既に掲載している回でも修正を必要とするところがありますので、これも、徐々にではありますが進めて参ります。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第29回 行政組織法その1 行政組織法の一般理論

2017年10月27日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.行政主体(行政体)

 行政活動の担い手である法人を行政主体(行政体)という。具体的には、次のようなものである。

 (1)国(国家)

 少なくとも日本における最近の憲法学の教科書では、国家論あるいは国家学説に言及していないものも多く、国家法人説、国家有機体説などの議論もあまりなされていないようであるが、法律学の観点からすれば、国家法人説を前提と考えるべきであろう。少なくとも、国(国家)と個人との関係を考える際に、そこに権利義務関係が存在することは否定できないのであるから、国(国家)が法人であることを認めなければ、国有財産、行政契約などの概念も成立しえないこととなるであろう。

 国(国家)を法人として捉えるならば、社団法人の一種または変種であると理解できる。そして、内閣総理大臣、国務大臣、各省庁などは国家機関であることとなる。

 (2)地方公共団体

 地方自治法第2条第1項は、「地方公共団体は、法人とする」と定める※。やはり、社団法人の一種または変種であると理解できる。

 この規定との対比を通じても、国(国家)が法人であることを否定することはできないであろう。

 日本国憲法第8章にいう地方公共団体、換言すれば、憲法において必ず設置されなければならないものと想定されている地方公共団体が何かということについては、都道府県および市町村とする説と、市町村のみとする説とがある(これが道州制の議論につながる)。地方自治法第1条の3によると、地方公共団体は、普通地方公共団体(都道府県および市町村)と特別地方公共団体(特別区、地方公共団体の組合および財産区)とに分かれる(同第1条の3)。

 (3)公共組合

 利害関係人(一定の組合員)により、特別の法律によって設立される社団法人で、公の行政に属する特定の事業を行なうためのものである。

 通常、行政上の特別の権能(公権力性、強制徴収など)を有するとともに、強制加入、国の監督権などを伴う。例として、土地改良区(土地改良法)、健康保険組合(健康保険法)がある。弁護士会、司法書士会、行政書士会なども公共組合の一種である。

 (4)特殊法人

 様々な定義があるが、ここでは、法律によって直接設立されるもの(公社)、および、特別の法律によって特別の設立行為をもって設立される法人(公団、事業団、公庫、営団、特殊会社、地方公社、港湾局など)としておく。独立採算制による企業的な経営方式を採る、とされた。

 (5)独立行政法人

 独立行政法人通則法および個別の独立行政法人設立法により設置される法人で、政策の実施機関(試験研究機関など、国家行政組織法第8条の2に定められた機関)や国公立大学などを国や地方公共団体から切り離し、独立の法人格を与えたものである(独立行政法人通則法第2条第1項、地方独立行政法人法の定義を参照すること)。これにより、国の省庁などの事務は、基本的に政策の企画立案や監督行政に限定される、とされる。

 独立行政法人通則法第2条は、独立行政法人を三種に分類する。

 まず、中間目標管理法人は「公共上の事務等のうち、その特性に照らし、一定の自主性及び自律性を発揮しつつ、中期的な視点に立って執行することが求められるもの(国立研究開発法人が行うものを除く。)を国が中期的な期間について定める業務運営に関する目標を達成するための計画に基づき行うことにより、国民の需要に的確に対応した多様で良質なサービスの提供を通じた公共の利益の増進を推進することを目的とする独立行政法人として、個別法で定めるものをいう」(同第2項。同第29条以下、同第50条の2以下も参照)。

 次に、国立研究開発法人は「公共上の事務等のうち、その特性に照らし、一定の自主性及び自律性を発揮しつつ、中長期的な視点に立って執行することが求められる科学技術に関する試験、研究又は開発(以下「研究開発」という。)に係るものを主要な業務として国が中長期的な期間について定める業務運営に関する目標を達成するための計画に基づき行うことにより、我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため研究開発の最大限の成果を確保することを目的とする独立行政法人として、個別法で定めるものをいう」(同第2条第3項。同第35条の4以下、同第50条の2以下も参照)。

 そして、行政執行法人は「公共上の事務等のうち、その特性に照らし、国の行政事務と密接に関連して行われる国の指示その他の国の相当な関与の下に確実に執行することが求められるものを国が事業年度ごとに定める業務運営に関する目標を達成するための計画に基づき行うことにより、その公共上の事務等を正確かつ確実に執行することを目的とする独立行政法人として、個別法で定めるものをいう」(同第2条第4項。同第35条の9以下、同第51条以下も参照)。行政執行法人の職員は国家公務員としての身分を有する(同第51条)。

 独立行政法人は、行政の効率的な運営を目的とするものとされ、事務事業の透明性、柔軟な組織運営を目指すものと位置づけられている。

 独立行政法人の組織、人事、財務および業務について国が関与権を有する。業務については、国の関与が違法行為の是正要求(行政指導と考えられる)に限定されている。また、主務大臣が中期目標を策定し、この中期目標を達成するための中期計画を独立行政法人が作成する。独立行政法人の業務は、この計画に基づいて行われ、独立行政法人評価委員会という第三者機関によって実績が評価される。

 (6)認可法人

 民間などの関係者が発起人となって自主的に設立する法人のうち、業務の公共性などの理由により、設立について特別の法律に基づいて主務大臣の認可が要件となっているものをいう。行政実務用語である。日本下水道事業団や日本商工会議所などがある。

 (7)指定法人

 これも行政実務用語で、特別の法律に基づいて特定の業務を行うものとして、行政庁によって指定された民法上の法人である。試験や検査を行う機関、啓発活動などを行う機関などがある。

 (8)登録法人

 法律に基づいて行政庁の登録を受けた法人であって、公共性が認められる一定の事務や事業を委ねられるものである。

 

 2.行政機関の概念

 行政機関の概念は、大別して二つの類型に分けられうる。但し、日本の法律では混用されるし、理論的にも全く別物であるとは言い切れない。

 (1)作用法的機関概念

 行政機関と私人との関係(外部関係)を基準とするものである。行政行為論などにおける行政庁理論が代表的である。

 (2)事務配分的機関概念

 行政機関が担当する事務を単位として扱うものである。従って、外部関係・内部関係の区別とは無関係である。従来からの典型例が国家行政組織法であり、近年では情報公開法など少なからぬ法律がこの概念を採用する。但し、作用法的機関概念が忘れ去られた訳ではない。

 なお、行政機関に権限※はあるが、権利はない(通説)。権利は人格のあるもの(自然人および法人)が有するものである。行政機関は法人でなく、自然人になぞらえるならば頭部、手、足のようなものでしかないからである。

 ※権限とは、行政主体の権利や義務の実現のため、行政機関に認められ、または義務付けられた行為を指していう。

 

 3.行政官庁

 (1)行政官庁など

 まず、行政官庁とは、国家意思を決定し、外部に表示する機関のことである※。国であれば大臣など、地方であれば市町村長など、単独制(独任制)が通常であるが、行政委員会のような合議制のものも存在する。

 ※この講義ノートにおいては、行政行為論などを扱う際に行政庁という言葉を用いてきた。

 行政官庁は対外的な意思決定表示機関であるから、私人・私法人、さらに他の行政主体との法的関係を検討する際に重要な意味を有する。行政行為論などにおいて行政(官)庁の概念が多用されたのも、法的関係を重視する側面があったからである。しかし、行政官庁だけですべての行政活動がなされる訳ではない(実際上、不可能である)。行政官庁は、人間の身体になぞらえるならば脳あるいは頭部のようなものである。人間が、脳あるいは頭部だけで活動を行いえないように、行政主体も、行政官庁だけでは十分な意思決定をなしえないし、活動をなしえない。そこで、行政主体は、行政官庁を頭としてこれを助ける諸機関から構成される。

 行政官庁を補助する機関として、補助機関がある。実定法では政務官、事務次官、局長、課長、副知事、助役などが該当する。職員一般も含められる。

 行政官庁の意思決定を補助するが、補助機関とは異なるものとして諮問機関がある。これは、行政官庁の意思決定に際して、専門的な立場から、あるいは行政庁による決定の公正さを担保する意味で決定に関与する機関である。実際の名称は様々であるが、国家行政組織法第8条にいう審議会が代表例であり、合議制であることが通常である。なお、諮問機関による意見には法的拘束力がない。

 諮問機関とは別に、参与機関が存在する。これは、行政官庁の意思決定に関与するという点などにおいて諮問機関と同様であるが、法的拘束力があるという点で異なる。

 また、執行機関という概念が存在する。これは、国民に対して実力を行使する権限を有する機関のことである※。警察官、消防署員、徴収職員など、行政上の強制執行や即時執行に携わる者が該当する。また、立入検査や臨検に携わる者も含められうる。

 ※地方自治法第7章にいう執行機関とは全く意味が異なるので、注意が必要である。

 (2)行政官庁の権限

 行政作用法の根拠がある場合には、その法律により定められた範囲に留まる。また、行政作用法の根拠が不要である場合であっても、行政組織法で定められた所掌事務の範囲に留まる。

 (3)権限の代理

 行政組織法にも、代理の概念が存在する。そして、行政機関の権限の代理についても、民法第108条以下が適用される。そのため、代理者Aの行為は被代理官庁(民法で言うと本人。例.行政官庁)の行為としての法的効果を有することになる。そして、民法と同様、授権代理と法定代理とに大別される。

 まず、授権代理は、授権という行為によって代理関係が生じる場合をいう。法律の根拠が不要であるとするのが通説である。被代理官庁には指揮監督権が残され、責任は被代理官庁に帰属する。

 法定代理は二種類に分けられる。狭義の法定代理は、法律で定められた要件が充足された場合、当然に代理関係が生じる場合をいう(地方自治法第152条第1項など)。法律の根拠が必要である。これに対し、広義の法定代理は、指定代理ともいい、法律で定められた要件が充足された場合、指定によって代理関係が生じることをいう(内閣法第9条など)。これについても法律の根拠が必要である。

 (4)権限の委任

 行政組織法にも、委任の概念が存在する。行政組織法の場合は、次のように構成される。

 a.委任により、権限は委任官庁から受任官庁に移される(代理権は伴わない)。従って、例えば行政行為についてみれば、甲から乙に権限が委任された場合、処分庁は甲ではなく乙になる。代理と異なるので、注意が必要である。

 b.法律上の処分権限への変更があるため、法律の根拠が必要である。

 (5)専決・代決

 専決・代決のいずれも、元々は実務用語で、内部的な事務処理方式であり、法律の根拠は不要である。

 専決とは、法律によって権限を与えられた行政官庁が、補助機関に決裁の権限を委ねることをいう※。実際には補助機関が最終的な決裁を行うが、外部に対してはあくまでも行政官庁の名と責任で活動がなされることとなる。

 ※地方自治法第179条に定められる、普通地方公共団体の長の専決処分とは意味が異なるので、注意を要する。

 代決とは、専決のうち、決定権限を有する者が不在の場合に、補助職員が臨時的に代行して決裁を行う場合を指す。

 (6)行政官庁の相互関係

 a.上下関係の場合

 基本的に指揮監督関係である。法律の根拠がなくとも認められる。

 監視権とは、調査権、報告徴収権をいう。

 認可権とは、下級行政機関の権限行使に対する内部的な承認をなす権限をいう。なお、この関係は国と公法人(上記の公共組合や特殊法人など)との間でも成立するとされており、判例として、第23回で取り上げた成田新幹線訴訟(最二小判昭和53年12月8日民集32巻9号1617頁。Ⅰ―2)がある。

 指揮権とは、訓令・通達により、上級行政機関が下級行政機関の権限行使について命令を発する権限をいう。通達は、書面の形をとる訓令の意味で使われることが多い。

 取消停止権とは、下級行政機関の行為を取り消したり停止したりするもので、取消または停止の命令→取消・停止という形をとる(地方自治法第154条の2など)。なお、これについては法律の根拠が必要か否かについて議論がある。

 代執行権とは、下級行政機関がなすべき行為を上級行政機関が代わって行う権限をいう。これについても、法律の根拠が必要か否かについて議論がある。

 b.委任関係および代理関係

 元々上下関係にある場合には、委任関係や代理関係が成立した後も、上級行政機関と下級行政機関との間に指揮監督関係が残る。元々上下関係にない場合については、前述(4)を参照。

 c.対等官庁関係

 成田新幹線訴訟とも関係を有する判決として、最三小判平成6年2月8日民集48巻2号123頁がある。

 事案:恩給担保金融を行う国民金融公庫(被告)に対し、国(原告)が恩給受給者の普通恩給などを払い渡したが、当時の総理府恩給局長がこの恩給受給者についての恩給裁定を取り消したため、国が国民金融公庫に対して支払った普通恩給などについて不当利得返還請求を求めた。国民金融公庫は信義誠実の原則違反および権利濫用を主張した。東京地方裁判所および東京高等裁判所は国の請求を認めたが、最高裁判所は破棄自判判決を下した。

 判旨:最高裁判所判決は、国民金融公庫が公法人であって当時の大蔵大臣の認可、監督、計画、指示の下に必要な事業資金を国民に融通するという行政目的の一端を担うことを認めた。しかし、一方で国民金融公庫が国から独立した法人であり、自律的な経済活動を営むものであり、恩給法の下で一定の要件の下に恩給担保貸付を義務付けられていることなどを述べている。そして、国民金融公庫が恩給裁定の有効性について自ら審査することができないから、国が不当利得返還請求をなすことは許されない、とした。

 

 4.国家行政組織法などによる事務配分的行政機関概念

 (1)行政機関

 事務配分的行政機関概念の場合は、最大単位が最も重要な意義を有する。最大単位から最小単位に向かって、府・省→庁、局、部、課、係、職ということになる。

 (2)行政機関相互の関係

 指揮監督関係は、国家行政組織法第14条に定められている。

 事務配分的行政機関概念においても、代理関係や委任関係は認められる。

 行政官庁理論などの作用法的機関概念には登場しない(想定されていない)関係としては、次のようなものがある。

 まず、共助関係である。これは、対等な関係、または相互に独立という関係にある行政機関が協力し合うことをいう。実定法では共助、協力、相互応援などの語が用いられる。

 次に、調整関係である。内閣官房および内閣府は、行政機関の調整を主要な事務とする(内閣法第12条第2項、内閣府設置法第4条第1項、同第9条などを参照)。また、国家行政組織法第15条も参照。

 また、評価・監察関係がある。これは、監査、検査、監察などの関係をいう。代表的なのは会計検査院による監査・検査であるが、総務省も政策評価や行政監察を行っている。

 そして、管理関係である。これは、内閣法制局、総務省、人事院などと他の行政機関との関係を念頭に置いている。

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行政法講義ノート〔第6版〕の更新

2017年10月26日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 久しぶりとなってしまいましたが、昨日(10月25日)、私の「川崎高津公法研究室」に掲載している「行政法講義ノート」〔第6版〕の続編を掲載しました。

 追加したのは、以下のものです。

 第17回 情報公開法制度

 第18回 個人情報保護法制度

 第21回 行政不服審査制度—2014(平成26)年行政不服審査法の概要—

 第22回 行政事件訴訟制度とは

 第23回 取消訴訟の訴訟要件その1—処分性を中心に—

 第24回 取消訴訟の訴訟要件その2—原告適格および狭義の訴えの利益を中心に—

 第28回 損失補償制度

 まだ掲載していない第25回、第26回、第27回、第29回、第30回および第31回についても、現在準備を進めております。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第18回 個人情報保護制度

2017年10月25日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 以下、法律については次のように略記する。

 行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律⇒行政個人情報保護法

 独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律⇒独立行政法人個人情報保護法

 

 1.個人情報保護

 (1)個人情報保護制度  情報公開法制度と同様に、個人情報保護制度も地方公共団体での取り組みが先行した例である。1980年代から、一部の地方公共団体が個人情報保護条例を制定していた(情報公開条例より数は少ない)。

 国の場合、1988(昭和63)年に、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律が制定された。そして、2003(平成15)年に、個人情報保護法と総称される諸法律が制定され、2005(平成17)年度から施行された。

 ①個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)

 これが個人情報保護に関する基本法である(第1章~第3章)。そして、民間部門の個人情報保護に関する一般法でもある(第4章~第6章)。

 ②行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(行政個人情報保護法)

 ③独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(独立行政法人個人情報保護法

 ④情報公開・個人情報保護審査会設置法

 ⑤行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律等の施行に伴う関係法律の整備等による法律

 ②~⑤と地方公共団体の個人情報保護条例が、公的部門の個人情報保護に関する法制度である。そして、②~④は①に対する個別法としての位置づけを与えられている。以下、②を中心として扱う。

 (2)行政個人情報保護法の目的

 行政個人情報保護法第1条は、同法の目的として、行政の適正かつ円滑な運営(甲)、および個人の権利利益の保護(乙)をあげる。規定の仕方は「行政の適正かつ円滑な運営を図りつつ、個人の権利利益を保護すること」となっており、甲を図ることによって乙を実現するとはされていない。このことからも判明するように、終局目標は乙であるとはいえ、甲と乙とが対立する場合もあり、甲と乙とのバランスが問題となりうる。

また、ここにいう個人の権利、とくに、個人情報保護法によって保護される権利の性質などが問題となりうる。この点については、個人情報保護法にも行政個人情報保護法にも言及がなく、自己情報コントロール権としてのプライバシー権が保護されるのか否かについては議論の余地を残している。

 (3)行政個人情報保護法の対象機関

 情報公開法の対象機関と同じである(第17回を参照)。

 (4)個人情報などの意味

 行政個人保護法において、個人情報などについては、次のように定義されている。

 ①個人情報 行政個人保護法第2条第2項により、生存する個人に関する情報で、氏名、生年月日などによって特定の個人を識別できるものとされる。これは、情報公開法における個人情報と同様である。

 ②保有個人情報 同第3項により、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した個人情報であって、当該行政機関の職員が組織的に利用するものとして、当該行政機関が保有しているもの」で、情報公開法にいう「行政文書」に記録されているものである。

 ③個人情報ファイル(同第4項)

 同第4項により、保有個人情報を含む情報の集合物で、コンピュータなどによって検索が可能であるように体系的な構成がなされたものとされている。これについては、第10条および第11条の規定があり、作成および保有をしようとするときの総務大臣への事前通知、帳簿(個人情報ファイル簿)の作成および公表が定められている。

 (5)取扱基準

 個人情報の取り扱いについては、第3条以下に規定されている。

 ①保有の制限、特定(第3条)

 利用目的の達成に必要な範囲を超えてはならない、など。

 ②利用目的の明示(第4条)

 ③正確性の確保(第5条)

 ④安全措置の確保(第6条)

 ⑤従事者の義務(第7条)

 ⑥利用および提供の制限(第8条)

 但し、第2項により、一定の要件の下において利用目的外の利用を認める。

 (6)行政個人情報保護法と個人の権利

 ①開示請求権(第12条) 未成年者または成年被後見人の法定代理人にも認められるが、開示すれば本人に不利益が及ぶおそれがある場合には不開示となる(第14条第1号)。

 原則は開示であるが、第14条各号により、不開示事由が定められる(限定列挙)。第1号以外は、ほぼ情報公開法と同様の事由が定められている。裁量開示も認められる(第16条)。

 なお、情報公開法と同様に、部分開示(行政個人情報保護法第15条)、そして存否応答拒否処分(同第16条)も定められている。

 ②訂正請求権(第27条、第29条)

 これは、自己に関する内容が事実でないと思料するときに訂正(追加または削除を含む)を請求する権利である。行政機関の長は、請求に理由があると認めるときに訂正をしなければならない(一応は義務である)。

 ③利用停止請求権(第36条)

 保有個人情報の開示を受けた日から90日以内に請求しなければならないとされる。

 a.保有個人情報の利用の停止または消去:保有個人情報が行政機関によって適法に取得されたものではない場合、第3条第2項に違反して保有されているとき、または第8条第1項・第2項の規定に違反して利用されているとき

 b.保有個人情報の提供の停止:第8条第1項・第2項の規定に違反して提供されているとき

 (7)救済制度(第42条)

 情報公開法と同様の規定であり、行政不服申立てについても情報公開・個人情報保護審査会への諮問手続が明示されている。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第17回 情報公開法制度

2017年10月24日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 以下、法律については次のように略記する。

 行政機関の保有する情報の公開に関する法律⇒行政機関情報公開法

 独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律⇒独立行政法人情報公開法

 

 1.情報公開制度総論

 (1)情報公開の意義

 情報公開は、行政による情報管理の一態様であり、次の二つの意味を併せ持つ。

 ①行政機関が管理する情報を、私人の請求により開示すること。一般的に情報公開という場合は、この意味である。

 ②行政機関が管理する情報を、行政機関の側で積極的に提供すること。これは、情報提供とも言われている。広報もその一種であろう。

 情報公開の出発点は、国民主権・民主主義の理念である(行政機関情報公開法第1条を参照)。この理念において、行政機関が収集し、管理する情報は、本来、国民の共有財産である。民主主義においては公開政治が原則であるから「国民主権から出発すれば、情報公開は当然である」※。また、行政運営の公開性、および国民に対する政府の説明責任も、国民主権・民主主権の理念から説明しうるものである。

 ※山崎正『住民自治と行政改革』(2000年、勁草書房)56頁注(4)。拙稿「大分県における情報公開(1)―大分地方裁判所平成12年4月3日判決の評釈を中心に―」大分大学教育学部研究紀要第22巻第2号427頁も参照。

 (2)行政手続との関係、行政手続との違い

 情報公開は、行政手続の整備と並び、適正な行政運営(国家運営)を担保するために欠かせないものである。恣意的な行政運営(国家運営)は、近現代史の教訓が示すように、行政ないし国家の堕落、さらには滅亡、破滅をもたらす。社会が複雑化し、行政に認められる裁量権が拡大する中において、情報公開と行政手続の整備は、いずれも必要不可欠なものであると考えてよいであろう。

 但し、情報公開と行政手続は、考え方などに違いがある。

 行政手続(法)の整備は、第16回において述べたところから明らかであると思われるが、元々、私人の権利や利益を国家権力から保護するという考え方に由来する。これは自由主義的な発想に基づいているのである。

 それに対し、情報公開は、国民主権の原理に由来する。これは、行政への適切な参加、あるいは行政に対する監視という考え方である。

 さらに言うならば、行政手続には事件性の観念が必要であるのに対し、情報公開に事件性の観念は不要である。従って、情報公開の場合、自己の権利や利益などと関係のない情報(文書)であっても請求の対象となる(横浜地判昭和59年7月25日行裁例集35巻12号2292頁および東京高判昭和59年12月20日行裁例集35巻12号2288頁を参照)。言い換えれば、情報公開の場合、開示請求権が広く国民・住民などに認められている。

 また、歴史的な面での違いもある。行政手続法制の整備は国が先行したが、情報公開法制の整備は地方が先行した。情報公開条例の第1号は、1982年に制定された山形県金山町の条例である。都道府県における情報公開条例の第1号は、やはり1982年に制定された神奈川県の条例である。ちなみに、国の情報公開法は1999年に制定され、2001年に施行された。

 (3)情報公開制度の憲法上の根拠

 情報公開制度も、それが国や地方公共団体の制度である以上、憲法の理念に即したものでなければならない。それでは、情報公開法制度の憲法上の根拠は何処に求められるのであろうか。これについては、いくつかの説が存在する。

 ①憲法第21条説

 国民の「知る権利」(表現の自由から導かれる)に求め、情報公開請求権が「知る権利」を具体化したものとする説である※。

 ※憲法学においては、「知る権利」の根拠を憲法第21条以外の条文に求める説も存在するが、ここでは通説に従っておく。

 ②国民主権説  特定の条文に求めるのではなく、国民主権原理から行政側のアカウンタビリティ(説明責任と仮に訳しておく)があるものと考える説である。

 ●「知る権利」は、憲法学説において一般化しているようであるが、意味や内容が広汎にわたり、とくに、情報開示請求権としての意味については、最高裁判決が出ていないこともあって、情報公開法には示されていない(若干の条例で示されているが)。

 

 2.行政機関情報公開法の構造

 (1)行政機関情報公開法の目的

 昨今の実定法規と同様に、行政機関情報公開法第1条は法律の目的を示すものとなっている。この規定は、次のことを示している。

 ①前述のように、国民主権の理念を明示する。

 ②政府(対象は行政機関に限定される)が保有する情報に対する国民の開示請求権を認める。

 通説は、この法律によって初めて具体的な情報開示請求権が認められると理解する。 もっとも、このような見解を採るとするならば、情報開示請求権の人権としての意味は薄まることも否定できない。

 ③「政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにする」

 ④「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する」<

 これは、国民参加、そして国民による行政への監視と同義である。なお、「知る権利」が明示されていないことについては根強い批判が存在するが、表面的な事柄ではないかとする見解もある。

 (2)対象となる機関(第2条第1項)

 国の行政機関である。従って、会計検査院は対象となる機関であり※、外交、防衛、警察関係の行政機関も対象とされる。

 但し、不服審査の機関は、行政機関情報公開法第18条および会計検査院法第19条の2により、会計検査院の中に置かれる会計検査院情報公開・個人情報保護審査会である。※

 他方、国会や裁判所は行政機関でないことから除外される。また、地方公共団体も除外される。但し、国会や裁判所が作成した文書、地方公共団体が作成した文書であっても、その文書または写しが国の行政機関にあれば、開示の対象となる※。

 ●独立行政法人、特殊法人、認可法人などは、独立行政法人等情報公開法の対象である※。同法別表第一および第二を参照されたい。

 ※特殊法人については、様々な定義が存在するが、ここでは、法律によって直接設立される法人(公社)、または特別の法律によって特別の設立行為をもって設立される法人(公団、事業団など)、と定義しておく。また、認可法人は、特別な法律によるが、私人の自主的な行為によって設立されるものをいう。

 (3)対象となる文書

 ①「行政文書」

 行政機関情報公開法第3条は「行政文書」の開示を規定している。ここにいう「行政文書」は、同第2条第2項において 「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)であって、当該行政組織の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」と定義されている(但し、第1号および第2号に規定されているものを除く)。

 この定義から、「行政文書」には、文書は当然として、写真、フィルム、磁気テープ、パソコンで作成した文書データなども含まれることとなる。

 そして、先行した地方公共団体の情報公開条例では「公文書」として決裁や供覧という手続を経た文書のみが公開の対象とされていたが、情報公開法ではこのような手続を経ていない文書でも開示の対象となる。従って、職員個人の私的なメモは開示の対象にならないが、組織的に使われているメモ(薬害エイズ事件で問題とされたノートなど)は、保管されているだけであっても開示の対象となる。

 (4)開示に関する諸事項

 ①開示請求者

 行政機関情報公開法第3条は、「何人も」情報開示請求権を有する旨を規定する。ここにいう「何人も」は文字通りのものであって、日本国民に限定されていないし、居住も要件になっていない。

 情報開示請求権は、個人の権利であり、裁判上の救済を受ける。従って、開示請求に対して不開示決定がなされた場合、対象となる文書の内容を問わず、裁判や不服審査で争いうる。このことから、行政機関の長による開示決定・部分開示決定・不開示決定は、行政行為(処分)であり、行政手続法第2章にいう「申請に対する処分」に該当する。とくに同第8条が重要であり、不開示決定および部分開示決定(=一部不開示決定)については、不開示としたことについて行政機関の長が理由を示さなければならない。また、開示請求は、行政手続法第2条第3号にいう「申請」に該当する。

 一方、義務についての一般的な規定はないが、手続として同第4条に規定がある(行政手続法よりも申請人の保護に厚い)。情報開示請求権者は、開示請求書という書面によって請求をするのであるが、その際、氏名、住所などの記載、行政文書の名称など、開示を請求しようとする行政文書を特定しうる事項の記載が求められる。法律上はこれらの記載のみで十分であり、その範囲を超える記載を行政機関から求められたとしても拒否できると理解すべきである。逆に言えば、行政機関は、第4条に定められていない事項を要件として記載することを情報開示請求権者に強要することは、情報開示請求権者に萎縮効果などを生じさせかねず、情報公開法の趣旨からして許されないと理解すべきである(ただ、実際には第4条の範囲を超える記載などを求める省庁が存在する)。

 ②行政機関の開示義務

 行政機関情報公開法第3条が私人に情報開示請求権を認めていることとの関係で、同第5条は行政機関の開示義務を規定する。すなわち、行政文書については開示することが原則とされているのである。

 もっとも、行政文書に含まれている情報であればいかなるものであっても開示しなければならないというものではないし、むしろ、開示してはならない情報(不開示情報)もある。不開示情報が含まれている場合には、情報の開示はできない。不開示情報を開示しないこと自体については、行政機関に裁量が認められない(但し、同第7条により、公益上特に必要であるとして開示することが認められる場合があることに注意を要する)。ただ、現実的には、一つの行政文書の中に開示情報と不開示情報とが混在することが多いため、部分開示が認められている。

 ③不開示情報とされるもの

 行政機関情報公開法第5条各号は、不開示情報を定めている。各号ごとにみていくこととする。

 第1号:個人情報。個人が識別されうるものであれば、原則として不開示である。

 個人情報については、個人情報であれば定型的に不開示とするタイプ(個人識別型)と、プライバシーとして保護に値するならば不開示とするタイプ(プライバシー型)とが存在するが、情報公開法は個人識別型を採用する。

 なお、個人情報であるから全てが不開示情報とされる訳ではない。第1号のイ~ハは、個人情報でありながら不開示情報とされないものを列挙する。

 かねてから、個人情報として開示(公開)か不開示(非公開)かが争われたのが、公務員の職および職務遂行に係る情報である。判例の蓄積などによって、地方公共団体の条例においては、職務遂行に関する情報である場合については、公務員の職のみならず、氏名を開示情報とする場合が多くなっている(最三小判平成15年11月11日民集57巻10号1387頁(Ⅰ−41)、最三小判平成19年4月17日判時1971号109頁(Ⅰ−43)を参照)。これに対し、情報公開法は、公務員の職および職務遂行の内容に係る情報を開示情報としており、氏名は含まれないとされている。但し、人事異動などの際に課長以上の職であれば開示されるのが慣行である。

 〔念のために記しておくが、職務遂行に関係のない情報であれば、いかに公務員に関する情報であるといえども通常の個人情報と同じく不開示(非公開)とすべきである。例えば、公務員個人が保有する銀行預金の口座番号、運転免許証の番号などは不開示とされることになる。これらは公務員の個人的な生活に関わるからである。〕

 第2号:法人の情報および個人の事業に関する情報。個人情報と異なり、イおよびロに掲げられた事由に限定されている。

 イは「正答な利益を害するおそれのあるもの」となっていて、ノウハウや信用などを広く含むとされる。この場合、「おそれがあるもの」と規定されているので、「おそれ」が実際に存在したか否かについては裁判所の審査に服する。

 ロはいわゆる任意提供情報で公にしないという条件が付されたものとなっている。但し、「行政機関の要請を受け」たものである、などの条件が付されている。

 第3号:国の安全等に関する情報。これについては、「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」となっており、実際に「おそれ」があるか否かについての判断は行政機関の長の要件裁量が認められる。従って、裁判所は、行政機関の長が「おそれがある」と判断したことに「相当の理由」があるか否かについてのみ審査する(要件を全面的に審査するのではない)。

 第4号:公共の安全と秩序の維持に関する情報。司法警察活動に関する情報である。これについても、「おそれがある」か否かについての判断は行政機関の長の要件裁量が認められるので、裁判所は、行政機関の長が「おそれがある」と判断したことに「相当の理由」があるか否かについてのみ審査する。

 第5号:行政機関などの内部または相互間での審議、検討または協議に関する情報(意思形成過程情報)。この場合は「おそれ」があるか否かについて裁判所の全面的な審査が及ぶ。例えば、審議会における審議の内容が逐一公開されるならば、場合によっては外部からの不当な圧力や干渉を招くことになる。また、場合によっては不要な憶測を招き、地域の混乱などを招くこともありうる。そのため、このような情報は不開示とされるのである。しかし、逆に、審議や検討などの最中にある案件について、最終的な意思決定がなされるまでに不開示(非公開)としておくと問題が生じることもありうる(後掲最二小判平成6年3月25日を参照〕。

 第6号:事務事業情報。この場合も「おそれ」があるか否かについて裁判所の全面的な審査が及ぶ。不開示とされる情報はイないしホに分類されているが、これは例示であるとされている。

 なお、不開示情報については、審査基準を設定し、公表しなければならない(行政手続法第5条)。

 ④開示・不開示の判断

 行政機関情報公開法に基づく開示請求がなされた場合、行政機関の長は開示または不開示の決定をなさなければならないが、既に述べたように、同第5条本文により、原則として開示決定をなさなければならないことになる。

 しかし、例外として、行政機関の長は不開示決定をなすこともできる。一つは全部不開示で、これは申請に対する拒否処分としての性格を有する。次に部分開示であり、これは申請に対する一部拒否処分としての性格を有する。そして、同第6条第2項による、氏名など、個人識別情報を除外しての開示処分である。

 同第7条は、前述のように、例外の例外を認めている。裁量的開示決定である。これは行政機関の長に効果裁量を認めるものである。

 なお、同第8条は、特殊な判断として存否応答拒否処分を認めている(グローマー条項ともいう)※。開示請求の対象となっている文書の存否そのものを回答するだけで、開示請求の目的が達成される場合がある。その場合に、行政機関の長は、文書の存否を明らかにすることなく、開示請求を拒否することができるのである。北海道情報公開条例第12条は、存否応答拒否処分ができる場合を限定的に定めているが、行政機関情報公開法第8条は特別な限定を加えていないため、濫用されないことが望まれる※※。

 ※存否応答拒否処分は、アメリカの判例法で形成されたものである。CIAと国防総省が、当時のソ連の潜水艦グローマー・イクスプローラ号を合同で引き揚げようとした計画があった。これについて開示請求がなされた際に、記録の存否に関する応答が拒否されたという事件があった。これについて、1981年、連邦最高裁判所判決は拒否を妥当と解した。この事件がきっかけとなり、存否応答許否処分を定める規定をグローマー条項というようになった。

 ※※行政機関情報公開法第8条が適用される例として、塩野教授は国立病院に特定の人のカルテの開示請求があった場合をあげ、宇賀教授は司法試験の出題予定に関するものをあげる。

 開示決定または不開示決定をなす際に、手続的に考慮しなければならない事項が存在する。同第13条は、第三者に対する意見書提出の機会の付与等を規定する。開示請求の対象となった行政文書に第三者の情報が記録されている場合がありうる。このときに、その第三者の情報が開示された場合に不測の権利侵害などが生じる可能性も否定できない。そのため、その第三者に意見書の提出などの機会を与えることができる。なお、同条のうちの第1項は裁量事項であり、第2項は義務的事項を定めるものである。

 開示決定・部分開示決定・不開示決定のいずれも要式行為である(同第9条)。また、前述のように、部分開示決定・不開示決定については理由付記が求められる(同第8条)。

 期間は、開示請求があった日から原則として30日以内とされている(同第10条第1項)。

 (5)部分開示決定・不開示決定に対する救済措置

 ①救済措置を申し立てることができる者

 まず、開示請求者は開示請求権を有するので、不服申立適格(行政不服審査制度)、原告適格(行政事件訴訟制度)を有する。

 その他の個人や法人は、情報公開法によって保護される利益がある限り、行政機関情報公開法第13条・第19条・第20条にいう「第三者」として、不服申立適格(行政不服審査制度)、原告適格(行政事件訴訟制度)を有する。

 ②救済制度その1 行政事件訴訟

 行政機関情報公開法に特別の規定が存在しないので、行政不服審査制度を利用することなく、直ちに、行政事件訴訟法に定められる抗告訴訟を提起することができる。

 a.取消訴訟 従来から認められている。これは、開示請求者にも「第三者」にも認められる。

 b.義務付け訴訟 行政事件訴訟法の改正によって明文で認められた(同第3条第6項第2号)。

 c.差止訴訟 「第三者」が開示決定について提起することができる(同第3条第7項、第37条の4)。

 ③救済制度その2

 直ちに抗告訴訟を提起するのではなく、行政不服審査制度を利用することができる。基本的には行政不服審査法の規定によるが、行政機関情報公開法には特別な手続が規定されている。

 a.不服申立てがなされた場合、同第19条に規定されている場合を除き、行政機関の長は「情報公開・個人情報保護審査会」に諮問する。

 b.諮問した旨を、不服申立人などに通知する(同条)。

 c.諮問を受けた審査会は、審査の結果を答申として示すことになるが、答申の写しは不服申立人などに交付され、一般に公表される(情報公開・個人情報保護審査会設置法第16条)。

 d.答申を受けた行政機関の長が、最終的に不服申立に対して裁決または決定を行う。行政機関の長は、審査会の答申に法的に拘束されないが、尊重される必要がある。

 ●情報公開・個人情報保護審査会(内閣府に設置される機関)

 当初は情報公開審査会として情報公開法に規定された機関であったが、個人情報保護法の施行により、新たに情報公開・個人情報保護審査会設置法によって設置された。この機関は、情報公開法第18条、独立行政法人情報公開法第18条第3項、行政個人情報保護法第42条および独立行政法人個人情報保護法第42条第3項による不服申立てについての調査・審議を行う権限を有する。委員は15名で、両議院の同意を得て内閣総理大臣によって任命され、原則として非常勤である(但し、5名以内を常勤とすることも可能)。任期は3年で、再任可能である。また、守秘義務が課されている。

 情報公開・個人情報保護審査会の調査権限は、設置法第9条により、次のように定められている。

 α.諮問庁(不服申立を受けた行政機関の長)に対し、行政文書または保有する個人情報の提供を求めることができる(諮問庁はこれを拒むことができない)。

 いわゆるインカメラ審理が認められる。これは、裁判官にも認められていない権限である。

 β.諮問庁に対し、行政文書等に記録されている情報、または保有する個人情報に含まれている情報の内容を、審査会の指定する方法によって分類または整理した資料を作成し、提出することを求めることができる。いわゆるボーンインデックスの作成の指示権である。

 γ.不服申立人などに対して資料の提出や意見の陳述を求めることもできる。なお、調査審理手続は非公開である(設置法第14条)。

 

 4.情報公開に関する判例

 (情報公開法については判例がほとんど蓄積されていないので、以下は情報公開条例に関する判例を紹介しておく。)

 (1)最一小判平成6年1月27日民集48巻1号53頁(大阪府知事交際費公開請求訴訟、Ⅰ―40)

 事案:大阪府の住民等であるXらは、大阪府公文書公開条例に基づいて、昭和60年1月から3月までの大阪府知事の交際費に関係する文書の公開を請求した。これに対し、知事Yは一部を公開したが、債権者の請求書および領収書、歳出額現金出納簿、支出証明書について、同条例第8条第1号・第4号・第5号、第9条第1号に該当するとして非公開とした。大阪地方裁判所はXの請求を認めたのでYは控訴したが、大阪高等裁判所は控訴を棄却したので、Yが上告した。最高裁判所は破棄差戻判決を下した。

 判旨:知事の交際事務は、相手方との間の信頼関係や友好関係を増進するためのものである。そして、相手方の氏名などの公表などが当然に予定される場合は別として、相手方を識別できるような情報が公開されることになれば、懇談に際して、相手方に不快感や不信感を抱かせるなどの事態が考えられ、交際事務自体の目的を達成できなくなるおそれがある。そして、交際費の支出の要否や内容などは、知事の裁量により決定すべきであるが、交際の相手方や内容などが逐一公開されることとなれば、交際事務を適切に行うことについて著しい障害が生じるおそれがある。従って、債権者の請求書および領収書、歳出額現金出納簿、支出証明書のうち、懇談や慶弔などに関する文書で「交際」の相手方が識別しうるものは、氏名等が外部に公表されることが当初から予定されているものなどを除き、同条例第8条第4号・第5号によって非公開とすることができる。

 また、知事の交際は職務で行われるとしても、相手方にとっては私事であり、懇談、慶弔などの別を問わず、具体的な費用や金額などについては他人に知られたくないと望むものである。従って、このような情報は、一般に公表などが予定されているものを除き、同条例第9条第1号によって公開してはならない情報に該当する。

 (2)最三小判平成6年2月8日民集48巻2号255頁(大阪府水道部文書公開請求訴訟または大阪府食糧費情報公開訴訟)

 事案:大阪府の住民であるXは、大阪府公文書公開条例に基づいて、昭和59年12月に行われた大阪府水道部の会議接待費および懇談会費についての公文書の公開を請求した。これに対し、Yは、この請求に対応する文書を支出伝票、債権者の請求書および経費支出伺と特定した上で、同条例第8条第1号・第4号・第5号に該当するとして非公開とした。Xは異議申立てを行ったがYは棄却の決定を行った。このため、Xが出訴した。大阪地方裁判所はXの請求を認めたのでYは控訴したが、大阪高等裁判所は控訴を棄却したので、Yが上告した。最高裁判所は、Yの上告を棄却した。

 判旨:本件で問題とされた文書には、飲食店業者の営業上の秘密など秘匿を要する情報が記録されている訳ではなく、公開されたとしても業者の競争上の地位など正当な利益を害するとは認められがたい。

 本件の情報は、大阪府水道部の事務事業遂行に関するものであり、内容次第では非公開事由に該当しうるが、本件の場合は開催場所、開催日、人数などに関するものであり、相手方の氏名もほとんど含まれておらず、懇談会などの内容が明らかになるようなものではない。このため、公開することによって事務の目的が達成できなくなり、または事務の公正かつ適切な執行に著しい障害を及ぼすおそれがあるとは言い難い。

 懇談会等に関する文書を公開することにより、大阪府公文書公開等条例8条4号・5号にいう事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがあるというためには、Yの側において、当該懇談会等が企画調整事務または交渉等事務に当たり、しかもそれが事業の執行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的として行われたものであり、かつ、当該文書を公開することによって懇談会等の相手方等が了知される可能性があることを主張、立証する必要がある。こうした点についての判断を可能とする程度に具体的な事実を主張、立証しない限り、公開による著しい支障が存在すると判断することはできない。

 (3)最二小判平成6年3月25日判時1512号22頁(京都府鴨川ダムサイト情報公開訴訟、Ⅰ―42)

 事案:京都府知事Yは、鴨川の河川管理者であり、鴨川の改修計画について幅広く意見を聴くために鴨川河川協議会を設置した。この協議会においてダムサイト候補地点選定位置図が提出された。そして、協議会が終了した後、ダム構想の存在と先の位置図が提出されたことが記者会見で発表された。これを知ったXは、京都府情報公開条例に基づいてダムサイト候補地点選定位置図の公開を請求したが、Yは、これが条例第5条第6号に規定される意思形成過程情報に該当するとして非公開の決定をした。なお、ダムサイト候補地点選定位置図は初期の段階の資料であり、地質などの自然要件や用地確保の可能性などといった社会的条件については全く考慮されていなかった。

 京都地方裁判所は、Yの処分を違法とした。これに対し、大阪高等裁判所は、Yの処分が相当であるとしてXの請求を棄却した。理由として、先の記者会見によって委員や担当課に対して交渉の申し入れや強要があったなどという事実の下では、本件文書が意思形成過程における未成熟な情報であり、これを公開すれば無用の誤解や混乱を招き、さらに協議会の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生ずるおそれがあると述べている。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は、大阪高等裁判所の判断を正当として是認し、京都府情報公開条例第5条第6号が憲法第21条などに違反するというXの主張を退けた。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第21回 行政不服審査制度―2014(平成26)年行政不服審査法の概要―

2017年10月23日 09時48分51秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 ▲以下、平成26年度改正前の行政不服審査法(昭和37年9月15日法律第160号)を旧行政不服審査法と記す。また、現行の行政不服審査法(平成26年6月13日法律第68号)については、原則として該当条項のみ記すが、必要に応じて新行政不服審査法と記すことがある。

 

 1.行政不服審査制度の意義

 行政不服審査制度とは、行政行為など、行政庁による公権力の行使に対する不服を行政機関に対して申し立てる手続(制度)のことである。一般法として行政不服審査法が存在する。一応は私人の権利・利益の正式な救済制度として位置づけられるが、行政事件訴訟制度よりは簡略化された制度である。

 行政不服審査制度は、行政事件訴訟制度と比べ、次のようなメリットがある。

 第一に、簡易迅速性と経済性が高いことである。

 第二に、処分の妥当性・不当性の問題をも扱うことが可能であることである。行政事件訴訟の場合、処分の適法・違法の問題だけが対象となるのであり、当・不当の問題は扱われないこととなる。従って、裁判所は、裁量権の逸脱・濫用の有無を審査し、有りと認められるならば当該処分を違法と判断しうるが、無いと認められるならば、当該処分の当・不当の問題に留まるが故に適法と判断せざるをえない。これに対し、行政不服審査の場合は、処分の当・不当の問題も扱われることとなっているから、行政不服審査を担当する行政庁(審査庁)は不当な行政処分についても取り消すことができる。

 第三に、大量になされる処分について、争点を或る程度明確にし、裁判所の過重負担を避けうることである。

 第四に、行政にとっても自己統制を図る機会となりうる(勿論、あくまでもその可能性があるということである)。

 

 2.行政不服審査制度の特徴

 現行の行政不服審査制度を歴史的に概観する際に、まず取り上げられなければならないのが訴願法(明治23年10月10日法律第105号)である。この法律は日本国憲法施行下においても存続し続けたが、権利・利益の救済制度としては不十分な制度であり、1962(昭和37)年、旧行政不服審査法の施行とともに廃止された。

 まず、訴願法第1条は、訴願の対象を第1号から第6号までにおいて限定列挙していた※。これを列挙主義という。その結果として、同法によっては事実行為および行政庁の不作為に対する不服申立てが認められていなかった。

 ※同条は他に法律や勅令においてとくに訴願を許すものも含めていたが、限定列挙であることに変わりはない。

 また、訴願法には教示制度も定められていなかった。

 これに対し、旧行政不服審査法は、不服申立ての対象を法令で限定しなかった。これを概括主義という(例外は同第4条)。その結果として、事実行為に対する不服申立て(同第2条第1項)および行政庁の不作為に対する不服申立ても認められた(同第2条第2項)。一方、同法は、不服申立ての種類として審査請求と異議申立てを基本に据え、審査請求中心主義を採っていた※。審査請求と異議申立ての違いは、基本的には不服申立てを審理・裁断する機関の違いによるものであるが(同第3条第2項、同第5条、同第6条などを参照)、この区別が必ずしも一貫しておらず、そのこともあってかなり複雑な制度となっていた。よく、行政法学の教科書などで行政不服審査制度を簡易迅速な救済制度というように表現するが、旧行政不服審査法はそのような制度と言い難い部分も有していた。

 ※この他、再審査請求も規定されていた(同第3条第1項、同第8条)。

 もっとも、訴願法と異なり、旧行政不服審査法には教示制度が定められており(同第57条)、教示すべき場合に行政庁が教示をしなかった場合の不服申立て(同第58条)、誤った教示を受けた場合の救済措置(同第19条、同第20条)も定められていた。

 1993(平成5)年に行政手続法が制定され、2004(平成16)年に行政事件訴訟法が改正されたことにより、旧行政不服審査法もこれらの法律(とくに行政事件訴訟法)に対応したものとなることが求められるようになった。そこで2008(平成20)年4月11日に行政不服審査法案が第169回国会に提出されたが、閉会中審査を繰り返した上で、結局、2009(平成21)年の第169回国会で審議未了のまま廃案となった。その後の紆余曲折を経て、2014(平成26)年の第186回国会に新行政不服審査法案が提出され、可決・成立した。

 新行政不服審査法も、不服申立ての対象について概括主義を採り(同第7条)、事実行為に対する不服申立ておよび行政庁の不作為に対する不服申立てを認める(事実行為について同第1条第2項および同第2条、行政庁の不作為について同第3条)。しかし、不服申立ての種類については、旧行政不服審査法と異なり、審査請求に一本化した。すなわち、新行政不服審査法第2条は処分についての審査請求を定め、同第3条は行政庁の不作為についての審査請求を定める。

 一方、新行政不服審査法は、審査請求への一本化に対する例外として、再調査の請求(同第5条および同第54条以下)、再審査請求(同第6条および第62条以下)を定める。

 このうち、再調査の請求は、審査請求の前段階の手続として認められるものであり、国民は再調査の請求と審査請求のいずれかを選択することができるが、再調査の請求を選択した場合には、その際調査の請求についての決定を経なければ、審査請求を行うことができない(同第5条第2項柱書本文)。

 また、再審査請求は、法律が認める場合に、審査請求の裁決に不服がある者が行うことができる。

 

 3.行政不服審査の要件

 〔1〕審査請求書の提出

 旧行政不服審査法第9条は、原則として書面の提出によって審査請求を行う旨を定めていた。書面主義を採用していた訳である。また、同第17条は、処分庁を経由して審査請求を行うことができる旨を定めていた。

 新行政不服審査法も、書面主義を引き継いだ。すなわち、審査請求は、原則として審査請求書の提出による(同第19条第1項)。

 審査請求書に記載しなければならない事項は、審査請求の内容により異なる。

 まず、処分についての審査請求書については、次の事項を記すこととされている。

 ・審査請求人の氏名または名称、および住所または居所(同第2項第1号)。

 ・審査請求に係る処分の内容(同第2号)。

 ・審査請求に係る処分があったことを知った年月日。当該処分についての再調査の請求に対する決定を経たときには、当該決定があったことを知った年月日(同第3号)。

 ・審査請求の趣旨および理由(同第4号)。

 ・処分庁の教示の有無。教示があった場合には、その教示の内容(同第5号)。

 ・審査請求の年月日(同第6号)。

 ・同第5条第2項第1号に該当する場合で再調査の請求に対する決定を経ないで審査請求をするときには、再調査の請求をした年月日(同第19条第5項第1号)。

 ・同第5条第2項第2号に該当する場合で再調査の請求についての決定を経ないで審査請求をするときには、当該決定を経ないことについての正当な理由(同第19条第5項第2号)。

 ・審査請求期間を経過した後に審査請求をする場合には、同第18条第1項ただし書きまたは第2項但し書きに規定する正当な理由(同第19条第5項第3号)。

 行政庁の不作為についての審査請求書については、同第3項により、次の事項を記すこととされている。

 ・審査請求人の氏名または名称、および住所または居所(同第1号)。

 ・行政庁の不作為に係る処分についての申請の内容、および当該申請を行った年月日(同第2号)。

 ・審査請求の年月日(同第3号)。

 審査請求人が法人である場合には、同第19条第2項各号または第3項各号に掲げられる事項の他に、法人の代表者の氏名および住所または居所を記載しなければならない。権利能力なき社団または財団である場合、総代を互選した場合、代理人により審査請求をする場合についても「その代表者若しくは管理人、総代又は代理人の氏名及び住所又は居所を記載しなければならない」(同第4項)。

 また、同条に違反する審査請求書については、審査庁が「相当の期間」を定めた上で審査請求人に補正を命ずる(同第23条)。この期間内に補正が行われなければ、審査庁は却下裁決を下すことができる(同第24条第1項)。

 旧行政不服審査法時代に、提出された書類が不服申立ての申し出なのか陳情書なのかについて問題となることがあった。新行政不服審査法においても同様の問題が生ずる可能性もあろう。これについては、次に示す訴願法時代の判決が参考になる。

 ●最二小判昭和32年12月25日民集11巻14号2466頁(Ⅱ―139)

 鳥取市内で大火災が発生した後、鳥取県知事が都市計画法施行令第17条(当時)に基づいて土地区画整理施行規程を告示し、土地所有者や関係人の縦覧に供したところ、施行区域内の土地所有者から「都市計画法に基く区画整理異議申立書」が提出された。鳥取県火災復興事務所長は、この文書が同条に基づく異議の申出なのか陳情書なのかについて疑問を抱き、鳥取市長に真意を確認させたところ、提出者は陳情書であると回答した。そこで、鳥取県知事は、異議申立てがなされていないと判断して都市計画審議会の議決に付さず、施行規程などを認可し、換地予定地指定処分を行った。この処分を受けたXらが手続上の重大な瑕疵を主張し、処分の無効確認を求めた。

 鳥取地方裁判所はXの請求を認容したが、広島高等裁判所松江支部はXの請求を棄却し、最高裁判所第二小法廷も、本件の文書が都市計画法施行令第17条(当時)による異議の申出であるのか陳情であるのかは、当事者の意思解釈の問題に帰すると述べて、Xの上告を棄却した。

 〔2〕口頭による審査請求ができる場合

 既に新行政不服審査法第19条第1項も書面主義を引き継いだ旨を記したが、同項は、例外として法律または条例に特別の規定がある場合には審査請求を口頭で行うことができる旨を定める(旧行政不服審査法においても同様であった)。

 この場合には、審査請求人が新行政不服審査法第19条第2項から同第5項までに規定する事項を陳述し、その「陳述を受けた行政庁」が内容を録取し、審査請求人に読み聞かせて誤りの無いことを確認した上で押印させなければならない(同第20条)。

 〔3〕審査請求の対象としての「処分」

 旧行政不服第2条第1項は、「この法律にいう『処分』には、各本条に特別の定めがある場合を除くほか、公権力の行使に当たる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの(以下「事実行為」という。)が含まれるものとする」と定めていた。

 一方、新行政不服審査法第1条第1項は「この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申立てをすることができるための制度を定めることにより、国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする」と定め、同第2項は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下単に「処分」という。)に関する不服申立てについては、他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによる」と定める。

 旧法と新法とで表現は異なり、しかも旧法の規定がややわかりにくい表現を採っているが、いずれも「処分」を審査請求の対象としていることを表しており、その「処分」の意味するところも同じである(さらに行政手続法第2条第2号、行政事件訴訟法第3条第2項を参照。新行政不服審査法第1条第2項の表現は行政手続法第2条第2号と同じである)。従って、次のようなものが「処分」である。

 a.行政庁が法令に基づき、公権力を行使して(すなわち優越的立場で)、国民・住民に対して、個別的・具体的に法律上の効果を発生させる行為。これは行政行為であり、「処分」の中心となるべき存在である。

 b.公権力の行使にあたる事実行為であり、かつ「人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの」。このようなものは行政行為ではないが、公権力の行使にあたり、しかも名宛人に対する事実上の効果または影響が行政行為と類似するために「処分」に含めている。

 しかし、具体的な「処分」の意味について、行政事件訴訟法第3条第1項と同様の解釈問題が存在する。これについては第23回において取り上げることとする。

 なお、対象としうる「処分」の範囲は、行政不服審査法(新旧とも)と行政事件訴訟法で少々異なる。このことにも注意を要する。

 改めて新行政不服審査法第1条第1項をお読みいただきたい。そこには「行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為」と書かれている。これは、審査請求人が違法と考える「処分」はもとより、違法ではないが不当と考える「処分」についても、審査請求の対象となりうることを示している。従って、裁量行為についても幅広く審査請求の対象としうることとなる。以上の点は、旧行政不服審査法においても同じであった。

 これに対し、行政事件訴訟法は、違法な「処分」のみを抗告訴訟の対象とするのであり、不当な「処分」を対象としない。同第30条が「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる」と定めているのがその表れであるが、裁判所の権能を考えれば当然のことでもある。すなわち、裁判所は行政庁の行為または活動が適法か違法かを判断する機関なのであり、妥当か不当を判断する機関ではない。従って、裁判所が当該行為を適法と判断するならば、たとえ妥当性を欠いているとしても適法であることに変わりはないから、当該行為を取り消すことはできないのである。

 〔4〕審査請求の対象としての「不作為」

 ここにいう「不作為」とは、新行政不服審査法第3条により「法令に基づく申請に対して何らの処分をもしないことをいう」と定義されている。なお、旧行政不服審査法も行政庁の「不作為」を審査請求および異議申立ての対象としていた。

 〔5〕審査請求期間

 (1)処分について

 旧行政不服審査法第14条第1項は審査請求の期間を、同第45条は異議申立ての期間を、いずれも原則として「処分のあつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内」と定めていた。

 これに対し、新行政不服審査法第18条は、次のように規定し、期間を延長した。

 主観的審査請求期間:原則として「処分があったことを知った日の翌日から起算して」3か月以内とされる。また、先に再調査の請求を行った場合については「再調査の請求についての決定があったことを知った日の翌月から起算して」1か月以内とされる(同第1項本文)。

 ここで「処分があったことを知った日」とは、例えば、処分が名宛人に対して個別に通知される場合は、処分があったことを名宛人が現実に知った日(通知書が名宛人の住居に到着した日、など)のことである。但し、次の判例に注意されたい。

 ●最一小判平成14年10月24日民集56巻8号1903頁(Ⅱ―140)

 事案:群馬県知事は、都市計画法第59条第1項に基づいて、平成8年9月5日に前橋都市計画道路事業3・4・26号県道の認可をし、同月13日に同法第62条第1項に基づいてその告示をした。被上告人(原告)は、同年12月2日、建設大臣(当時)に対して県知事の認可の取消しを求める審査請求をしたが、建設大臣は、行政不服審査法14条第1項に定められた審査請求期間はこの認可の告示の日の翌日から起算すると解し、この期間の徒過を理由として審査請求を却下する裁決をした。そこで被上告人が裁決の取消しを求めて出訴した。東京地判平成11年8月27日は被上告人の請求を棄却したが、東京高判平成12年3月23日判時1718号27頁は、「処分があつたことを知つた日」とは現実に知った日を意味するなどとして東京地裁判決を取り消し、建設大臣の裁決を取り消した。建設大臣が上告し、最高裁判所第一小法廷は東京高裁判決を取り消し、被上告人の請求を棄却した。

 判旨:旧行政不服審査法第14条第1項本文にいう「処分があつたことを知つた日」とは「処分がその名あて人に個別に通知される場合には、その者が処分のあったことを現実に知った日のことをいい、その者が処分のあったことを知り得たというだけでは足りない」が、「都市計画法における都市計画事業の認可のように、処分が個別の通知ではなく告示をもって多数の関係権利者等に画一的に告知される場合には、そのような告知方法が採られている趣旨にかんがみて、上記の『処分があつたことを知つた日』というのは、告示があった日をいうと解するのが相当である」。

 客観的審査請求期間:原則として、処分があった日の翌日から起算して1年以内とされる。また、先に再調査の請求を行った場合については、当該再調査の請求についての決定があった日の翌日から起算して1年以内とされる(同第2項本文)。公示送達の場合など、限られた場合にしか適用されない。

 いずれも「正当な理由があるとき」には上記の期間を超えていても審査請求が認められることとなっている(同第1項ただし書き、同第2項ただし書き)。

 (2)不作為について

 不作為が続く間であれば、審査請求を行うことが可能である。但し、「申請から相当の期間が経過しないでされた」審査請求であれば、審査庁は却下裁決を下す(同第49条第1項)。この「相当の期間」については、結局のところ個別具体的な検討を待つしかないが、行政庁が標準処理期間を定め、公にしている場合(行政手続法第6条)には、その標準処理期間が参考となる※。

 ※宇賀克也『行政不服審査法の逐条解説』(2015年、有斐閣)18頁。行政不服審査制度研究会編集『ポイント解説新行政不服審査制度』(2014年、ぎょうせい)32頁も参照。

 (3)再調査の請求

 新行政不服審査法第54条により、原則として、主観的請求期間は「処分があったことを知った日の翌日から起算して」3か月(同第1項)、客観的請求期間は「処分があった日の翌日から起算して」1年(同第2項)とされる。

 (4)再審査請求

 同第62条により、原則として、主観的請求期間は「原裁決があったことを知った日の翌日から起算して」1か月(同第1項)、客観的請求期間は「原裁決があった日の翌日から起算して」1年(同第2項)とされる。

 〔6〕審査請求適格を有する者(不服申立適格を有する者)

 ▲旧行政不服審査法第4条は、違法または不当な処分により、直接に自己の権利利益を侵害された者は、不服申立て人となる資格を有する。また、「直接に自己の権利利益を侵害された」とは言えなくとも 「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者」も不服申立て人となる資格を有する旨を定めていた。しかし、実際にいかなる場合が「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある」場合であるかは、必ずしも明確なものではない。そのため、行政事件訴訟法第9条に定められる原告適格と同様に、誰が不服申立てをなすことができるのか、言い換えれば不服申立適格を有する者の範囲という問題があった。

 ●最三小判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁(主婦連ジュース訴訟、Ⅱ―141)

 事案:公正取引委員会は、社団法人日本果汁協会などの申請に基づき、果汁飲料等の表示に関する公正競争規約を認定した。これに対し、主婦連などは、この認定が不当景品類及び不当表示防止法第10条第2項第1号ないし第3号の要件に適合せず不当であるとして、公正取引委員会に不服申立てをした。公正取引委員会は、主婦連などに不服申立て適格がないとして却下審決を出した。そこでこの審決の取消しを求める訴訟が提起されたが、東京高判昭和49年7月19日行集25巻7号881頁は請求を棄却し、最高裁判所第三小法廷も上告を棄却した。

 判旨:不当景品類及び不当表示防止法第10条第6項にいう「公正取引委員会の処分について不服があるもの」とは、一般の「処分」についての不服申立ての場合と同様に「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者」をいう。そして、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定のものが受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである」。不当景品類及び不当表示防止法の目的は公益の保護であって、一般消費者の受ける利益は「反射的な利益ないし事実上の利益」にすぎ」ない。

 ●最一小判昭和56年5月14日民集35巻4号717頁(Ⅱ―142)

 事案:某市議会議員のXは、同市議会議員のAが当選後の4ヶ月間に同市の廃棄物収集業務を請け負う会社の取締役の地位にあり、地方自治法第92条の2に違反するとして、同第127条第1項によるAの議員資格の有無に関する決定を求めた。市議会はAが議員資格を有するという決定をしたので、Xは知事Yに審査の申立てをしたが、Yは却下裁決を出した。そこで、Xは却下裁決の取消を求めて出訴した。長崎地判昭和55年3月31日判時971号46頁および福岡高判昭和55年7月17日民集35巻4号734頁は請求を認容したが、最高裁判所第二小法廷は二審判決を破棄し、Xの請求を棄却した。

 判旨:地方自治法第127条第1項による決定は「特定の議員について右条項の掲げる失職事由が存在するかどうかを判定する行為で、積極的な判定がされた場合には当該議員につき議員の職の喪失という法律上の不利益を生ぜしめる点において一般に個人の権利を制限し又はこれに義務を課する行政処分と同視せられるべきものであって、議会の選挙における投票の効力に関する決定とは著しくその性格を異に」する。そのため、「不服申立をすることができる者の範囲は、一般の行政処分の場合と同様にその適否を争う個人的な法律上の利益を有する者に限定されることを当然に予定し」ており、その決定によって職を失うことになる当該議員に対して不服申立ての権利を与えたものにすぎない。

 ▲新行政不服審査法第2条は、「行政庁の処分に不服がある者は、第4条及び第5条第2項の定めるところにより、審査請求をすることができる」と定める。旧行政不服審査法第4条と異なって「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者」という文言はないが、新行政不服審査法第2条は旧行政不服審査法第4条の趣旨を否定したものではないとされている。従って、不服申立て適格の問題は審査請求適格の問題として残ることとなった。

 その際に注意しなければならないのが、行政事件訴訟法第9条第2項の存在である。審査請求適格の判断についても、同項が参照されなければならないのである。すなわち、審査請求適格については、次の事項について考慮をしなければならない。

 ・処分の根拠規定の文言

 ・法令の趣旨・目的(当該法令はもとより、関係法令についても参酌しなければならない)

 ・当該処分により侵害される利益の内容・性質、侵害の態様や程度

 〔7〕審査請求などの提起先

 (1)審査請求の提起先

 新行政不服審査法第4条が規定するが、旧行政不服審査法と比較しても複雑なものと言いうる。正式に「行政法講義ノート」〔第6版〕に掲載する際に表を掲載することとする。

 (2)再調査の請求

 処分庁に対して行う(同第5条)。なお、不作為は再調査の請求の対象とならない。

 (3)再審査請求

 別に法律の規定がある場合に行いうるものであるため、その法律に定められた行政庁に対して行うこととなる(同第6条)。

 〔8〕教示制度

 (1)必要的教示

 旧行政不服審査法(第57条以下)においても教示制度が定められていたが、新行政不服審査法においては第82条以下に定められている。同第82条第1項に定められるのが必要的教示であり、行政の決定通知書の末尾に、必ず、不服申立てのできること、不服申立てをすべき行政庁、不服申立期間が記載されなければならない旨が規定される。

 (2)利害関係人の請求による教示

 同第2項および第3項には、利害関係人の請求による教示が定められる。

 (3)教示すべき場合に行政庁が教示を行わなかった場合の不服申立て

 同第82条による教示を行政庁が行わなかった場合には、処分について不服がある者は当該行政庁に不服申立書を提出することができる〔同第83条第1項。この場合には、同第2項により第19条(同第5項第1号および第2号を除く)が準用される〕。

 また、当該処分が処分庁以外の行政庁に対して審査請求をすることができる処分であるときは、処分庁が「速やかに、当該不服申立書を当該行政庁に送付しなければならない(第83条第3項)。これにより不服申立書が送付されたときには「初めから当該行政庁に審査請求又は当該法令に基づく不服申立てがされたものとみな」され(同第4項)、第83条第1項によって不服申立書が提出されたときには「初めから当該処分庁に審査請求又は当該法令に基づく不服申立てがされたものとみな」される(同第3項の場合を除く。同第5項)。

 (4)誤った教示と救済措置

 ①審査請求をすることができる処分について、処分庁が誤って審査庁でない行政庁Aを審査庁として教示した場合に、Aに審査請求がなされたときには、行政庁Aは、審査請求書を処分庁または審査庁となるべき行政庁に送付し、審査請求人に通知しなければならない(第22条第1項)。また、処分庁に審査請求書が送付されたときは、これを審査庁となるべき行政庁に送付し、審査請求人に通知しなければならない(同第2項)。

 ②再調査の請求をすることができない処分について、処分庁が誤って再調査の請求をすることができる旨を教示した場合に「当該処分庁に再調査の請求がなされたとき」には、処分庁は、速やかに再調査の請求書または再調査の請求録取書を「審査庁となるべき行政庁に送付し、かつ、その旨を再調査の請求人に通知しなければならない」(同第3項)。

 ③再調査の請求をすることができる処分について、処分庁が誤って審査請求をすることができる旨を教示しなかった場合に「再審査の請求人から申立てがあったとき」には「処分庁は、速やかに、再調査の請求書又は再調査の請求録取書及び関係書類その他の物件を審査庁となるべき行政庁に送付しなければならない。この場合において、その送付を受けた行政庁は、速やかに、その旨を再調査の請求人及び第61条において読み替えて準用する第13条第1項又は第2項の規定により当該再調査の請求に参加する者に通知しなければならない」(同第22条第4項)。

 ④以上の場合に該当し、審査請求書または再調査の請求書もしくは再調査の請求録取書が審査庁となるべき行政庁に送付されたときには、初めから審査庁となるべき行政庁に審査請求がなされたものとみなされる(同第5項)。

 ⑤処分庁が審査請求期間を教示しなかった場合には、審査請求人が他の方法で審査請求期間を知りえなかったならば、第18条第1項ただし書きにいう「正当な理由」に該当し、法定の審査請求期間内に審査請求がなされたものとして扱う。

 ⑥処分庁が誤って法定の期間よりも長い期間を審査請求期間として教示した場合:その教示された期間内に審査請求がなされたならば、やはり第18条第1項ただし書きにいう「正当な理由」に該当し、法定の審査請求期間内に審査請求がなされたものとして扱う。

 

 6.審査請求の審理手続

 〔1〕審理員

 新行政不服審査法は、審査請求の審理手続について新たに規定を置き、旧行政不服審査法よりも審理の独立性および中立性を高めている。

 まず、新行政不服審査法第9条第1項により、原則として、審査請求がされた行政庁、すなわち審査庁は、その審査庁に所属する職員のうちから審理員を指名し、その旨を処分庁または不作為庁および審査請求人に通知する。

 但し、同第9条第1項各号のいずれかに該当する機関が審査庁である場合、または同第24条の規定により審査請求を却下する場合には、審理員を指名する必要がない。

 次に、同第9条第2項は、審理員の指名要件を掲げる。同項は、各号に該当しない者、単純化すれば審理の対象となる処分に関与しない者が審理員となりうる旨を定める。例えば、次のような者が審理員に指名されてはならない。

 ・審査請求に係る処分についての決定に関与した者

 ・再調査の請求についての決定に関与した者

 ・審査請求に係る不作為に関与した者

 ・審査請求人本人

 ・同第13条第1項に掲げられる利害関係人

 以上から、審理員は、審査庁から「一定の独立性」を有する※。すなわち、審理員は、審査庁から相対的に独立していることとなる。

 ※行政不服審査制度研究会編集・前掲書40頁。

 審査庁となるべき行政庁は、審理員の名簿を作成し、公にする(同第17条)。名簿の作成は努力義務であるが、公にするのは行為義務である。

 審理員の権限は、同第9条第1項において「審理手続を行う権限」、すなわち審理の主宰者としての権限が定められる他、次のようなものが認められる。

 ・物件の提出要求(同第33条)

 ・参考人の陳述および鑑定の要求(同第34条)

 ・検証(同第35条)

 ・審理関係人に対する質問(同第36条)

 ・審理手続に関する意見の聴取(その前提の招集も含む。同第37条)

 ・審理手続の併合または分離(同第39条)

 ・審査庁に対して執行停止をすべき旨の意見書の提出(同第40条)

 ・審理手続の終結(同第41条)

 〔2〕標準審理期間

 審査庁となるべき行政庁は、審査請求が事務所に到達してから裁決まで通常要すべき標準的な期間を定め、公にする(同第16条)。標準審理期間の設定は努力義務であるが、公にするのは行為義務である。

 なお、標準審理期間が経過したからと言って直ちに不作為の違法や裁決の瑕疵が導かれる訳ではないことには、注意を要する。

 〔3〕執行不停止の原則

 審査請求の対象とされた処分の効果をどのように扱うかは、立法政策の問題であるとしても重要な課題である。新行政不服審査法第25条第1項は、旧行政不服審査法を引き継ぎ、執行不停止の原則を採る。すなわち、審査請求がなされても、原則として処分の効果は維持されるのであり、処分の効果は停止しない。

 もっとも、常に執行不停止の原則が貫徹される訳ではなく、例外的ではあるが執行停止がなされる場合もある。

 同第2項は、「処分庁の上級行政庁又は処分庁である審査庁」が執行停止を行うことができる場合を定める。この場合の執行停止は「処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止その他の措置」とされる。

 同第3項は、「処分庁の上級行政庁又は処分庁のいずれでもない審査庁」が執行停止を行うことができる場合を定める。この場合は「処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止」に限られる。

 同第4項本文は、審査庁が執行停止を義務として行わなければならない場合として、「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると認めるとき」をあげる。

 同第5項は、同第4項に規定される「重大な損害」についての判断に際して、「損害の回復の困難の程度を考慮」し、「損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案する」と定める。

 同第6項は、処分の効力の停止を行うことができない場合を定める。

 同第7項は、「執行停止の申立て」または「執行停止をすべき旨の意見書」が出された場合について定める。この場合に、執行停止をなすかなさないかについては、審査庁の裁量に委ねられる。

 〔4〕弁明書の提出

 同第29条第2項は、審理員が処分庁または不作為庁に対して弁明書の提出を求める旨を定める。弁明書に記載すべき事項は、同第3項に掲げられている。

 〔5〕反論書等の提出

 処分庁または不作為庁による弁明書に対し、審査請求人は反論書を提出できる(同第30条第1項)。また、参加人は、審査請求に係る事件に関する意見書を提出できる(同第2項)。

 〔6〕口頭意見陳述 

 新行政不服審査法は、原則として書面審理主義を採用するが、審理員は、審査請求人または参加人の申立てがあった場合には、口頭による意見陳述の機会を与えなければならない(同第31条第1項本文)。これは、審理員の職権では行うことができない。

 口頭意見陳述は、全ての審理関係人を招集して行う(同第2項)。また、口頭意見陳述に際しては、申立人(口頭意見陳述を申し立てた者)が、審理員の許可を得て処分庁または不作為庁に対して質問を発することができる(同第5項。質問権)。

 〔7〕審査請求人または参加人による提出書類等の閲覧等

 同第38条に定められる。

 〔8〕審理手続の終結および審理員意見書

 審理員は、必要な審理を終えたと認めるときには審理手続を終結する(同第41条第1項)。また、審理員が提出を求めた弁明書などの書類、証拠書類その他の物件が期間内に提出されなかったとき、申立人が正当な理由無く口頭意見陳述に出頭しないときには、審理手続を終結することができる(同第2項)。

 審理員が審理手続を終結したときには、速やかに、審理関係人に対して審理手続を終結した旨を通知しなければならず、同第42条第1項に規定する審理員意見書および事件記録を審査庁に提出する予定時期を通知しなければならない(同第3項。予定時期の変更についても同じである)。

 そして、審理員は、審理手続の終了次第、遅滞なく、審理員意見書(審査庁が行うべき裁決に関する意見書)を作成し、速やかに事件記録とともに審査庁に提出しなければならない(同第42条)。

 〔9〕行政不服審査会等への諮問

 審理員による審理手続とともに、行政不服審査会等への諮問も、旧行政不服審査法にはなく、新行政不服審査法において初めて設けられた手続である。

 審理手続が終結し、審理員意見書が審査庁に提出されたら、審査庁が国の行政機関である場合には原則として行政不服審査会(同第67条)に諮問しなければならず、審査庁が地方公共団体の長である場合には同第81条に規定される機関に諮問しなければならない(同第43条)。

 〔10〕行政不服審査委員会等からの答申、裁決

 同第44条に定められる。

 〔11〕裁決の種類

 新行政不服審査法は、4種類の裁決を定める。

 ①却下裁決

 審査請求が要件を欠き、不適法である場合になされる(同第45条第1項、同第49条第1項)。

 ②棄却裁決

 審査請求が理由のないものである場合になされる(同第45条第2項、同第49条第2項)。

 ③事情裁決

 処分が違法または不当であっても、取消や撤廃が公の利益に著しい障害を生じる場合に、処分が違法または不当であることを宣言しつつ、審査請求を棄却する場合になされる(同第45条第3項)。

 ④認容裁決

 同第46条および同第49条第3項に定められる。

 第46条に該当する場合には、次のような内容となる(同第2項)。

 ・処分の一部または全部を取消す。

 ・処分の一部または全部を変更する(できない場合もある)。

 ・申請に対する一定の処分を行うよう、処分庁に命ずる。

 第49条に該当する場合には、次のような内容となる(同第3項)。

 ・不作為が違法または不当である旨を宣言する。

 ・当該不作為に係る処分を行うよう、不作為庁に命ずる。

 

 7.行政不服審査会

 新行政不服審査法により新たに設けられる行政不服審査会は、総務省に置かれる機関(国家行政組織法第8条に基づく審査会等)であり(新行政不服審査法第67条第1項)、9人の委員により組織される(同第68条第1項)。

 委員の任期は3年であり(再任も可能)、両議院の同意を得て総務大臣が任命する(第69条。詳細については同条各項を確認すること)。

 行政不服審査会の会長については同第70条に、専門委員については同第71条に規定されている。

 行政不服審査会の調査審議は、原則として3人の委員からなる合議体で行う。但し、同審査会が定める場合においては、全委員からなる合議体で調査審議を行う(同第72条)。

 この他、行政不服審査会の調査権限が同第74条に、行政不服審査会における審査関係人の意見陳述の機会が同第75条に、行政不服審査会への審査関係人の主張書面等の提出が同第76条に、行政不服審査会の委員による調査手続が同第77条に、行政不服審査会への審査関係人の提出資料の閲覧請求などが同第78条に、行政不服審査会の答申の写しの送付および公表が同第79条に、それぞれ規定されている。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版  第12回 行政行為論その4:行政行為の瑕疵

2017年09月28日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 〔はじめに〕今回の内容については、森稔樹「行政処分の無効」髙木光・宇賀克也編『行政法の争点』(Jurist増刊 新・法律学の争点シリーズ8、2014年、有斐閣)38頁もお読みいただきたい。

 

 1.行政行為の瑕疵の意味

 瑕疵とは、簡単に言うならば欠陥であり、違法な点または不当な点である。行政行為は、常に適法かつ妥当なものであるとは限らない。違法である場合も考えられるし、違法とまでは言えないが不当な内容のものも考えられる。そのような行政行為が瑕疵ある行政行為である。

 行政行為が瑕疵を帯びれば、すなわち、行政行為が違法であれば、その行政行為は無効であるとするのが最もわかりやすい。しかし、行政法学においては、行政行為に公定力が存在することを前提とする。そのため、行政行為が違法の瑕疵を帯びていても、常に無効となる訳ではない。

 違法な法律行為は無効である。たとえば、遺言は要式行為であるから、民法が定める様式に従っていない遺言は無効である(同第960条)。意思表示が法律の規定に従っていない以上、効果意思→意思表示に法律が助力を与え、効力を生じさせる必要もないからである。

 しかし、第9回において述べたように、法律行為的行政行為の場合は、行政庁の効果意思→意思表示に法律が助力を与えるのではなく、先に法律の意思があり、それにのっとって行政庁の意思表示がなされるのである。換言すれば、行政庁の意思(表示)は法律の意思に拘束される。そのため、民法の法律行為論における瑕疵とは意味が異なる。法律行為の瑕疵が意思表示の瑕疵であることは、民法第94条ないし第96条を読めば理解できる。

 そして、意外に見落とされやすいことであるが、民法の法律行為も、瑕疵があるから常に無効であるという扱いはなされていない。例えば、民法第94条によると、通謀虚偽表示は無効である。そのようなものを有効として扱うべき理由が存在しないからである。しかし、通謀虚偽表示をもって善意の第三者(すなわち、事情を知らない第三者)に対抗することはできない(法律行為の無効を主張することはできない)。民法学は無効の法律行為を瑕疵ある法律行為として扱わないが、これは民法自体に法律行為が当初から無効である場合と取り消しうる場合とが規定されているためであろう。

 また、第96条によると、詐欺や強迫をきっかけとする法律行為(意思表示)は、当初から無効なのではなく、取り消しうるにすぎない。従って、詐欺に引っかかったことによって何らかの意思表示をした場合、本人が取消の意思を表示すれば、法律行為は成立当初から効力を失うが、本人が追認すれば法律行為は確定的に有効になる。すなわち、取り消しうる法律行為(意思表示)はさしあたり有効なのである。

 瑕疵ある行政行為(違法な行政行為または不当な行政行為)の効力を考える際に前提となるのが公定力である。第11回において述べたように、行政行為が違法(または不当)である場合であっても、無効である場合を除いて、取消権限のある者(行政行為をした行政庁、その上級行政庁、不服審査庁、裁判所)によって取り消されるまで、何人もその行為の効力を否定できない。また、瑕疵ある行政行為であっても取消訴訟の排他的管轄に属するのが原則である。

 しかし、行政行為に常に公定力が伴う、という訳ではない。瑕疵の程度によっては、もはや公定力を認める必要のないほどの高い違法性を有する行政行為も存在する。行政法学においては、このようなものを無効の行政行為として扱う。無効なのであるから、行政行為の効力は一切存在しない。従って、公定力も認められないし、不可争力も生じず、取消訴訟において存在する出訴期間の制限にも服しない。また、取消訴訟の排他的管轄にも属しないので、取消訴訟でない訴訟においても裁判所が行政行為の無効を認定することができる。

 

 2.取り消しうべき瑕疵と無効の瑕疵の両者の区別

 以上から、瑕疵ある行政行為(あるいはその瑕疵)は、次の二つに分けられることとなる。

  取り消しうべき行政行為(違法または不当な行政行為として取り消しうるが有効な行政行為)

  無効の行政行為

 問題は、両者をいかに区別するのかということである。

 (1)重大明白説(判例・通説)

 この説によると、行政行為の瑕疵が重大な法令違反であり、しかもその瑕疵の存在が明白であれば、行政行為は公定力を失って当初から無効である。瑕疵の存在は、主体、内容、手続、形式の各要素について判断されることとなる。

 これに対し、行政行為の瑕疵が重大明白なものでなければ、行政行為は無効なものではなく、取り消しうべきものであるにすぎない。すなわち、その行政行為は取り消されるまで有効である。

 この考え方には、次のような問題が存在する。

 ①瑕疵の重大性という概念自体は明確であるが、具体的にいかなる場合が重大な瑕疵といいうるのか?

 結局は、行政行為の適法要件の重要性について解釈をすることになる。

 ②重大な瑕疵の明白性というが、その意味は何か?

 塩野宏教授にならって記すならば、瑕疵が瑕疵であることの明白性、瑕疵があることの明白性、そして、瑕疵の明白性が誰にとって明白であるのか(これについて見解が分かれる)、ということになる。

 こうした点について、重大明白説はさらに二つに分けられる。

 a.外観上一見明白説

 名称の通り、行政行為の成立時点より重大な瑕疵が存在することが誰にとっても外見から明らかである場合にのみ、瑕疵の明白性に該当すると考える。従って、行政庁の調査義務などは問題にならない。

 ●(農地買収・売渡処分)最小三判昭和34年9月22日民集13巻11号1426頁(Ⅰ―85)

 事案:Xが所有する農地は、自作農特別措置法による買収処分を受け、この土地が小作人に売渡処分された。Xは、これらの処分の無効確認を求めた。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、違法な行政行為が取消しうべきものであるとしても、それだけで重大かつ明白な瑕疵として無効の原因になる訳ではないと述べた。その上で、無効原因については、誤認が重大かつ明白であることを具体的な事実に基づいて主張すべきであると述べ、Xの主張を退けた。

 なお、重大明白の主張立証責任は原告側にあるということになる。

 ●(所得税額の決定と無申告加算税)最三小判昭和36年3月7日民集15巻3号381頁

 事案:Xの先代Tには養子がいた。Xと養子およびその子との間には山林などの所有権をめぐる争いがあった。しばらくして示談が成立し、TとXが所有する山林などを養子の息子に贈与し、その代償として800万円を受け取ることになった。ところが、山林所得税が課せられることを防ぐために、示談契約書に800万円の金額が示されず、養子が行った山林などの立木の処分についても、立木の売買契約書の売渡人を、実際に収入を得ていた養子ではなく、登記名義人のTとした。Y税務署長は、Tに対して山林所得金額および所得税額の決定通知書を送り、無申告加算税を賦課した。Tは死亡したので、Xが、Tに当該年度の山林所得が全くなかったことなどを理由としてYの処分の無効確認を求めて出訴した。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、まず、「行政行為が当然無効であるというためには、処分に重大かつ明白な瑕疵がなければならず、『処分の要件の存在を認定する処分庁の認定に重大・明白な瑕疵がある場合』を指す」と述べ、前掲最小三判昭和34年9月22日を引用している。その上で、「瑕疵が明白であるかどうかは、処分の外形上、客観的に、誤認が一見看取し得るものであるかどうかにより決すべきものであって、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落としたかどうかは、処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではな」いと述べて、Xの請求を棄却した。

 外見上一見明白説によるならば、よほどのことがない限り、行政行為が無効であるような場合は存在しない、という結論が導かれかねない。これが極論であるとしても、行政行為が無効であると判断される場合は非常に限定されることであろう。まして、課税処分などのように、基本的に第三者への影響を考慮する必要がない行政行為についてまで明白性を要求する理由は判然としない。北野弘久博士は、次のように述べて重大明白説、とくに外見上一見明白説を批判する。

 「租税事件の取消訴訟には、出訴期間の制約のほかに行政不服申立て前置主義の適用が規定されている。このため人びとが右の制約を遵守することができなかった場合には、もはや取消訴訟を提起することができなくなる。この場合、無効確認訴訟を提起しようとしても、従来のように無効事由が『重大かつ明白』に限定される場合には出訴が困難となる。

 結論を先に述べると従来の『重大かつ明白』の理論は、明治憲法下のように行政裁判と司法裁判とが分離しており、司法裁判所では原則として課税処分の適法性を審査しえない制度のもとにおいて妥当したのであった。日本国憲法下では、司法裁判所はひろくすべての行政処分の適法性を審査しうることとなった。これに加えて、税務行政処分は本来厳格に法によって羈束されるべきであることなどを考慮すると、果たして従来の瑕疵理論を維持することに合理性があるか、重大性の要件の充足だけで足りるのではないか、という疑問が提起されうる。」※

 ※北野弘久(黒川功補訂)『税法学原論』〔第七版〕(2016年、青林書院)240頁。

 b.調査義務違反説

 客観的明白説ともいい、代表例として東京地判昭和36年3月21日行裁例集12巻2号204頁がある。重大な瑕疵の明白性について、外観から誰しも一見して認識しうる場合のみならず、行政庁が行政行為をなすに際して、職務上当然に行うべき調査義務を尽くさず、そのために行政行為の重要な要件を誤認していた場合にも、瑕疵の明白性を認める考え方である。下級裁判所の判決に散見された。

 (2)明白性補充要件説

 この考え方は、瑕疵の重大性を無効の瑕疵の要件とするが、他に明白性などの要件を課すか否かについては、必ずしも要求しなくともよいと捉えるようである。

 ●(譲渡所得の課税処分)最一小判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁(Ⅰ―86)

 事案:原告X1の姉の夫Aは、X1およびその夫X2からの借金の担保とするために、また、自らが経営する会社の債権者からの差押えを回避するために、自らが所有する土地および建物について、X1およびX2に無断で登記の名義を変更した。Aの事業経営が不振となったため、Aはこの土地の売却を思い立ち、売買契約書などを偽造した上で土地を第三者に売却した。Y税務署長は、調査をした上でX1に建物の譲渡に関する所得が、X2に土地の売買による譲渡所得があったものとして課税処分を行い、さらに滞納処分を行った。X1およびX2は、課税処分の無効を主張したが、第一審および控訴審は、いずれも請求を棄却した。

 判旨:最高裁判所第一小法廷は、原判決を破棄し、事件を差し戻す判決を下した。理由において、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみのものであり、第三者を考慮する必要がないというような場合には、課税処分がもたらす不利益を甘受させることが著しく不当であると認められるような例外的な事情がある場合には、課税処分を当然に無効であると解すべきであると述べている。また、本件には課税要件の根幹に関して重大な瑕疵がみられるとしつつ、明白性については触れることなく、特段の事情がない限り、原告2名に課税処分の「不可争的効果による不利益を感受させること」が「著しく酷である」と述べている。

 (3)判例はどちらの説を採用するのか

 最高裁判決は調査義務違反説を採用しないようであるが、外観上一見明白説を採用するものと明白性補充要件説を採用するものとが存在する。一貫していないようにもみえるし、見解を変更したかにもみえるのであるが、基本的には重大明白説のうちの外観上一見明白説を維持しているようである。明白性補充要件説は、利害関係を有する第三者が存在しない、または、そのような第三者が存在するとしても利益を主張することが正当化されない(前掲最一小判昭和48年4月26日の事案はまさにこの典型例である)という事件について採られているのではなかろうか。

 

 3.瑕疵が重大かつ明白であるとされる場合

 判例が採る外観上一見明白説を前提とした場合、いかなる瑕疵が重大かつ明白であるかは、単純に判断できないものと思われる。そればかりでなく、既に述べたように、瑕疵が重大かつ明白であるが故に無効である行政行為は、存在するとしても非常に限られたものとなるであろう。

 しかし、一定の場合を想定することは可能である。ここでは、原田尚彦教授の説明に従いつつ、簡単に解説していく。

 (1)行政行為をした行政庁が、実はその行政行為について無権限である場合

 法律によって権限が与えられていないのであるから、当然、重大かつ明白な瑕疵に該当する。

 但し、「事実上の公務員の理論」に注意する必要がある。これは、無権限者が正規の手続で公務員に選任され、外観上は公務員として行った行為を有効として扱う理論である(行政法上の秩序と継続性を保護するため)。例として、村長の解職請求がなされ、それに基づいて選挙が行われて新村長が選出され、就任したが、実は解職請求が無効であったという場合がある(最判昭和35年12月7日民集14巻13号2972頁)。

 また、行政庁の瑕疵ある意思表示に基づく行政行為について、民法第93条ないし第96条は適用されないというのが一般的な理解である(但し、行政庁が全く意思のない状態の場合は別の話である)。

 (2)手続に瑕疵があるという場合

 同意を要する行政行為の場合、同意がなければ行政行為は無効である。しかし、一般的に、判例は手続上の瑕疵を取消事由として扱い、無効事由としていない。

 なお、原則として行政庁は単独制であるが、委員会などのような合議制の行政庁も存在する。この場合、例えば招集手続を欠く会議、定足数を欠いた会議などにおいて行われた議決は無効と解すべきである。ただ、会議に無資格者が参加していた場合について、最一小判昭和38年12月12日民集17巻12号1682頁(Ⅰ―122)は、決議の公正を害する特段の事由が認められない限り、決議を無効とさせるような重大な瑕疵は存在しないと述べる。

 (3)行政行為の形式に不備がある場合

 行政行為は、一般的に不要式行為である(行政手続法第8条第2項・第14条第3項を参照)。但し、書面が要求される場合には、口頭で行った行政行為は無効である。

 (4)行政行為の内容自体に瑕疵がある場合

 これに該当するものとして、内容が不明確な行政行為、実現不可能な行政行為(事実上であっても論理上であってもよい)、および重大な事実誤認に基づく行政行為がある。

 

 4.違法性の承継

 先行するAという行政行為(例.租税賦課処分)の後にBという行政行為(例.滞納処分)があるとする。Bという行政行為について取消訴訟が提起された場合、Aが違法であるからBも違法と言いうるか、という問題がある。一般的には、Aが違法であったからといって当然にBも違法であるということにはならないが、Aの違法性がBに承継される場合も存在する。

 ●(農地委員会の買収計画と買収処分)最二小判昭和25年9月15日民集4巻9号404頁

 事案:或る村の農地委員会は、Xが所有する農地を不在地主所有の農地と認定し、買収する計画を立てた。Xはこの計画について異議の申立て、さらに訴願を行ったが却下された。買収計画が県の農地委員会によって承認されたので、県知事Yは買収令書を交付し、買収を行った。Xは、訴願の却下に対しては訴訟を提起しなかったが、買収処分については訴訟を提起した。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は、自作農特別措置法第5条の規定を参照しつつ、これに該当する農地を買収計画に入れることの違法性が買収処分の違法性でもあると述べ、原告が異議申立てや訴願を行わなかったことによって買収計画が確定的効力を有するとしても買収計画の違法性がなくなるものではないとしている。

 ●(「安全認定」と建築確認処分)最一小判平成21年12月17日民集63巻10号2631頁(Ⅰ−87)

 事案:東京都建築安全条例第4条第1項は、建築基準法第43条第2項に基づいて同条第1項について制約を付加した規定であって、延べ面積が1000平方メートルを超える建築物の敷地は、その延べ面積に応じて所定の長さ(最低6m)以上道路に接しなければならない旨を定めている。他方、同条例第4条第3項は、建築物の周囲の空地の状況その他土地及び周囲の状況により知事が安全上支障がないと認める場合においては、同条1項の規定は適用しないと定めており、この「安全上支障がないと認める」処分を「安全認定」という。また、条文上は「安全認定」処分を行う者が東京都知事であるが、特別区における東京都の事務処理の特例に関する条例(平成11年東京都条例第106号)により、特別区長が安全認定に係る事務を処理することとされている。

 訴外Aらは、新宿区内に地上3階、地下1階の鉄筋コンクリート造りの建物を建築する計画を立て、Y区(新宿区)区長に申請した。同区長は平成16年12月22日付で「安全認定」処分を行った。これを受けてAらは建築確認を申請し、Y区建築主事は平成18年7月31日付で建築確認処分を行った。

 これに対し、この計画建築物の隣などに居住するXらが、建設予定地が安全性に欠けるなどと主張して、新宿区建築審査会への審査請求を経て、「安全認定」処分および建築確認の取消を請求する訴訟を提起した。東京地判平成20年4月14日民集63巻10号2657頁はXらの請求を却下・棄却したが、東京高判平成21年1月14日民集63巻10号2724頁は、本件安全認定についてY区長が裁量権を逸脱・濫用して行った違法なものであり、当該建築物の敷地が東京都建築安全条例第4条第1項に定められた接道義務に違反しており、本件建築確認は違法であると判断し、Xらの一部の請求を認容して建築確認処分を取り消した。Y区が上告したが、最高裁判所第一小法廷は上告を棄却した(但し、X1について控訴審判決を破棄した)。

 判旨:「安全確認」処分と建築確認処分は、元々一体的に行われていたが、条例の改正によって異なる機関が実施するものとされた経緯がある。また、「安全確認」処分と建築確認処分は「避難又は通行の安全の確保という同一の目的を達成するために行われるものである。そして、(中略)安全認定は、建築主に対し建築確認申請手続における一定の地位を与えるものであり、建築確認と結合して初めてその効果を発揮する」。また、「安全認定があっても、これを申請者以外の者に通知することは予定されておらず、建築確認があるまでは工事が行われることもないから、周辺住民等これを争おうとする者がその存在を速やかに知ることができるとは限らない」ので「安全認定について、その適否を争うための手続的保障がこれを争おうとする者に十分に与えられているというのは困難である。仮に周辺住民等が安全認定の存在を知ったとしても、その者において、安全認定によって直ちに不利益を受けることはなく、建築確認があった段階で初めて不利益が現実化すると考えて、その段階までは争訟の提起という手段は執らないという判断をすることがあながち不合理であるともいえない」。そのため、「安全認定が行われた上で建築確認がされている場合、安全認定が取り消されていなくても、建築確認の取消訴訟において、安全認定が違法であるために本件条例4条1項所定の接道義務の違反があると主張することは許されると解するのが相当である」。

 それでは、いかなる場合に違法性の承継が認められるのか。

 先行の行政行為と後続の行政行為とが結合して一つの効果の実現を目指し、完成させるものである場合には、違法性の承継が認められる。このような例として、土地収用法上の事業認定と収用裁決(名古屋地判平成2年10月31日判時1381号37頁)がある(但し、福岡高判平成6年10月27日訟務月報42巻9号2127頁は違法性の承継を認めない)。

 先行の行政行為と後続の行政行為が別の効果の発生を目指すのであれば、違法性の承継は否定される。例として、租税賦課処分と滞納処分(鳥取地判昭和26年2月28日行裁例集2巻2号216頁)、第一次納税義務者に対する課税処分と第二次納税義務者に対する納付告知(最二小判昭和50年8月27日民集29巻7号1226頁)※がある。

 ※ちなみに、最一小判平成18年1月19日民集60巻1号65頁は、第二次納税義務者が第一次納税義務者に対する課税処分について不服申立てをなすことを認容する。

 

 5.瑕疵の治癒

 これは、行政行為がなされた時には欠けていた要件が追完され、瑕疵がなくなった場合を指している。

 ●(農地買収計画に対する訴願裁決)最二小判昭和36年7月14日民集15巻4号1814頁(Ⅰ―88)

 事案:或る地区の農地委員会は、Xが所有する池沼に関する買収計画を定めた。Xはこれを不服として訴願を提起した。県の農地委員会は、訴願棄却裁決を停止条件として買収計画を承認し、県知事は買収令状を交付し、本件の池沼を買収した。そして、Xの訴願は棄却された。そこで、Xは買収計画の無効確認訴訟を提起した。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は「農地買収計画につき異議・訴願の提起があるにもかかわらず、これに対する決定・裁決を経ないで爾後の手続を進行させるという違法は、買収処分の無効原因となるものではなく、事後において決定・裁決があったときは、これにより買収処分の瑕疵は治癒されるものと解する」として、Xの請求を認容した大阪高等裁判所判決を破棄し、事件を差し戻した。

 瑕疵の治癒を認めるべきか否かについては、結局のところ、瑕疵が軽微であるか否か、最初の処分を取り消すことによって第三者の既存の利益を侵害するか否か、という点を考慮するしかない。

 ●(更正処分の理由付記に不備があった場合)最三小判昭和47年12月5日民集26巻10号1795頁(Ⅰ―89)

 事案:法人Xは法人税について青色申告の承認を受けていたが、事件当時は解散しており、清算手続をしていた。Xが確定申告をしたところ、Y税務署長は増額更正処分(本件更正処分)を行った。しかし、その通知書には理由が書かれているとはいえ、金額が記載されているにすぎなかった。これを不服としたXは、国税局長への審査請求を経て出訴した。Yは、更正処分の理由が審査請求に対する裁決書において明確にされたと主張したが、大分地判昭和42年3月29日行集19巻1・2号320頁はXの請求を認めて本件更正処分を取り消した。福岡高判昭和43年2月28日行集19巻1・2号317頁はYの控訴を棄却し、最高裁判所第三小法廷もYの上告を棄却した。

 判旨:本件更正処分に付記された理由から「更正理由を理解することはとうてい不可能であり、その記載をもってしては、更正にかかる金額がいかにして算出されたのか、それがなにゆえに被上告会社の課税所得とされるのか等の具体的根拠を知るに由ないものといわざるをえない」ので、「処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに処分の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えることを目的として更正に附記理由の記載を命じた前記法人税法の規定の趣旨にかんがみ、本件更正の附記理由には不備の違法があるものというべきである」。

 また、「処分庁と異なる機関の行為により附記理由不備の瑕疵が治癒されるとすることは、処分そのものの慎重合理性を確保する目的にそわないばかりでなく、処分の相手方としても、審査裁決によってはじめて具体的な処分根拠を知らされたのでは、それ以前の審査手続において十分な不服理由を主張することができないという不利益を免れない。そして、更正が附記理由不備のゆえに訴訟で取り消されるときは、更正期間の制限によりあらたな更正をする余地のないことがあるなど処分の相手方の利害に影響を及ぼすのであるから、審査裁決に理由が附記されたからといって、更正を取り消すことが所論のように無意味かつ不必要なこととなるものではない」から、「更正における附記理由不備の瑕疵は、後日これに対する審査裁決において処分の具体的根拠が明らかにされたとしても、それにより治癒されるものではないと解すべきである」。

 

 6.違法行為の転換

 Aという行政行為が法令の要件を充たしていないが、同じ行政行為をBという別の行政行為として考えると要件を充足しているという場合に、Aではなく、Bと読み替えて行政行為の効力を維持しようとすることがある。これが違法行為の転換であるが、判例でもあまり認められていないし、むやみに認めるべきではないであろう。なお、違法行為の転換と理由の差し替えとは、表面的に類似する部分もあるが、区別すべきである。

 ●(農地委員会の買収計画)最大判昭和29年7月19日民集8巻7号1387頁(Ⅰ―90)

 事案:或る村の農地委員会は、X所有の農地を小作地と認定し、自作農創設特別措置法施行令第43条によって小作人から買収の請求があったものとして買収計画を定めた。Xは訴願を県の農地委員会に提起したが、県の農地委員会は小作人による請求がなかったと認めつつも、同施行令第45条(こちらは、法律の附則に定められた日の事実を基にして、市町村のうち委員会が買収計画の可否を審議しなければならないとしか定められていない)を適用して買収計画を相当とする裁決を出した。Xはこれを不服として提訴した。

 判旨:最高裁判所大法廷は、施行令第43条による場合と同第45条による場合とで買収計画を相当と認める理由が異なるとは認められないとして、転換を認め、Xの上告を棄却した。

 

 7.その他

 行政行為の瑕疵に関する問題としては、他に次のようなものがある。

 (1)瑕疵の補正(最一小判昭和43年6月13日民集22巻6号1198頁)

 (2)表示の誤記(最三小判昭和40年8月17日民集19巻6号1412頁)

 (3)理由の差し替え

 行政行為としては全く同じであるが、基礎となる事実および法的根拠を、訴訟の段階になって変更することを、理由の差し替えという。違法行為の転換と類似するが、意味が異なるので注意を要する。最三小判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(Ⅱ―193)は、法人税の青色申告に対する更正処分について理由の差し替えを認めている。

 この問題は、かねてから租税法学において総額主義か争点主義かという問題として論じられてきた。第27回において取り上げる。

 (4)事情判決

 行政事件訴訟法第31条に規定されるもので、行政行為が違法であることを認めつつ、取り消すと公益などに著しい障害があるという場合に、判決主文においては請求を棄却し、理由においては違法であることを宣言するというものである。なお、行政不服審査法第45条第3項も事情裁決を規定する。やはり第27回において取り上げることとする。

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