「政局」より「政策」といいながら「反菅」「脱小沢」の政局報道に走る全国マスコミ、一体何なのでしょうか。確かに、菅政権の「日米対等」「脱原発」から離れ続けるその政治姿勢には大きな疑問符、です。
しかし、、朝日新聞8月10日に掲載された私が尊敬する政治学者の1人、日本に「討議型民主主義」「熟議型民主主義」概念を知らしめた篠原さんインタビュー、「熱い、熱い菅政権へのエール」に大きな納得です。
菅政権に「依然として昨年の政権交代から始まった画期的な体制移行(トランジション)の途上」「思い返せば鳩山由紀夫政権が発足した時多くの人は「予想以上にやるではないか」という印象を持った」と。
菅首相の政治的スタンスの変遷についても、社民連、シリウス、さきがけを経て民主党の結党と「節操が無いように見えるが、彼なりの政治的判断で批判的な学者尻目に立場を変え、見事に成功させた」、と。
この篠原さんのスタンスが信頼されるのは『市民の政治学』をあらわしたその生涯をかけての市民政治への希求と期待を古代ローマを射程に入れた歴史的時間の中に位置づけているからだと思います。
そう考えれば「政局が全て」とする小沢一郎民主党幹事長とのギャップは理解できます。問題は、「予想以上にやるではないか」と思わせた団塊の世代の柔さと熟議の民主主義を今こそもう一度示す時、なのです。
しかし、、朝日新聞8月10日に掲載された私が尊敬する政治学者の1人、日本に「討議型民主主義」「熟議型民主主義」概念を知らしめた篠原さんインタビュー、「熱い、熱い菅政権へのエール」に大きな納得です。
菅政権に「依然として昨年の政権交代から始まった画期的な体制移行(トランジション)の途上」「思い返せば鳩山由紀夫政権が発足した時多くの人は「予想以上にやるではないか」という印象を持った」と。
菅首相の政治的スタンスの変遷についても、社民連、シリウス、さきがけを経て民主党の結党と「節操が無いように見えるが、彼なりの政治的判断で批判的な学者尻目に立場を変え、見事に成功させた」、と。
この篠原さんのスタンスが信頼されるのは『市民の政治学』をあらわしたその生涯をかけての市民政治への希求と期待を古代ローマを射程に入れた歴史的時間の中に位置づけているからだと思います。
そう考えれば「政局が全て」とする小沢一郎民主党幹事長とのギャップは理解できます。問題は、「予想以上にやるではないか」と思わせた団塊の世代の柔さと熟議の民主主義を今こそもう一度示す時、なのです。