ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

皇室の犯罪ーヤフーオークション事件は本当にあったのか2

2014-04-21 09:00:00 | 日本人なら絶対に知っておきたい皇室

 一回目はいかがでしたか?

知って頂きたかった事は

 古いものの価値を知ること

 本当によいものには流行がない

 受け継ぐべき伝統がある人は幸せだ

という事です。

私事ですが、ふぶきの母は戦後の混乱の中で膨大な数の着物を処分してしまい

写真でしか残っておりませんでした。

母の服は背丈が違いすぎて私は着る事ができない・・・・・

(それでも一着はリフォームした事があります。レースのスカート)

今、私の手元にあるのは母が使っていたネックレスや安物だけど戦後60年を

生きぬいたメキシコオパールの指輪くらい。

琥珀のネックレスもやっと似合う年齢になり、ここにさらに郡山宮妃がくれた

ネックレスなどを合わせて娘に受け継がせていこうと思っています。

母のネックレスは今でも十分に仕えるものですし、少しでもそういうものが残って

本当によかったなと。思い出を楽しんでいます。

 

 ヤフーオークション事件あらまし 

本題に入りましょう。

2008年10月30日。「2ちゃんねる」の皇室版がいきなり「祭り」になりました。

実はその前日、雅子妃の妹である池田礼子氏が、アマゾンサイトにて

自分が書いた本を、別人を装って褒め称えるという「自画自賛事件」が起き

2ちゃんねるでは、池田氏の厚顔無恥な振る舞いに怒りやあざけりの言葉が

多数書き込まれていました。

 

 2008年に起きた事

 8月ー9月にかけて東宮一家は東宮御所から赤坂東邸に引っ越し

  (東宮御所改築の為)

 9月15日。リーマンショック。

 9月30日。チャールズ&カミラ、東宮仮御所で夕食会

 

 時系列

2月4日 → 東宮夫妻、東京国立博物館「宮廷のみやび─近衛家1000年の名宝」鑑賞

2月14日 → 二度目の宮廷のみやび─近衛家1000年の名宝」鑑賞

この頃からボンボニエールが多数出品されるようになる。

10月4日 → 仙壺堂(骨董品屋)が皇女の御召し物を写真撮影しブログに載せる。

10月9日ー22日 → 皇女の御召し物の購入者を募る

10月12日 → kikueisya2008がヤフーオークションに出品開始

10月30日 → topukapu9den(トプカプ宮殿)とkikueisya2008(菊栄)の二名が

          ヤフーオークションに大量の皇室ゆかりの品を出品。

          実はこの二名は同一人物だった。この日に「2ちゃんねる」に知られ

          大騒ぎに。

          宮内庁に問い合わせをした人がいた。

         「この件は初耳。宮内庁から出されたものではない。対応を検討している」

(照宮様の御地赤)・・・・後ろのカーテンに注目

「象牙御紋付金蒔絵御扇子」・・・紋は十六枚菊紋

この扇子が入っていた箱。内親王は使えない紋らしい。では妃殿下が?

 

10月31日 → 2名が出品を取り下げる。その日のうちに登録自体を抹消。

           雅子妃、池田邸訪問。小和田夫妻も日本滞在中。

11月1日 → 第24回銀座の骨董大市(7月開催)に内親王の「御地赤」が出品

          されていた事が発覚。

11月6日 → topukapu9den&kikueisya2008の二名から落札していた

         konoesakihisa1(近衛前久)なる人物に注目が集まる。

         流出したものを買い戻していたのではないかとのうわさが。

11月6日 → 週刊新潮に掲載

新潮より抜粋。実際にトプカプから購入した事がある60代の男性。

ボンボニエールに興味があって、以前からオークションも定期的にチェックをしていました。

最初に私がトプカプの存在に気がついたのは、去年の12月頃でしたね

ある日突然まとまった数のボンボニエールが出品されていたんです。

その時の出品者のは違った名前でしたが、今年1月末、

まったく同じ品がトプカプの名前で出品され、以来そのまま。数が少なく

希少価値が高いものはもちろん、昭和から最近のものまで幅広く扱っており、

それを継続的に出品しています。

しかも説明文をよむと商品に詳しく、造詣もかなり深い。皇室の品に長くかかわり、

自然と知識を吸収できる環境にいた人だという印象を持ちました。

それで何度か落札しましたが少なくともボンボニエールに関してはホンモノだったのです

美術品に詳しい人いわく

天皇家や東宮家などの慶事は、臨席できる人数も限られているため、

流出することは滅多にない。が旧東宮家などのものは案外、流出品が多い。

そもそもボンボニエールにしろ着物などにしろ、贋作を作っても採算が合わないはず。

落札の実績からしても、トプカプの品はほぼすべてホンモノだといえるでしょう

 品物は本物だった。売り手も品物に詳しい人だった。という事です。

 

 トプカプは誰か → 「実家がこういう品とかかわりがある仕事をしていて

                処分しているだけで商売ではない」

                「都内の骨董商」

 住所は実在しないもの

 12月30日 → konoesakihisa1が登録を抹消。一味の疑いが。

 

 検証開始

宮内庁に何度も問い合わせた人がいます。

どうにも歯切れが悪かったようです。

「そんな事はない・・・・筈です」的な言い方をされたようで。

 

そのうちに、これを売りに出した人は誰なんだろうという話になり

CSIも真っ青も検証が行われるようになりました。

上記の御地赤が誰のもので、どこで撮影されたかとか。

後ろのカーテンや使われている紋が誰のものかとか。

撮影者の手の形、部屋の様子。

どうみても普通の部屋ではない事がわかります。

 

 これは天井の様子ですね。また、撮影者の手・・・・

無論、これらは本物の科捜研が調べたものではなく、素人が検証したもので

実際の証拠能力があるかどうかはわかりません。

しかしながら、素人ですらここまで検証できるのなら、科捜研であればもっと詳しく

検証できるのではないかと思います。

しかし・・・・・

警察は動きませんでした。

宮内庁も反応を示しませんでした。

下賜されたボンボニエールなどが売りに出される事はあるかもしれません。

しかし、昭和天皇息女が着た御地赤などは宮内庁に眠っているか、あるいは

嫁ぎ先の東久邇家にあるか・・・というようなもので、そうそう廉価で(中古品として)

売りに出される筈もなく。

にも関わらず、売りに出された。それはなぜなのか。

そしてなぜ、警察や宮内庁がこの件にちて動こうとしないのか。

国の重要文化財に匹敵するものがオークションにかけられ、誰かに渡されている・・・

など国にとって大きな損失ではないのか。

つまり、この事件は誰も捜査しない迷宮入りの「事件」なのです。

そして、いつの間にか「なかったこと」になってしまっているのが現状です。

 

 

 

 

 

 

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ドラマに燃えない・・・なあ

2014-04-21 07:41:53 | ドラマ・ワイドショー

 ええっと。

6月下旬もしくは7月下旬にオフ会をしようかなーーと思っています

御都合がつきそうな方はメールをくださいませね。

コメント欄に書き込む方も、メールをくださる方も、ご自分のアドレスを忘れないようにしてください。

テーマはずばり「皇室」です。

質問事項なども一緒にお知らせくださるとありがたいわあ

日々、韓国の沈没船の話題ばかりがニュースで流れていますが

正直、完璧に引いちゃってます

いくら民族性とはいえ、あそこまで他人様のせいにして「子供をかえせ!」と

掴みかかる事が出来ますか?

 学校の先生

 政治家

 大統領

にまで・・・・そりゃあ、被害があった所で記念撮影しようとしたおバカな議員が

いたというのは腹が立つけど、その事で青瓦台まではいかないよなーーと。

せいぜい、本人を袋叩きにすればすむことで。

ダイバーのみんなだって一生懸命救助活動をしているだろうに、他人のそういう事には

全く目をむけず、ひたすら「自分が、自分の子供が可哀想」しかないんだもん。

まるで暴動のような体をしてきた今回の事故。

政府への不満が募って爆発したとも言えますが、こういう国民感情をそらすために

日本が使われるのは反対です

それにしたって。韓国人は本当にほぼ全員心を病んでいるんではなかろうか?

キム・ヨナの銀メダルが不満だとしてISUに提訴しちゃうなんて常識では考えられない。

素直に「銀メダルおめでとう」と言ってあげられない感情の意味がわからない。

こんな事をしたら相手がどんな気持ちになるかって思いつかない。

今回の事故も同じ。

被害者になった事を最大限に利用しているとしか思えない

元々自己中な民族ではあるけど、今回ばかりは気がくるってるとしか思えない。

朝鮮民族は全員人格障害になったのか?

ドラマもねーーちゃんと見てるんですよ。一応。

でも「弱くても勝てます」とか「ブラック・プレジデント」以外は

イマイチ集中して見る事が出来ない。

だからブログにも書けないというわけで

一つ言える事は。

今期のドラマはほとんどが「刑事物」であるということ。

どこのチャンネルを回しても「殺人事件」が登場するのって異常じゃないですか?

ホワイト・ラボ」

「SMOKING GUN」

「MOZU」

「BORDER」

「マルホの女」

みーんなこのたぐい。しかも横文字が多くてさ・・・・・

そうそう「死神くん」はわりと面白かったです

大野君って全てがあんな喋り方なのね。あの人が普通に演じたらどうなるんでしょう。

もうちょっといいドラマってないものかと。

暗すぎるのかなあ。

 

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皇室の犯罪ーヤフーオークション事件は本当にあったのか1

2014-04-21 07:00:00 | 日本人なら絶対に知っておきたい皇室

 みなさま、ごきげんよう。

非常に衝撃的なタイトルでびっくりされた事でしょう。

「ヤフオク事件」に関しては沢山のブログで語られており、今さら私が

つたない知識を元にあれこれ言ってもしょうがないかなーーと思っていたのですが

「ふぶきの部屋」で初めて皇室問題を知りましたーー という方も増えて来たので

ここらで一度、おさらいをしてもいいかなと

この件に関して宮内庁は勿論、警察すら動きません。

「ヤフオク事件」が本当なら、日本という国にとって重大な犯罪です。

だって・・・そうでしょう?

有形重要文化財、国宝にだって匹敵する筈のものが行方不明になって

ある日、オークションで売られていたーーなんて事が本当にあったら

ふと、「ベルサイユのばら」に描かれている「首飾り事件」を思い出してしまいました。

あの時、首飾りはバラバラにされて売られてしまったんですよね。

そしてその事件はアントワネットの名誉を大いに傷つけ、それがやがてフランス革命に

繋がって行ったという事を考えると、「たかがオークションされどオークション」です

(いや・・たかがじゃないけどさ)

つまり、この事件が本当にあったというなら、日本の皇室において存亡の危機を

招く恐れがある程の「事件」なのです

これからその話をいたしましょう。

今回の話には、さくらさまが資料を沢山集めて下さいました。

あらためてお礼を申し上げます。

 洋装令

ドラマでよく見るように、江戸時代まで日本人は全員「着物」を着ていました。

黒船来航以来、土方歳三とかーー坂本竜馬などが洋服を着て髪を切ったり

ブーツをはいたり。軍服も洋風になりました。

ハイカラで動きやすいというのが重宝されたんですよね。

宮中では明治天皇がいち早く洋装に・・軍服をお召になったのですが

女性方は桂袴姿。

 1871年ー服制改革内勅 → 基本、和装から洋装へいくよーー

 1872年ー大礼服及通常礼服を定め衣冠を祭服と為すなどの令

       → 正式な服装は洋装で、衣冠束帯は神社でね。

 1873年ー皇族大礼服制定 → 男子皇族方の普段着から正装まで決めちゃう

 1886年ー女子大礼服制定

それまでは・・・・ 

  こんな姿がいわゆる「正装」

今時は皇族の結婚式でしかみない

それが

 これがローブ・デコルテ

重い十二単衣で体の線をほとんど出さないスタイルから、大胆にも腕が出て

肩のラインがくっきり。さぞや恥ずかしかったろうなあーと思いますが、それもこれも

「国の為」昭憲皇太后は率先して洋装に踏み切ったのです。

でも・・・・あれ?

「江戸時代は着物じゃないの?」と思われたそこのあなたっ

皇族や公家は基本、武士階級のような恰好はいたしませんのよ。

正田美智子さんが「納采の儀」で振袖を着てから、すっかりそれが当たり前になり

紀子妃も雅子妃もそうでしたが、本来はここはドレスか十二単衣だったのです。

 

女子の洋装は

 大礼服 → マント・ド・クール

 中礼服 → ローブ・デコルテ

 通常礼服 → ローブ・モンタント

と決められました。

これが華麗なる昭憲皇太后のマント・ド・クールです。

実物を見るチャンスがないのが残念ですが・・・・・

ただ、その当時、日本に洋服のデザイン画が入ってくるのはかなり時間がかかって

いたので、多分、日本の洋装ファッションは1時代遅れではなかったかと。

 

 ティアラ

西洋の習慣を取り入れ、日本の皇族女子はみな洋装になったわけですが

ドレスに欠かせないもの・・・・それはティアラとネックレスです。

ティアラ(宝冠)は、その人の身分や立場、権威の象徴です

プラチナの台にダイヤモンドをちりばめ、時にエメラルド、サファイアなどを飾る。

うちの王室はこれだけすごいのよ」というのはティアラをみれば一目瞭然です。

服は朽ちる、でもティアラは絶対に古びたり腐ったりしない。

まさに「永遠の繁栄」の象徴ともいえます。

ゆえに、王室ではティアラは代々受け継がれるものなのですね。

例えば・・・・・

 ジョージ五世妃メアリー・テックのティアラ。

ヅカファンにはおなじみ「エドワード8世」のママです。

そのティアラが・・・・

 コーンウォール夫人・・つまりカミラに受け継がれたと。

このティアラは様々な逸話があり、一筋縄ではいかない女性にふさわしいと女王陛下が

思われたようです。

ちなみに

 ダイアナ妃のティアラ。これはスペンサー家に

伝わるティアラです。忘れているかもしれないけどダイアナ妃は伯爵家の出なんです。

私は個人的にこのティアラが大好きです。

 そしてこれが第一級正装の時のティアラ。

エリザベス女王からダイアナ妃へ受け継がれました

現在、英王室の財産はほとんどが国家財産ですから、勝手に処分したりは許されないし

予算の関係上、新しいものをばんばん作るというわけにもいかず。

キャサリン妃のティアラも女王陛下のもの。

でも、一般庶民でも思う事ですが母から娘へ、嫁へ・・と同じものが受け継がれていくのは

本当に嬉しいし素晴らしい。

使い捨てではなく、よいものだからこそ何十年、何百年と同じ姿をしてそこにある。

流行がーーとか時代遅れ―とかいうのは、「品」を知らない人の言うセリフ。

「伝統の継承」は世界共通の「美」

古いものを大事にとっておく、奥ゆかしさを日本人も思い出すべきですね。

 

さて。日本で最初にティアラをかぶった方・・・・それが昭憲皇太后さまです。

 星の部分は着脱可能だったとか?

当時の技術の粋を集めた名品。外国にもひけをとりません。

小さくて小柄だった皇太后によく似合ううような形にしていますよね。

  

貞明皇后(左)と香淳皇后(右)

 そしてこれが現皇后。

新しいものを作るというより、少しずつリフォームしているようですね。

このティアラが・・・・いずれ雅子妃に受け継がれていくのです。

 

 

次は扇です。

扇と扇子の違いは・・・・・? 私達も扇子をよく使いますが、それは夏に

仰いで「ああ涼しい」って感じでしょう?

扇子をもっとゴージャスにしたものが扇なわけですが、日本の場合、

十二単衣姿においても洋装においても重要な役割を果たしていました。

「扇」といえば、ヅカファンはすぐに「エリザベート」の一節

♪ 扇で顔を隠していた 

が浮かぶわけですが・・・・(え?違うの?)

 これがエリザベートの扇。

シルク製です。エリザベートは人に顔をさらすのがきらいで、よく扇を顔の真ん中に

持ってきて隠していたらしい。

また、扇はコミュニケーションツールとしても活用され、舞踏会などで言葉を交わさずに

意思表示をするもの。

例えば

扇で頬をなでる」 → 愛しています

とかね。

日本の場合、古来より「檜扇」が使われてきました。こちらは木製。

お雛様も持っているでしょう?

 

  こういうの。

両端に紐がついてたりしますよね。実際に開いて仰ぐとかいうより、持っている事が

重要であるというような代物。

 

 伝統を受け継げなかった皇后

ダイアナ妃がスペンサー伯爵家の出で、自分のティアラを所有していた・・・無論

スペンサー家の紋章も。

しかしながらキャサリンは庶民階級なのでティアラは勿論、紋章すらないので

結婚の時に新しくデザインして作った。

一般的に見れば新しいものにこそ価値があるけれど、王室や皇室にとっては逆。

受け継ぐ伝統がない=下位のものという位置づけです。

キャサリンがどんなに将来の王妃であっても、家柄はカミラ夫人には叶わなないし

ダイアナとも雲泥の差

だからこそ、ダイアナの婚約指輪を受け継いだ事は重要な儀式であったと思うのです。

 

美智子皇后も同じでした。

 納采の儀

前述したように「納采の儀」では十二単衣かローブ・モンタントを着用するのがそれまでの

伝統。しかし、正田家はそんなものを持っていないし、戦後でものがない時代という

事もあり、振袖を着用。

ド庶民からみれば、あの時代に素晴らしく美しい「振袖」を持っている事自体がすごい事で。

 結婚の儀

十二単衣もそれまでは、実家のものを使っていたようですが、正田家にはそういうものは

ないし、新調も出来ず・・・・仕方ないので元宮家のをお借りしたというのが正直なところ。

その代わりといってはなんですが記者会見や皇居へ向かう時のドレス、ローブ・デコルテ

には精一杯のお金をかけてゴージャスに

ティアラも同様。ないから当時の皇后からお借りしたのでしょう。

臣籍降下した元宮家や元華族からしてみたら

十二単衣もないの?」「ティアラも持っていらっしゃらないんですって

(ご自分達だって財政難で手放した方も多かったでしょうが)

「伝統継承」という自分達のアイデンティティが一挙に崩されるような恐怖を覚えたろうと

思います。

後々、秋篠宮・皇太子結婚の儀の時は、装束は全部新調。

「背が高いから」という理由でしたけど、本当は皇后の中に、自分が結婚した時の

コンプレックスが頭をもたげたのではないかと・・・・そう思うのは考えすぎ?

だって、浩宮も礼宮も学習院の制服は父君のを着てたわけだしねーー

(どなたのお考えだったか)

結婚の儀の装束だって。

悠仁殿下の着袴の儀の衣装も新調。

新調なさるなんてすごい。さすが両陛下!(ちなみに愛子内親王も新調の筈)

と思ったけど、よくよく考えると少し意味が違ってくるのかなと。

心の中のどこかに「お下がりはちょっと・・・・」という思いがあったとしたら

私達に非常に近いメンタリティの持ち主であったと思うのです。

 

とはいえ、雅子妃と紀子妃の納采の儀の振袖にはご自分の帯を渡されたわけですし・・・

自分のはいいのかな。

今思えば紀宮が披露宴の着物を新調せず、わざわざ皇后陛下のお下がりを選んだ

事には重大な意味があったのではないかと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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