ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

サセックス公爵夫人は人づきあいが上手

2018-06-21 07:10:00 | 皇室報道

 今週のサンデー毎日の工藤美代子さんの文章、読んでないんですよ。どうせ「美智子さまは宮中改革したお偉いお方」のアゲアゲ報道なのだろうから、読まない方が不愉快にならないかと思って。

でも馬之助さんのブログで偶然見てしまい・・・今更ながら皇太子妃美智子さんという人は自分勝手で絶対に大人のいう事を聞かない、勘違いで自己顕示欲が強く、プライドだけで生きている人だったんだと実感。そう教えたのはお母さまだったようで、彼女もまた娘のやる事について正しいかどうかお伺いを立てる事もなかった。

割を食ったのは牧野女官長だけで、今でも「いじめの首謀者」と言われてあまりにお可哀想で名誉棄損で訴えてもいいくらいだと思う程です。

改めて驚いたのは

このドレスに針金が入っていたこと。今ならパニエで膨らませる?

それを宝塚のように「輪っか」を入れて牧野女官長に叱られて取り外しをされたものの、すぐにつけてしまう・・・を繰り返して女官長が根負けしたという逸話ですね。

 美智子様の新婚時の伊勢神宮参拝服が他の方と違っていたのはしってましたが、ただのファッションかと思っていたら「掟破り」だったわけですね。

 1961年10月。これまた短すぎる「わっかのドレス」でご参拝。

通常、神社参拝は「お長服」「ローブ・モンタント」が常識。

 

常陸宮妃。

 紀子様。紀子様も華子様も十分おしゃれですよね。様式美っていうんでしょうか?

でも考えてみると正田美智子さん時代から

 記者会見時。

 嫁ぐ日。

とにかくスカートはふわっと広がっていなくては。

多分、当時の美智子さまは「ローマの休日」に憧れていたのでは?

 

 こういうの・・・確かにこれは素晴らしいし私も一度は着てみたいと何度思ったかしれやしません。

だけど本当に「それっぽく」やっちゃったのが美智子妃だったわけ?

そしてそのこだわりが半世紀後にはガンダムスーツへ。

こんなお長服、見たことない・・・上下で色が違う・形が違う・ちぐはぐ感一杯。

ものすごく誰かと似てると思ったら。

カクテルドレスがぷろとこるの昼間の即位式に、よりによって「お長服」で同情した雅子さん。

修道女みたいとか言われていたけど黄ばんでるしシワシワだし。

浮いている事に自分達だけ気づいていない。これが私、日本流とか思っているんだろうなあ。

あまりにもそっくりな嫁と姑だったのでありました。

さて。サセックス公爵夫人のメーガンですが、先日、女王陛下と二人だけの公務に行かれました。

終始笑顔の女王とメーガン妃。彼女、ただの肌の色が小麦色の人にしか見えません。

とにかく楽しそうな女王陛下とメーガン妃。さすが女優というか、ハリウッドの荒波を渡って来たお妃は、他人を喜ばせるのが上手なんじゃないでしょうか?

しかもファッションも抑えめで、きちんと分をわきまえているところがいいですよね。これから色々あらが見えてくるでしょうけど。

そしてメーガン妃はアスコット競馬場デビューも果たしました。

「マイ フェア レディ」のイライザは発音で苦労してアスコットで大失敗をやらかしてしまうのですが、こちらは成功したのかしら?

この二人のファッション対決が見ものかな。二人合わせてダイアナの半分くらい楽しみ。それにしても舅姑両方の心を掴んでしまうメーガン妃ってある意味すごいです。

日本の皇后と雅子妃や紀子妃がここまで仲良さそうな顔したことはないものね。

香淳皇后だったらきっと紀子様を可愛がっていたと思うけど。

こちら、国費でロシアまでサッカーの試合を見に行ってキング・カズを侍らせて観戦する高円宮妃。外遊は3週間?そのうちの1週間がロシア。

雅子さんの理想を地でいく久子妃。サッカー協会も金持ちだなあ。

 

 

 

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初心者の為の宝塚講座 21

2018-06-21 07:00:00 | 初心者の為の宝塚講座

 上田久美子 → 宝塚に救世主現る!

2006年宝塚歌劇団入団。京都大学文学部卒業

直近は月組「BADDY(バッディ) -悪党(ヤツ)は月からやって来る-』(2018)

上田久美子のデビューは衝撃的でした。

2013年月組「月雲の皇子」でバウデビュー。当初これはバウのみでの上演だったのに好評すぎて天王洲銀河劇場で再演。

2014年、宙組「翼ある人々」で鶴屋南北戯曲賞の最終候補に残る。何で鶴屋南北?って思ってしまいますけどね。はっきりしって、「翼ある人々」はとてもよい作品です。シューマン・ブラームス・クララの3各関係を微妙なタッチで描く。1幕最後など衝撃的で幕が下がってからも席から立てなくなる程です。

2幕目はもの悲しさとブラームスの子供時代の終わりのような切なさを感じました。恐るべし上田久美子です。

2015年雪組「星逢一夜」で大劇場デビュー。

読売演劇大賞最優秀演出家賞を受賞。この作品は冒頭のセットと言い、演出と言い、とても斬新で面白い作品でした。でもこれも三角関係で、上田久美子は三角関係が大好きみたいですよね。

2016年花組「黄金の砂漠」は一人の姫に一人の男性奴隷がくっついて世話をするという何とも荒唐無稽な設定。奴隷だとばかり思っていた主人公が実は王子で、復讐の為に姫の父親を殺してしまう。そして念願の姫を手に入れるも、二人で砂漠に消えるという悲劇です。二人以外の登場人物がわりとさらりと描かれているので上田っぽくない部分もあるんだけど相当削ったらしいですね。

2017年宙組「神々の土地~ロマノフたちの黄昏」は傑作でした。オープニングからラストに至るまで劇場空間の使い方、大階段の使い方、全てにおいて秀逸でした。上田久美子は頭の中にセットを浮かべているんでしょうね。

2018年月組「BADDY(バッディ) -悪党(ヤツ)は月からやって来る」でショーデビュー。「自分が頑張らないと次に続く女性ショー作家が出ないかも」といささか気負って作ったのがこのショー。

それでも今までだれもやらなかったような展開でショーを作り上げ

素晴らしい出来栄えでした。

まさに天才現る!上田久美子が宝塚を救う!

出来れば彼女が疲弊してしまわないように適度な時間をあけて作品を作り続けて欲しいと思っています。

 

 野口幸作 → 見た目は男中身は女?

2006年宝塚歌劇団入団 

直近は雪組「SUPER VOYAGER」(2018)

2015年月組「AーEN」でバウデビュー

2016年星組「THE ENTRTENER」で大劇場デビュー

2018年雪組「SUPER VOYAGER

こちらもとんとん拍子によい作品を輩出しているといえるのですが、保身に回るのが早いのではないかと思うんです。

はっきりいって、「THE ENTERTENER」と「SUPER VOYAGER」の構成はほとんど同じ、使う曲だけがちょっと違うという感じなんですね。

我が家の姫は月組の「AーEN」をスカステで見てすっかり野口ファンになってしまったんですね。それというのも「A-EN」のアーサーバージョンでは女の子が大好きな壁ドンに腕くいっに顎くいっ、さらにいうなら眼鏡をとって「今日から眼鏡なしね」だの「泣き虫プリンセス」だの、そりゃあキュンキュン言っておりまして。

アリバージョンでは後半の「花詩集」のピルエットに二人で感動し、これぞ正当な「花詩集」と思って見たり。それにラストのワシのダンスもすごくて。

だから「野口先生ってもしかして女の子のハートを持っているんじゃないかしら?」っていうから「何で?」って聞いたら「だってショーに花言葉を入れるん何て女の子じゃないと思いつかないでしょ」

え?花言葉・・・・「ブルーローズ 花言葉は DREAM COME TRUE 夢はかなう」

「まつゆきそう花言葉は希望」

あーーー言われてみれば。そ・そ・それに「壁ドンドンドン」とかいやはや。

見かけは男心は女野口幸作は頑張る?みたいな?

でもやっぱりワンパターンに陥るのが早すぎる。もうちょっと冒険しようよ。

キュンキュンが好きなら少女漫画、それも昭和40年代から読み進めて極めないとね。

さて、宝塚には以下2名の新人がいます。

 樫畑亜依子 → 直近は月組「アルカディア」(2017)

この作品はストーリーは暗くてメリハリがなく、女の子が一度は考える「ダークな過去を持つ男の子」を主人公としたお話。

綺麗な言葉で飾っているけど早い話ミネットは男娼だし、ダリアもまたそれまがいの立場ですよね。それがたまたまダンサーの息子だったという事で実の親と再会し・・みたいなちょい支離滅裂。

だけど、暁千星の今しか出せない色気に助けられた作品ではあります。普通の男性でいえば思春期の男役である暁千星の瑞々しい男っぽさが際立っただけで、脚本がよかったわけではないと思います。

推敲していけるか、それとも胸キュン路線に行くのか今一つわかりません。

 谷貴矢 → 直近は雪組「義経妖狐夢幻桜(よしつねようこむげんざくら)』(2018)

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元気を出して

2018-06-20 07:00:00 | ドラマ・ワイドショー

色々大変なこともあり、思うようにいかないこともあり、悲しいこともあるけど、

でもそんな時はこの動画を見て少し元気になりましょう。

姫がみつけてくれました。

 

 

何だかちょっと涙でそう。

こっちは笑えます。

 

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久子妃のロシア訪問と今更文春オンラインが蒸し返すわけ

2018-06-19 07:00:00 | 皇室報道

 最初から反対でしたけど安易に「行っていい」とする宮内庁と政府に呆れます。

何のことかって?高円宮久子妃のロシア訪問です。

 

 18日、久子妃はサッカー・ワールドカップの日本代表の激励や試合の観戦などのためロシアに向けて出発。

 日本サッカー協会の名誉総裁を務める久子妃は、日本代表の初戦のコロンビア戦と、2戦目のセネガル戦を観戦するほか、代表チームのキャンプ地で選手たちを激励。

 久子妃がワールドカップ開催地へ行くのは6大会6度目。皇族のロシア訪問は102年ぶり。

 そういえば夫婦で日韓ワールドカップの時に史上初めて韓国を訪れたんでしたっけ。共産圏、社会主義大好きな久子妃ですよね。

 それにしたってサッカー見る為に18日から26日というのは長すぎやしませんか?励ましに行くというより完璧に見物でしょ?庶民よ、ざまあみろ。私の立場なら特等席で全部見れちゃうんだよ。みたいな不快感が。

 しかもロシアですよ・・・この微妙な時期に平気でロシアに行ける未亡人妃。

社会主義国で北朝鮮とも繋がっているし、中国とも・・・そんな国に単身サッカーを見る為に行く皇族。これぞ税金の無駄遣いではないのですか?

仕事には見えませんね。本当に久子妃程皇族特権使ってやりたい放題の人はそうそういません。しっかりと雅子妃に伝授しているって事ですね。後継ぎもいないのだし、民間人になってしまえばよろしいのに。

皇族費がもったいないです。

17日。文春オンラインでわざわざ過去の記者達の対談に付け加えるような感じで乗せた文章ですが。とりあえず全部上げます。

デスクA この数年は、平成皇室を語る上で節目ともいえる年月でした。天皇陛下、皇后陛下のご体調の問題が明るみに出たのは大きな転換点だったと言えるでしょう。2019年4月で天皇陛下は退位され、現在58歳の皇太子殿下が、2019年5月から新天皇として即位されます。新しい時代に皇太子殿下がどんな皇室をつくられるのか。注目しています。

記者B ただ、次代に皇太子殿下が何をなさりたいのか、誕生日会見などの場で語られるお言葉からは、はっきりと分かりませんでした。“公約数的”な発言ばかりで。

記者C 以前から仰っている「時代に即した公務」についても、明確に示されているとはいえないでしょう。

デスクA 雅子さまが適応障害の療養に入られて約15年。雅子さまのお出ましは、以前に比べると増えましたが、今上陛下には美智子さまの存在が大きかったことを考えると、皇太子殿下の“お一人公務”が長く続いた時期は大変だったでしょうね。

記者D 国民と密接な“平成流”は美智子さまなしには考えられませんでした。

記者B 昭和の時代から、美智子さまは理想の妻であり母でした。皇位は男系男子で継承されていきますが、やはり女性皇族は重要な存在です。

記者D 雅子さまも当初は国民、特に女性たちから尊敬と憧れを持たれていました。国民の見方が大きく変わったのは、やはり2004年7月の適応障害の診断結果発表からです。雅子さまは2003年頃から公の場に出なくなっていたのですが、それが初めて表沙汰になったのは、2004年5月の「人格否定発言」。皇太子さまが「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と会見でおっしゃったのは衝撃的でした。

デスクA 当初は「雅子さまを応援したい」と考える女性も多かったのです。皇太子殿下はよくおっしゃったと見る向きもあった。しかしその後、次第に応援の声は小さくなっていった

記者E きっかけは雅子さまの“子育て問題”ではないでしょうか。愛子さまの子育てを拝見するうちに、強い違和感を持つようになったのだと思います。

記者C 決定的となったのが「山中湖お付き添い事件」でした(2011年9月29日号)。学習院初等科4年生だった愛子さまの山中湖校外学習に、雅子さまが付いて行かれた。

記者D 子供たちが立ち寄る場所には、雅子さまもほとんどついて行かれ、青木ヶ原樹海でハイキングもされました。

「茶番」と批判された校外学習

記者E 山ガールファッションでしたよね。チェックのシャツにウエストポーチ、リュックを背負って、やる気満々。一方で東宮職は殺気立っていました。雅子さまの姿を撮らせまいと、カメラマンの周りを男性数人で包囲。愛子さまを撮影しようとしたら、東宮侍従から「家宅捜索するぞ!」と恫喝されました。

記者D 学習院では過去に子供が怪我や病気の場合だけ、親が近くの宿で待機するということはあったようです。だけど雅子さまは、子供と同じ「ホテルマウント富士」の、1泊12万円のインペリアルスイートに宿泊した。保護者からも非難の声があがりました。

記者C ホテル側は雅子さまのために、壁紙をベージュから白地にグリーンの花柄に張り変えたんですよ。食材にこだわった「特別懐石料理」も用意した。

記者B 直後の東宮大夫の定例会見は大荒れになりました。会見内容は両殿下もご覧になるので、記者も言葉を選ぶ。ところが、このときは「今回のお付き添いは、極めつけの茶番ですよ。皇室の尊厳もくそもない!」という過激な発言が飛び出したのです(2010年10月6日号)。

記者D 東宮大夫は「長い目で見ていただきたい」と答えた。それにベテラン記者が「国民はすでに長い目で見ている。震災から半年、国民が大増税の時代を迎えようとしているその時期に妃殿下は校外学習でインペリアルスイートに泊られた。常識的に考えられない出費。“税金泥棒”との批判を受けるかもしれません。それを許した殿下はどうお考えなのですか」と詰め寄った。緊迫の場面でした。

記者E 皇太子さまはむしろ賛成されてましたよね。校外学習当日の朝も、初等科まで愛子さまに付き添い、保護者や子供たち一人ひとりに挨拶されて、4台のバスがいなくなるまでずっと手をふっていらした。その光景に、記者たちは「逆一般参賀状態だ」と(笑)。

記者C 山中湖事件の前から、愛子さまは登校拒否のような感じになって、お付き添い登校が始まっていました。朝早いときは皇太子さま、遅いときは雅子さまがお付き添いされていた。

記者D 2010年3月5日の定例会見では、東宮大夫が、愛子さまが不登校状態にあること、その原因として初等科に「何人かの乱暴な児童たち」がいることを公にしました。子供たちの間の問題が、一国を揺るがす事件に発展した瞬間でした。

 その後、不登校は落ち着きましたが、いわゆる“母子密着”の状態は続きました。愛子さまは髪をかなり長く伸ばして、雅子さまとほとんど同じ髪型でした。外見的にも深く結びついていらっしゃるように見えたし、愛子さまが順調だと雅子さまのお加減もよくなることもあり、“母子シンクロ”とも言われました(2014年12月18日号)。

記者B そして再び欠席・遅刻が始まったのが、学習院女子中・高等科にあがられた2014年、中学1年生の6月頃から。1学期、2学期の定期試験を欠席されました。

デスクA 勉強はよくおできになるんですよね。

記者B 愛子さまは完璧主義なんだと思います。試験前夜もおそくまで熱心に勉強するそうなのですが、朝になると登校されない。

デスクA なぜそんなことになってしまったのか。当時、原因として考えられたのが、皇太子ご夫妻の「叱らない子育て」です。

叱らない子育て”とゴミ事件

デスクA 皇太子殿下は2005年の誕生日会見で『子どもが育つ魔法の言葉』などの著書がある米国の家庭教育学者、ドロシー・ロー・ノルトの詩を紹介されました。《批判ばかりされた子どもは非難することをおぼえる(中略)しかし、激励をうけた子どもは自信をおぼえる(中略)賞賛をうけた子どもは評価することをおぼえる(中略)可愛がられ抱きしめられた子どもは世界中の愛情を感じとることをおぼえる》というものでした。

記者E こういった“叱らない子育て”は現代の育児法の主流と言えます。皇太子ご夫妻はかなり忠実に実行していらっしゃるようです。

記者C でも結果、しつけができていないように見えるケースも多いのではないでしょうか。

記者E 2006年のオランダご静養では、海外のメディアも大勢いる前で、愛子さまは気をつけをして挨拶が出来ませんでした。身体をグニャグニャとさせて、脚を交差させ、シャネルのマークのような「シャネル立ち」だと噂されました。



記者B 当時はまだ4歳だから、仕方がないにしても、「ゴミ事件」には驚きましたね(2014年7月3日号)。12歳でしたよね?

記者C はい。学習院大のキャンパスで行われたイベントに行かれた時に、お菓子を立ち食いされたのですが、べたべたした包み紙を近くのスタッフに差し出し、たった一言、「これ」とおっしゃった。「捨てたいの?」と尋ねられても、頷くだけ。しまいには鼻をかんだティッシュを「ゴミ」と言って、スタッフに差し出しました。

デスクA 皇太子殿下ご自身は、厳しく育てられています。浜尾実東宮侍従に姿勢や挨拶などを厳格にしつけられていた。そういった過去に対する“反動”なのでしょうか。

ディズニーシーはパニック寸前

記者E 愛子さまが赤ちゃんの頃、栃木県の沼原湿原を散策したとき、殿下が背負子で背負われたことがありましたね。今の天皇陛下は、人前で子供を抱っこしたり、おんぶされたことがなかった。

宮内庁のベテラン職員の中には「ああいう姿を国民に見せてはいけない。威厳が損なわれる」と本気で嘆く人もいました。

記者D 皇太子さまも雅子さまも「普通の子育て」への憧れがあるようです。2006年にはご家族でディズニーランドとディズニーシーにいらっしゃいました。

あくまで“お忍び”という形だったのですが、私服警官で埋め尽くされて一般客も異常事態に気付き、パニック寸前。ディズニーシーの真ん中にあるマーメイドラグーンは封鎖されました(笑)(2006年3月23日号)。



記者C 愛子さまに初等科時代、電車を使わせたこともありました。でも、駅の自動改札を愛子さまがピッと通られるのを大量の警察官が警戒していて、まったく普通じゃなかった。

記者E お生まれになってすぐの“公園デビュー”も同じ。雅子さまが愛子さまをお連れになって、近所の公園に行かれたら、沢山の人が集まって大きな騒ぎになった。お立場上そういった“普通”を実現するのは無理なんです、はじめから。

雅子さまの金銭感覚は?

記者E そもそも清貧を良しとする天皇家の家風と、雅子さまのご志向は相容れないものがあると思います。

記者C 私もそう思う。雅子さまには現代的な「自分の権利を主張する」というプリンシプルを強く感じます。働く女性のスタンダードな意識ですよね。今上陛下からは国民があって自分たちがある、というメッセージが伝わってきます。

デスクA 両陛下は警備上の理由などで一般客に迷惑になるからと、海外ご訪問中でもほとんどレストランなどで外食をなさいません。一方、雅子さまは外食がお好き。マンダリンのシグネチャーやウェスティンのビクターズ、富麗華、ロオジエなど高級店にも行かれる。国民に与える印象は真逆でしょう。

記者E 「女性セブン」(2013年9月19日号)のスクープでは、初等科6年生の愛子さまがグッチの鞄を持っている写真が出ました。那須どうぶつ王国で、他のお友達はママお手製の布製ポシェットなどを持ってきているのに、愛子さまだけが4万円相当のグッチのキッズラインのバッグだった。

記者C あれは凄いインパクトでした。

記者B 美智子さまは、一目でブランドものと分かるものは避け、洋服やバッグも仕立て直しされたり、修理されたりして、何年も何年も大事に使われます。

デスクA やはりお人柄というのはそういうところに滲み出るものです。現在は“美人すぎる皇族”として佳子さまが注目されていますが、普段は発言をされない皇族だからこそ、国民は外見や行動にメッセージを見つけるのです。

記者D その点、紀子さまは美智子さまをお手本にされているようですね。

記者E でも、上手すぎて、同じ女性としては少し怖いほどです(笑)。

記者D 私が最近考えるのは、佳子さまが紀子さまのそうした気質を強く受け継がれているのではないかということです。佳子さまは皇族としての気品のある所作と、現代っ子らしい振る舞いを使い分けていらっしゃるように見えます。公務先では紀子さま譲りの“完璧なスマイル”を振りまかれるのですが、高校の文化祭で、ダンスの出演順を決める際などは、意見をはっきりおっしゃり、怒られたら嫌だな、と後輩からは少し怖い存在だったとか(笑)。

デスクA 読書好きな眞子さまに比べて、佳子さまは気の強いところがおありだったみたいですね。ただ当時は高校生ですから、大目に見てあげて欲しい(笑)。いまではお二人ともご立派ですよ、公務先で拝見すると。

記者D 天皇陛下のように結婚生活の節目節目で妻への感謝を発表されるのは素晴らしいと思います。2009年のご結婚50年のときに、陛下は「結婚50年に当たって贈るとすれば感謝状です。(中略)その間にはたくさんの悲しいことや辛いことがあったと思いますが、よく耐えてくれたと思います」と述べられました。

記者E 個人的には、皇太子さまも雅子さまへの愛情を発表し、仲睦まじい日本の家族の象徴になっていただけたらと。2013年に結婚20年の所感を出されましたが、ご夫婦としての感想だったので、「私たちは夫婦として多くのことを一緒に経験し、互いに助け合ってまいりました」といった、遠慮がちな表現でした。

記者B 陛下はご結婚20年を迎える頃、会見で「やさしいワイフ」とのろけられて新聞の見出しになったこともありましたからね。

デスクA でも皇太子殿下が発表されるとなると、妃殿下の事前チェックが入るかも(笑)。

(初出:「週刊文春Woman新春スペシャル限定版」2016)

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お見舞い申し上げます

2018-06-18 17:22:42 | つれづれ日記

関西における早朝の震度6弱の地震、被害に合われた方々へお見舞い申し上げます。

前日は群馬で震度5の地震が起き、房総半島が毎日のように揺れていましたので、今度は首都直下ではないかと思っていたんです。

ところが大阪?って聞いて本当にびっくりしてしまいました。

脳裏には阪神大震災の記憶が。

今回は神戸じゃなくて大阪とか京都とか。戦国時代にも地震がありましたーーとテレビで言ってました。

確かに1日中被害状況を放送するのはいいのですが、「こういう時にはどうしたらいいですか?」とアナウンサーがきいて「危ないと思ったら近寄らない」と答える人、いやーーそれってわざわざテレビでいう事なのか?と。

それにしても学校のプールの壁が落ちてきて亡くなられた小学生は痛ましいの一言です。最初「心肺停止の子がいる」という報道でしたので、「なぜ?」と思ったら壁の下敷き?それもブロック塀。

ブロック塀といえば宮城県沖地震ですよ・・・・あの時、ブロック塀が倒れてきて死者が多数出たので、あの時から「ブロック塀」の安全管理はきっちりしていた筈。

なのに本当に綺麗にばったりと倒れている様子が画面に映し出されかなりショックでした。普通に通学路を歩ていただけなのにこんな災難に・・・本当に可哀想です。

停電している場所もあるし、断水している所もあるそうです。みなさん。復旧するまで頑張って下さい。

宝塚ってこんな時も上演時間を繰り下げてやるんだーーと・・すごいなあ。

この程度の被害で終わったと思うべきなのかどうなのか、これからの検証ですね。

関東も本当に気を付けなくちゃいけないですよね。

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初心者の為の宝塚講座 20 スター編5

2018-06-18 07:00:00 | 初心者の為の宝塚講座

 宙組

 姿月あさと(花總まり)・・・トップスターになりたくなかったのに

73期として花組に配属。1993年、月組に組替え。1998年宙組トップに。

宝塚に入る以上、誰でも一度はトップスターを夢に見て、その為に努力精進するものだ・・・と書いたのは岸香織さんです。だから姿月あさとに「トップになんかなりたくなかったのに」と言われた時はかなり驚いたし呆れたようです。

じゃあ、姿月あさとはどうして宝塚に入ったのかといえば、やっぱり踊りたかったしみんなと仲良くわいわいやっていたかったんですよね。

ところが月組に来て、ちょこっと真琴つばさを追いこして月組トップへの道が示されたり、宙組のトップに抜擢されたりと、心の準備をしていず、尚且つ野心もないのに回りが勝手に持ち上げてくると感じたのではないでしょうか?

背が高く、見た目よく歌もダンスもとても上手。これで路線に乗らないわけがないんですけど、彼女に欠けていたもの、それは演技力です。

ダンスや歌に自信がある人ってそればかり上手になろうとして肝心の演技力を磨かない人が多いのですが、姿月あさともその一人で、天海祐希の「ミー&マイガール」にしても久世星佳の「CANCAN」にしてもセリフ回しが幼稚というか、学芸会みたいな雰囲気があって、いつもあちゃーーって感じでした。

でもどういうわけか番手ばかりが上がっていく・・・久世星佳のさよなら公演「バロンの末裔」では完璧に真琴つばさを追い越していましたし、事と次第によっては番狂わせもあるのかな?と思ったり?

真琴つばさのお披露目「エル・ドラード」ではワルパを演じたのですが、東京公演の紫吹淳のワルパの方が皇帝らしいなと感じましたしね。

1998年、宙組発足と同時に初代のトップスターに就任したのですが、そのプレッシャーはかなり大きいものだったと思います。

でも相変わらず「エクスカリバー」では棒読みみたいなセリフ回し。「シトラスの風」では「明日へのエナジー」がなかったら代表作にもならなかったでしょう。

以前から何度も書いていますが、当時の宙組はかなり冷たい印象があったんです。劇場に入るなり冷風が吹いているような?

それはどうしてなのか?と色々考えたんですが、まずは姿月あさとと花總まりの相性が悪かったこと。互いに目を合わせることなく勝手に演技しているんですね。

それと2番手3番手が技術的に未熟であった事も要因だったかも。

エリザベート」の姿月トートは悩めるトート君という感じ、またやたら涙を流すエリザベートにかなり違和感を抱いたものです。

激情」は初演当時はセットが浮いていたし、花總まりがどうみてもカルメンじゃないでしょって事で評価も低かったんですが芸術祭賞演劇部門優秀賞を受賞したんですね。

そしてわずか2年にも満たずに姿月あさとはあっさり退団を決めてしまいます。

考えてみると宙組ってこの2年でもかなり人が変わっています。朝海ひかるが雪組へ組替えになり樹里咲穂が入ってきたり、新人公演主役をやった人から退団していったりとか。落ち着きがない組というか、今一つ息があってないなと感じていました。

「砂漠の黒薔薇」は中東の話なのに時代劇のノリでこれまた姿月あさとの演技力のなさが目立ち、かえって和央ようかの方がいい味を出していました。

私が気になったのは、退団する寂しさをみじんもみせずに退団してしまった事で。

何だろうな・・・この清々しさはと。

その後、すぐに結婚して今はお幸せ?お仕事も順調のようですしめでたしめでたしなんですけどね。

 

 和央ようか(花總まり)・・・女帝の夫と呼ばれて

74期で雪組に配属 →1998年宙組へ組替え

背が高くて目が多きくて一目で印象に残る和央ようかは、「エリザベート」東京公演のルドルフ役で初めて見ました。とてもかっこよかったし耽美的だと感じました。

ところが高嶺ふぶきのさよなら公演「仮面のロマネスク」では何というか出てくるたびに不愉快で・・・これがメルトュイユ夫人が復讐したい相手か?嘘!みたいな。それは宙組の2番手になってからもそうで、「男役欠乏症」とか「フランツのマントがねんねこに見える」とまで書かれてしまう程。

宙組に来て自分がトップになるまでは、あまりやる気がなかったというか生気がなかったというか?そんな感じでしたね。

2000年、初恋の相手である花總まりとやっとのことで結ばれて(?)宙組トップスターに就任。以後6年にも渡って妻一筋で頑張りました。

お披露目の「望郷は海をこえて」これがまあなんともお披露目にふさわしくない酷い作品でしたけど、これはきっと美しい花總まりのエカテリーナ姿を見せたかったのかなと思います。

2002年の「鳳凰伝」も完璧に花總まりありきでした。

やっと存在感を発揮できたのは2004年「ファントム」でここで退団してくれていたら、怪我もせず円満に歴史に名を遺すトップスターコンビでいられたかもしれないのにと当時は思いました。

和央ようかの代表作といえばこの「ファントム」と1999年「CROSSROAD」2004年「BOXMAN」があげられます。

CROSSROAD」は勿論ストーリーもよかったんですけど、唯一花總まり以外の人と共演した(遠野あすか)貴重な作品です。「BOXMAN」も主役として花總に負けない存在感を出していたと思います。偶然にも二作品は、正塚先生でもしかしたら彼と相性がよかったのかもしれませんね。

2006年「NEVER SAY GOODBYE」は主役なのにどこか傍観者のようでもありましたが、ともあれ、これが今の旦那さんとの出会いの作品としてみればよかったんだろうと思います。和央ようかも花總まりも最近の宝塚には珍しく長いトップ生活を送ったわけですが、その間、若手がどんどん退団し、しょうがないので次々よその組からトップを引っ張ってこなくてはならず、生え抜きが一人もいません。

なぜ新人公演主役を演じた人から退団していったのか、組長も副組長もやたら在任がながく、結局実力派は退団させられていくような気がしました。

宝塚生活のほとんどを花總まりと過ごし、いつの間にか「女帝の夫」と呼ばれ、退団してからその女帝は陰になり一生懸命に和央を立てて頑張っていたけど、今は花總は帝劇に欠かせないヒロイン女優となり、和央はワイルドホーン夫人として裕福で贅沢な生活を謳歌しています。でも外国へ行ったら「ワイルドホーンの〇〇目の妻」って言われるんだろうなあ。それもまあ一つの生き方ですけどね。

 

 貴城けい(紫城るい)・・・悲運の貴公子

78期で雪組配属 → 2006年宙組トップに就任

以前も書きましたが78期というのは運が悪い期です。なぜって77期がいたから。

77期はなかなか退団しなかったし、春野寿美礼・安蘭けい・成瀬こうき・朝海ひかる・花總まりらがおり、下級生の頃からトップに足りない部分を補う役割をさせられていました。でも78期も職人的な期でもあり、瀬奈じゅん・大空祐飛・貴城けい・夢輝のあ・檀れいと決してそん色はなかったと思うんです。

ただ、貴城けいの可哀想だったことは、雪組に「だんご3兄弟」が来たことで実力派あるのに大幅に番手を落とされたことです。

そういう事に耐えつつも2001年雪組「アンナ・カレーニナ」におけるカレーニンは素晴らしい出来栄えで、コスチュームも似合うし、大人の役がぴったりで本当によかったと思います。

2003年、朝海ひかるお披露目「春麗の淡き光に」では主役の朝海よりも源頼光の方が演技力や所作が上で、まるでどっちがトップかわからないなと思った程です。

ショー「JOYFUL」に置いてもしっかりと2番手という地位を固めたなと思いました。

だけど2003年バウ主演「アメリカン・パイ」があまりよくなく、っていうか貴城けいのよさを出せなかった事で足踏み状態になります。

2005年、「霧のミラノ」が最後になって宙組へ組替え。まさかここで水夏希を次の雪組トップにするなんて考えられない事で私は大いに怒ったし悲しかったです。

確かに融通性がない純正雪組スターではありました。でも軍服に似合う、コスチュームが似合う、あそこまで美しくこなすスターは貴重であったと思いますし、彼女が雪でトップになっていたら、沢山のコスチューム物を見る事が出来たかもしれません。

2006年に落下傘で宙組トップになった途端に退団発表。

匠ひびき、絵麻緒ゆうに続く3人目の1作トップで、それも何で坂本竜馬をやらせるかなあと・・・

退団してからはずーーっと綺麗なお姉さんで結婚もして女優としても活躍して嬉しい限りですが、もうちょっとトップ生活を送って欲しかったです。

 

 大和悠河(陽月華)…結局大地真央にも天海祐希にもなれなかった

 81期→月組配属。2003年宙組に組替え。2007年宙組トップスター就任

とにかく月組に配属された時から「大地真央に似ている」とか「第二の天海祐希」とか言われて持ち上げられていたのは事実です。1996年に阪急電鉄ポスターに抜擢されていたし、久世星佳お披露目ショー「マンハッタン不夜城」でも真ん中にいたし。

97年の「TCAスペシャル」でも女装して踊っていたし、この年には「エル・ドラード」新人公演主役に選ばれ、「ワン・モアタイム」でダブル主演。

98年には「シンデレラ・ロック」で単独主演を飾り、2001年には新人公演6度目の主演を果たして卒業。

でも彼女の運命は霧矢大夢が組替えしてきた時からゆっくりと変わっていったんじゃないでしょうか。

なんせ霧矢は何でもできる子。おまけに大和より1期上。いつでもぽーんと抜かされてもおかしくない状態。

97年月組「NON-STOP」では可愛いサーカスの天使を演じていた大和も学年が上がるにしたがって大人っぽさを出さなくてはいけない。でもなかなかそれが出来なかったんですよね。99年「十二夜」でも出来が悪かったわけじゃないけど今一つ。

2000年に「更に狂わじ」で霧矢とダブル主演をするも、内容が難しすぎて代表作になりえなかった。

でもぱっと見華があるし、いつの間にか月組の顔になっていた事は事実ですよね。

2002年「ガイズ&ドールズ」のネイサンはかなり無理してたけど、2003年に特出で星組に出演、「雨に唄えば」と2004年の「1914」の時は大和の華が大いに役にたったと思います。もしかして星組向きだった?

トップになってからは何だか心もとない状態が続き、あっという間に退団してしまったような印象があります。

今や帝国ホテルに居を構え(?)めちゃくちゃお金持ちな生活をする「セレブな元ジェンヌ」と言われていますが、大和悠河、本当は宝塚で何をしたかったのか?

 大空祐飛(野々すみ花)・・・遅咲きすぎたトプスターが組を救う

78期で月組配属。2008年花組へ組替え。2009年宙組トップに就任。

待てば海路の日和ありという言葉がぴったりのスター、それは大空祐飛。残り物には福がある、負けるが勝ち、ことわざしか浮かんでこない人です。

私が宝塚を見始めたのが1996年くらいからですが、その時荒大空祐飛の名前も顔もわかっていたし、何となく目が離せない、綺麗で笑顔が素敵なスターだと思っていました。どうしてもっと上にいかないんだろうとも。

96年当時、上には樹里咲穂や成瀬こうきがいて、下には水夏希に大和悠河。そんな中で大空の地位は常に「路線に乗せるべきかどうか悩む存在」だったと思います。

樹里も成瀬も水も大和もいなくなって残ったのは同期の瀬奈じゅんと霧矢大夢だった。歌劇団も正直大空の扱いをどうしようかと思っていたんじゃないでしょうか?

とりあえずトップ就任の霧矢大夢の邪魔にならないように花組へ異動させたけけど、今度は宙組に空きが出来たのでこれはいいとご祝儀トップみたいな?

何でここまで長い道のりを歩く結果になったのかといえば、大空祐飛の持つムードが他のジェンヌとちょっと違っていたからです。

学年が若いころからミステリアスで大人っぽい。だけど笑顔は純粋。相反したムードを持っていて似合う役はなかなかなかったと。

コメディも向かないし、ヒーローというよりもっと大人の策士タイプで、だから「LAST PARTY」はよい出来だったと思いますし、「愛と死のアラビア」でもまさに頼りがいがある役をしっかり演じていました。この学年になってやっと似合う役が出て来た。その代表が2009年花組「太王四神記」のヨン・ホゲだったと思います。

彼女のヨン・ホゲは愛と憎しみの間で悩みつつ、避けられない運命に向かって行くことがよくわかる演じ方でしたし、なによりビジュアルのよさが勝っていました。

2009年宙組お披露目「カサブランカ」では、まさに最も似合う「大人の男性」を演じきって名作にしました。

大空祐飛がトップになって宙組は確実に変わりました。それまでなかた連帯感のようなものが生まれ、組子達が大空祐飛を中心にまとまり始めたのです。これは宙組始まって以来のことで、やっと宙組生にも目指すべきお手本が出来たということではないでしょうか?

大空の宙組に対する貢献度は本当に高かったと思います。

 

 凰稀かなめ(実咲凛音)・・・階段を駆け上がりすぎて何もつかめなかった

86期で雪組配属。2009年星組に組替え。2011年宙組に組替え。

お友達から「気になる男役を見つけました」とメールを貰って、その後一緒に観劇した時に教えられたのが凰稀かなめでした。背が高くてビジュアルが最高の、新人時代から抜擢をされている人です。

凰稀かなめの宝塚生活を振り返り、一言でいうと「挫折知らず」ですね。

スカイフェアリーズに選ばれ、「霧のミラノ」で新人公演初主演。2007年「エリザベート」では早々にルドルフを演じ、アクア5のメンバーにも選ばれてメディアへの露出も増えました。

星組へは2番手就任のご栄転。宙組へは次期トップとしてのご栄転。

まさにトントン拍子にトップの階段を駆け上がって行ったという印象です。

彼女の代表作は何と言っても2010年星組「ロミオとジュリエット」のティボルトではないかと思います。あの時の目が座った感じ。愛され感のないなげやりな感じがとても似合っていました。

当時からどちらかというと悪役が似合っていたんでしょうね。

太王四神記」のヨン・ホゲも大空祐飛とはまた別な魅力で見せてくれたと思います。

モンテ・クリスト伯」はまさに凰稀かなめにピッタリで、二面性のある役が本当にあっていたんだなと思います。

ただあまりにもトントン拍子すぎて「男役」を究める時間はなかったようです。

もうちょと先を見越して精進して欲しかったと思います。

 朝夏まなと(実咲凛音)・・・優しさで包んだ組

88期として花組配属。2012年宙組に組替え。2015年宙組トップ就任。

正直、花組の時はあまりよく見ていなかったというか、とりあえず名前を見たものの顔と一致することがなかったんですね。

所が2012年「銀河英雄伝説」のキルヒアイスがたちまち評判になり、一気にトップへの切符を確実にしたと思います。実際キルヒアイスは主役よりいい役でしたよね。優しくて忠誠心があって最後は主人公の為に死ぬなんておいしい役、これをものにしない手はありません。

根っからの善人が似合う朝夏まなとは「モンテ・クリスト伯」の悪役は散々でしたけど、上田久美子との出会いが彼女を変えたような気がします。

2014年「翼ある人々」はブラームスの青春を描いた作品でしたが、シューマンに師事し、その妻クララに片思いをしつつも決して野蛮な態度に出ず、ひたすら尽くす方に回る・・・まるで「ベルばら」のアンドレです。

そういう役をさらりとこなす事が出来るというのは朝夏まなとの大きな資質ではないでしょうか?

それが2017年「神々の土地」で花開き、名作になったと思うと本当に嬉しいです。

無論、朝夏まなとのダンスも好きでした。決して朝海ひかるのような難易度を競うものではないけれど、それでも技術的に感じるものがあったと思います。

元々綺麗な人なので女優になっても大丈夫。これからの活躍を期待します。

 

 真風涼帆(星風まどか)・・・ビジュアル系トップ

92期として星組配属。2015年宙組へ組替え。2017年宙組トップ。

まだまだこれからの人ですから。

星組に配属され新人公演の主役を演じ、バウの主演を果たし、3番手まで上がってもどこか自信なさげで、いつも「怖いよ」という声が聞こえてきそうな顔をしていました。ところが宙組に行った途端に生き生きと2番手を務めるようになった。

よっぽど朝夏まなとと仲良しになれたんでしょう。それからは芝居においてもショーにおいてもどこかBLっぽいというか、二人の親密度をアピールする作品が続きましたよね。

では単独トップになってどうなのか?

まだ未知数としかいいようがありません。今はまだ・・・

 

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皇室ウイークリー

2018-06-17 07:00:00 | 皇室報道

ご日程

両陛下

6月8日・・・天皇陛下 → 通常業務

6月9日ー11日・・・両陛下 → 福島県訪問

9日・・・福島県知事,県議会議長,県警察本部長に挨拶をうける

     県勢概要聴取

     福島県復興公営住宅北好間(きたよしま)団地の説明をうける

     (同復興公営住宅居住者等と懇談

      国土緑化運動・育樹運動ポスター 原画コンクール等入賞作品を見る

      第69回全国植樹祭レセプション出席

      フラガールショー鑑賞

10日・・・昼食会

     東日本大震災津波犠牲者慰霊碑拝礼

     第69回全国植樹祭式典出席・記念植樹

     南相馬市雫行政区長と懇談

     提灯奉迎

11日・・・相馬市東日本大震災慰霊碑供花・相馬原釜地方卸売市場視察

     昼食会・相馬市長,市議会議長と懇談

     福島市古関裕而(こせきゆうじ)記念館訪問

     

6月12日・・・両陛下 → 皇太子同妃両殿下から挨拶を受け昼食を共にする

             秋篠宮両殿下から帰国のあいさつをうける

             勤労奉仕団に会釈

      天皇陛下 → 通常業務

6月13日・・・両陛下 → 外務省から進講を受ける

6月14日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

             小笠原諸島返還50周年を迎えてについて説明を受ける

 

皇太子同妃両殿下

6月9日・・・両殿下 → 結婚25周年につき諸行事

6月13日・・・皇太子殿下 → 外国大使に会う

              勤労奉仕団に会釈

6月14日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

       両殿下 → ウィーン少年合唱団鑑賞

 

秋篠宮家

6月4日ー9日・・・両殿下 → ハワイ訪問

6月11日・・・両殿下 → 帰国につき賢所参拝

             平成30年度学術研究助成金贈呈式」について説明を受ける

6月12日・・・両殿下 → 帰国につき両陛下に挨拶

      紀子妃殿下 → 第65回産経児童出版文化賞」贈賞式出席,選考委員及び受賞者とのご懇談

6月13日・・・両殿下 → 結成70周年記念 第71回全国盲人福祉大会 記念式典出席

6月14日・・・秋篠宮殿下 → 徳島県訪問

 ・「第43回全日本愛瓢会総会・展示会」作品鑑賞

 ・昼食会

 ・四国化工機株式会社視察

 ・懇談会

 ・徳島県立阿波十郎兵衛屋敷視察

 皇后陛下のあの「発熱」は嘘だったんじゃないかと私も思えて来ました。

根拠は一つ。あの女性週刊誌が取り上げないことです。いつもなら「満身創痍」だの「悲愴」だのって大げさなタイトルでいかに皇后陛下が国民の為に自分の身を顧みることなく公務に励んでいるかを強調すると思うのですが、今回はさらっと「発熱したけど公務はそのまま」

あまり深堀りされては困る事実がそこにはあるのではないでしょうか?

80代の老人が38度の熱を出したら侍医は必ず「ドクターストップ」をかけるだろうし、天皇陛下も止める、侍従も止めるのが普通。それを本人の意志を尊重して、全ての公務に出席なんてありえないでしょ。もしもの事があったら責任を問われるのは皇后陛下ではなく側近。保身に忠実な宮内庁がそこまでリスクを負うものでしょうか?

ではなぜ、「発熱」の報道をさせたのか・・・・ここはやっぱり「ヤバイ」と思って報道したのちに熱を計ってみたら平熱だったって事ですかね?私自身、前日に高熱を出したら翌日もだるくてうごけないし大事をとってお仕事を休みます。

供花だけならともかく昼食会も懇談も全部出席できる人なんていないんじゃないか?

そこで、女性週刊誌ですよ。

女性セブンは、6月9日に皇太子夫妻が結婚25周年の記者会見をしなかったのは、両陛下はこの日、福島へ行っていて、もし記者会見なんかしたら注目が全部雅子さんに集まってしまうから配慮をした・・・と書かれています(どれだけ自意識過剰なお妃なのでしょうか)じゃあ、福島行きがなかったら記者会見をしたのか?多分したでしょうというニュアンス。

9日は皇太子夫妻の25周年の文書が発表されて、祝賀を受けたなど報道はありましたよね。それに米朝会談を控えてそれ一色のこともありましたし。今一度福島へ目を向けさせるには皇后の発熱がいい材料になったのではないかと思うんです。

もしこの予想があたっていたら皇后はミュンヒハウンゼン症候群という事になるわけで。どこか精神的に変なんじゃないか?と。

 桂宮墓所祭に参列の百合子妃殿下

 

 香淳皇后例祭に出席の眞子様と佳子様

雅子さんは安定の欠席

 

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お帰りなさい佳子様

2018-06-16 07:15:00 | 皇室報道

佳子様のお帰りを日本国民みながお待ち申し上げておりました。

長かったような短かったような・・・でもご無事な姿を見ることが出来て本当に嬉しいです。

少し大人っぽくなられたような?

相変わらずまぶしい笑顔。

早速皇居にも挨拶をされて。

そうそう、この笑顔。この笑顔をお待ちしていたんですよ!!

うちのカワちゃんも興奮して今夜は眠れないかも。

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民主主義が独裁制に負けた?

2018-06-16 07:00:00 | 政治

フジテレビの「紀州のドンファン」の奥さんインタビューを見ました。

弁護士事務所が設定したインタビューだったんですよね。

あの奥さん、自分が世間で何と言われているか知っているからその疑いを晴らそうとし、さらに週刊誌を訴えるとか。

私、インタビューを見ててちょっとひっかかったセリフがあって

それはドンファンの死に方を話している時に

全裸でこんな風に・・・それがとても不気味で」って言ったんです。一応、自分の夫なんだし、「不気味」はないだろうと。

お手当は月100万でしたっけ?

でも結婚したといってもほとんど一緒にいる事はなかったような口ぶりで。事件の日もお手伝いさんとテレビを見てたとか?

テレビでも家政婦が「ドンファンは下半身が裸の状態で死んでいた」といったのに対し、妻は「全裸」といい、矛盾がある事を指摘されていました。

また、「前の奥さんが覚せい剤をやっていて」と前妻さんになすりつけ?

事件に直接関与していないなら、裏で手を回したか?と思います。まるで・・三浦一義って感じですね。

アメリカが米韓軍事演習を中止するとか、北朝鮮ではさも金正恩が全てを主導したかのような映像が作られたとか、そういう話を耳にするたびにこれは完全に民主主義の敗北ではないかと思うのです。

独裁者とにこやかに握手して、相手の「体制維持」を保証するかわりに「非核化」を推進せよ・・・って以前からこういう手でアメリカは騙されて来たのではないですか?トランプ大統領はそれでも支持率を失わないのでしょうか?

要するに「アメリカファースト」の彼にとっては軍事演習とか駐留とか、そういうお金がかかることはしたくない。勝手にそっちでやればいいじゃない?と思っているんですよね。本当はアジアには興味がないのにわざわざシンガポールまで出てやったんだし、もうこれで終わりにしてくれーーって感じですか?

アメリカ本土にさえミサイルが飛んでこないならそれでOK。

アジアなんかどうでもいい、だけど脅威を与える中国は嫌いってとこですか。

そもそも独裁体制の維持を約束(?)するなんて民主主義国家にあるまじき行為でしょう?ヒトラーを認めるようなものです。

アメリカにとっては拉致被害者も北で虐げられている人達も「不運だった」としか言いようがないんでしょうね。

軍事演習がなくなったら次は在韓米軍の撤退でこれをもって「終戦」がなり、今度は韓国が北に併合されるでしょう。今の韓国は北寄りの文大統領政権が強いですし、保守派は日本と同じように死にそうになっているそうですから、太平洋戦争の方が朝鮮戦争より大きいと思っているような?

でも死んだ人の数は朝鮮戦争の方がずっと多いのにね。

中国、高麗連邦、そしてロシアと社会主義国に囲まれた日本はもう終わりです。

アメリカにとってもヨーロッパにとっても日本は遠い国で、火の手が上がっても全然影響がないと思っているんでしょうかね。

確かに民主主義というのも限界が来ているのかもしれません。

あまりに「自由」を尊重しすぎてモラルハザードを起こす。今の皇室を見ていると全くその通りだと思います。元々人権がない人達に「人権がある」というような考えがまかり通り、義務より権利。

ちょっと国家を歌ったら「軍歌」のようだと批判される日本。アメリカも同じ状態です。一方方向に流れた「自由」が逆差別を助長していくわけですから。

その点、「何が何でも指導者が一番偉い」独裁国家は判断するのも早いし、行動も早い。その代わり指導者が逃げるのも早いですけどね。

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初心者の為の東京宝塚劇場

2018-06-15 11:05:00 | 初心者の為の宝塚講座

ミロさま、初観劇、おめでとうございます。またネタを提供して頂きありがとうございます。

宝塚歌劇といえば「好きな人しか行かない」場所というイメージが強いと思うのですが最近では修学旅行生も行きますし、数々の貸し切り公演もありますし、好きも嫌いも「コースの中にあったから」見る人も多くなっています・・・というかそういう人の方が多いんじゃないか?とも。

真琴つばさの「ゼンダ城の虜」は大劇場でしか上演されず、私は見に行くことができなかったのですが、舅と姑は地方銀行の観光旅行で大劇場がコースに入っており、「仕方なくみたんだーー」と言ってまして。あの時は内心腹が立つやら。

舅なんて「さっぱりわからないからずっとロビーで煙草吸ってた」とか言うでしょ?

お義父さん!これは東京に来なかった作品なんですよ」と一応言って見たけど「だから?」みたいなねーー

ママがそんなにみたいなら代わってあげればよかったね」とか慰められても。

他にも初演の「凱旋門」の時は農協の団体さんが入っていて、あまりに芝居がつまらなかったのか一斉にいなくなってしまった事もあり。

ということで、「好きも嫌いもなくたまたまチケットが手に入ったために宝塚を見ることになってしまった人へ」のご案内です。

 宝塚の基本は「芝居」と「ショー」

宝塚は11時公演と15:30公演、時に13時、18時半公演などに分かれていますが

基本的に1時間半は「芝居」30分の休憩をはさんで1時間が「ショー」になっており、貸し切り以外は組長やトップの挨拶はなく、無論カーテンコールもなしです。

「芝居」といっても芝居小屋の芝居というよりはミュージカル・・ではなくやっぱり「歌劇」です。宝塚の芝居は歌ではなくセリフがメインで合間に歌が入ると思って下さい。

他に「グランドロマン」と呼ばれる1本物があり、「ベルばら」がそれにあたります。

 公演プログラムを買おう

舞台を見る時の必須アイテムとしてオペラグラスがあります。宝塚の場合は他の劇場より客席と舞台が離れているのでオペラは絶対にないと。それにあの化粧ですから最初は誰がだれだか区別がつかないでしょう。1つの舞台に100人近い人数がいるので。細かく見れば衣装の1本の筋、刺繍などでその組子の立ち位置がわかる程なんですけど、とりあえず初心が目に入れておかなくてはならないのはトップスターと娘役トップです。この二人を覚える為にプログラムを記念に購入しましょう。

1部1000円です。大劇場と東京では表紙が違うので両方揃えると楽しいけど、とりあえず東京宝塚劇場に入って右側で買ってください。次回公演や青年館などのチラシもありますから何枚かとって見るのも良いでしょう。

 

 公演カクテル&公演デザートを予約しよう

各公演には面白い名前がついたデザートや、公演にちなんだカクテルが売られています。カクテルにはアルコールとノンアルコールがあります。30分間の幕間までに売り切れてしまう可能性があるので2階の向かって左側で予約しましょう。

ちなみに「天は赤い河のほとり」のカクテルは結構きつかったです。

 お昼ご飯はどこで食べるの?

団体さんの場合はお弁当付きというのがあり便利ですが、そうでない場合、二階と4階のホワイエでおにぎりやサンドウィッチを買って食べるのも楽しいです。

でももし時間があれば11時公演の場合は公演後、3時半公演の時は公演前に日比谷シャンテの地下や有楽町あたりでおしゃればレストランに入るのもいいでしょう。あちこちにヅカファンがいて公演やスターの話をしているのに聞き耳を立てるとか、写真などを好感している光景を見て「へえ」と思うのも楽しいです。

ちなみに向かい側のクリエや日生劇場ではジャニーズの公演をしている場合が多く、若い10代のファンが秩序なく群がっている事もあります。

 芝居は衣装を、ショーは音楽を楽しんで

芝居とはいっても「初心者講座」で書いた通り、いつも傑作が出てくるとは限りません。「ふぶきさんが言ってたキムシンに当たっちゃったよーどうしよう」なんて事もある筈。キムシンなら倒置法を乱用するかどうかを聞いて「やっぱりそうだった」と妙に勝ち誇るのも楽しみではありますが、それは通で、初心者の方はまずはストーリーと結末を印象にいれるようにしましょう。それも無理なら、とにかく衣装を楽しんでほしいです。宝塚の衣装はとにかく豪華ですから。

私は最初にショーを見た時、どこをどう見るべきかわからずただただ圧倒されてみてただけなんですね。後でビデオを見返して「ああ、そうなのか」と思う事も多々あり、また当時はバレエも見た事なかったし、歌の上手下手もわからなかったです。

だからショーは音楽が流れるように続いているかどうかを重点的に見て欲しいです。そうすれば飽きませんので。すぐに暗転して場面が変わるーーを繰り返しているとやっぱり飽きちゃいますよね。いつの間にかフィナーレが来てたというのが本当にいいショーなんです。

ちなみにショーの始まりはトップのソロか、何人かの歌で始まり、「中詰め」と呼ばれるみんなが銀橋に出てきて盛り上がるシーン、そしてロケット、燕尾服、大階段の後、デュエットダンスでパレードというパターンが多いです。

宙組「シトラスの風」では歌劇団のイチオシが場面つなぎに銀橋で歌う事がありましたよね。そうやって「この人をよろしく!」ってアピールしているんです。

 幕間の30分はデザートタイム

芝居が終わってちょっと興奮冷めやらずでロビーに出たら、みんな一斉にトイレに向かいます。有難いことに東京宝塚の場合は女子トイレが多く行きそびれる事はないのですが、他の劇場だとそうもいきません。

2階のホワイエではビールやカクテルなどを飲みながら「〇〇さん、かっこよかったね」とみんなが楽しそうに話しています。それを聞きながらさりげなくプログラムをチェックするのもよし、純粋に食べることに専念するもよしです。また、壁のポスターを見て、各組によってこんなに雰囲気が違うのねーー私の好みの顔はこの人よーーと言って見たりするのも乙です。

 2階席のよさは舞台全体を見ることが出来る

新しい劇場になる前、東京宝塚劇場は3階までありました。今の劇場でいう所の2階席10列目よりも後ろですね。階段が急であることと段差が大きいことで高齢者には向かないんです。東日本大震災の時には休憩中だったからいいものの、これが公演中だったらけが人続出、パニックでエスカレーターが大変なことになっていたと思います。決して消防法上いいとは言えないんですけど、でも2階席というのは本拠地に比べて縦長で斜め度が高いので見やすいと思います。ゆったり感はありませんが。

 終演後はぜひキャトルレーヴへ

公演が終わったら劇場脇、あるいは日比谷シャンテの地下1階にあるキャトルレーヴへ行ってみましょう。さっきみた公演の写真が売っていますし、他にもDVDやCD、各組のトップのコーナーなど充実しています。

その時見た公演のシーンごとの写真や、ブロマイドを買う。4つ切りの写真は思い出にはぴったり!

好きになったスターさんが出演しているDVDを買うなどもいいでしょう。え?何を買ったらいいのかわからない?そういう時は「ふぶきの部屋」を見るか、回りの人に聞いてみましょう。

例えば「あの・・今日の主役をしていた真風涼帆さんのDVDが欲しいのですが何がお勧めですか?」って聞くと、回りにいる人は何でも親切に教えてくれます。

そうですねーー【神々の土地】これはひとつ前の朝夏まなとさん主演のDVDなんですけど、真風さんは2番手で出演していらっしゃいます。それと・・あ、ここにある「シェイクスピア」もいいですよーー一緒に入っている「HOT EYES」というショーが最高で、真風さんと朝夏さんが×××きゃーー!」ってな風に。

それときっと、「あ、ここが真風さんのグッズの売り場でーーす。色々お勧めがあるんですよ」と聞いてもいない事まで全部説明してくれますから。

キャトルレーヴは劇場脇とシャンテの地下と2か所あります。どちらも除くと、置いてある商品の並べ方に違いがあって片方で目につかなかったものが目についたりして、しまったーーという事がありません。

 出待ちしてみる?

2回公演の2回目、キャトルで色々選んで上に上がって来ると、道路わきにはファンがずらりと並んで出待ちしています。さりげなくその集団の後ろにいるとスターさんの出待ちに遭遇出来ます。みんなマフラーの色などでどこのファンクラブかわかるようになっているのですが、わからない時は小さい声で「ここはどちらの・・・」と聞いてもいいと思います。

楽屋口から誰か出てくるとみんな一斉に立ち上がり、後は中腰で座っています。出待ちはひたすらスクワット運動ですから体力勝負。誰かわからなくても服装などで「ジェンヌは並の人ではない」ことがわかればOK。

帝国ホテルあたりに立っているとスターさん達とすれ違う事もあり、役得感ありです。

 

いかがでしたか?初観劇のさいにはぜひ参考にしてくださいね。

 

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