水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百六十回)

2010年12月03日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百六十回
私は、こんな話は早く切り上げた方がいいだろう…と思った。社内で誰に聞かれているか分かりゃしない、と思えたからである。事実、児島君だって外のドアから私が霊と交信している声を聞いていたのだ。児島君はしばらく話したあと、第二課へ戻っていったが、絶ち切れてしまったお告げはその後、とうとうなかった。
 その夜、私は浴槽に浸かりながら、今日のお告げのことを考えていた。今日はA・N・Lへ寄ったぐらいですぐ帰宅したから、玄関を潜(くぐ)ったのは七時を回った辺りだ。これは私にしては早い部類だった。課長当時は接待に明け暮れていたから、例のワンパターン[みかん→眠気(ねむけ)駅⇒新眠気(しんねむけ)駅→自宅→新眠気駅⇒眠気駅→駐車場→A・N・L→会社]となるのが毎度のことで、七時などの帰宅は、ほとんどなかったのである。いい気分で湯に浸かってると、つい眠くなった。やはり、部長になった気疲れが溜(た)まっていたのか…と思えた。ウトウトして危うく浴槽へ沈みかけ、目覚めた。その時、会社で途絶えたお告げがまた聞こえた。
『昼間は途中になってしまいました。あのあと、もう一度と思いましたが、あなたがお困りになられるだろうと断念したのですよ』
「なんだ…そうだったんですか。私はいっこうに構わなかったんですが…」

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第五回

2010年12月03日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第五回

次の瞬間、左馬介は俊敏に立ち上がり、同時に大刀を引き抜いた。手にする太刀は、紛れもなく幻妙斎が左馬介に与えた村雨丸である。一糸の息の乱れもなく、即座に左馬介は残月剣の形を描き始めた。もう躊躇する何ものも左馬介にはない。ただ一途に、武芸者であることに左馬介は専念し続けた。中段の構えから上段へ、そうして崩れ上段の構えへと移行する。この構えは、無論、剣道の教則には未だない左馬介が編み出した独自の構えである。正に、左馬介が残月剣と命名したその太刀捌きであった。崩れ上段は両手を天に向けて万歳する恰好で剣を押し抱いく構えであり、左馬介は高々と上げた村雨丸の峰を左手の親指と人差し指の間に刀掛けの如く乗せて持つ。幻妙斎は、以前に観た時と違う工夫がなされているかを具(つぶさ)に見て取る。次の一瞬、左馬介の柄(つか)を持つ右手が動いた。当然、それと同時に刀身は左手から俊敏に離れている。しかも、その刀身は空を舞って一回転した。目にも止まらぬ速さとは正にこれで、更に続けて、右上から左下の斜(はす)へと袈裟懸けに振り下ろされたのである。振り下ろされる直前に戻って詳述するならば、空を舞った直後、即ち、振り下ろされる直前には、右手一本で持たれていた柄に左手も合流していることになる。故に、袈裟懸けに振り下ろされる直前の太刀は、気合い諸共、両の手で振り下ろされたのだ


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