水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百六十八回)

2010年12月11日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百六十八回
「どうされました塩山さん? まあ、お座りになって下さいよ」
 振り返った沼澤氏は手招きしてそう云った。その言葉に促(うなが)され、私はいつもの定位置の椅子(チェアー)に座った。というのも、沼澤氏は私がいつも座る椅子を憶えていて、空けてくれていたのである。
「実は…時間が消えたんです…」
 私のマジな言葉に、ママはポカ~ンとした虚(うつ)ろな表情で私を見た。
「どうしたのよ、満ちゃん。時間が消えたって…。消える訳ないでしょ。怪(おか)しな子ねえ」
 ママは怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで愚痴っぽく云った。
「熱でもあんじゃない? 早く帰って寝た方がいいわよ、満ちゃん」
 踏まれた足をまた踏まれた感じ…とは、正(まさ)にこのことである。ママに加えて早希ちゃんも追撃してきたのだ。しかし私には二人を納得させるだけの言葉は見つからなかった。それ以上に妙なのは、つい今し方、ドアの入口にかけられていた準備中の札がママの後ろの棚に見えたことである。…では、私が入る時に見た札は・・? 私は、ゾクッっと寒気がした。
「あります…。そういうことがあるんです」
 悟りきったような口調で沼澤氏が私に助け舟を出した。
「沼澤さん、どういうことなの?」
「そうですよねえ~。よく分かんないわ」
「霊力と交信できる人には、よくある話なんです。今の塩山さんの場合の逆のパターンもあるんですよ」
「えっ!? 逆って、二時間前に戻るってことですか?」

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第十三回

2010年12月11日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十三回

「そのことは私も気になっておりました。今迄ならば、正月引きでしたが…」
「なんぞ、影番の樋口さんを通して、先生のご指示があったのかも知れませんね」
「ええ、私も左馬介さんが云われるようなことかと思います」
 鴨下は右と云えば右、左と云えば左へ動く男だから、左馬介も会話に熱が余り入らない。だから話も弾まず、いつの間にか尻切れ蜻蛉になった。そうこうしている内に、握り飯も焼けてきた。無論、焼く為に金網に乗せている訳ではなく、飽く迄も冷えた握り飯を温めんが為のひと手間なのである。大皿に三人分が焼けた頃、申し合わせたように長谷川が、ドカドカと音をさせて粗野に入ってきた。
「おう、美味そうに焼けたな。どれどれ…」
 そう云うと、焼けたばかりの握り飯を手にしよとした。が、刹那、長谷川は手を素早く引っ込めた。
「ウッ!」
「長谷川さん、上のは今、焼いたばかりの奴で、熱いですよ」
 鴨下が、云う間合いを逸したということもあった。
「鴨葱、それを早く云わんか。…いや、これは俺が軽弾みだったな、お前の所為ではない。しかし、迂闊だったわ」


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