水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百八十三回)

2010年12月26日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百八十三
 そこへ鍋下(なべした)専務が現われた。
「おお、児島君もおったか。塩山君、煮付(につけ)先生が今日の午後、遠路はるばる眠気(ねむけ)へ来られるそうだ」
「えっ! 煮付先輩が、ですか? なにか起こったんでしょうか?」
「んっ? いや、私もよくは分からんのだがね。先ほど社長室へ電話が入ったらしい。ただ、来られる、という話だったようだ」
「そうですか…。煮付先輩が…」
 つい数日前、私が東京へ行った時、先輩は何も云わなかったのだ。急用なのかも知れなかったが、それにしても会社へ直接、電話した先輩の意図が分からなかった。二人が出ていったあと、私は先輩に携帯で電話した。会社の電話は交換を通すから、避けた方が無難だと判断した訳だ。別に聞かれて拙(まず)い話じゃなかったが、なぜかそうしていた。
「先ほど専務から聞いたんですが、今日、こちらへ態々(わざわざ)、来られるそうですね?」
「ああ、そのつもりだ。今、出るところでな。ちょっとお会いしたい方がおられてな。そのついで、と云ってはなんだが…」
「私に一報して下されば、よろしいのに…」
「ははは…。塩山でも別に構わなかったんだが…。社長の炊口(たきぐち)さんにも御挨拶しておきたかったんでな…」
 煮付先輩は私に電話しなかった訳を説明した。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十八回

2010年12月26日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十八回

「うん、まあな…。それはこちらが悪い。だがな、何もないのに行けぬからな」
「はあ、それもそうです」
「便りの無きが無事の知らせ…と申しますでな」
 二人の話を黙って聞いていた与五郎が、急に合いの手を入れ、口を挟んだ。
「おお…、上手いこと云ったぞ、与五郎」
 樋口が、図星だ…と云わんばかりに褒めた。その後、本題から枝葉末節へと流れかけていた話を元へ戻し、「そんなことは、どうでもいいのだ。お前の用件だったな…。そうそう、先生のご様子だが、先生は先生だわ、やはりのう。ははは…。いつの間にやら風の噂よ…」と、判じ文のような意味不明な語りで終えた。左馬介には今一つ、よく分からない。
「風の噂とは…、はて、どういうことでしょう?」
「剣の達人と呼び名が高いお主のことだから、分かると思ったが…。他意はない。言葉通りよ。風に乗り、何処(いづこ)かへ消え失せられたわ」
 そう云い終えると、樋口は高らかに一笑に付した。兎も角、幻妙斎に異変がなく、元気なようだ…と分かり、左馬介は、ひとまず安堵した。


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