水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十五回)

2010年12月18日 00時00分02秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十五回
「なにぃ~!? 湿っぽいわねえ~。唄お!」
 その嫌な感じを絶ち切ったのは早希ちゃんだった。彼女は突如、椅子(チェアー)から立つと、ボックス席へ近づき、カラオケ電源をオンした。そして何やら選曲してスイッチを入れた。その曲の前奏曲が流れ、モニターに
映像が映し出される。私の世代では唄わないヤング層の歌だとすぐ分かった。曲調が派手で今風の曲だ。早希ちゃんはその曲を上手く唄い熟(こな)していった。私と沼澤氏は、また話し始めた。
「今の子の曲ですなあ…」
「ええ、時代も変わりました…」
「確かに…」
 早希ちゃんの唄を聴くでなく聞いていると、ふと、煮付(につけ)先輩のことが頭を過(よぎ)った。先輩は十日後にまた電話すると云っていたのだ。鍋下(なべした)専務が取締役会を社長に進言してからの話だが、プロジェクトに我が社が参入することが本決まりになれば、私の仕事内容は大きな変更を余儀なくされるだろう。それは目に見えていた。ある意味、魅力的な話だったが、逆の意味での不安という一面もあった。今までの仕事の内容やリズムが極端に変われば、それだけ仕事への負担が増すのだ。会社もそれは分かるだろう。ただ、それより企業収益や我が社の将来にプラスだと判断されれば、承認されることは、ほぼ間違いなかった。


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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十回

2010年12月18日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十

「さ湯のようなもんで、申し訳ねえだども…」
「あっ! もう、お構いなく」
 そうは返したが二の句が継げず、次の言葉が出ない。仕方なく、左馬介は間合いを詰めようと、出された湯呑みを手にした。その湯呑みも、座布団と同じく、陶器とは、とても呼べぬ粗悪なもので、所々が欠けて罅割れていた。左馬介はこの時、百姓の日常の暮らしとはこのようなものか…と、改めて知らされる思いがした。そして、ひと口、啜った。
「それで、どのような用向きでごぜえやしょう?」
 左馬介は権十にそう云われ、 ━ そうだ、そのことよ… ━と気づき、盆へ湯呑みを置いた。
「ええ…、実は樋口さんの居場所を内々に探って欲しいのです。無論、礼金はお出し致します」
「樋口さん? …とは、代官所の樋口半太夫様の御子息であらせられる?」
「はい、その通りです。今は先生の影番を勤められ、とんと行方が知れぬのです」
「そうでごぜえやしたか。樋口様の所在をお知りになりたいと?」
「はい…」


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