水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百六十四回)

2010年12月07日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百六十四回
「まあ、それが主因だ。だから米粉の代用として需要を喚起(かんき)しようというんだよ」
「代用は可能なんですか?」
「食感を近くまで変える繋(つな)ぎ粉を混ぜればOKだ。この返事、すぐにとは云わんし無理だろう。一週間後に、また電話するから、いい返事を期待しているぞ。…そうだな、一週間後の、この時間帯でどうだ?」
「はあ…。そりゃ、こんな話は私の一存ではどうにもなりませんし、取締役会の承認もいる内容ですから…。会議に諮(はか)り、十日も戴ければ…」
「よし! じゃあ、十日後のこの時間帯に電話することにしよう。なにぶん、よろしく頼むぞ」
「はあ、こちらこそ…」
 一方的に寄り切られた形で、電話はプツリと切れた。なんだか物の怪(け)に、つままれたような気分が私はした。だが、電話があったことは事実だったし、煮付(につけ)先輩も実在の人物だから、強(あなが)ち、つままれた訳でもないか…と、あとになって思えてきた。
 次の日の朝、私は秘書の淹(い)れてくれたお茶もそこそこに、専務室へと駆け込んでいた。専務室には柔和な笑みを湛(たた)えて座る鍋下(なべした)専務の姿があった。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

残月剣 -秘抄- 《惜別》第九回

2010年12月07日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第九回

何ゆえ自分は無心なのか…それは天のみぞ知る事柄である。幻妙斎のこと、樋口のこと、況()してや長谷川、鴨下のことは皆目、思い浮かびもせぬ左馬介であった。それは心を凍らせ、全てを忘れようとする刹那の逃避だった。心の奥底には、幻妙斎が病に倒れるなどということは決してないのだ…と否定する見えない欠片(かけら)が存在した。その見えない欠片が左馬介の心を凍らせ、無心にしているのだった。だが、当の本人である左馬介には、そのことが分からない。必死に今後のことを考えねば…と踠(もが)くほど、心が無となるのだった。ふと我に帰れば、左馬介はいつの間にか自分の小部屋へ戻っており、畳の上で大の字を描いていた。眼に飛び込む天井板の節目が妙に今日は大きい…と、まず思った。その次に浮かんだのは、やはり樋口の顔だった。偏屈者とはいえ、今となっては、唯一の頼りとする心の支えなのだ。鴨下では今一、心もとないし、無二の友だった一馬はいない。長谷川とて、腹を割って話せる間柄ではなかった。ただ、心の拠りどころとする樋口が、いつ現れるのかは、全くもって分からない。要は、樋口が一方的に左馬介の顔を見に寄るといった塩梅で、左馬介から樋口の顔を見に行くということは出来ないのだ。樋口が幻妙斎の影番であるとはいえ、幻妙斎の傍らに四六時中、侍っているという訳でもなく、出会いも、ままならない。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする