水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百八十四回)

2010年12月27日 00時00分01秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百八十四
「それよりお前、今度はいつ東京へ来れる?」
「えっ? 今のところ予定はないんですが…。何かあるんですか?」
「いや、今は長電話になりそうだからい…。詳しいことは、そっちへ行って炊口(たきぐち)さんにお会いしてから話すよ。まあ、悪い話じゃないから、楽しみにしてろ」
「はい、分かりました…」
 電話はそれで切れた。煮付(につけ)先輩が私に何を云いたかったのかが少し気にはなったが、悪い話じゃないということなので自然と意識から遠退(とおの)いた。その先輩が我が社へ車で乗りつけたのは昼の三時頃だった。政府高官が来社するというので社内は騒然としていた。この日ばかりは炊口社長自らが陣頭指揮に立ち、接遇に手抜かりがないか、細かく事前チェックした。そして、先輩が車から降り立つと、社をあげてのお出迎えである。管理職以下、まるで賓客(ひんきゃく)を出迎えるかのように正面エントランスに整列し、先輩と数人のお付きの人達を迎えた。もちろん整列した中に私がいたことは云うまでもない。煮付先輩は炊口社長と笑顔で堅(かた)い握手を交わし、社長室へと消えた。二人が何を語らったのか、私にはまったく分からなかったが、恐らくは米粉プロジェクトの今後についての意見交換かと思われた。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十九回

2010年12月27日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十九回

「これでいいかな? …他に訊ねたき儀があらば即答するが、どうだ?」
「いいえ、もう他には、これといって…」
 事実、左馬介にはそれ以上、心に蟠(わだかま)ることなど、なかったのだ。
「そうか…。では、久しぶりに鰻政で鰻の美味いのでも食って帰ったらどうだ? 俺も今、食って、ここへ来たところよ」
「はい、有難う存じます。では、この辺りで…」
 長居をする用も他になく、左馬介は蓑屋を出た。礼を返したのは兎も角、鰻を食べて、のんびり帰ろうとは取り分け思っていない左馬介である。それに、気を削がれることが一つあった。以前、番傘を借りた折りに見た、腰掛け茶屋、水無月の娘が、どうも左馬介の脳裏から離れないのだ。あの時以来、娘には会っていなかった。それで…という訳でもないのだが、蓑屋の情報を教えて貰った主(あるじ)に、ひと言だけでも挨拶をしておこう…と思ったからである。ただ、娘がいたら…と仄かに思う潜在意識が働いたのも確かだった。
 水無月は未だ暖簾を掛けてはいたが、そうは云っても既に夕刻である。恐らく、娘に会うことはないだろう…と、思うでなく左馬介は踏んでいた。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする