水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア短編集 [第96話] 実(まこと)しやか

2016年03月02日 00時00分00秒 | #小説

 山椒亭(さんしょうてい)田楽(でんがく)は当代きっての落語家である。彼の語り口調は絶妙で、恰(あたか)もその人物や風景がその場にあるかのように実(まこと)しやかに語った。これは楽屋でも変わらず、田楽はコンニャクだ・・と、噺(はなし)家仲間からは、コンニャク亭呼ばわりされていた。コンニャクは閻魔(えんま)さまの好物らしく、裏表がない・・ということらしい。まあ、世知辛(せちがら)い今の世は、毒々しい嘘(うそ)とまではいかない方便を使わないと生き辛(づら)い俗世ではある。田楽が語る落語の世界は、真実味があり、その方便を忘れさせてくれた。
「実は、そこの横丁の豆腐屋の豆腐が美味(うま)いの美味くないのって…。いやもう、コレ! もんですよっ! 是非一度、お出かけ下さいましな」
 手で頬(ほお)を擦(こす)るようにして、田楽が待ち番の楽屋連中と話している。コレ! と手で頬を擦る仕草が、すでに芸になっていて、取り囲む連中は聴き耳を立てていた。
「へぇ~そんなに。ははは…当地へ呼ばれたおりは、一度、寄ってみなくちゃいけませんよねぇ~」
 次の出番の講談師、二流斎 凡庸(ぼんよう)は、さも興味ありげに返した。
「ええ、そりゃもう、是非…。また、そこの油揚げが絶妙なんでございますよ。私なんぞ、旅館に頼んで焼いてもらいましてね、醤油を軽くかけ、ご膳を五杯ばかり…これが美味(うま)いのなんのって…」
 田楽は、また実しやかに手ぶり身ぶりで語った。取り囲む連中は皆、舌舐(したな)めずりをした。
 ある日、その田楽が風邪(かぜ)で寝込んだ・・という情報が楽屋へ齎(もたら)された。田楽が山椒を乗せて!? と誰もが笑って驚き、見舞いに駆けつけた。
「わたしゃね、熱にうなされ見ましたよ。見ました、あの世とやらを…」
 風邪はもうすっかりよくなり、熱も下がったらしく、田楽は元気そうに寝布団の上で半身(はんみ)を起こし、見舞客の連中へ実しやかに語りだした。取り囲む連中は皆、顔面蒼白になっていった。
「それでね…お前はまだここへ来るのは早いぞよ・・って閻魔さまに言われまして。それとね、美味い豆腐には裏表があるぞよって、ニタリとお笑いになったんでございますよ、こんな顔で…」
 田楽は閻魔さまの怒り顔が笑顔になる瞬間を実しやかに演じた。取り囲む連中は皆、笑ったが、田楽の顔が実しやかな閻魔さまの顔に戻(もど)ると、ギャァ~~~! と先を争い、駆け出していった。

             THE END


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