この話は今から十数年前にもなろうかのう…。足を崩し、冷えた麦茶でも飲んで聞いてくれ。
毎年、盆になると息子夫婦が孫を連れて帰ってきおるんじゃが、その年も十日過ぎに帰ってきおった。夜になると盆の迎え火を焚(た)いてご先祖さまにも帰って来てもらうんじゃが、その年にかぎり、野分(のわき)・・今でいう台風が襲来する悪い天気になってのう、迎え火が外で焚けなんだんじゃ。そらそうじゃろうが、外は暴風雨なんじゃからのう。仕方なしに、風が入らん竃(かまど)の中で迎え火をつけ、それで迎えたんじゃ。孫達は呑気(のんき)なものじゃのう。風が強まり、大雨が降っておるというに、はしゃぎまわっておったわい。まあ、幸いなことにそう大した被害にもならんかったんじゃが、風が弱まり、ご先祖さまへの盆のお参りごとを皆でやったあとから、どうも信じられんようなことが起こりよったんじゃ。言うても信じてもらえんじゃろうが、一応、話しておくとするかのう。
お参りごとも済み、しばらくして息子夫婦や孫らは別棟(べつむね)へ眠りに行きよった。わしと爺(じい)さまも寝ることにして、床(とこ)についたわい。ここまでは、なにごともなかったんじゃ。息子が別棟から血相変えて走り込んできよったのは、いつ頃じゃっただろうのう。わしの記憶では、日付が変わった頃じゃったと思う。ただ、息子が喚(わめ)いてわしと爺さまに訴えとる意味が分からんかった。枕が浮かんで部屋を飛びまわってる・・とか言っておったかのう。盆のことじゃから人魂(ひとだま)が飛んでさ迷うなら分かるが、枕が飛んでさ迷う・・というのはどうも相場はずれじゃわい。そんなことで、爺さまと笑おておった。だがのう、息子の様子は真剣じゃった。爺さまは笑いながら息子と別棟へ行きんしゃった。何かの見間違いじゃろう。爺さま、笑って戻(もど)ってきなさるわい…と、わしも思いよった。ところがじゃ。木乃伊(ミイラ)とりが木乃伊になる・・とはよく言うが、しばらくすると爺さまも喚いて戻ってけらした。わしも、偉(えら)いことなんじゃとそのとき初めて思いよった。その途端、爺さまの後ろからさ迷う枕が飛びまわって部屋へ入ってきよった。わしも目を疑(うたご)うた。じゃがのう、枕はフワ~リ、フワ~リと天井の闇(やみ)を浮かんでさ迷いよったんじゃ。さ迷うだけで、とり分け、悪さをする訳ではなかったんじゃがのう。未(いま)だにその謎(なぞ)は解き明かされてはおらん。不思議なことに騒ぎよるのは大人だけでのう、孫達はグースカと眠っておったわい。まあ、おまんらには信じられんじゃろうが、わしが出会(でお)うた嘘(うそ)のような本当の話じゃ。
完