ここは妖怪達が暮らす、あの世ともこの世ともつかない妖怪世界である。妖怪世界は人間の世界とは異(こと)なり、暑さ寒さがない、それはそれは快適な世界だった。そんな妖怪世界の一角に住む妖怪[いらだたせ]はその名のとおり、周(まわ)りの様子(ようす)を見て、一方を苛(いら)だたせ、双方を揉(も)めさせようという場荒らし妖怪で、妖怪としては中程度にランクづけされていた。
この日も朝から妖怪テレビには人間世界の国会中継が映し出されていた。[いらだたせ]は、霞(かすみ)のご飯を雨露(あまつゆ)のおかずで味わった後、歯をシーハーシーハーと、おがらの楊枝(ようじ)で穿(ほじ)りながら、妖怪テレビを観ていた。
『ほう、猫も杓子(しゃくし)も集団的自衛権か…。難(むずか)しい話じゃが、この言葉は流行(はや)っておるな。ヒヒヒ…今年の流行語大賞は大いに期待できるぞい…』
横になって寝そべり、呑気(のんき)そうに[いらだたせ]は欠伸(あくび)をした。
国会では野党議員が鋭い質問をし、政府側答弁に立つ長官が針(はり)の筵(むしろ)に座らされているように攻(せめ)められ続けていた。
『政府側の人身御供(ひとみごくう)じゃな。哀(あわ)れじゃのう、いたぶられて…』
そのシーンを観ながら、[いらだたせ]は、また独(ひと)りごちた。そのとき、妖怪仲間の[まどわし]が遊びにやってきた。[まどわし]は、名のとおり人の行動を惑(まど)わす妖怪で、この妖怪もランクは中程度だった。
『いらだたせ、元気そうじゃのう』
『ふふふ…妖怪に元気も病気もないわい』
『おお、それはそうじゃ。ほう! 国会か。久しぶりに惑わしてみるかのう』
『やめておけ、やめておけ! お前が惑わすと、ろくなことがないわい。この前も空転して解散になってしもうたが…』
『いや、ここだけの話じゃが、もう惑わしておるんじゃ。国会前で騒いでおろうが…』
[まどわし]は、したり顔をした。
『おお! あれはお前の仕業(しわざ)じゃったか。悪いやつじゃのう』
『いや、平和な国に住まわせてもろうたからのう、少しは恩返しじゃ』
『そういうことも言えるか…。では、わしも…』
国会が紛糾(ふんきゅう)したときは、この妖怪達の仕業だと思ってテレビ中継を観ていただきたい。紛糾している国会は、すでに妖怪達が浮遊する怪談国会なのである。
完