水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア短編集 [第97話] 集中力

2016年03月03日 00時00分00秒 | #小説

 会社員の里口 戻(もどる)は最近、とあることで悩んでいた。というのは、することなすこと、すべてがプレるのである。昨日(きのう)も、こんなことがあった。
「どうしたんだ、里口! 待ってたんだぞ、4時まで!」
「えっ!? そんな馬鹿な。僕も5時まで待ってましたよ」
「んっな馬鹿な! お前、先川(さきがわ)店だぞっ!」
「ええ、先川1号店でした」
「なにっ! 馬鹿かお前は! 俺が言ったのは先川2号店だっ! 」
 先輩社員の雪之下は顔では笑いながら、言葉で荒く叱(しか)った。そのとき、里口は『…2号店で3時だっ!』という言葉を思い出し、ハッ! とした。確かに2号店と聞いた自分の足が1号店へ向かったのだ。これは、ゆゆしき事態である。里口は街頭で占って貰(もら)うことにした。
「どうなんですかね?」
「どれどれ…。ほう! ほうほう!」
 年老いた占い師は里口の上半身を天眼鏡でマジマジと見ながら頷(うなず)いた。
「あんたの周囲には災(わざわ)いを起こす自縛(じばく)霊がワンサカと見える。それが悪さをしておる元凶(げんきょう)じゃて…」
「あのう…どうすればいいんでしょうか?」
「ほほほ…簡単なことじゃ。集中力を高められればよい。さすれば、悪霊(あくりょう)は退散! まず、近づけますまい…」
「集中力ですか。それはどうすれば?」
「ほほほ…それは言葉どおり、集中する力を養うことでござる。方法までは、お教えしかねるがのう。出来ぬと申されるなら、無心になられるのも集中力を高める一つの方法でござろうかのう…」
 里口は占い師に見料を払うと、礼を言って立ち去った。
 次の日から里口は就寝前に小1時間、座禅を組むことにした。無我(むが)の境地(きょうち)に自分の心をするためである。
 効果は、すぐに出た。里口はプレなくなった。ブレないとは焦点が合うということだ。なんのことはない。里口は視力が落ちていたのだ。それがすべての元凶で、物事の集中力を損(そこ)なっていたのである。里口がブレて集中力を欠いていたのは、自縛霊のせいではなく視力低下によるものだった。

             THE END 


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