水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 11] 田幽霊

2016年03月17日 00時00分00秒 | #小説

 とある地方の話である。かつてはこの一帯で耕(たがや)されていた田畑も休耕地や耕作放棄地が目立つようになり、荒廃していた。そうなると、それを待っていたかのように田幽霊が時折り、現れるようになった。ただ、その幽霊は誰にも見えるのではなく、一部の人にだけ見えた。見えたのは、昔からの農業を守り続け、棚田を耕す二人の農民だった。
 耕作放棄されたかつての平地の田畑は、高地の棚田から一望のもとに見下ろすことが出来た。その棚田で二人の農民が話をしていた。
「田幽霊が草取りば、しとったぞ」
「ほう、あの荒れ地でか?」
 一人が下に散開する平地を指さして言い、もう一人はその指先を見つめて返した。
「今日は、なんば使(つこ)うとった?」
「こいだ」
 指さした農民が、今度は足下(あしもと)の草取り機を指さした。今の時代、もう使われなくなった手押し式の草取り機である。平地では農薬が散布され、昭和の古い時代に見られた手押し式の草取り機を使っていたのは、この二人ぐらいだった。
「ほう、そいか。おい、お前ん横に、田幽霊が立っとるぞ」
 もう一人の農民が草取り機を指さした。草取り機を持った農民は、ギクリ! とした。田幽霊はニタリと笑いながら、懐(なつ)かしそうに草取り機を眺(なが)めていた。
「田幽霊も鋤(す)きたかんやろう」
「そがんことかな」
 二人は顔を見合わせて笑った。笑いは、いつの間にか三人になっていた。
「世の中の進み過ぎて、人が足らん時代になってしもうたな。見えん者(もん)の時代とは情(なさけ)んな」
「まあ、そがんことやろう…」
 田幽霊は罰(ばつ)が悪いのか、ボリボリと頭を掻(か)いた。

                     完


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