水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 24] 裏目(うらめ)

2016年03月30日 00時00分00秒 | #小説

 世の中には、ひょんなことが現実になることがある。例(たと)えば、快晴の空を見ながら冗談半分に、「ははは…昼から降るよ、きっと」とか、本人も思ってないのに口に出したことが、午後になって俄(にわ)かに曇りだし、どしゃ降りになる…とかいう場合だ。こういう場合を裏目(うらめ)という。
 滝山の場合もそうだった。ただ、彼の場合は状況が違い、少し怖(こわ)かったから、他人は彼と話すことを避(さ)けた。どう違ったのか・・それを今日はお話ししたいと思う。 
 蝉が鳴き集(すだ)く昼下がり、滝山は軽い昼寝のあと、いつもの読書をクーラーを入れて涼みながら中座敷で楽しんでいた。豪壮な日本庭園は、渡り廊下を挟(はさ)んでガラス戸一枚で遮(さえぎ)られ、それなりに風情(ふぜい)ある景観を与えていた。妻の翠(みどり)が盆に茶の入った湯呑みを携(たずさ)え現れた。翠も話せば異変が起こることが分かっているから、いつも滝山とは多くを語らなかった。この日も無言で湯 呑(の)みを置くと、「お茶を淹れました…」とだけ、ぽつりと言い、座敷から去ろうとした。そのときだった。
「お茶? なにも入ってないよ…」
 滝山は空(から)の湯呑みを翠に示しながら訝(いぶか)しそうに言った。まるでマジックのように中味のお茶が消え、湯呑みだけだった。翠は、しまった! と滝山に話しかけたことを悔(く)いた。黙ったまま湯呑みを置いておけばよかったのだ。ただ、それだけのことだった。お茶を淹れた・・という事実が裏目に出て、何も入れていない・・となって現れたのである。翠は冷静な事後の所作を心得ていた。婚後、50年の重みである。
「あっ! そうでしたわ。淹れるのをうっかり忘れました」
 そう言うと、翠は柔和な笑みを浮かべた。すると、あら不思議! 空の湯呑みに熱いお茶が湧き出し、八分ほど中を満たした。
「なんだ…淹れてくれたんじゃないか」
 そう言うと、滝山は、フ~フ~と冷(さ)ましながら熱いお茶を啜(すす)り、茶菓子を齧(かじ)った。滝山の場合、家の中ですら、こうした裏目が出るのである。まして外ならば、言わずもがなである。滝山は家でよかった…と、ホッと胸を撫(な)で下ろした。

                  完


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