水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑えるユーモア短編集-4- やりなおし

2017年01月04日 00時00分00秒 | #小説

 物事には、しまった! と気づき、やりなおしになる場合がある。早く気づけばいいが、今一歩のところで…というときに、しまった! と気づくケースは、いただけない。すべてが水泡(すいほう)に帰す・・とは、まさにこのことで、初めからまた始めなければならないからだ。ほんのごく短い時間とか、そんな大して手間取らないならいいが、数年を費やしてやってきたこととか、かなり長期に及ぶ場合だと、投げ出したくなる・・というものである。
 二日の行程で羽崎(はざき)は山を縦走し、下山する帰途を辿(たど)っていた。山小屋を今朝出た計算で行けば、あと小一時間で麓(ふもと)へ着く計算である。そう急ぐ必要もないと、羽崎はのんびりと歩をゆるめていた。ところが、である。さて、この辺りで休憩しようか…と思ったとき、とんでもないミスを犯していることに気づいた。それは、この登山目的の根幹を揺るがしかねない事態で、軽く笑って済むような話ではなかったのだ。こんなポカミスをなぜっ!! と羽崎は自分自身に腹が立った。というのは、このままでは下山できないミスだった。パンフレットに載せる写真を撮ったネガフィルムの袋を今朝、出た山小屋に忘れたことを思い出したのである。さあ、どうする! …と羽崎は冷や汗を流し、うろたえた。締め切りは幸い、三日後だったから、下りてきた道を山小屋まで取って返せば、なんのことはない…と気づいた羽崎は、休憩をやめ、また下りてきた道を逆に登り始めた。今日中には山小屋へ着くから、山小屋で一泊し、明日(あす)の朝、下りればいいさ…と思いなおし、うろたえた気分も消え去った。
「あの…お預けしておいた袋は?」
 山小屋へは昼前に戻(もど)れ、羽崎はさっそく山小屋の従業員に預けたフィルム入り袋を返してくれるよう話した。ところが! である。
「えっ? 朝、お返ししましたよっ。嫌だなぁ~」
 山小屋の従業員は、キョトン! とした顔で羽崎の顔を窺(うかが)った。羽崎としては返してもらった記憶がなかったから当然、従業員の言葉は解(げ)せなかった。
「そんな馬鹿なっ! 返してもらってませんよっ!」
「いやいやいや、下山されるというので、会計をしたとき確かにお返ししました」
 話し合いは数十分に及んだが、水かけ論となり、いっこう消えたフィルム袋は出てこなかったのである。羽崎は、これでは埒(らち)が明かん! と、やりなおしを考え始めた。
「あの…フィルムは売ってますか?」
「ああ、はい…。普通のフィルムなら」
「それで結構ですっ!」
 羽崎は山岳写真家だったから使用しているフィルムは専用フィルムだったが、そんな贅沢(ぜいたく)を言っている場合ではなかった。フィルムを購入したあと、羽崎は撮りながら来たルートを逆縦走し、最初に登り始めた地点へ無事、下山した。締め切りは明日だったが、それでもまあ、間にあうことは間に合ったのである。
 やりなおしにならないよう注意しないと、苦労することになるが、まあ、人が上達するいい薬にはなるようだ。

                            完

 ※ 紛失したフィルム袋は山小屋の前に落ちていたそうで、後日、郵送されたとのことです。しかしそのときは締め切り後で、結局、羽崎さんの苦労は無駄ではなかったということです。よかった、よかった。^^  


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