最近、自転車で左を走ったり、ポイ捨てたり・・と、小さなルールを堂々と破る者があとを絶たない! …と、鳥肌はブツブツ怒っていた。小さなルールとはいえ、公然とした社会のルールだ…と鳥肌は思うのである。つい、うっかり…とか、間違って…だったらまだいい。法的には心証不作為犯で、分かっていて違反する作為犯とは一線を画する…と思えたのだ。小さなルールの違反の容認は、やがて中規模違反を引き起こし、さらに大規模な社会のルール違反へと発展していく。事件と呼ばれるものがそうだが、国家間レベルに拡大すれば、紛争や戦争などといった物騒なことになる…と、鳥肌は、やっと動き出したパスの座席で、またそう巡った。
「鳥肌君、えらく遅いな、列車の遅延(ちえん)かね、今朝は?」
「はあ、ちょっとしたトラブルに巻き込まれそうになりまして…」
「トラブル?」
「はい、列に並ばない人がいましたので注意しまして…」
「なんだい、それは?」
検事長の寒疣(さむいぼ)は意味が分からず、怪訝(けげん)な面持(おももち)で検事の鳥肌に訊(たず)ねた。鳥肌の話では、バスの列に割り込んだ男と割り込まれた後ろの男のトラブルとなり、鳥肌が検事風を吹かせ仲介(ちゅうかい)したのが悪く、返って火に油を注(そそ)ぐ結果になったということだった。
「なるほど、そういうことか…。小さなルールだもんな」
「私も、ただの人・・だと、つくづく思いましたよ、ははは…」
「まあ、そう気にするな。今はそういう時代だ…。届(とどけ)だけは、なっ!」
「はいっ!」
鳥肌の返事に笑顔で頷(うなず)いた寒疣だったが、実は寒疣も今朝、道で、あるコトに遭遇(そうぐう)していたのである。検察庁へ向かう途中、歩道に落ちている¥5硬貨を一枚、拾(ひろ)ったのである。見て見ぬふりをすればコトは起きなかった。検察官としての自負がある寒疣は、その硬貨を交番へ届けたのだった。コト! はそのとき起きたのである。警官は寒疣の話を聞き、嫌な顔をした。この忙(いそが)しいのに…といった顔である。寒疣は遺失物法の小さなルールを、ただ守っただけだった。書類は作成されたが、寒疣の気持は晴れなかった。小さなルールが無視された気分がしたのだ。相手は法を司る司法職員だ…と、怒りながら歩く寒疣は、変わった赤信号を、いつの間にか見落としていた。
完