水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑えるユーモア短編集-19- 探(さが)す

2017年01月19日 00時00分00秒 | #小説

 竹皮(たけかわ)は家を探(さが)していた。
『確か、この辺にあったはずだが…』
 そう巡りながら、竹皮は辺(あた)りの家並みを見回した。以前来たのは十数年前だったから、少しくらいは変わってるだろう…と竹皮は踏んでいた。その踏み加減は甘かった。全然、踏めていなかった。踏むどころか浮き上がっていた。竹皮が探す家並みの情景は一変していたのである。まったくと言っていいほどの知らない建造物がところ狭(せま)しと林立(りんりつ)していた。竹皮は迷路に迷い込んだような錯覚(さっかく)に陥(おちい)った。困った挙句(あげく)、ここはひとつ訊(たず)ねるしかないか…と、竹皮は前後左右と人の姿を探し始めた。すると上手(うま)くしたもので、買い物帰り風の老婆が、乳母車をゆっくりと押しながらこちらへ近づく姿が見えた。渡りに舟…と竹皮はその老婆へと近づいた。
「あの…つかぬことをお訊(き)きいたしますが…」
「はい、なんですかのう?」
 老婆は竹皮に声をかけられ、乳母車を止めると、徐(おもむろ)に答えた。
「確か…この辺りだったと思うのですが、毛孔(けあな)さんというお宅はございませんでしょうか?」
「毛孔…珍しい苗字(みょうじ)のお宅ですのう…。わしゃ、この在(ざい)に60年ばかり住んでおりますがのう、毛孔などというお宅は…」
 老婆は語尾を濁(にご)し否定した。
「そうですか…。どうも!」
 竹皮は仕方がない…と諦(あきら)め、老婆に軽くお辞儀すると歩き始めた。そのときだった。
「ちょっとお待ちくだされ…」
 竹皮の後ろ姿に、今度は老婆の方が声をかけた。竹皮はギクッ! と立ち止まり、振り向いた。
「あなた…もしや竹皮さんでは?」
「はいっ! そうですが…」
 怪訝(けげん)な面持(おももち)で竹皮は老婆の皺(しわ)がれた顔を見た。
「ほう! やはり…。煮物(にもの)の婆(ばあ)でごぜぇます。探しておりましたが、このようなところでお会いできるとは…」
「おお! 婆やっ!」
 かつて、竹皮家で家政婦をしていた煮物ふきだった。
「立ち話もなんでごぜぇ~ます。ほんそこが婆の家でごぜぇ~ますから、そこで、ゆっくり…」
「はあ…」
 竹皮は探していたが探され、婆によって食べられた。

                             完


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