水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 <6>呪詛(じゅそ)

2021年01月10日 00時00分00秒 | #小説

 事件らしき事件がないと奉行所も妙なもので緩(ゆる)くなる。この日も兵馬や堀田主税は小欠伸(こあくび)をしながら勤めが終わる刻限[申の刻=午後四時]を待っていた。
「どうだっ!? 久しぶりに一献(いっこん)傾けぬか?」
「そうだな…。長らく飲んでおらぬからのう。よかろう!」
 主税に誘われた兵馬だったが、取り分けて断る用向きもなく、軽く応諾した。脳裏に蔦屋の味噌田楽が浮かんだ・・ということもある。
「店は…」
「蔦屋でも構わぬかっ!?」
「ああ、飲めれば、どこでも構わんっ!」
 申の刻となり、二人が奉行所の門を抜け、蔦屋へ向かおうとしばらく歩き出したときである。天秤棒を担(かつ)いでいない魚屋の喜助が待っていたかのように土塀の片隅で兵馬を呼び止めた。
「どうした、喜助? 又、何ぞ起こったか!?」
「起こったといいますかねぇ…こちらはっ?」
「ああ、同じ勤めの同僚、堀田だっ!」
「拙者、堀田主税と申す。お気遣い召されるなっ!」
「月影さまにお世話になっております魚屋の喜助と申します」
「どうだ喜助! これから蔦屋へ出向くのだが、よければお前も付き合わぬか!?」
「へい、ようがすっ!」
 三人は蔦屋へと向かった。
 蔦屋の店内である。
「ここんとこ、立て続けに三人、呪詛で…」
「お前が申すのも、それはそれで分からぬではないが、呪詛(じゅそ)で死んだという確証もなかろう…」
「ただの祈祷師、ということもありますからな…」
 喜助と兵馬が話す中へ、堀田が猪口を啜(すす)りながら話へ割り込んだ。
「名はなんと申す?」
 兵馬が味噌田楽を齧(かじ)りながら猪口(ちょこ)を手にする。
「最近、雀長屋へ住みつきました、祈祷師の了厳(りょうげん)です。言っちゃなんですが、あっしもどうも胡散臭(うさんくさ)い…と睨(にら)んでるんですがねっ!」
「祈祷師の了厳か…。そやつが呪詛をっ!?」
「いや、まだ確証は、ねえって与蔵が言ってました。まあ、死んだのは悪徳の噂(うわさ)高いお上のお偉方(えらがた)ばかりですから、どうでもいいと言やぁ~いい話なんですがねっ!」
「義賊的ですなっ!」
「ははは…さしずめ、義賊、了厳・・ってとこか…」
 その半月後、幕府の重職がことごとく世を去ると、どうした訳かピタリと呪詛による死者が途絶えたのである。これと時を同じくして、雀長屋へ住みついた祈祷師、了厳の姿は忽然と消え失せた。雀長屋の住人は、了厳を神様に違いないと、しばらく噂(うわさ)をし続けたという。

             

 


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ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 <5>陰謀(いんぼう)

2021年01月10日 00時00分00秒 | #小説

 その話が兵馬の耳に入ったのは年の瀬間近の寒い一日だった。
「なにっ! 狸穴(まみあな)さまがっ!」
「狸穴さまのことゆえ、罷(まか)り間違っても狸汁にされるようなことはなかろうがのう…」
「ははは…それはそうだが…。御事(おこと)、その話、誰から聞いた?」
「故(ゆえ)あって、姓名の儀は口外出来んのだ、すまん…」
 兵馬の同僚、与力の堀田主税が小声で耳打ちした。やがて勤めも終わろうとする奉行所である。時節がら、日はすでにとっぷりと暮れ、暗闇が奉行所を覆(おお)い尽くそうとしていた。
「まさかその話、その者の陰謀(いんぼう)ではあるまいのっ!?」
「そのような大仰(おおぎょう)な話ではないとは思うが…。ほれ、いつぞや噂(うわさ)があったろうが…」
「ああ、そういえば、お奉行が出世されるとか、されぬとかの噂話だったのう」
「結果は大山鳴動して、幸(さいわ)いにも事(こと)は起こらなんだが…」
「あの時の逆か…。お奉行が失脚されるというのが真(まこと)ならば、侮(あなど)れぬ仕儀だっ!」
「噂では済まされぬからのうっ!」
 二人はやや昂(たかぶ)ったが、他の与力がいる手前、ぐっと我慢して時の過ぎるのを待った。
 一時(いっとき)ほど後(のち)、二人は三傘屋にいた。きつねうどんを軽く食べたあと、この店特製の鯖寿司を頬張りながら猪口を重ねた。
「だがのう…。よくよく考え見れば、お奉行を失脚させて何の得があるというのだ」
「そこで狸穴さまか…?」
「ご出世でも失脚でも、後釜(あとがま)かっ!? ははは…」
「ははは…狸穴さまでは、失礼ながら、ちと無理ではなかろうかっ!? ははは…」
 笑い過ぎたからではないのだろうが、そのとき、銚子が落ちて落ちて割れた。兵馬はそのとき、はっ! と目覚めた。いつやらと同じ、お芳の置き屋でウトウトと眠っていたのである。
「いやだっ! 焼いた秋刀魚が熱かったせいで、小皿を落としちまったよっ!」
 兵馬が眠た目で見ると、お芳が立つ勝手元の下に割れた小皿が垣間見えた。兵馬は思った。やはり、狸穴さま絡みの出世話は夢なのだと…。だが、偉そうにそう思う兵馬は、袂(ふもと)の解(ほつ)れに、まったく気づいてない。帰り小道で、何ぞ落とさねばいいのだが…。

             完


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ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 <4>土佐衛(どざえ)石の謎

2021年01月10日 00時00分00秒 | #小説

 その事件? は、中秋の名月の晩に起きた。その日、兵馬はいつものように芸者のお駒がいる置き屋で一杯、ひっかけていた。
「だ、旦那っ! 大変でぇ!!」
 突然、置き屋へ飛び込んできたのは魚屋の喜助だった。いい頃合いで飲んでいた兵馬としては気分が削(そ)がれさっぱりである。奉行所では日々、上役の狸穴(まみあな)に気遣いせねばならない気苦労が鬱積している。勤めの気疲れがそうでもない日は、帰りに立ち寄る味噌田楽の蔦屋で紛(まぎ)らすが、そういう日ばかりではない。お上勤めは辛(つら)いのである。
「どうした、喜助! なんぞ、あったか…」
 ほろ酔い気分が覚め、兵馬としては面白いはずがない。だが、喜助が声をかけるときは、必ずといっていいほど大事(おおごと)が多かったから、聞かぬ訳にもいかなかった。
「それが旦那っ…魚川端でザブ~ン、ボチャ~ン! なんでさぁ~!」
「ザブ~ン、ボチャ~ン!? ははは…仏(ほとけ)さんでも揚(あ)がったと申すかっ!」
「それがねっ! 仏さんじゃねぇ~んでさぁ~。妙なことに、音だけなんで…」
「音だけ? …まあ、立ち話もなんだ。框(かまち)に座って一杯ひっかけろっ!」
「へいっ! 御馳になりやすっ!」
 喜助は言われるまま、上り框(かまち)へ腰を下ろした。
「お蔦っ! 喜助に一杯、つけてやれっ!」
 兵馬が言うか言わぬ間に、お駒は銚子(ちょうし)と猪口(ちょこ)を盆に乗せ、奥間から現れた。
「兵馬さま、こちらは…」
「んっ!? 初顔だったかっ? 魚屋の喜助だっ! 毎度、お粂(くめ)に魚を届けてもらっておってな、世話になっておる。他にもいろいろとな、ははは…」
 お粂とは以前に話したとは思うが、兵馬が住まいする女中頭の老女である。
「いろいろ、とは?」
「まあ、いろいろだ。ははは…いろいろとなっ!」
「兵馬さまっ!」
「馬鹿野郎、勘違いを致すなっ! その色ではないわ、ははは…」
「なら、いいんだけどっ!」
 膨(ふく)れっ面(つら)でお駒が奥へ去ると、兵馬は銚子を持ち、喜助に猪口を促(うなが)した。
「魚屋の喜助さんでしたか。いつぞやは、どうも…」
 置き屋のお芳がお駒と入れ違いに現れた。
「いつぞや? はてっ!?」
「この前、蔦屋さんの前で転びそうになった私をっ!」
「ああ! あのときの女将(おかみ)さんでしたかっ!」
「その節はどうも…」
「いやいや…」
 お芳は盆から肴(さかな)の小鉢と銚子をもう一本盆置くと、すぐに奥へ去った。
「で、先ほどの話の続きなんだが…」
「ほんとに音だけなんでさぁ~。ザブ~ン、ボチャ~ン! に驚いて、人が駆け寄りますとねっ! 川面(かわも)が波立ってるだけでしてねっ!」
「仏さんは浮かんでねぇ~って寸法だなっ!」
「そうなんでさぁ~。それも妙なことに同じ柳の下だけでっ! 二度も、三度もそんなことがありやすと、誰だって薄気味悪くなりまさぁ~」
「さもあろうのう…。まあ、一度、当たってみることにしよう。態々(わざわざ)、ご苦労だったなっ! 夜(よっ)ぴいて来るほどの話でもないがのう…」
「へいっ! すいやせんっ!」
「まあ、謝(あやま)らずともよいが…。事件絡みかも知れぬでのう…」
 四半時(しはんとき)ほどして、兵馬と喜助は置き屋から去った。妙な話に酔い覚めしたのか、兵馬の慌(あわ)て癖(ぐせ)は幸いなかった。片草履にはならず、置き屋を去ったということになる。
 次の日の朝、兵馬は早朝、一件があった魚川端へ寄り、その足で奉行所へ向かった。
「川攫(かわざら)えでもしてみるか…」
 場当たり的に吐いた兵馬のひと言が、その後、現実になったのだから面白い。立て続く奇妙な出来事が奉行所の耳に達したのは十日ばかり先のことである。お調べの訴えが目安箱へ匿名(とくめい)で入ったのだ。
 その翌日から飯炊き、掃除の小者も含め、奉行所の大規模な河攫えが始まった。だが、奇妙なことに揚がるのは漬物石ばかりである。
「ははは…土左衛門ならぬ、とんだ土左衛(どざえ)石だわいっ!」
 内与力の狸穴をして笑わせたのだから、とんだ一件である。
 その後、土左衛石の謎は解けぬまま実害なく忘れ去られた。不思議なことに河攫えのあと、ザブ~ン、ボチャ~ン! の音はピタリとなくなった。だが、一件以降、柳の下に突如として現れた一文銭を、誰も知る者はいない。

                  完
 


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思いようユーモア短編集 (70)結末

2021年01月10日 00時00分00秒 | #小説
 終りよければ、すべてよし・・という名言があるように、最後の結末がよければ、その過程[プロセス]がダメ! でも、いい・・ということらしい。まあ、ものは思いようで、私などはそのプロセスこそ大事っ! と思う派なのだが、皆さんは、いかがお考えだろう。^^ 私がそう思うのは、結末がダメ! でも、そうならないよう努力したり、頑張る姿勢こそが大事っ! と考えるからである。やるだけやって結末がダメなら、諦(あきら)めもつくというものだ。名言を引用すれば、人事を尽くして天命を待つ・・といったところだろうか?^^
 とある日の昼過ぎである。木場(きば)が経営する町工場は倒産の危機に瀕(ひん)していた。
「社長、ダメでしたかっ!?」
 しょぼく帰ってきた木場の顔を、場長の築地(つきじ)が心配げに窺(うかが)った。
「と、思うだろっ!? ははは…それがさっ! こんな顔つきで帰るもんだと実は私も半(なか)ば諦(あきら)めていたさっ!」
「ということはっ!!」
「そう、結末は大ドンデン返しっ! 諦めて帰ろうとした矢先、『ちょっと! 木場さんじゃありませんっ!?』と、こうだよっ!」
「私は思わず振り返って、『あの…どちらさまで?』と訊(たず)ねたさっ!」
「それでっ!?」
「それでも、これでもないよっ! 『嫌だなっ! 僕ですよっ! 忘れましたかっ!? お世話になった墨田(すみだ)ですよっ!!』と返ってきた!」
「下町(したまち)ホールディングスのもう一人の担当者はお知り合いでしたか?」
「ああ、まあな…。昔、墨田の家を少し助けたことがあってな。その墨田は今や本社の重役さっ!」
「それでっ!?」
「それでも、これでもないよっ! 『君っ! お望みの額を融資してお上げなさいっ!』って、こうだよっ!」
「そうでしたか…」
「そうでしたよっ! 『分かりましたっ! そのようにっ!』って、もう一人の担当者は平服したさっ!」
「いい結末ですねっ!」
「ああ…。人は、持ちつ持たれつ・・なんだな…って思ったさっ!」
 悪くなる結末も、それまでの過程[プロセス]の有りようによっては、いい方向へと変化する場合もある・・というお話だ。日々の思いようの積み重ねこそ、恐るべしっ!! なのである。^^

                      

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