水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思いようユーモア短編集 (86)知らない

2021年01月26日 00時00分00秒 | #小説
 昔からどういう訳か、知らぬが仏・・などと言われる。なぜ知らないと仏さま? なのかは定かでない。^^ ものは思いようで、それなら、知っていればどうよっ? と、つい訊(たず)ねたくなるのは私だけだろうか。^^ 知っていれば神さま? まっ! それは分からないが…。^^
 旅先で如月(きさらぎ)は道に迷っていた。なにぶんにも旅先のことだから土地勘はまったくなく、迷うのも道理だ…と、自分にも思えていた。
「あの…猪豚温泉へはどう行けばいいでしょ?」
 地元の人らしい通行人に、如月は思わず訊ねていた。
「どこから、来たとん?」
「愛知の牛久保ですが、それが何か…?」
「ああ、三河の牛久保~。牛久保は永禄九[1566]年に正式開城され、松平氏の地盤固めになっとんねっ!」
「おっ! 歴史にお詳しいですね」
「ははは…私の趣味やけんっ! 猪豚温泉へは、そこの停留所からバスが出とります。いい湯ですけん、温まっていきなせや。それにしても、遠方から、こんな田舎(いなか)くんだりまで、ようお越しをっ!」
「いや、どうも…」
 通行人は牛久保温泉と聞き、変な人だ? とは思ったが、言わない方が…と思え、思うに留(とど)めた。実のところ牛久保温泉への観光客は、ほとんど途絶えていたのである。理由は、毎夜毎夜、空恐ろしい怪奇な出来事が起こる温泉として、忌み嫌われるようになったためである。そうとは知らない如月はルンルン気分でバスへ乗った。誰も乗らないバスは、如月一人を乗せ、ひた走った。
「あんたぁ~、あの温泉に、なぜ行きよん?」
「なぜって、名湯に浸(つ)かりたいからですよ」
 如月は妙なことを訊(き)く運転手だな? とは思っだが、それは言わず笑って暈(ぼか)した。
 その後、如月は名湯の猪豚温泉の宿に、何事もなくいい気分で一泊し、翌日、帰省した。如月が猪豚温泉の怪奇な噂(うわさ)を耳にしたのは数日後で、勤務する町役場の同僚からだった。
 ものは思いようで、知らないと怖(こわ)さもちっとも怖くないのだから、不思議といえば不思議である。^^
                      

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