楽な姿勢でいれば疲れることはない。疲れるのは楽な姿勢をしていないからである。そんなことは当たり前だっ! と怒る方もおられようが、まあそこは、板わさ[蒲鉾(かまぼこ)のスライスを茹(ゆ)で、それを盛りつけた皿に、少量の出汁(だし)醤油と山葵(わさび){擂(す)り下ろした本山葵なら猶更(なおさら)よい}を垂(た)らし、酒や温かいご飯に添えて召し上がるという安価で涎(よだれ)の出そうな一品(いっぴん)^^]などで盛り上がっていただき、お許しを願いたい。^^
とある街の通勤電車に揺られ、箱宮(はこみや)は今朝も勤務地の庁舎へと向かっていた。馴れているとはいえ、残業続きでは疲れるのも無理はない。箱宮も例外ではなかった。
『次はぁ~鼻毛(はなげ)ぇ~鼻毛ですぅ~~。毛抜(けぬき)線はお乗り換えでございますぅ~~』
もう鼻毛か…と、吊革(つりかわ)に掴(つかま)りながらウトウトしていた箱宮は馴れで目覚めた。いつの間にか両脚は、くの字のように折れ曲がり、無意識で楽な姿勢になっていた。箱宮が目を開けた途端、電車は鼻毛の駅ホームへ、スゥ~っと滑(なめ)らかに侵入し、停車した。乗降ドアが自動に開き、次々と乗客が降りていく。箱宮もその流れに巻き込まれるかのように降りていった。だがどういう訳か、両脚は、くの字の姿勢を保ったままなのである。周囲の者から見れば、ぎこちない姿に見えなくもない。別に悪いことをしている訳ではないから傍目(はため)を気にする必要はないが、どうも不格好(ぶかっこう)この上ない。だが、箱宮はすっかり疲れていた。疲れ果てていた。両脚は意思とは裏腹(うらはら)に、くの字の姿勢で改札口へと向かっていたのである。その後、改札口を出た箱宮は、くの字の姿勢を保ったまま入庁した。
身体は疲れることのない楽な姿勢を知っているようである。^^
完