【訃報】黄文雄氏死す
日本に帰化した反骨の言論人
▲黄文雄オフィシャルサイトより
評論家の黄文雄氏が亡くなった。
《日本と台湾を中心に精力的に出版活動を行い、日本の国会図書館では二百冊を超える著書が登録され、評論家として知られる台湾独立運動家・黄文雄氏が今年7月に亡くなっていたことが明らかになった。葬儀は家族で済ませたという。》(「台湾の声」)
黄氏の経歴をざっと記そう。昭和13(1938)年、日本統治下の台湾で生まれた。1964年に来日して、早稲田大学第一商学部に学ぶ。同時に台湾独立建国聯盟日本本部の前身である台湾青年会に加入、1966年に『台生報』を発行する。早大から明治大学大学院に進み、西洋経済史を専攻して修士号を取得した。その後、台湾独立建国聯盟日本本部委員長を務め、在日台湾同郷会会長や世界台湾同郷会聯合会副会長を歴任。日本李登輝友の会の設立にも関わり、副会長を務めた。
印税のほとんどを台湾独立運動に
黄氏は精力的に執筆活動を続け、著作も『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』『世界から絶賛される日本人』『韓国人に教えたい日本と韓国の本当の歴史』『捏造された日本史』『日中戦争知られざる真実』『近代中国は日本がつくった』『中国「反日」の狂奔』など200冊以上というからすごい。その印税のほとんどが台湾独立運動に回されたという。
私も何冊かお手伝いしたことがあるが、執筆の速さが尋常ではなかった。超人的と言ってもいいほどだ。原稿用紙には書かずに、ノートに小さな字でびっしりと書く。もちろん、パソコンなんか使わない。戦うような、情念がほとばしる文章である。
まさに命を吹き込まれたような文章だった。なるほど、数多くのベストセラーを世に出しただけのことはある。
最後にお目にかかったのは5年前、国民新聞の山田恵久主幹の葬儀のときだった。「もう、あまり書けなくなったよ」とつぶやかれたのを、今でも鮮明に覚えている。ちなみに、黄氏は台湾出張の際にはYМCAに泊まるなど清貧に甘んじていた、と生前の山田主幹からよく聞かされたものだ。また一人、台湾と日本を憂う言論人が去った。合掌。(本ブログ編集人・山本徳造)