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月に一度のフィッシュ・アンド・チップス 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(65)

2024-08-24 05:30:07 | 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道

【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(65)

月に一度のフィッシュ・アンド・チップス

 

ロンドン(英国)

 


 
 年に数回ビッグマックが食べたくなる。フライドポテトの脂でギトギトになった親指、人差し指、中指をピンと広げ、薬指と小指で大きな紙コップを引き寄せる。そして冷えたコーラをストローで喉に流し込み、ビッグマックにかぶりつく。
「ウッマー!」
 思わず声が漏れそうになる。健康に悪そうなモノを喰らっているという背徳感のせいで余計に美味しく感じられるのだろう。

 英国で暮らしていると、ほぼ正確にひと月に一度の割合でフィッシュ・アンド・チップスが無性に喰いたくなる。しかし、毎回胸焼けに悩まされ、「ああ、喰わなきゃ良かった」と反省する。これは、二日酔いの朝に、「もう、一生酒は呑まない!」と決意するのと同じで、私の生活のルーティンであった。
 大皿に載せられた巨大な魚のフライに山盛りのchunky chips(ざっくり大きく切ったフライドポテト)、エンドウ豆、それにタルタルソースが添えられている。
 豆は粒のまま(regular boiled peas or garden peas)か、すりつぶしたモノ(mushy peas)かを選べる。うんちく好きの一部の英国人なら、こうのたまうに違いない。
「Mushy peas以外は邪道。Garden peasはパブの手抜き料理だ」

 私は、mushy peasのぐちゃぐちゃの食感が苦手で、garden peasをフォークの背でざっくり潰して食べるのが好きである。そして、フィッシュ・アンド・チップスに欠かせないのが、大麦麦芽を使ったモルトビネガーで、よく言えば香り豊かでやさしいまろやかな味、別の言い方をすれば気の抜けたような味だ。
 少し薄い黒酢みたいな色をしている。これを熱々の魚に豪快にこれでもかとダボダボとかけるのが英国流だ。脂っぽさが中和されてとてもマイルドな味になる。少し塩を振るのも良い。モルトビネガーは、日本でも(私の大好きな)「カルディ」や「酒のやまや」で手に入る。

 フィッシュ・アンド・チップスに使われる代表的な魚は、タラ(cod)やハドック(haddock=モンツキダラ)等だが、オヒョウ、ヒラメ、カレイなどの北海や北大西洋に棲息する冷水性魚類も使われている。
 しかし、これらの魚の漁場である北海と北大西洋の水温は、過去40年で世界平均の4倍の速さで上昇しているらしい。このままでは、今後50年ほどで海水温は1.8℃上昇するので、「フィッシュ・アンド・チップス消滅の危機!」と英科学誌『ネイチャー・クライメート・チェンジ』は伝えている。
 私が英国に滞在していた2014年頃でも、庶民向けのフィッシュ・アンド・ポテトチップスレストランでは、アフリカやジャマイカ、タイから輸入した淡水魚「ティラピア」をタラやハドックの安い代替品として使用していた。今ではその比率は上昇しているに違いない。
 私もティラピアを食べたことがある。食感は悪くなく、一口や二口では、タラやハドックと区別がつかない。ところが、食べ続けると、???気のせいかちょっと生臭いような気がした。ティラピアは日本でも「イズミダイ」という名称で食用化されようとしたが、日本人の舌には合わず、根付かなかったという。 

▲中級のレストランで食べるFish ‘n’chips。でかすぎませんか?

▲モルトビネガー 左はハインツのそして右は英国で定番のサーソンズ(Sarson’s maltvinegar)のもの


 
 フィッシュ・アンド・チップスは、英国の国民食と言われているが、その歴史は案外浅い。魚を油で揚げる調理法は、17世紀にポルトガルから英国に移住してきたユダヤ人によって伝わったとされている。
 日本にポルトガルから天ぷら(temporas 或いはtempero)が伝わったのは安土桃山時代(1573~1603)だからほぼ同時期だ。さらに、労働者、職人向けのファストフードとして発達したことも共通している。
 ただ、英国でポルトガル由来の揚げた魚と1830年代にベルギーから伝わったフライドポテトをセットにしたメニュー「Fish‘n’chips」が登場したのは1860年で、この偉大なメニュー発祥の地については、未だに決着がついておらず、ロンドンとマンチェスターが本家争いを続けている。

 庶民向けのファストフードであるフィッシュ・アンド・チップスは、コーン状に丸めた新聞紙に入れて提供するのが一般的であった。ご存じの方も多いだろうが、高級紙『タイムズ』よりも、女性のヌード写真が載った大衆向けタブロイド紙『ザ・サン』で包んだ方がウマイという都市伝説がまことしやかに伝えられていた。
 今では、新聞紙の印刷インクに含まれる鉛に中毒性があるとして新聞紙に包んで提供することは禁じられているが、新聞紙なしのフィッシュ・アンド・チップスでは趣がないと、わざわざ新聞紙面を模した衛生的で油の吸収性が高いフィッシュ・アンド・チップス専用の紙が使われることも多い。
 これは、発泡スチロールに入れたこ焼きよりも木の皮で作った舟に並べられたたこ焼きの方がウマイと感じてしまう日本人の気持ちと似ているような気がする。
 2022年の調査では、英国にはフィッシュ・アンド・チップス専門店が1万500軒あるのに対し、マクドナルドの店舗はわずか1300店舗だ。如何にフィッシュ・アンド・チップスが英国人に愛されているかがよく分かる。

 北大西洋と北海の水温上昇による冷水性魚類の漁獲量減少が問題になっていることを前述したが、今、目の前にあるのは別の危機だ。ロシアのウクライナ侵攻による食材サプライチェーンの崩壊と物価の高騰である。
 フィッシュ・アンド・チップスの食材であるタラやハドックの約4割はロシアの海域で獲れるもので、魚を揚げるひまわり油の約半分はウクライナからの輸入品だ。
 ひまわり油の価格高騰を受け、代替品としてインドネシアからパーム油を輸入し始めたが、インドネシアは国内の供給を維持するため、現在輸出を制限している。
 これらの要因に加え、光熱費の高騰やジャガイモの栽培に必要な肥料の価格高騰も深刻だ。値上げをすれば顧客が離れていく、値上げをしなければ事業を継続できない、というジレンマ…。フィッシュ・アンド・チップスの業界団体「全国フィッシュ・フライヤーズ連盟」によると、このままでは、英国のフィッシュ・アンド・チップス店のうち、3分の1が2024年末までに閉店の瀬戸際に立たされることになるという。

▲ありふれたフィッシュ・アンド・チップス専門レストラン

▲たっぷりのひまわり油でタラやハドックを揚げる
 

 深刻な話になってしまった。最後は、東京のフィッシュ・アンド・チップス事情について書いてみたい。
 HubというBritish pubチェーンがある。店舗の規模は小さいがちょっとした英国気分が味わえるので、私はちょくちょく通っている。そこで提供されるフィッシュ・アンド・チップスが下の写真だ。
 何という可愛らしさ! 味はさほど悪くはないし、新聞紙を模した紙を敷いているところなど悪くはない。でも、魚が小さすぎるし、豆がついていないので何だか侘しい気分になってしまう。

 

▲British pub ‘Hub’ のフィッシュ・アンド・チップス

 

 次は、あるビール会社が経営するレストランで食べた衝撃のフィッシュ・アンド・チップスだ。これは凄い。なんと形容すれば良いのだろう。本来、フィッシュ・アンド・チップスの衣は、サクサク、カリカリしているの重要なポイントなのだが、これはしっとり、フワフワである。
 おまけに、鶏の唐揚げと、大きめに切って揚げたフライドポテトの代わりに、のり塩味のポテトチップスが添えられている。英国人にこれをフィッシュ・アンド・チップスと紹介したら卒倒するに違いない。

 

▲日本の変わり種フィッシュ・アンド・チップス これはこれで美味しいのだが…

 

 さて、「東京にまともなフィッシュ・アンド・チップスはないのか?」と調べて見たら、流石世界に冠たる美食の都である。結構気になる店があったので、'fish and chips tokyo'でネット検索することをおすすめしたい。

 

            

  

【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
 昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。


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