【連載エッセー】岩崎邦子の「日々悠々」⑮
家の中に私の眼鏡がたくさんある。普段はめているのは、乱視用の眼鏡だ。紫外線除けが入っており、埃除けにもなるので、外出の時に使用している。この眼鏡は常時はめていた方が、目が疲れない、と眼鏡屋さんに言われているのだが、家事などをするときは、つい鬱陶しくて眼鏡をはずしてしまう。
他には、パソコン用の眼鏡、読書用の老眼鏡、針仕事用の拡大眼鏡があり、鏡台の前にも1つ。引き出しの中には、使わなくなった昔の眼鏡が何個かある。派手なサングラスを見れば、「当時はこれが流行っていたんだなぁ」と、時の流れを感じる。
私の眼は小学生の低学年時には異常があったものの、すっかり完治していた。年齢を重ねて眼鏡のお世話になることになったのだが、「それは何時、どんな時からだったのかな」と、思い出してみることに。
子供の手も離れて何か仕事をしたいと思っても、当時住んでいた市川市で「うん、これよ!」と思う仕事先は、残念かな30歳という年齢制限でアウトだった。また、子供が学校から帰る頃には、「家にいたい」という気持ちもネックになっていたと思う。
比較的時間が自由になる生命保険の勧誘員や、化粧品や調理器具などのマルチ商法からは、あの手この手とずいぶん誘われた。一見、適していると思われたのだろうが、営業の仕事は苦手でもあるし、押しが利かず、私の性格ではまったく無理である。
(家で出来ることをしたい。何かないかしら。そうだ、学生時代にタイプライターを叩いて文字を打ち出すことが面白かったじゃないの)
それを思い出した。カチャカチャと軽やかな音を立てて、意味も分からず英文を打ったりしていたものである。なんの縁だったのか忘れたが、写真植字、いわゆる「写植」を家ですることになった。うまく説明が出来ないのだが、写植機とは「文字盤」がソフトで、「暗箱部」がハードといわれているのだが、その「文字盤」を使って出版物の原稿を見ながら活字を打ち込むのが、私の仕事である。
印刷会社からの依頼を受けて、原稿を見ながらの仕事だった。手書きの文字はとても読みにくい。読み応えのある原稿もあるが、政党の悪口が書かれていたり、妙な思想の一部だったり、戸惑うこともばしばであった。依頼が立て込むこともあれば、締め切り日を急がれることもあり、そんな時は半徹夜で仕上げる。逆にまったく暇な時もある。それでも、どこか社会の一部に参加している感もあり、家で出来る仕事に満足していた。
しかし、時代はどんどん進化して行き、やがて、ワープロの時代に。写植の時は、フォントの違う文字盤がいくつかあって、家の中のかなりの場所を占領していた。そのことを思うと、ワープロはコンパクトで、おしゃれに思えて、必死に練習をしたものだ。
ある時、頭痛がひどくなったが、何が原因か分からない。薬では治らない。ふと思い当たり、眼鏡屋さんに行って視力検査をすると、老眼であることが判明した。まだ40歳である。少し早すぎるではないか!
「この様子だと度が早く進み、1年くらいで眼鏡を作り替えることになりますよ」
と、眼鏡屋さんに言われた。
その後、私自身の生活環境は大きく変わり、海外転勤があり、日本に戻り、一戸建てからマンション暮らしと、目まぐるしかった。本を読む時は、眼鏡をかける。それは初めに作った眼鏡だ。眼鏡屋さんに「すぐに作り変えることになる」と言われていた眼鏡だが、もう10年以上も経っていた。思い立って眼鏡屋さんに行ってみると、老眼の度の進み具合はほんのわずかであった。
目を酷使することもなくなっていたが、自分の老眼の度が言われるほど進まなかったのは、どうしてだろうか。娘が小学校高学年の頃、デパートの喫茶コーナーで、アイスクリームにブルーベリージャムを乗せたデザートを食べた。「なんて美味しいの!」と、子供たちと感激したのが、私が初めて「ブルーベリー」を知ったきっかけである。
その後は、食品売り場でそのジャムを見つけては買っていた。眼に良い食品として知られるようになったブルーベリー、当初は手軽には買えなかったが、やがて生のもの、冷凍されたもの、乾燥したもの、と様々な形で求められるようになった。
ところで、私が日常の外出時に使用しているのは乱視用の眼鏡である。眼鏡屋さんからは当初、
「この眼鏡に慣れてから老眼を入れましょう」
とのことだった。
レンズの下の方が老眼用になると、確かに階段とかの高低差のあるところでは、恐怖を感じたりして危ないかもしれないと、納得。コーラスの練習日にも乱視用の眼鏡をはめているのだが、楽譜は十分に読める。不便は感じないので、「老眼を入れましょう」と言われていながら、3年ほどが過ぎてしまった。
教室では大丈夫でも、音楽祭で舞台に立つときのことを考えて、老眼を入れることにしようと、眼鏡屋さんに行った。検査用の機械であれこれ調べてみたところ、今の眼鏡で何も問題がないとのこと。
「舞台で楽譜が読めるか心配なので……」
「あ、無理です」と眼鏡屋さん。「薄暗いところでは、度をかえてもねえ」
良心的というか、商売っ気がないというか。ま、今の眼鏡で大丈夫とのことで、眼鏡の蔓の微調整とレンズを丁寧に磨き上げるというサービスを受けて帰ってきた。
体のどこかが具合が悪くなって、医師の所に行けば、ひところは即座に「カレイです」、つまり加齢のせいだと言われる。「もう少し情のある言い方をしてくれても」と思うが、この体験を多くの人から憤慨の念で聞き、はたまた自虐をもって語ることになる。
私の体験は、冷たい風が目に当たると涙が出ることで、眼科医から「加齢だね」と簡単に言われ、仕方がないことのように言われたことがある。眼がかゆくなるのも加齢のせいだと、これは目薬のコマーシャル。実際に私もかゆくなって市販の目薬を求めたのだが、かゆさが余計に酷くなって、以前とは違う眼科に行った。
医師の診察の前に、検査室で眼球の検査があった。年齢的にも緑内障や白内障になっている可能性があるからだろう。視力についても、裸眼と眼鏡をかけての検査もあった。例の丸の形の切れてい下か、上か、右・左か、というやつである。少し勘で言っていたのだが、自分でもびっくりするほど、下の方まで分かった。
あまり多くを語らない女医さんだが、目の診察の後、面倒な病気はないことを告げ、かゆみを抑える目薬の処方箋を出してくれた。私のまわりでは白内障の手術をした人が結構いるのだが、その話もなかった。
乱視というのは高齢になると、程度の差はあるものの、ほとんどの人に見られるのだという。ちなみに夫は、白内障の進行を遅らせるという目薬を、処方に書かれたことを真面目に守っている。そのお陰か、夫の知人・友人が軒並み白内障手術をしているなか、未だ手術宣告を受けていない。
先日、まだ40代の人と話す機会があったのだが、細かい仕事をされながら、眼鏡はなし。少し不思議に思って彼女に聞いてみると、若いころからコンタクトレンズをしていたという。その人の周りでは、レーシックという方法で近視の視力回復をしている人も少なくないらしい。
近視の治療にはICL(眼内永久コンタクトレンズ)というものがあることも知った。余計なことながら、最近の私の出来事として眼鏡を作り替える必要がなかったことや、眼科医での検査で問題がなかった話を彼女にすると、私の年齢を知っているからか、
「何を食べているのですか?」
と、聞かれた。
冷凍のブルーベリーを購入してジャムにし、ヨーグルトにかけて毎朝食べていたが、糖分が気になってそれはやめた。その代わりに、乾燥したブルーベリーを、アーモンド、くるみ、カシューナッツ、松の実など、それぞれ3~4粒、食べる小魚なども一緒にして、小ぶりのガラス容器に入れて、毎朝食べる。これはすっかり習慣となっている。長くブルーベリーを愛用し、ナッツ類も食べていることを話した。彼女は感心したように笑顔で、
「私もすぐ実行します!」
この夏は白井健康元気村・村長の玉井さんが中心になっている畑で、たくさんのブルーベリーを収穫するという体験をした。それらは友人らにお裾分けもしたが、冷凍保存をし、ヨーグルトのお供にした。
自分の体験で称賛しているブルーベリーは、果たして視力回復に本当に効果があるのか、ネットで調べてみた。目に良いという様々な絶賛広告では、ブルーベリーとか、ブルーベリーアイがある。しかし、次のようなことも書かれていた。
ブルーベリー(アントシアニンが含まれている)は抗酸化作用がある。しかし、いくら食べても視力自体が回復することはない。海藻を食べても毛が生えないのと同じ。と、ショックなことが。眼のためには、何といってもビタミンA、C、E、を含む食品が良い。Eは特にアーモンド、ごま、に含まれている。眼精疲労には、ビタミンB群が良い、などと書かれている。眼球が乾いた状態が続くと、老化を早める、ともある。
しかし、信ずるものは救われる。我が家の食卓にはブルーベリーと、ナッツ類は絶えることなく、これからも上ることになるだろう。そして来年の夏も、どんなに暑くても、また、ブルーベリー狩りが出来ることを楽しみにしている。