【連載】呑んで喰って、また呑んで(97)
「コロナ呆け」かも
●千葉県・白井市
コロナ関連のニュースばかりで、いい加減うんざりする。他に報道すべき大事なニュースがあるだろうに。これでもか、これでもか、とメディアがコロナを過剰に報道するので、政府も各自治体の長も冷静な判断ができなくなっているのか、「緊急事態宣言」を乱発する始末だ。
もっとも大きな被害を被っているのが、アルコールを提供する飲食店だろう。おかげで居酒屋の利用者が激減している。ノミ(呑み)ニケーションを生きがいとする呑兵衛にとって、こんなに住みづらいことはない。一日でも早く、これまでのような楽しい日々が戻ってこないかと祈っているのだが、はたしていつになるのか。ああ、居酒屋をハシゴした日々が懐かしい。
こんな思いを抱く人は私だけではないだろう。もちろん、居酒屋は日本だけではなく、頑ななイスラム国家は別にして、世界のどこにでもある。世界中の呑兵衛が面倒なマスクなしで呑み喰いし、ワイワイガヤガヤと楽しく語り合うことを、今か今かと待ち望んでいるに違いない。
アメリカがイギリスから独立する前のことだ。この北米大陸の東海岸には13の植民地があった。マサチューセッツ、ニューハンプシャー、コネティカット、ロードアイランド、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルヴェニア、デラウェア、メリーランド、ヴァージニア、ノース・カロライナ、サウス・カロライナ、ジョージアである。
そう切り出しても、お堅い政治の話をするわけではないので、ご安心願いたい。
さて、これらの入植地で一番人気のあった酒は何か―。答えは、サトウキビが原料のラム酒である。東海岸ではマサチューセッツを中心に、ラム酒の蒸留所が140カ所もあったという。なぜ、ラム酒がもてはやされたのか。
蒸留酒の中でもカロリーが高い。それに安いのも魅力的である。そこでサトウキビの農園主たちが、西アフリカから連れてきた奴隷に体力をつけさせるためにラム酒を呑ませた。「これを呑むと元気になるぞ。さあ、もっと働け!」というわけだ。
奴隷だけでははない。一般の肉体労働者たちも、安くて、しかもすぐに酔っぱらうことのできる
ラム酒の虜になった。居酒屋では、ラム酒に水、ライムの搾り汁、砂糖、それにナツメグをすりおろしたラム・パンチが主役である。
居酒屋では、ラム・パンチがたっぷり入ったボウルを囲みながらの酒屋談議で連日連夜盛り上がった。イギリスの歴史家、リジー・コリンガムが著した『大英帝国は大食らい』を読むと、じつに面白いことが書かれている。
何事も居酒屋を中心に物事が決められていた。ボストンのある牧師は、「すべての取引や支払いに、居酒屋へ行って『強い酒をあおる』という儀式を伴う習慣が一般化している」と嘆き悲しんだ。その習慣の良い悪いはともかく、この牧師が呑兵衛を毛嫌いしていたことだけは確かだろう。
コリンガムはまた、市民兵たちが朝の訓練の締めくくりに居酒屋に集合して酒をあおったとも記している。さらに裁判の審議も居酒屋の別室で行われたというではないか。まるで冗談みたいな話だが、独立前のアメリカ東部は、まさに「呑兵衛天国」だったらしい。
そんなわけで、酒を呑まないと、一人前の男と見なされなかった。居酒屋は井戸端会議のような場所でもある。ここでは新鮮な情報が飛び交った。店の中には地元の新聞だけでなく、政治的な主張が書かれたチラシも置かれていた。
ジョン・アダムスは合衆国第2代目の大統領になる人物だが、選挙で勝つには「居酒屋で民衆と交流する」ことが必要だと憤慨し、居酒屋の店主を「政治家になるには飛び抜けて有利な職業だ」と嫉妬していたという。
それも無理はない。選挙に出馬した候補者たちは、しょっちゅう居酒屋に顔を出し、酒を酌み交わす。もちろん、票が欲しいがために、気前よく酔客にタダ酒をふるまった。
「今日は私の奢りだ。遠慮なく呑んでくれたまえ!」
「おい、聞いたか、みんな」と赤ら顔の男が相好を崩す。「今日はこのダンナの奢りだとさ。今度の選挙には、この人に投票しようじゃないか」
ま、こんな感じだろう。今ではれっきとした選挙違反に問われるが、じつに牧歌的な風景ではないか。驚くことに、居酒屋がしばしば投票所としても使われていたという。日本でもそうなれば、投票率が大幅に上がるに違いない。そうだ、ワクチン接種も居酒屋で行うといいかも。
そんなことを夢想するほど、コロナ疲れが溜まってきた。今夜も「家呑み」といくか。そういえば、昨夜も誰かと痛飲した記憶がある。どんな話題で盛り上がったのか、うー、ほとんど覚えていない。コロナ疲れではなく、コロナ呆けかも。