【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(73)
古代が蘇る神秘の島
スコットランドのオークニー諸島(英国)
エディンバラ空港を飛び立ったローガン・エアのエンブラエル社製の小型機が、1時間ほどでオークニー諸島の中心メインランド島上空に差し掛かる。すると、窓外には雲間から降り注ぐ放射状の光線に照らされたこれまでに見たことのない光景が広がっていた。島にはほとんど起伏がなく、見渡す限りなだらかな平地が広がっている。視野には一本の樹木もなく、島は一面丈の低い草で覆われていた。
▲草に覆われ、一本の樹も見当たらないオークニーの土地
オークニー諸島はスコットランドの北東部沖合に浮かぶ約70の島々で、内17の島々に2万2000人が暮らしている。州都のカークウォールは8500人ほどの小さな街だ。ノルウェーのオスロとほぼ同じ高緯度に位置していながら、同諸島の気候は温暖。これは温かいメキシコ湾流と偏西風のおかげだ。北半球の同緯度の場所は、ほとんどが冷帯で、カナダの一部では寒帯に属している。カムチャッカ半島の付け根辺りと同緯度といえばオークニーが如何に北に位置しているか想像しやすいのではないだろうか。
▲オークニー諸島。赤線で囲った部分
この温暖な気候のせいか、紀元前3200年頃から人々の定住が始まったという。島内には数千カ所の巨石建造物群(巨石環状列石)遺跡が手つかずの状態で残っている。環状列石と言えば、イングランドソールズベリーのストーン・ヘンジが有名だが、これは紀元前2500~2000年頃に造られたもの。ところが、オークニーの遺跡はストーンヘンジより700~1000年あまりも古い。
オークニーの遺跡の形状は至ってシンプルだが、1000年の時代差を考えると、その存在感は計り知れない。どちらも太陽崇拝の為の宗教施設と言われているが、詳細については別の機会に譲るとしよう。
▲環状列石の遺跡「ストーンズ・オブ・ステネス」の傍らで。後方に見える石柱は高さ6メートル、ストーン・サークルの直径は44メートル
▲今は亡き妻の若菜(左)と訪れたストーン・ヘンジ。オークニーのストーンズ・オブ・ステネスの約1000年後に造られた。直径は約100メートル。ストーンズ・オブ・ステネスよりも複雑な形状だ
グッと時代は下り、8世紀後半から9世紀初頭、オークニー諸島には、ノルウェーからヴァイキングの大群が押し寄せて来た。スコットランド沿岸で海賊行為を働くための拠点とするためだ。
島の主な産業は農業と漁業なので、島の多くの部分が新石器時代、そしてヴァイキングの時代の面影を色濃く残している。レンタカーで島の遺跡を巡ったのだが、何処に行っても時間は止まったままのようで、静寂に耳を澄ませていると、私が21世紀に存在していることが不思議に思えた。
気候は温暖だが、一日の中に四季があるかと思われるほど天気は移ろいやすい。オークニー到着の翌日、レンタカーで島内を巡った。案内してくれたのは、ジョン・グリフィス。英国の海洋エネルギー研究機関EMEC(European Marine Energy Centre)と提携している海洋エネルギーコンサルタントだ。
早朝から夕方にかけて、快晴、曇り、雪、霙、雨、霧、また快晴と目まぐるしく変化する空、光り、空気、気温にイングランド人である彼も目を見開き、驚いていた。
▲▼1日の内に目まぐるしく天気が変わる
オークニーを訪れた目的は、当時ロンドンに駐在していた技術開発本部の駐在アタッシェと海洋再生可能エネルギーの実験設備を視察し、海洋再生エネルギー研究所と情報交換をするためだった。
私が働いていた会社では、潮流発電、波力発電、洋上風力発電など様々な海洋再生可能エネルギーの技術開発を行っていた(いる)のだが、日本では漁業権や複雑な安全規則等の制約があり、実験設備を作るのは非常に難しかった。しかし、オークニーには、スコットランド自治政府や各種研究機関などの支援を得て、幾つかの意欲的な実験設備が稼働していたのである。羨ましい限りだった。
▲スコットランド自治政府の支援を受けて稼働している波力発電装置
オークニーについて語るとき、スコットランド最北のウイスキー蒸留所について語らない訳にはいかない。忙しいスケジュールの合間を縫って、1798年創業のシングルモルトウイスキー「ハイランドパーク」の蒸留所を訪れることができた。
▲1798年創業のハイランドパーク
ハイランドパークは、4000年の歴史に育まれたヘザーの花のピート(泥炭)を使用しており、過度にスモーキー(煙臭い)ではなく、シェリー樽で熟成させた「スモーキー&ハニー」と形容されるとてもバランスの良いウイスキーである。
今も、原料の麦芽を直接床に広げ、ゆっくり乾燥させるのだそうだ。つまり、昔ながらの方法にこだわっている。ミーハーな私は、Highland Park ウイスキーを何本かとHighland Park のロゴ入りテイスティンググラスやミキシンググラス、コースター、ステンレス製の大きなお盆などを買しこたま買い込んだ。
▲ハイランドパーク蒸留所の門の前で。
▲蒸留所を案内してくれた人とポットスチル(単式蒸留釜)を背景に。彼はとても親切な人だった
オークニーでは、カークウォールの中心部にある小さな居心地の良い The West End Hotel(西の果てのホテル)に滞在した。このホテルの周辺には、17~18世紀の家々が残っており、その風景はとても穏やかで心が和んだ。
▲The West End Hotel。「西の果てホテル」とでも訳せばいいのだろうか
▲The West End Hotel のポーチから古い家並みを臨む
オークニー(Orkney)の名前の由来は諸説あるが、近海に多いオルカ(Orca)シャチに由来するとも言われている。先に述べたように、オークニーの人口はわずか2万2000人ほどだが、島民たちは、スコッツ(スコットランド人)である前に「オーカディアン(オークニー人)」としての意識が高く、ヴァイキングの文化に強く影響された独自の文化を築いている。
島民のアイデンティティーは「海こそ我が友人、此処こそ我が住まい」。その独特な文化は訪れるものを魅了して止まない。
【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。