問題だらけのマイナ保険証
医療ジャーナリストがその闇に迫る!
河野太郎デジタル担当相が華々しくぶち上げたマイナンバーカード(略称=マイナ)だが、あちこちでトラブルが続出。とくにマイナ保険証は医療機関で混乱を招いているという。はたして、マイナ保険証はこれまでの健康保険証に代わることができるのでしょうか。本ブログでお馴染みの医療ジャーナリスト、油井香代子さんがプレジデント・オンライン( PRESIDENT Online)でマイナ保険証の問題点に迫りましたので、本ブログに転載します。
「マイナ関連業者」を儲けさせるだけ?…良心的な診療所を閉院に追い込むマイナ保険証は本当に必要なのか
50万円から70万円程度の導入コストに医療界からも反発多数
PRESIDENT Online 2023/07/28 13:00
油井 香代子(医療ジャーナリスト)
「マイナ保険証」をめぐり、全国の医療機関でトラブルが相次いでいる。医療ジャーナリストの油井香代子さんは「政府は『マイナ保険証』のメリットを強調してきたが、医療現場には大きな混乱を招いている。政府のやり方はあまりに強引で拙速ではないか」という――。
▲※写真はイメージです
メリットが強調されてきたマイナ保険証
トラブルが次々に発覚しているマイナンバーカード。国民の保有枚数が8815万枚で普及率が約7割(2023年6月末時点、総務省調べ)となった一方で、カード返納を希望する人も出始め、6月以降その数が急増している。
中でも多くの人々の不安をかきたてているのがマイナ保険証のトラブルだろう。運用がスタートしたのは2021年10月。来年秋には長年使われてきた紙の保険証を廃止し、マイナ保険証に一本化することが決まっている(ただし、1年間の経過措置あり)。
患者や医療機関(薬局を含む)にとってメリットが大きいとされ、河野太郎デジタル担当大臣は「国民の利便性と医療の質を高める」とそのメリットを強調してきた。
今年4月からは医療機関でマイナ保険証(オンライン資格確認)の導入が原則義務化されたため、今ではほとんどの病院や薬局でマイナ保険証を導入している。当初のふれこみでは、導入で利便性が高まったはずなのだが、医療現場の評判はすこぶる悪い。
全国の医療現場で相次ぐトラブル
総合病院勤務を経て開業し、大阪で長年地域医療を支えてきた小児科医は言う。
「マイナ保険証を使う患者さんはほとんどいません。数%以下かな。私の周囲でも導入が義務化されたから仕方なくやっているところが多い」
これまで数えるほどしか使ったことはないが、トラブルが起きたという。
「同じ家の兄弟なのに、弟は読み取り機(カードリーダー)を通ったものの、兄の方は『該当なし』ではじかれました。おかしいと思って組合に問い合わせると、兄の方の保険証の切り替えが済んでいなかったことがわかりました」(前出小児科医)
患者からは「そんなバカな」と苦情を言われ、受付のスタッフが対応に追われるはめになったという。
さらに、こんなトラブルもある。千葉県の調剤薬局に勤務する薬剤師はこう話す。
「カードリーダーの読み込みがうまくいかなくなり、資格確認をしても画面が真っ白になって動かなくなった。そのため、6月の一時期、システムを切っていました」
実は、こういったトラブルが各地の医療機関から続々報告されている。
保団連の調査では医療機関の65.1%でトラブル
全国の保険医の団体である全国保険医団体連合会(保団連)の調査(5月23日~6月19日)では、8437の医療機関のうち、65.1%でトラブルが発生していたことがわかった。
同調査によると、「カードリーダーで別人の顔が認証された」「母親が娘のマイナ保険証で顔認証ができてしまった」など信頼性の根幹にかかわるトラブルが起きているのだ。そもそも、マイナ保険証は顔認証ができ本人確認が早くて正確なはずだが、それを覆すような例が出ているわけだ。これでは患者も医療機関も不安になるのは当たり前だろう。
もちろん、メリットを感じている医療機関もある。レセプトやそれに付随する書類の作成で、「名前などの入力が一回で済み便利」「保険証が変更された時などに資格確認が早い」という声もあったが、取材した限りでは少数派だった。
導入後のトラブルだけが話題になっているが、取材を進めると導入そのものが大きな負担だという声も多く聞かれた。
システム導入にかかる費用は補助金だけでは足りない
神奈川県で開業する70代の歯科医は開口一番、「とにかく大変! 助けてくださいと言いたくなるくらい大変です」と、悲鳴にも似た声を上げた。
この歯科医院は50年にわたり、地域医療を担ってきた。患者の中には親子3代で通っている家族もいるほど患者からの信頼は厚い。ところが、この医院はオンライン化のインフラが整っていなかった。そのため、マイナ保険証の導入義務が決まった時、急いで準備を始めたが、ネット環境の整備などで大工事になったという。
もちろん、補助金だけでは足りず、金銭的負担が大きかった。それに加え、書類の作成や事務処理、工事の発注などに時間がとられ、診療にも悪影響が出た。
「患者さんに向き合う時間が大きく削られ、我々以上に患者さんに不便をおかけしています。これでは本末転倒。現場の実情を無視したやり方に怒っている仲間は多い」と話す。
システム導入にあたってはITコンサルタントにサポートを依頼。運用するまで一からスキルを学ばなければならず、慣れるまでは大きなストレスを抱えることになると言う。
導入義務化についていけず、閉院したクリニックも
医院向けにカードリーダーや電子カルテなどのデジタル機器の設置を行っている業者によると「マイナ保険証の導入義務化についていけず、閉院したクリニックもある」という。導入の負担は、医療機関によっても違いがあるが、この医院のように一から始めるところにとっては、診療に大きなしわ寄せがくる。
九州で開業する歯科医もこう話す。
「やれば便利なのかもしれないが、60代の事務スタッフがITに疎いため、カードリーダーに拒否感を持っていて、ほとんど利用していません。導入時に必要な書類を厚労省に送ったのですが、先方の確認漏れがあり、そのやり取りにも時間がかかった。今後、ミスが起こるのではと不安です。いきなりオンラインでやれと言われても、デジタル化に慣れていない医療機関にとっては、敷居が高い」とため息交じりに話す。
地域医療を担っている医療機関にはデジタル化が進んでいない医院も少なくない。その場合の導入コストは規模などによっても違うが、50万円から70万円程度が多い。取材した東京都内の医院では、総額74万円ほどかかったということだが、条件次第では200万円から300万円になるという。導入費用だけでなく、毎月のランニングコストがかかるため、予想外に負担が大きかったという声が多い。
▲マイナンバーカードを健康保険証として利用できるようにする「オンライン資格確認システム」の試行運用が始まり、薬局の窓口に設置された顔認証付きカードリーダー=2021年3月4日(写真=時事通信フォト)
デジタル機器の設置工事の順番が回ってこない
導入コストに見合ったメリットがないという不満もある。
今年3月にマイナ保険証を導入した千葉県で薬局を経営する薬剤師は言う。
「顔なじみの患者さんが多く、ほとんど使っていないにもかかわらず、カードリーダーの費用に加え、対応するレセコン(医療費の請求書であるレセプトを作成するコンピューターシステム)を入れ替えたため、70万円から80万円ほどかかりました。国からの補助(42万9000円)ではとても足りません」
経済的な負担を理由に、保険調剤をやめる薬局も出ているそうだ。小規模経営の薬局にとっては苦渋の選択をせざるを得ないという。
一方で、デジタル機器の設置をめぐっては、業者への依頼が殺到している。そのため、医療機関に必要な機器が届かず、設置工事も大幅に遅延しているというケースがあった。
茨城県で開業する歯科医に取材を申し込んだところ、開口一番こんな答えが返ってきた。
「4月からの導入義務化に備えて、かなり前に申し込んだのに、まだカードリーダーも届かないし、オンライン化する工事の順番も回ってきませんよ」(6月下旬時点)
あと1年で多くの人の理解を得られるか疑問
この歯科医院では、4月の導入に間に合わなかったため、落ち度がないのに猶予願いの書類を提出する羽目になった。現場の準備が不十分なまま性急に進めたツケが、末端の開業医に回ってきているとこぼす。
他にも「事務処理などが早く資格確認もスムーズと言われていたが、実際に使ってみると特にメリットを感じない」という感想も多く聞かれた。
大手の調剤薬局に勤務する薬剤師も「これまで使ってきて便利と思ったことは一度もない」と話す。
マイナ保険証を提示する患者がまだ1割以下で、患者の理解も認知度も進んでいないという。利用する患者は多くても2%程度という声もあった。
「利用する高齢者の多くは、紙の保険証からマイナ保険証に変わることで、どんなメリット、デメリットがあるのかよくわかっていません。その方が問題だと思います」(前出調剤薬局薬剤師)
東京都内の歯科医院のスタッフは、「患者さんから『使い方がよくわからないから、かわりにやってくれ。暗証番号もわからない』と言われ、困ってしまいました」と話す。
マイナ保険証への一本化まで1年余りだが、短期間で多くの人の理解を得られるか疑問を感じざるを得ない。
日本医師会は、紙の保険証の期限延長を要望
筆者もためしにマイナ保険証を使ってみようとしたことがあるが、結局、使わずじまいだった。その時の体験を紹介しよう。
通院している都心の総合病院でのことだ。受付でマイナカードを提示したところ、窓口のスタッフは「マイナ保険証は時間がかかり、お待たせしてしまいますよ」と、戸惑った表情を見せた。理由を尋ねると、別の窓口の専用パソコンで資格確認する必要があり、入力等で何かと手間がかかるとのこと。
「紙の保険証ならすぐにできます」と、マイナ保険証を敬遠している様子が見て取れた。肩すかしをくらった気分で、これまで使っていた保険証を提示すると、すぐに受付を済ませることができた。デジタル化が進んでいるはずの病院だったが、予想に反してマイナ保険証には及び腰という印象だった。
医療現場の不安や混乱に対し、当然のことながら、医療界からも懸念する声が上がっている。
日本歯科医師会の高橋英登会長は「医療のデジタル化には賛成だが、医療現場の声を聞かずに、やみくもにマイナ保険証の導入を推し進めることに懸念を抱いている」と話す。
日本医師会は、現場の実情を踏まえ、従来の保険証の使用期限を延長するよう要望している。
医療のデジタル化の重要性を否定する人はいないが、そのやり方があまりに強引で拙速だったことが、マイナ保険証のトラブルで明らかになったといえよう。