日々の事から

日々のあれこれ   by Kirari

読書記録📖

2023-09-19 00:05:44 | 日記

恩田陸著『スキマワラシ』 2023.9.18読了

読み終わって...『恩田さん、タイルの話はどうなったの!?』と思った。直ぐ様、続編があるってことか?と検索してしまった。

つまり、読者がおいてけぼりである。タイルは? ご両親の興味の先は? 覇南子ちゃんのこれからは? 種は覇南子ちゃんの感覚を極彩色にする暗示ではないの? 瓦礫が意味するところは時代の流れ?...いや、たくさん恩田さんに聞きたいことになってしまった。

文庫本だと眼が疲れるようになってしまったのでハードカバーで読んだが、凄いページ数である。

主人公の『僕』が不思議な現象を体験しているがホラーではない。超_能力というのか。 私は体験してみたい現象のなかに『僕』はいた。それでもラストシーンで締め括るにはハテナが残りすぎである...

是非とも続編にお目にかかりたい。

 


人混み凄かった...

2023-03-26 19:18:52 | 日記

夕方は車の都合がつかないのと、子供が夏シャツを見たいというのでいつもは夜に行く複合施設Aに午後の時間に行った。

そこに行くには一旦国道に出るんだが、国道に出るまでに、数年前にできた地元の複合施設Bに行く渋滞に巻き込まれた...☹️

Bは近いけど、できてから携帯ショップに行っただけ。いつも渋滞してるから全く行く気にならず、古い方のAばかり行っている。よく『東海発』とか『愛知発』とかの有名店が入ると大興奮して行く人がいるけど、私は自分の気に入った範囲でしか行動しないので特に行く魅力も湧かないのである。

Bの渋滞に巻き込まれるといつもうんざりする。地元だから、混み合う曜日や時間帯で そこ付近は避けて通るようにしている。

よく考えたら今日は雨だし、入学時期前だし混む要素は多くあったのだ。信号を通過できないまま青を3回は見送り、自分の後ろも10台以上並んでいるし、Uターンしてもう少し東に出ようか迷った。その交差点より向こうが、東の国道から流入する車でいっぱいだから、私は左折したいのに直進が捌けないのだ。

そう思ってる間に少しずつは進むので結局目的の交差点で曲がったが、引っかかる度に なんだかなあ...と思う。

 

目的のAに着いたら、ここはここで屋根のある立駐部分は満車。日曜の午後だもんな。仕方なく霧雨のなか屋根のない屋上に停め、店内に入る。

子連ればっかだなあ...日曜の昼間だしなあ...😵

今日は子供が欲しいもの探す間は暇なので、自分の服、服飾、ウェア、文具...と渡り歩いたが、特に欲しいものは無し。 漸く子供がやって来たので、本題の食品売り場に回る。

ここも子連ればっか。

子連れは歩くのが遅いし下手すれば子供が走り回ってるし泣き叫んでるし、回りを見ていないので本当に閉口する。いつもの遅めの時間ならそういう人が少ないのでスムーズに買い物ができるのだが。

少子化で子持ちの人を大事にしないといけないらしいが、このままの推移では社会保険制度も危ういから、大事にした甲斐もないんじゃないかと思われる。

自分世代は電車でベビーカーごと乗らせてもらうなんて行為はご法度だったけど、別に子供は大きくなったし、別に大事にされなかったけどなんとかなってきた。

それよりは周囲の人に譲れるような謙虚な人間を育てた方がいいと思う。結婚しない人も増えている。そういう人から見れば子持ちが何で大事にされるかわからないと思う。社会保険が破綻したら意味のないいたわりだろうね。

家族連れをよけながら買い物をしていてうんざり。この遠慮で世の中が良くなってるのか。私らは子供は特に重要視されず世間に遠慮、今は今で子供のいる若い夫婦に遠慮? 馬鹿馬鹿しいなあ...。 他人さまを退けて自分を通す場合は感謝の気持ちは当然必要だし、気づかないほどでも譲ってくれた相手には遠慮というものが必要だと思うんだけど。

お互い様って、お互いウィンウィンなら言える言葉だと思う。いつか還る?  ...いやいや、還らない。そんな人の良い世間ではない。遠慮した者はしっぱなし。『いつか還るよ』という考え方に翻弄されるだけ。

今日は仕方なく午後の時間に行ったが、二度と行かんぞ、とまた思ってしまった。

駅の乗り換えでもそうだが、行動のペースの違う人間をひとつの枠に嵌めようとすることが間違っていると思う。遅い人は遅いところで行動すればいいし、急いでいる人は急いで目的のところに到達させればいい。

お互い周囲に遠慮した謙虚な世の中になって欲しいものだ。

 


親切な男子高校生。

2023-02-25 20:01:55 | 日記

不愉快な女子高生は更生できないので、人の良い男子高校生の話題。

 

ある朝、乗った地下鉄では自分にとって便利の良い場所に立てなかった。便利が良いとこにいないと、数駅で降りるので、出入口近くでなければ人を掻き分けるはめになるのが面倒なのだ。

目の前には周囲を憚らずゲームに没頭する男子高校生。右の隅にはパッと見会社員風の男性。

私が降りる駅のひとつ前でドアが開き、私より小柄な女性が乗ってきた。乗ってすぐスマホを見ていたようだが、それをしまい数分して急に、その女性が目の前のドアに体当たりするようにぶつかったのが目に入った。

音が大きかったのでふと見たが、電車の揺れで足元がふらついたにしては どうも不自然な もたれかたをしており異常を感じた。すぐ『ん。いかんな』と口走ったか、二歩ほど駆け寄り女性がくずおれる前に抱き取った。目が真剣すぎたのだろう、ゲームしていた男子高校生もこっちを見た気がする。

だって、みんな土足だし、コロナでウイルスの付着が心配だし、服も汚れるもんね。

でも、である。抱き取ったはいいが、気絶した人間は重いんだった😅  スポーツで筋力や弾力は年齢より若いと思うけど、部分的に軟弱なので全部を持って運ぶことはできない。

危急を知らせるため、高校生にベルを鳴らしてもらおうと『ボタン、ボタン...』と呟きつつドア付近を見たが、そういうときに限ってボタンがなかった😅  『ボタン、無いんか...』とため息に変わる。

次の駅は倒れた女性側が開くので、荷物やら本人やら落ちてしまうことも心配した。確か大勢が利用する駅だからホームに駅員が昇降整理に出ていたはずだ。

ドアが開いて、乗り込もうとした人が避けるくらいビックリの光景だったようだ。でも、吐瀉物はないし、女性は気絶したもののバッグは持てているようで助かった。

両側は男子高校生だったので、急に女性を抱き止めることは抵抗があるかと気を遣い、ふと見れば会社員風も高校生だったし代わってほしかったが代われず、とりあえず『何か手伝いましょうか...?』とこっちを見てフリーズしていたので『すみませんが足を下ろしてもらっていいかしら?』と頼んだ。

降りようとした駅のホームでも待っていた会社員が手伝うように体勢を向けてくれていた。そのあと、確か同じ駅から乗った女性が片側の肩を支えてくれたので女性を引きずらず助かった。

考えてみたら自分は喋れないのだ。話せるが、咄嗟の大声が出ないようになった。気絶した女性に声をかけようにも、矢継ぎ早には喋れないことを痛感した。身体だけが丈夫で機敏でも役に立たないね。

幸い? もう片方を支えている女性がやかましかった😅

『名前は?』『名前言える?』『あなたの名前はっ?』と叫び続け、女性は目を開いたが虚ろに空を見つめているのに、『気がついたの?!』『大丈夫?!』『あなたっ名前言えるっ!』とずうっと叫んでいた。 しまいに『朝ごはんは食べてきたのっ!』って😅 そんなこと聞いてどーする...

気分悪いのにうるさかったことだろう😅 でも、救命救急では肩などをボンボン叩いて正気にさせることから始まるので、自分が手が塞がってできない分、やらせておいた。

面白いことに、少し喋れるようになった女性は静かな私の方を向いて『私、倒れたんですか?』と聞いてきた。患者ってうるさいの苦手なんだよねー。

私はホームの駅員に渡すまでの救助だと思っていたので、駅員の手配に従おうと思っていた。

意外だったのが、私と女性の関係(知人かそうじゃないか)を確認せず(関係なければ解放することが駅員の職務だと思う。)、すぐに引き取ろうとせず(駅長室ですぐ休ませる、必要あれば救急車を呼ぶ)、女性がどうなったか聞き取りをしないということ。好意で動いた関係者を早めに解放しないこと(それぞれ、目的があって電車を利用しているのに)。

見知らぬ私に『救急車を呼びますか』と聞かれても、女性の普段を知らないから、なんで倒れたか知らないよ😅

あと、動けない女性に車イスを持って来ることになったが、それまで皆を足止めしてるし...

女性が気づいたので、私が男子高校生それぞれに『駅員さんが来たので、後はもう良いと思いますよ、ありがとうございました。』と声をかけ立ち去っていただいた。

駅員はというと、女性が車イスに乗ってようやく、『皆さん、ご協力ありがとうございました。』と解散宣言。遅い。しかも、女性の状態を知ってるかた、残ってくださいもない。いいのかねえ、あれで。

人命救助も本当の関係者(この場合は駅員)はたよりにならない、と感じた。災害と一緒で、公助より、自助・共助だな。

先に書いた女子高生は全く人でなし、だが、この時の男子高校生はゲームにかまけて知らん顔で立ち去るかと思いきや何かしましょうか?という姿勢でえらかった。学ランで学校がわからず公表できないけれど...

この時に手を貸そうとした皆さん、ありがとうございました🙇

倒れた人には記憶にない連携がとても美しかったです✨

 

 

  

 

 

 

 


エゴイストな女子高生

2023-02-25 19:09:35 | 日記

いつも乗る地下鉄は非常に昇降客が多い。主要な大きい駅以外は降りるより乗る方が多いと思う。

私も乗換駅で入れずに唖然と見送ったことがあり、本数の少なさから、以降は強引に入れる出入口を探すこととなった。

そんななか、ある駅で降りる人を待ち、乗り込む人が隙間に入りつつ空間を積めるのを見ながら乗ったが、後で後ろから来た某有名女子高S山の生徒が2人、強引に入ってくるのが目に入った。私が先だが私さえ引きずり下ろしそうな勢いで。

失礼なやつらはここだけではない。

他の乗り口でも同様の生徒を見かけるし、マナーレベルの低い学校だと理解しているので、またコイツらもか、と思っただけだった。

それが、一人の方が大きめの声で、入るときに立ちはだかる客がいて迷惑だ、といった話を連れの女子にし始めた。連れの女子が『さっきの人は足が悪かったんだよ』と話をそっちへ持っていこうとしたが、『朝は低気圧で人を殺せる』と言い出したので、今さっき前に入った客が邪魔だったと言いたいのだろう。でなければ、こんな大きい声では言わないだろうし。

さっき書いたが、乗り込む場合は無闇に押して将棋倒しにならないよう気遣って乗り込むのが大人のマナーである。できない客も最近多いけど。

昨今流行っているリュックが『自分は降ろさなくても特別大丈夫』と勝手に良いように解釈している人間も別だな。周囲のことは自分には関係ないやつはたくさん見かける。

人を殺せる女子高生は、更に『朝から自分は不機嫌で、行きたくもない学校に我慢して行ってるのに』と、電車の混みように更に文句を言い、自分の器の小ささを吐露し続けていた。面白かったので聞いていたが、あれが、じきに社会で文句を言う人間になるのだと思うと嫌だなあ、と感じた。もし縁あって結婚できて子供を産んだら、モンスターペアレントまっしぐらだよね。

あんな人間性では仕事し始めても同僚も嫌な気分だろう。あの時一緒にいた友人も宥めていたが友達やめたいよねー...  最初は宥めていたが、大きな声で小さい器を披露する友人を前に相槌も打てなくなっていたし。

何であんなに自分が正しいんだろう? 電車が嫌ならお抱え運転手でも雇えばいいのだ。有名女子高生なんだし。

言っておくが、彼女らの学校の最寄り駅では、他の客に気を使わずに闊歩し、エスカレーターは渋滞するし、だらしない歩き方なので階段でちっとも上がらず邪魔だし、充分一般客の迷惑になっているのだ。彼女の言葉を借りれば、私は大刀で全員薙ぎ倒したいくらい憤りを感じている。言っても仕方ことだからやらないけどな。

時々、その学校の教師が、駅に立って声かけや登校指導をやっているが、集団で通ってくること自体迷惑なので、そんなものでは収まらない。

もうひとつの駅でも某有名高校の生徒が歩道一杯になって歩くため迷惑で使えない。 高校生は数が多いから、どこの学校も周辺にどれだけ迷惑か自主的に考えてほしいものだ。

あの『人を殺せる』女子高生は短絡的で馬鹿丸出しで呆れたが、そういうやつがいるから あそこの生徒は態度がでかいんだとよくわかった。 他の乗り口で乗ってきても、鞄をなるべくどかそうとはしない生徒が多い。こちらを邪魔そうに見る。何様生徒ばかりのようだ。

個人を大事に、という風潮だけど、個人を示して良い場との違いは教えるべきじゃない?  そうしないと空気が読めず自分を全面に出して大袈裟に騒ぐ輩ばかりになるだろう。 自分が正義の塊人間は社会の迷惑である。

また朝の電車が憂鬱になってくる。何で健康な女子高生に遠慮しなければならない?

おまえの低気圧なんか知ったことではない。聞きたくなくても大声で、一部始終耳に入ったので、思わず一問一答話しかけそうになった。 周囲の人間の方が機嫌が悪いってことを想像した方がいい。 あの言い種には、更に不機嫌になってぶったぎられる危険がはらんでいる。

まだ暫く行動を共にしないといけない友人には本当に同情したい。

 

  

 

 


知ってる人は判別できるもの。

2023-01-14 17:53:54 | 日記

先日、いつも行く医者に着く直前の信号交差点で信号待ちをしていて、ふと右方の歩行者が視界に入った。

あの帽子、あの上着、...そしてその腰の曲がりかた... 母ではないか?  ああ、そうだ。座れるカートを押している。なぜか、車でも後ろ姿でも、知ってる人は判るんだよね。

杜子春のような幻ではない(笑)  何せ母は健在である。

母は信号が変わる直前で横断歩道に差し掛かるところだったので、渡るのを見合わせる素振りを見せた。私は直進する予定だったが、左折して待機し、母を乗せて家まで送ろうか...それにしては道が狭く待機すると通る人の邪魔になる。

母は、同居してくれている私の弟から運動不足になるから歩いてこい、と言われるとぼやいていた。

それを思えば、大して距離のないところで拾っては意味がない。数秒迷った。

家は近いが、正月は行かなかった。低学年の姪達が興奮してすごくうるさい。あと、弟が叱り続けるから、こっちの気分が落ちるのだ。以前は何度か行ったが、ストレスを感じる家には行きたくない。84になった母の様子は気になるが、信号を確認した様子、買い物の量は大したこと無さそうな様子、風も強くなく天気も悪くない日だから、運動がてら、大丈夫だろうと考えた。

こっちが青信号になったので発進。医者が運良く空いていて、早く終わったら、後を追ってもいいし。

残念なながら、医者が混んでいた。待合室はそれほど人が居なかったのに1時間以上待った。

人混みや空気が閉鎖されやすい空間ではマスクを二重にしているが、長く居たくはない場所なんだけどねえ。仕方ない。

これでは母は帰宅しただろう。そう思って、医者が終わったところで自分はそのまま帰宅した。未だに特に連絡ないから無事に帰ったんだろう。

思ったより危なげない母を見かけて安心した。

会うだけではわからない姿はこういう偶然でしか遭遇できない。腰が曲がってヨチヨチしてても自分で歩く気持ちが大事である。

同居している弟一家には感謝しかないが、私が生活に関われない寂しさはある。

戦前生まれで我慢の多かった学童時代だったそうだが、年を取って好きに生きたら、と言っても決して弛まない。周囲にも強いるのが難点だが、戦争の後遺症と思えば仕方ない話だ。まあ、思うように人生を生きてほしいと願ってやまない。