実母からのモラルハラスメント

実母からモラルハラスメントを受けて数十年。
終焉を迎えました。

「自己」とは

2010-03-10 | 母というひと
私の交友関係には口出しする母だけれど、
最近の母の交友関係はよくわからない。


前回の電話では
「だれも訪ねて来ない」
とぼやいていたが、関心を引くための言動である可能性が高いから、たいして気にもとめなかった

でも、もしかしたら、みんな離れていったのかな?
なんて少し思う

いやいや本当にそういう状態だったら、もっと大騒ぎして
恨みつらみ、仕返しに奔走するだろうから、深刻な状態ではないだろう



母の友達とは。

母に合わせられるひとが絶対条件(苦笑)

自分の話をしたくて電話したのにいなかったり、忙しいからと言って後回しにされたりすると、もう友達の資格はなくなるらしい(苦笑)
留守番電話になっていただけで激怒していたこともあったなあ

「私はいつもイライラさせられる!」

って
おいおい、だれかがイライラさせようともくろんでいるわけじゃないでしょ
自分の気性のせいでしょ


そんな母に、数十年来の友達がいる

Tさんといって、おおらかで思いやりに長け、知性があり多才な素晴らしいひとだ

彼女は転勤族だったので、母の近くで過ごした時間は7年間ほどだったと思う
私が小学生から高校生くらいのあいだ、ご近所だった
子供がふたりいて、年齢も性別も我が家といっしょだった


このひとの悪口を言うひとはいないだろうな、というような人だったので
アノ母もTさんにべったり。

どんなことでもTさんに話している感じだった
(たぶん、自分の話ばかりだろうけど!)


その期間の母ときたら


Tさんにそっくりだった


着るものはもちろんのこと、Tさんの出身地の方言までまねてしゃべっていたのだ
Tさんといるときに、つられて方言をしゃべるのではない
かかりつけの病院の医者、役所の受付、電話の応対、担任の先生etc
声のトーン、スピードまでそっくりに真似てしゃべるのだ



「自己=アイデンティティ」
*自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性。自己同一性


思春期の女子などは、同性に対して、「同一性」を激しくもとめる傾向がある
同じような服装、趣味、好きな男子、芸能人、
共有することに安心を求める世代
そして年齢とともに、他者との違いをも認め、「自己」が確立していく

これが本来の成長というものだと思うのだが、
母の場合、ちっとも育っていないようだ


未だ、違いを認められず、同一性を激しくもとめる
自分がちゃんと育っていれば、違いも受け入れられると思うのだが
同一でないことに不安、怒りを抱く



Tさんは立派なひとだけど、母は激しく嫉妬もしていて
時々、ボロクソに悪口を言っていた
Tさんの長男は、よく勉強ができたのだが、第一志望の大学を落ちたとき
「あんなすごいところ受けるなんて身の程知らず!」と言って、せいせいした顔をしていた

長女が大蔵省の彼氏がいたが、結婚まで至らなかったときも
「もったいぶってるからフラれた」とこれまたいい気味だと言わんばかり。
後に、建設会社のひとと結婚したときは
「聞いたこともない会社だ!」と自分の息子が大手ゼネコンに入社したことと比べて
バカにしていた


こういうことを日常、子供に聞かせる母だった。


私はこんな人間にならなくてよかった。
「人は人。自分は自分」 強く思うようになったのは母のおかげだ
反面教師とはこのことだ。
コメント (2)
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