目指せ! 標高1122メートル

山の神にお供して歩きつづける、ある山のぼら~の記録。ネイチャー、冒険の本もとりあげるよ。

田部重治の元祖『山と渓谷』

2011-03-12 | 山・ネイチャー・冒険・探検の本

01_2

大正、昭和にかけて、木暮理太郎(のちの日本山岳会会長)とのコンビで、あちこちの山を訪れ、それらをものした本である(他の人とも登っている記録もあるが)。田部重治(たなべじゅうじ)は麗しい山と渓谷の景色に感動し、それを英文学者らしい叙情豊かな筆致でつづっていく。

彼らの山登りのスタイルは現代からみれば、質素かつ素朴にみえるが、当時としては、なんともブルジョア的でハイソな匂いが濃厚だ。彼らの山行の始まりは、まだ一般庶民が地べたで働いていた頃だ。朝から晩まで、年がら年中、泥だらけになって農業と格闘している人が多いなか、体の弱かったインテリの著者は、体力をつけるために登山を始めた。時間とお金に余裕があればこそだ。そして、いつのまにかそれにハマって、登山の虜(とりこ)となり、日本の近代登山のパイオニアとなったのである。

今でこそパイオニアとしての称号を受けているが、田部は遭難して救助された経験がある(近代登山の遭難第1号!?)。この時代の山は登山道が整備されているわけでもなく、ろくに地図もないから、何かあったときのエスケープルートさえ確保できない。しかも山へのアクセスが悪いから必然的にロングコースにならざるをえない。田部は一度、道中で体調を崩して意識不明になり、里人に背負われて下山している。このときは仲間の離れ業のおかげで救助されたのだ。仲間も体力を相当消耗していたのだが、里へ下りて応援を頼み、再び田部を置いてきた場所へトンボ返りしたのだ。臨場感あふれるそのときの経緯が詳細に書かれていて、興味深い。でも当時の状況を思えば、ちょっと恐い話である。死んでいても、ちっともおかしくないからね。

遭難話はさておき、この本で楽しいのは、自分が行った山はもちろんのこと、まだ行っていない山もなんとなく情景が目に浮かぶことだ。田部の筆力(?)、いや私の頭の中に、ある程度地図が入っているせいかもしれない。一文一文に首肯しながら、ああ、この道をたどるのは楽しそうだとか、つらそうだとか空想は膨らんでいく。

その空想がときどき破られるのは、著者の生きた時代との大きなタイムラグのせいだ。昨年焼岳が爆発して、梓川が堰き止められたと出てくると、大正池ができたときにリアルタイムで接しているわけかと驚く。翌年からは上高地で植物や動物の保護規制が始まると書かれていたりするのだ。

最後に表紙のイラストについて一言。このイラストは茨木猪之助の手になる、田部重治と木暮理太郎の2人をカリカチュアしたものだ。味があるし、おそらく本人そっくりなんではないかと、くすくす笑いをしてしまう。左が体が弱かったとされるガリガリの田部で、右が鐘馗様のようだと田部に形容された木暮。表紙だけでなく、中にも当時のメジャー山のぼらーたちのイラストがちょっぴりだが掲載されている。

わが「1122メートル」の関連記事はこちら

新編 山と渓谷 (岩波文庫)
クリエーター情報なし
岩波書店

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 蝋梅と宝登(ほど)山 | トップ | ちょこっと残雪の筑波山 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

山・ネイチャー・冒険・探検の本」カテゴリの最新記事