『山の不可思議事件簿』上村信太郎(山と渓谷社)
まずこの本で驚かされたのは、1938年12月27日深夜黒部のトンネル工事現場付近で雪崩が発生し、鉄筋コンクリート造りの4階建て作業員宿舎が跡形もなく消えうせたというくだり。深夜作業に従事していて命拾いをした人の話では、このとき気温はどんどん下がり、雪が降り続く中、突如ドドーンという物凄い爆発音が渓谷に響いたという。雪崩とわかって、近辺やその谷筋を探したが、建物も、人もほとんど見つけられなかった。なぜか? 通常の雪崩では考えられないほどのエネルギーが発生し、中で寝ていた人間もろとも宿舎が水平に600メートル飛んで隣の谷まで飛ばされたのだ。1メートルでも10メートルでもない、600メートルだ。人間は自然のパワーの前では、いかに無力かを思い知らされる事件だ。
次は大雪山での出来事。1989年大雪山で遭難者がヘリで救助された。ここまでは普通の話。怖いのはここからだ。遭難者をヘリで探していたときに偶然見つけたSOSの文字。シラカバの枯れ木でつくられた文字で、現場を捜索してみると、白骨死体とリュックが発見されたという。
巻末のほうには、雪男エピソードも紹介されている。たしか椎名誠さんが推薦していたと覚えているが、『脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち』という本がある。著者は当時のソ連によってシベリアに抑留されていたポーランドの陸軍中尉のスラヴォミル・ラウィッツ。隙をみて収容所を脱出し、バイカル湖からゴビ砂漠、中国を通って、インドへと大陸を縦断した記録だ。ラウィッツは、ヒマラヤを通過しているときに、明らかに人間ではない大きな2足歩行の生き物を目撃している。日本人では、新田次郎の小説『栄光の岩壁』のモデル、芳野満彦さんが15メートルほどの至近距離で雪男を見ているとされる。このブログでもとり上げた小野田少尉を説得した男、鈴木紀夫さんの雪男探しも本には出てくる。
こうした山にまつわる摩訶不思議な事件が次から次へと出てくるのがこの本。読者をまったく飽きさせることがない。ブロッケン現象や幽霊・怪談話、リングワンデリング、魔の山、遭難そして奇跡の生還、謎の生物といった具合に、まるで際限なく詰め込まれたおもちゃ箱のようで、夢中になってあっという間に読めてしまう。おもしろいです!
参考:当ブログ
脱出記~シベリアからインドまで歩いた男たち
小野田少尉を発見した男の『大放浪』
雪男は向こうからやって来た
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